第94話 銀河系外縁の戦い⑤

「お見事。でかしたな、若いの」

 雄哉に麻酔弾を撃たれ倒れた敵のエンブレム持ち師団長をAI歩兵が片付ける。

 何気に二人とも負傷兵だ。一時後退して手当を受ける事になる。

「あのさかーちゃん、無闇にくたばらないでくれよな」

「敵の手にかかりて生き恥晒すのもね」

 雄哉は母を心配している訳ではない。続けた。

「大場家の竈番かまどばん僕しか出来なくなるんだよ」

「ああ。そうだったわね。みぞれの家事音痴と味音痴は誰に似たのかしらね」

「そうだよ。だからかーちゃんにくたばられたら困るんだ」

「雄哉にとってはそうかも知れないわね」

「だから助けに来たよ。大場家最強のかーちゃんの救出。大場家最強はいただいたね」

「雄哉も霙も分かってないわね。最強はお父さんよ」

「だって戦う前によく負けてるじゃんか」

「お父さんが財務担当出来ると思ってるの?母は心を鬼にして家計を守っているだけよ。お父さん、私が放つ矢だって叩き落とすんだから」

「え?そうだったの?」

 霰と雄哉の母子おやこの会話は診察の時まで続いた。

 

「ヘックション!」

 その頃サムライダディこと大場忠道は今までに無い敵と対峙していた。

 全身から滲み出る殺気と鋭い目付き。左手の裾に手を回すそれは、完全な近接戦闘CQCの使い手だ。恐らくはナイフ使いだろう。

「やあサムライダディ。貴殿に恨みは無いが提督はあなたを痛くお気に入りでしてね。捕虜に取らせて貰いますよ」

「ほう?やろうと言うのかね?剣の道をかけ登る者同士、サシでやり合おう。尤も、敵だから闘うまでのこと。こちらにも恨みも辛みも有りはしない」

 忠道は中段に構え、ナイフ使いは右足を踏み込み、他流試合と言う名の戦闘が始まる。

 『コイツ、出来る。動けば、間合いを詰めたらやられる』

 『流石サムライ。どうしたら良いんだよ』

 お互いに切り詰めたにらみ合いが3分以上続く。

「かかってこいよ」

「そちらこそ。間合いを詰めなくては斬れないだろうに」

 

 暫くの沈黙の後、先に動き出したのは敵のナイフ使いだった。大きく後ろに飛び退き、ホルダーから拳銃を構え、すかさず放った。

 銃声は2発。これは軍隊なら当たり前の仕様だ。

 しかし弾は2発共外された。忠道が2発共刀で弾いたのだ。しかもその内の1発はナイフ使いに真っ直ぐ跳弾ちょうだんした。

 太股ふとももに自分の弾を喰らったナイフ使いはその場に倒れ、潔く降伏した。

「負けました。拳銃なら勝てると思ったのになぁ」

「甘いですな。よほどナイフの時の方が恐ろしかったですぞ」

「そうか。悔しいな」

「悔しがる必要なんか有りません。戦争が終わったら私の所に来なさい。あなたの腕前なら一流の剣士になれるでしょうから」

「敵にかける情けまで一流か。サムライダディ殿、まさか弾丸を送り返すのも狙ってやったのですか?」

「はい。やりましたとも」

 完全敗北を目の当たりにしたナイフ使いはむしろ清々しい顔をして連れて行かれた。

「今まで対峙した相手の中で一番強かったですよ」

 去り行くナイフ使いに声をかけた。


 去り行くのは旗艦チェリーブロッサム号の危機ではあったが、わずかの間に戦局は覆されていた。

「くそ!みんな頑張ってくれているのに。僕はまだ届かないのかよ」

 笹本が苛立つ。しかし戦局は覆らない。

 現状の戦力差は8千対3千。第6艦隊が3千だ。本当にわずかの間に、笹本が指揮を執り辛くしている間にパーラがやりやがったのだ。

「司令長官。悔しいですが一回目は我々の敗北です。総員退艦をしましょう」

 笹本が進言する。

「よろしい。君を信じたよ。総員対艦!」

 グェン司令長官兼提督の発令に全員の緊急脱出テレポーターが作用し、移動が開始される。

 場所は先ほどの戦場から1パーセク約3.2光年の位置だ。事も有ろうに笹本はそこに丸々1艦隊分のブランク艦隊を用意し、そこから継戦を諮ったのだ。

「見たか!僕最大の卑怯なやり口。ゾンビ艦隊大作戦の発動だ!」

 そこには戦死判定を受けた多数の乗組員が乗っている。

「貴方。パーラに散々悪口言われたらいいわ」

 エチエンヌのエスプリも切先が鈍い。

「そうさせてもらうさ」

 

「あ。発注主さん。すみませんけど我々は引き上げますね」

 笹本に意味不明な伝言が3Dホログラムが入って来る。

「揚陸艦でお世話になっております蒲郡重工です」

「駆逐艦を納品に来ました。五ノ三造船と申します」

 各造船所が笹本に挨拶し、帰って行った。

 

 実はどの造船所も1から5艦隊の造船でパンク状態だったところに更なる追加発注をかけたため、どの渉外担当者も目にクマを作って倒れそうな顔をしている。どうやら作業ラインを増やす為に駆り出されたり、そのまま何日も家に帰れなくなったようだ。また機密にならない部品の発注先を新規に開拓し、重工業全体が無理をしてしまっているらしい。


「え?はい。ありがとうございました」

 笹本の礼を聞いて彼らは帰還した。

「いや間に合わせたか凄いね。聞いたことが有るよ。日本人の『出来ません』ほど信用に値しない言葉は無いって」

 ウルシュラの戯言にも今なら付き合える。

「なんだその出来ない事が無いみたいな言い草は」

「だってそうじゃないか。ブラックホール推進機、テラフォーミング、超ひもワープ。どれも日本人しか出来ないんだよ。そして今私の目の前で新たなる伝説が始まっている所なんだ」

「どんな伝説だよ」

「知れたことを聞かないで欲しいな。伝説の主人公は笹本君だよ。それだけ言えばもうどんな伝説かは言わなくて良いよね」


「うわーん笹本さーん。戦線離脱だよ」

 小島から緊急3Dホログラムが入ってきた。

 総員退艦前に小島の座乗艦『一豊号MK-2 SR deluxe』が撃沈されていた事は聞いていた。しかしその時小島はテレポーターの不具合で右腕を吹き飛ばされていたのだ。

 その無くなった右腕を見せびらかしながら小島は笑いながら報告する。

「痛かったんですよ?今は手当てが済んでどうとも無いんですが、再生治療に入るまでは絶対安静だって言うんですよ」

「安静にしていろよ。頼むから」

「そうしていますよ。お見舞いにはさ□やかのげん△つハンバーグよろしくですよ」

 そう言って通信が切れた。

 

「間もなくレーダーに敵を捕らえます」

 各務原の報告に笹本の顔も引き締まる。

「前回と違い作戦は衝角ラム戦を大目に。どうもかなり乗組員が散らばっているようなので上手く狙って少しずつ倒しましょう」

 各セクションから了解やオー!の声を聴いて通信が終わった。このゾンビ艦隊作戦で8千対5万で仕切り直しが出来たのは笹本にとって物凄く大きな事だ。そして今、静かに最後の作戦が山場を迎えているのだ。

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