第25話 お馴染みっちゃお馴染みの生活

ヘルヒ・ノルトラエで生活して三週間経った。カンブレスでやっていたような宿屋暮らしをしている。

カンブレス同等の部屋で素泊まり一泊銅貨5枚(約5000円)。共同ながら水洗トイレ付き。ちなみにこの世界の上下水道がどういう仕組みなのかはよく分かっていない。


物価についてはカンブレスよりもお高めだと思う。外食にしても、一食銅貨1枚前後が相場になっている。


薬師については試験を受けて、簡単に七級から四級まで上げる事が出来た。

試験の内容は、ある薬の調合が出来るかどうかだが、採取から調合まで試験官が付き沿う事になっている。

調合についてはやはり各自のやり方の機密もあるためか、個室内(外を試験官が見張ってはいるが)でやっていいのは加護を使えて都合が良かった。


害獣狩人については、六級までしか上がっていない。薬草採取時に邪魔されたら狩る程度で、基本的に依頼は受けてないからだ。

害獣の一部部位を持ち帰ると討伐証明がなされ、その証明で一定以上の貢献がなされると四級までは上がる事になっているらしい。


そういえば、以前にユリーが銅製のドッグタグのような物を見せていたが、戦闘系の業務請負人が四級から支給される物らしい、級によって色が違うんだとか。能力の有無を外ですぐ示せるようにとの事だ。


今は、王国でやってたのと同じように、薬の材料を取ってきて加護で調合、総合ギルドに納品で稼いでいる。

皇国は衛兵が町を見回っているからか、チンピラみたいなのがケチをつけてくるという事は今のところは経験していない。少なくとも街中の治安は王国と比べて良好だ。


お馴染みの切り札、『マテンニールの実』は森の深い所であれば、皇国でも広く植生している点は正直助かった。今後も、切り札としてその実は定期的に集めておきたい。


また、どうしても加護を使っての殺害を要求される場面を考え、奥の手として致死性が高い毒草についても調査した所、こちらの世界にもトリカブトに酷似している毒草(こちらでは鶏冠草と呼ばれているようだ)があり皇国内にもそこそこ群生している事が分かった。

マテンニールの実のような持ち歩きに適した部分が無いので、特に毒性が強い根の部分を革袋に包んだ上で金属製の箱に入れ、それをリュックの底に入れて持ち運ぶことにした。


俺の『薬師の加護』を使えば、純度が極めて高いトリカブト毒を瞬時に霧状またはパウダー状で生み出せるので、これをマテンニール同様に顔付近に生み出し粘膜や経口・経皮接触させるわけだ。

害獣でテストしてみたところ、散布後1分ぐらいで動きが急に大人しくなり、5分ほどで四肢が硬直・口から泡を吹いて動かなくなった。

流石に即死という訳には行かないようだが、それでも十分強い。


あとはゲーム等の創作物で見かける、手足が痺れて動かないぞーみたいな麻痺薬が無いかと探したが、そんな都合が良い物は見つからなかった。

まあ、マテンニールとトリカブトで十分ではあると思っている。


それから、見られてる場合を考えて小麦粉が入った小さい袋をいくつかポケットに入れるようにした。これを相手に投げつけると同時に加護を発動させれば、希少な加護持ちなのを怪しまれる確率が下がるだろうとの考えだ。

