第18話 皇国民になる

あれから一週間経って、ついに皇国に移る日になった。


カンブレスの町に着いて以来コツコツ、と言っても実際のところ薬師の加護のおかげで楽々稼げていたが、主には薬の調合および納品で金貨100枚近く(約1000万円)を貯めて言語の読み書きもオナージュの町で貰った本で十分に勉強した。

準備は万端だ。


小鳥亭には長い間お世話になったな、女将さんにはしっかりお礼を言っておかないと。さて、ユリーとの待ち合わせ場所に向かおう。



「おはようございます、ユリーさん。今日はよろしくお願いします。」


「おはよう、トール君。では国境に向かおうか。」


予定では、国境にある緩衝地帯の皇国入国審査所まで一緒に行って、ユリーが俺の推薦手続きをした後に20枚の金貨を渡して、簡易な試験を受ける事になっている。


国境近くまでは約20kmあるが、これは歩いて向かうことになっている。

カンブレスの町に滞在して数か月、思い入れも少し出てきたが、元より留まるつもりはない。

ありがとうカンブレス、と言いつつも多分二度と戻る事は無いだろう。



国境付近まで来ると、城壁のようなものが見えてきた。結構遠くまで続いているので、これで国境を遮っているのだろう。


城壁の300mぐらい手前から、木で出来た柵に覆われた小学校の運動場ぐらいのスペースがある。ここは国境付近の緩衝地帯だろうか?


さらに城壁の近くまで進むと、巨大な門があり、その前には衛兵が10名ほど立っていて、門の横には3階建ての、石造りの建物が見える。


「そこが皇国入国審査所だ、早速入ろう。」


中に入ると、若い男性が受付のような場所に座っている。さっき立っていた衛兵と同じ制服のようなものを着ているので多分皇国軍の兵士だろう。


「今日はどういったご用件でしょうか?」


「王国からの移住希望者を連れてきた、私が推薦人になる。

私はボトロック家に連なる、ユライシャイア・ボトロックだ。」


「失礼ですが、国民証を拝見してもよろしいでしょうか?」


ユリーはボルソンが担いでいる鞄から、見たことが無い文字が複雑に書かれた1万円札ぐらいの大きさの金属製プレートのようなものを取り出させ、それを兵士に渡した。


「では、拝見いたします。」


台座のような所にプレートを置くと、台座の下からインクが染み出し、台座に繋がった板のような部分の上に置かれた紙に文字が浮き出してきた。


「(なんだこのハイテクな仕組みは!?王国でこんなもの見たこと無いぞ?)」


兵士が紙の内容を精査している。


「確かに、ボトロック家の方である事を確認いたしました。それで移住を希望される方はそちらの若い方ですか?」


「いかにも、名をトールと言う、王国出身なので家名は無い。

若いながら非常に腕のいい薬師だ。さらには槍で害獣退治をする程度の武も持っている。」


兵士はこちらの顔を見ながら、分厚い冊子を取り出してページをめくり始めた。

人相書きと名前が書かれた本だ、おそらく指名手配犯リストだろう。

最後のページまでめくって確認をして、本を閉じた。


「指名手配犯ではないのは確認いたしました、ユライシャイア様失礼ながら伺います。そちらのトール様は人となりは問題ない方でしょうか?」


「うむ、私が保証する。つい先日もカンブレスを脅かす害獣駆除に参加し活躍した経験もある。」


「それは重畳でございますね。承知いたしました、ユライシャイア様の移住推薦を受け付けます。」


「それではトール様、移住に際して必要な金貨と試験を受ける準備はよろしいですか?」


「問題ありません。」


「分かりました、ではまず金貨40枚の提示と、うち20枚の皇国への納入をお願いいたします。」


鞄から金貨40枚を取り出し、カウンターのような場所に置く。兵士が枚数を数えその中から20枚数え取って、

紙と鉛筆のようなものを取り出した。ほー、皇国には鉛筆があるんだな。


「確かに40枚ある事と20枚の徴収を確認いたしました、こちらの納税確認書の2か所にご自身の名前をお書きください。」


トール、とこちらの言葉で2か所にサインをすると下部分を切り取りこちらに渡してきた。


「こちら納税証明書ですのでお持ちください。では2階で試験を受けていただきます。ユライシャイア様はいかがされますか?」


「うむ、良い機会なのでこのまま一回皇国に戻ろうと思っていてな。

トール君の試験が終わるまで待たせてもらおう。」


「(何?そんな事は聞いてなかったぞ、ここでお別れとばかりに思っていたが…)」


「承知いたしました、向こう側に待合室がございます。そこでお寛ぎください。」


「うむ、ではトール君試験を頑張ってくれ。」


ユリーとボルソンは、入って右側にある部屋の中に入っていった。


「トール様はこちらです、彼についていってください。」


脇に立っていた別の兵士に2階を案内される

その後、机と椅子だけが置かれた部屋に通され着席を促される。


「こちらで試験を受けてください、こちらが試験です。制限時間はございません。」


鉛筆と試験が書かれた紙が渡される、内容は名前を書く欄に、四則演算と読み書きが出来るか程度を問う簡単な問題だ。

案内してくれた兵士が横についてカンニングしないか見張っているようだ。


15分ほど、こちらの単位だと1/4刻ほどしてから終わった旨を伝えると、その場で兵士が結果を確認しだした。

その後、名前欄の横に赤い鉛筆で丸をつけてこちらに渡してきた。


「試験は合格です。では、こちらの試験紙を持ち、入口の受付までお戻りください。」


入口に戻って、先ほどの兵士に試験紙を渡す。


「おめでとうございます、試験は合格です。これで全ての移住手続きは終わりました。最後に確認いたします。

トール様、貴方はプリヴァ王国からゾーゲン皇国への移住を希望し、ゾーゲン皇国の発展のために民として働くことを誓えますか?」


「はい、誓います。」


「では、こちらの宣誓供述書の内容を確認の上で、2枚に名前をお書きください。」


宣誓供述書はやたら小さい文字で書かれた注意文があったりはせず、移住を希望する旨、犯罪を犯さない旨など当たり前の事しか書かれていなかった。

なので、署名欄にトールと書いた。


「おめでとうございます、トール様。これで貴方は栄えある皇国民たる資格を得ました。2枚のうち1枚は、皇国内で国民登録する際に必要となりますのでお持ちください。」


これでやっと第一の目標に到達した、文化的のんびり生活への第一歩だ!

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