幕間 ボトロック家の父と娘
ボトロック邸宅 トールが去った執務室にて
「ユリー、息災で何よりだ。しかし、最初は婚約者でも連れてきたのかと驚き、期待してしまったぞ。」
「父上、流石に年が十も下の男は対象ではありませんよ。私の婚約者はいずれ。」
「ふふ、お前より強い者が最低条件で婚約者が出来るのかどうか。しかし、あのトールとやらを推薦したのは何故だ?
薬師として優秀と言っても、皇国にも少なからずおるだろう。」
「彼、トール君は害獣討伐は基本しないのでそういう意味では目立ってはいませんでしたが、調べたところでは複数人の悪党を相手に一人で捕縛・討伐した経験も何回かありました。
薬師としても、若いのにかなりレベルの高い薬を納品すると総合ギルド職員の間では評判でして。
懇意の職員に彼が納品した薬を見せてもらいましたが、確かに純度が高い物でした。
おそらくあの若さであれが作れる薬師は、皇国ではそうはいないはずです。」
「なんと、そこまでの腕前だったか。しかし、そんな腕の良い薬師が王国のどこから沸いてきたのか?」
「いかにも。そこが私が注視した点です。ギルドには村に流れ着いた腕の良い薬師に教わったと説明していたようですが、それにしても腕前が良すぎる。ボルソンにも視てもらいましたが、やはり相当な才覚を持っているようです。
話してみても王国それも相当な田舎出身の15歳とはとても思えぬ態度と知能を感じました。」
「なるほど、それで推薦したわけか。」
「ええ、さらに見極められればとギルドに薬師の帯同を希望することで豚人討伐に一緒に参加させ様子を見ることにしたのです。
その後、刃が通らない変異種が現れて私とボルソンでも倒せるかどうか怪しい状況になったのですが…。」
「ほお、よく切り抜けられたな。」
「最終的にはトール君が調合した毒薬を使って倒しました。毒薬も見事だったのですが、一番気になったのは変異種と戦っている時の彼の様子です。
私とボルソンが苦戦しているのは見ているのに、逃げるでもなく慌てるでもなく、それを少し離れて冷静に観察していたのです。」
「お前たちに全幅の信頼を置いていたということか?」
「その可能性も有りますが、私はおそらくトール君は『一人でも切り抜けられる自信があった』と見ています。あまりに冷静でしたので。」
「つまり、類稀なる武術の実力を隠しているか、何か特殊でかつ強力な加護を隠し持っている可能性があるという事か。」
「ええ、ゆえに総合的に考えて皇国移住を推薦しました、本人も希望しておりましたので。つまり、私が王国を探索する目的にも合致しております。そして推薦という恩は売ってある状態です。」
「なるほど、ならばトール殿とはこのまま友誼を結んでおくのが賢明だな。
しかし、お前の言う通りあの王国とはいえ、探せばいるものなのだな。」
「やはり数は力ですよ、父上。愚かな王が治める小さな王国とは言え、百万を超える民がいる国です。加護だけ考えても発現確率を鑑みれば、数十人は有用な人物がいるはずです。」
ノックの後、ボルソンが入ってきた。
「ボルソン、客間に案内したトール殿はどうだった?」
「気になった点が一つ。途中トイレを利用されましたが、使い方を聞かれたりはしませんでした。」
ユリーがそれに反応する。
「王国には水洗式のトイレや下水道は無いはずだし、その事は王国ではそれほど知られていないはずだ。なのに王国出身でありながら問題なく使えたという事だ。」
「ふむ。たまたま使えただけの可能性もあるが、仮に知識として知っていたとすればどこでそれを知り得たのか?なるほど、やはりトール殿は侮れないな。彼はヘルヒ・ノルトラエに定住するつもりか?」
「そこまでは聞き及んでおりません。これから決めるのやもしれません。しかし、少なくとも貸しはある状態です。」
「ここに定住するにせよ、別の町に行くにせよ、最低限の動向は掴んでおきたい。ボルソン、諸々対処しておけ。」
ボルソンが頷くと、部屋を出て行った。
「ユリーは、また王国に行くつもりなのか?」
「これで数名連れてこられましたからね、しばらくはこちらで剣の腕を磨こうかと。
変異種に我が剣が通らなかったのが今を持ってなお無念でして。」
「そうか…。」
もう25にもなったのに未だこの感じで、女としての愛嬌は鳴りを潜め、頼もしさと凛々しさは日々増すばかり。
婚約者が出来る事が将来あるのだろうかと少し頭が痛くなるアーブラハムなのだった。
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