第96話 銀河系外縁の戦い⑦ アレハンドロ・パーラ
「先輩さん起きてください。無線が来ました」
パーラの寝落ちを狙うつもりが笹本の方が先に寝落ちてしまっていた。
長丁場の戦闘行為は皆随分自由にやっていたが、今回は笹本も乗組員も窮屈そうだ。
「しまった!すまない寝てたよ。戦局はどう?」
「大丈夫です。何も変わっていません。それより無線です。ブラジル警察ガムラン署からです」
「来たか?出ます!」
笹本が勘ぐっていた通り、パーラの家族は軟禁されていた。
「首尾はどうでしたか?はい。はい」
笹本は無線機の前で頭をペコペコ下げながら応答している。
「何で日本人は相手が見えない所でもお辞儀をするんだろう」
サントスの疑問は朗報の向こう側に消えた。
「はい。全員救出?その映像送れますか?」
その映像が前面モニターにアップされる。やつれた感じではあるが被害者救出者全員怪我無く終わったようだ。
監禁していた者達は逮捕され、ブラジル警察に送られた。
笹本が突如動き出す。先ずは制服を着替えて髭をきれいにあたって貰い、頭髪を整えて貰う。全てこの瞬間の為に用意したキャスト2人がフル稼働する。
黒の肋骨服に白のスラックス。寝癖も服装の乱れもない装いになった笹本は、自分では気付かないがなかなかの風貌になっている。
ここで笹本が呼びかける。
「ミアリーさん。すまないがパーラ提督に3Dホログラムを繋いでください」
「はぁい。分かりました」
通信手のミアリー・ラボロロニアイナの返事はどこか間が抜けている。
無線はすぐに繋がり、無線妨害も停止されている。
「おや若者よ。降伏でもしてくれるのかね?しかしやられたものだね。無線妨害に偽電文、おまけに指揮艦にピンポイントで揚陸。見事としか言いようが無いな」
案外パーラは気持ち良く話せる人物だ。
「逆です。パーラ提督に降伏を勧告します」
「ほう」
笹本の背後には救出されたパーラ提督以下の家族が大写しになっている。
「パーラ提督その他将兵の家族はこの通り無事に救出出来ました。これで閣下には戦う理由は無くなるはずです」
「なるほどね。それは降伏を勧告する良い理由になるな。しかし私が徹底交戦をすると言ったらどうする気でいるのかな?」
笹本はこの問いかけに慎重に答えなければと思った。そして答えた。
「ご家族に罪は有りません。解放します。しかしパーラ提督の艦船のテレポーターをメーカーに依頼して切ります。その上で国家連邦政府の宇宙軍、その他に集まって貰い兵糧攻めにします」
「なるほど明確な解答だ」
「サークルリーフの参謀長。貴殿の勝利を称えよう。降伏する」
その降伏を聞いた瞬間、艦隊のあちこちから歓呼と拍手が上がった。
「分かりました。それでは僕が直々お迎えに上がります」
武装解除は大場一家と小鳥遊、アリーナの他腕に覚えの有る者で、事前に暴力行為をしない事を厳命して案内させた。
降伏は嘘偽り無しであり、パーラ提督旗下の将校は口々に「見事な勝利でした」「お縄、頂戴致します」と、丁寧な投降をした。何人かの差別主義者が潔しとせず暴れたが、特にアリーナは暴れ足らないようで、金属バットで渡り合い、見事に勝利した。
投降したパーラ提督はすんなり取り調べに応じた。取調室で笹本は聞いてみた。
「何故実力主義の公国に向かわれたのですか?」
まず笹本に家族を解放してくれた礼を述べ、その後に告げた。
「若者よ。戦争とは本源的には殺しあいなのだ」
「はい。今は死ななくなりましたが」
「そうだな。だが民間人はどうだろう。ルルーがやった通りだ。私達軍人はそのような悲劇が起こる前に戦争を終わらせなくてはならない」
笹本は頷きながら聞いていた。年上で高ランクの提督の仰せなのだ。
「私も良い年だ。戦争は無いが早期に終わらせる戦略家という職業の後継者が欲しかったのだが、生憎アルゼンチン宇宙軍は『考える』事を私に丸投げしてしまった」
「だから実力主義の公国に目を付けたのですね」
「その通りだよ。実力者が集まると思っていたのだが、生憎集まったのはあの通り人種枠に落とされたと錯覚したおかしな奴らばかりだったがね」
「もしかしたら戦争になる前から家族を軟禁されたのですか?」
「そうだ。こうなると逃げ出す事も出来なくなった。仕方なく公国の歯車になったよ。だがカノープスでサークルリーフの君を見つけた。後継者は敵陣に居たのだ。まあ既に私を追い越したようだがね」
一気に話して疲れたのだろうか。先刻ミルクと砂糖をドバドバ入れた甘ったるい珈琲を流し込んだ。
取調室をノックして、叢雲が缶コーヒーを何本か抱えて入ってきた。
「パーラ提督閣下、初めまして。先輩さ……いえ、笹本参謀長の部下、叢雲早苗中将です。甘くてミルクが多めのコーヒーがお好きとか。これをどうぞ」
叢雲が持っていた缶は練乳入りの甘ったるいコーヒーと評判の『リミットコーヒー』だ。
「ああ。ありがとうお嬢さん。君が殲滅女王と呼ばれた方か」
パーラ提督がリミットコーヒーをクピリと飲み、満面の笑みで続けた。
「世の中にこれほどの珈琲が有ろうとはな」
思いの外甘いものがお好きなようだ。アレハンドロ・パーラ。年齢59歳。厳つい身体と険しい顔のオジサンだ。
「ところで、戦争の無い時代にも戦略家の必要性を感じますか」
「必要無いと見込んだ結果がブラジル領小マゼランの惨劇だと認識しているよ」
「そうですか。今投降してお気持ちは如何ですか」
「やっと会えたよサークルリーフ、殲滅女王、そして第6艦隊の皆さんに。まさか民間人の集団がここまでとは思わなかったよ!素晴らしい戦果ではないか」
「ありがとうございます」
パーラは投降以来全く反抗的な様子が無い為。また本人も家族を人質に取られていたという被害者でもあり、更に公国からの亡命まで打診してきた事から艦隊内でかなり自由な行動が許された。
パーラ提督はとにかく色々な人に戦略と戦術を話し、第6艦隊のこれが見事あれが見事、これは今一つだという話をし続けた。
右腕を失った小島と仲が良いアリーナも、元々荒れた高校生だった小鳥遊もパーラ提督に突っかかること無く聞き手に回っていた。
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