第97話 戦後

 パーラ提督たっての希望もあり、笹本と共に小島かなめが入院している病院に見舞いに向かった。

 

 小島がパーラに噛みついて怒りだしたら止められる自信は無かったが、小島は意外にもパーラ提督と笹本に笑顔で対応した。

「パーラ提督、病院の寝間着のままで失礼しますよ」

 小島はニッコリ笑いながら対応している。

 

 腕には脳の指令を受けて自在に動く義手が填められている。その義手ごと再生医療で腕を元に戻すのだが、完了した頃義手は身体に吸収されて無くなるそうだ。

 小島自身はその腕で2Dシミュレーターで何やらしていたのをセレクトボタンで停めている。

「カミカゼガール。こんなにも若い方だったとは。腕はまだ痛みますか?」

「痛かったですよ。死ぬかと思いましたよ、死んでないですけど。千切れたかと思いましたよ。千切れたんですけど」

「カミカゼガールの勇敢さと粘り強さを称え、負傷を見舞います」

 

 小島は血液がまだ足らないようだ。青白い顔を向けて答える。

「ありがとうございますパーラ提督。でもきっと勇敢さと突撃だけでは提督には勝てないんですよね」

「ん?」

 パーラ提督は小島の言いようが分からない。

「シミュレーターでパーラ提督を相手に何度やっても10分以内で私では負けます。もう56連敗ですよ」

 小島が2Dシミュレーターを振りながら答える。

「大怪我されているのですから休まなくては」

 パーラ提督が諭すが小島は止める気は無いようだ。

「そんな暇ないのですよ」

 小島はニカっとした笑顔で答えた。

「カノープスの笹本さんはパーラ提督に手出しできなかった。今日、笹本さんはズルとインチキと提督の心理を突いて降伏して貰いましたよ。でも明日の笹本さんは正面から戦って必ず勝つんだよ」

 小島は一息ついて続けた。

「今度は私も奇襲と捨てがまりを研究対象にします。今日は勝てない。多分明日も勝てないよ。でも10年後の私は健闘しますよ」

 ここで一気に話してむせた小島を敵将だったパーラが労わる。でも小島は止まらない。

「今度運悪く敵になった時は、どうかこの小島かなめも恐れて欲しいよ。それほどまでに第6艦隊はパーラ提督にとって高い壁にもなるんですよ」

 ここで小島は力尽きたようにがっくりとベッドに倒れ込んだ。それでも意識は手放していない。ここが小島の執念の見せ所なのだろう。

「嗚呼。このカミカゼガールの十分の一程度の方でも手元に居れば私はアルゼンチンに見切りをつける事は無かったよ。神は不遇だ。何故このお嬢さんを私の前に送って下さらなかったのか」


「へへ。誉められちゃったよ」

 小島が左手を差し出す。それをパーラががっちり握る。

「恢復したら何時間でも付き合いましょう。だからその日の為に今はご自愛くださらんか」

「約束だよ。色々教えて欲しいよ」

「ええ。必ず。その為にはまず体調を万全にしよう」

 小島は返事をすること無く寝てしまった。


 小島の見舞いを終えた笹本に、パーラは小島の事をべた褒めし続けた。

「なんと高い向上心、なんと素晴らしい」

「あのような若者がまだ居ようとはね」

「力強い躍動を感じるよ」

 パーラは年甲斐も無い程盛り上がっていた。

 その日監視役というか、一緒に随行する事になった笹本と共に夕食やらを楽しみ、挙げ句笹本の部屋でいつもの面々を招いて色んな事を話した。


 翌日、パーラは挙げ句の果てに第6艦隊参謀府会議にまで参加した。この投降者ノリノリだ。

 比較的に何をしても悪くは言われない。むしろ下手な凡人捕虜提督より喜ばれている。


 それだけではない。

 参謀府会議には元アルゼンチン宇宙軍出身者がぞろぞろ来ている。昨晩から参加申請多数の連絡を受けていた。

 元アルゼンチン宇宙軍の将兵はその全てが国家連邦政府への再入隊を申し出ているばかりか、差別主義者の親衛隊等を既に捕らえてナノテクマシンを解除した上で牢に入れてあった事が高く評価されていた。

 その他にも各対決した第6艦隊の乗組員が仲良くなっており、小鳥遊は早くも航宙機シミュレーターで何度もやり合っていたり、大場忠道と対決したナイフ使いは剣術サークルに足しげく通っている。

 そしてその全てが第7艦隊の乗組員になり、今後の戦役に出る事になっている。そしてパーラ提督はそのまま第7艦隊の提督になる。

 

 お互い仲が良いのは素晴らしい事ではあるが、これがつい先日強烈に対決していた相手なのかと不思議になる。

 しかし若干の軋轢あつれきは有るようで、やがて第6艦隊の集まりとパーラ提督の集まりになんとなく分かれて待機している。まあこの程度なら普通な話だと笹本は思うが、意外にも会議が始まって驚いた。

 パーラ提督に促されるまで誰一人発言をしなかったのだ。しかもその意見はその殆どがアリーナの口から出たのかと思う程稚拙ちせつで、しかも自信が無いのか声も小さめだった。


 『これは苦労しただろうなパーラ提督』

 笹本は思わずには居られなかった。艦隊運営は独りでは出来ない。それを無理に独りでやらされていたのだ。

 第7艦隊ならばあそこもあそこで面白い人物が居る。

 しかしパーラは案の定言い出した。

「すまないのだが、この会を第7艦隊も共に出来ないかな?」

「もちろん大歓迎です」

「いや助かるよ」

 例の練乳入りの甘ったるい珈琲を飲みながら続けた。

「新人とうちの子飼の将兵を宜しく頼むよ」

「はい」

 

 ごく普通な会話なのだが、何故か丸投げされた感が笹本を襲った。 

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