粉末の毒を投げつけられたと誤解するからだ。


あれから、総合ギルドの図書室で定住すべき土地を探しているが、下水道については州都であればほぼ全てで敷設されているようだ。

その中でも今、定住先候補にしているのが、東の方にあるアーヘン州だ。


候補にしている理由はいくつかある。まずは、近くに大きな森林地帯があり薬草の採取が容易そうな点。

海がそこそこ距離はあるものの近めで、海の幸を楽しめそうな点、こっちに転生して醤油は未だ見つけていないが魚醤ぐらいはあるかもしれない。

近くに大きな湖があるためか、州都ザレの特定地域には上下水道が完備しているらしい点。

これなら、転生してから一回も入っていない風呂にも入れるかもしれない。貴族や豪商はどうか知らないが、こちらはお湯で拭いたり、水で洗ったりが基本なのだ。

あとは王国や小国群とは離れているので紛争とも無縁ぽい点。

ここを納めている四級貴族アーヘン卿の治政も問題が無さそうな点、などなど。


ただ、ここからおそらく概算でも2000kmぐらい離れているから、かなりしっかり準備と順路を検討する必要がある。

いくつかの州を経由しながら向かうことになるだろう。

金については既に金札で150枚以上、日本円で1500万円以上は持っているので移動するのに十分だとは思っている。


ちなみに、総合ギルドには銀行機能もあり、口座開設すると国民証に貯蓄量が記録されているので各州ごとの総合ギルドで預け出し入れが可能になっている。

ただし利子は一切つかないが。まぁ日本の銀行の利子もあってないようなもんだったから同じっちゃ同じだ。

とは言え、この辺も王国に比べると遥かに進んでいる。



いつ頃アーヘン州に向けて旅立つか、そもそも本当にアーヘン州で良いのか、など考えながら今日も薬の納品を行う。


「おや、トール坊。今日も薬の納品かい?」


総合ギルドの薬師窓口にいるおばあちゃん職員はいつも俺の事を子ども扱いする、中身は30を越えているから正直違和感バリバリだ。


「ええ、鎮静薬と加護回復薬を持ってきました。」


「じゃあ、この納品壷に入れておくれ。」


納品用に各サイズ用意された壷の内、丁度いいサイズの物に薬を摺りきりで入れる。

納入と検査する仕組みは王国と同じだ。多分、皇国側からこのシステムが王国に伝わったのだろう。

壷に入れた薬を、職員がじっと見る。


「……相変わらず良い腕してるねえ、トール坊。検査しなくとも長年やってる私には分かるよ。

アンタ加護回復薬もわざと低品質のを作っているだろう?そろそろ三級の試験を受けたらどうだい、確実に通るだろうよ。」


「いえいえ、まだまだですよ。四級でも十分です。鑑定お願いしますね。」


「まったくトール坊は、納入義務が面倒だから試験を受けないつもりだろう?仕方ない子だねえ…」


ブツブツ言いながら少量持って、奥の部屋に入っていった。



検査が終わったらしい、部屋から職員が出てきた。


「鎮痛薬は一級品質、加護回復薬は四級品質なのを確認したよ。流石だねえ。

この量だから…、合算で金札1枚に銀札2枚だよ。口座に振り込んどくかい?」


「ええ、全額口座に入れてください。」


国民証を渡すと、四角い箱に国民証を置き、よこにある数字が書かれたテンキーパッドのような物で入力した。

終わったら、手書きの金額と本日の日付が書かれた領収書をもらう。


「トール坊の薬は評判が良いからね、また頼むよ。」


「ありがとうございます、また調合したら持ってきますよ。」



薬の納品が終わると、今日は槍の講習会に参加する。

運が良いことに、ちょうどヘルヒ・ノルトラエに皇国で高名なアヒム・ブフマイヤーと言う名の槍使いが講師として来ていて、学ばせてもらっている。

どうも、国境警備隊の訓練としてノルトラエ卿がたまたま呼んでいたらしい。


ブフマイヤー流は槍の流派だが、グレイブやハルバードのような先が刃状になったタイプも扱うことが出来る流派だ。流派としての槍術の熟練度は、王国で学んだ槍術とは雲泥の差がある。


この件もそうだが、オナージュから丁度いいタイミングで出る馬車に乗れたり、皇国移住の推薦出来る人に良いタイミングで会ったりとこの世界に来て、

運がかなり良いような気がする。もしかするとこれも俺が貰った加護によるものなのかもしれない。単体の加護としては『天運の加護』とかいう名前だったか。


この世界に転生してから、特に衛生観念の低い王国でさえ一度も食あたりを起こしていない事からも、薬調合系の破格の加護に加えて高い毒耐性の加護も得られていたっぽいし、やはり『薬師の加護』を授けた大いなる天主と呼ばれる存在が自分でも言っていたが、相当な大物だったんだろう。


そんな事を考えながら槍を振っていると、ブフマイヤー氏に声をかけられる。


「ふむ、相変わらずトール殿は大変筋が良い。やはり槍使いとしての天賦の才がある。」


「ブフマイヤーさん、ありがとうございます。」


「何度も聞くがブフマイヤー流を本家で真剣に学ぶ気は無いか?君なら、ブフマイヤー家の分家になるのも夢ではないと思うのだが。」


「いえいえ、私はあくまで薬師ですよ。」


「うーむ、そうか…。残念だが仕方あるまい、気が変わったら教えてくれ。」



本当にアーヘンを定住の地にするのか、いつの旅立つのか、など考えながらしばらくはこういう感じに生活を続けよう。

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