第92話 銀河系外縁の戦い③

 大場みぞれは当初駆逐艦の筆頭船団長になるものと、笹本も参謀本部員も思っていた。しかし霙を含む大場一家だけがそれは無理だと肩をすぼめて笑っていた。

 その理由はしばらくして判明した。

 若干霙は意志疎通に難が有り、日本人以外との会話では伝わる事は伝わるのだが、海外の人と話す折りにはオノマトペが多すぎて何が何だか分からないハルケギニアと言われるのだ。


 実際第2駆逐艦船団には日本人しか乗って居ないという異例の編成だ。

 彼女を筆頭船団長として指揮官にする事が出来ないとなった時、逆に光ったのが弟の雄哉だった。

 懇切丁寧な指示と説明で筆頭船団長には雄哉が推戴された。

 霙はその決定に異論を挟まず、笹本に『ホッとしました』などと言いながら笑っていた。相変わらずとろんとした眼をして、袴姿の編み上げブーツのハイカラさんな出で立ちで、ほんわかした顔立ちで、そしていつものポニーテールで。

 結局駆逐艦船団の筆頭船団長補佐官的な役割で、姉弟きょうだい仲良くやっていたが、姉には姉の矜持きょうじと役割もそこにはちゃんと有る。それこそが雄哉旗下の一番部下たる事である。

 その結果こそが今回の航宙母艦2隻撃沈である。

 

 大戦果に盛り上がる駆逐艦乗組員。しかしここで今一度冷静にならなければならない。なんと言っても目の前にいるのはあのアレハンドロ・パーラなのだから。

 その浮かれた感じを払拭したのは他ならぬ霙本人だった。

 「さあみんな。驕らずふて腐らず。勝利に向かって手はギリギリと熱く頭はキーンとクールに。そしてコリっとサクッと勝利目指していきましょう」

 「うん。相変わらず何言っているのかは分からないがニュアンスだけは伝わった」

 「うん。ニュアンスだけな」

 笑いながら掲示板が賑やかになるが、概ね踏み外さない感じになっている。

 

 笹本はパーラと同じタイミングで回頭を終わらせ、お次は電磁レーザーの撃ち合いになっている。

 お互いまだ至近距離なのだ。かといってターンを遅らせて距離を取ろう物なら背後ががら空きになる。航宙機のようにおいそれと前後が逆転なんかしないのだ。

「各艦後退しながら打ち続けて」

「主砲充填急いでください」

「小天体は合間に置いて」

 戦場は込み入り、司令やお互いの会話文が入り乱れる。


 航宙機隊は小鳥遊率いる第1部隊から攻撃のメインがアリーナ・ガイスト准将率いる第2部隊に引き継がれ、引き続き艦船や航宙機の撃沈に勤しむ事になる。

「なんだ。タカオの奴め、美味しい所総なめしたみたいだな」

 ロケット弾を20発ずつ積み込んだアリーナが戦場を眺めてみれば、敵は最早航宙機による直掩インターセプトすら出来ない有り様だ。こんなのが兄とも慕うお気に入りの笹本が恐れた相手なのかと疑問になるが、多分まだ奥の手を隠し持っているに違いない。油断は出来ないだろうと思っている。

 その時突如アリーナの航宙機が一機撃墜された。

見れば地対空ミサイル『スティンガー』みたいな武器を携えた兵士が甲板から狙い撃ったのだ。

「あれはかつてサナエが話していた『ハエタタキ』って云う奴だな」


 アリーナは叢雲に聴かされた西暦年間の戦闘機落としに特化した兵士の話を思い出していた。その兵士の総称がハエタタキだと言っていたが、なるほど言いえて妙な言われだなと感心させられる。

しかしそのハエタタキ行為もせいぜい1機で終わりだ。100機持っているアリーナの航宙機の最後尾がものの見事にロケット弾をその兵士の真上に落とし、ハエタタキが緊急脱出テレポーターの向こうに消えた。ついでにその艦船も行動不能に貶めてやった。

 

 第6艦隊の方は宇宙縦深陣を描きながら徐々にバックで距離を取り始める。充填した主砲もぶっ放してやりたいものだ。しかし戦艦、巡洋艦が随分少なくなっているパーラはそれを許さない。とにかく接近して誘爆を狙う。

「誘爆覚悟でぶっ放してやりましょうか」

 叢雲が物騒な事を言いだす。

「そんな事は認めないわ!」

 意外にも笹本ではなく、エチエンヌが制止した。普段シミュレーターでやり合う時は味方の損害そっちのけで無理を通して道理が引っ込む真似をするエチエンヌが、頭に血が上り始めた叢雲を止めたのだ。

 シミュレーターに言わせると指揮官ランクCという、落第寸前のこの指揮官は、過たず実戦で冷静な参謀なのだ。

「ありがとうエチエンヌさん」

 思わず笹本が感謝の言葉を発した。

「え?いや?でも?普通の事じゃないの?」

 笹本はそれに答えなかったが、その当たり前が出来る人がこの艦隊には必要なんだと感じていた。

 

 電磁レーザーとナハトドンナーミサイル、そして航宙機による攻撃が続いているが、火力不足は感じている。

 本当ならそれはお互い様なのだ。しかし戦艦の数を活かせないのは少し気分が悪い。かといって実弾に切り替えたら今度は遠ざかって回避運動に明け暮れるだろう。

 実弾射撃は脚が遅いのでパーラほどの提督なら巧みに回避するだろう。

「戦艦が役に立たねえ」

 縦深陣の奥だけが個別発砲を繰り返しているが、そうなると真ん中だけがすっきりするだけだ。

「戦力分析を」

「現在敵艦残り15000、こちらは4万です」

「そんなにやられたのか?」

「はい」

 各務原の報告は無常だ。

 しかし笹本が想定したキルレシオ以内だ。思わず笹本が呟く。


「意外とやれるかぁ?」

 しかしそう言った瞬間に旗艦チェリーブロッサム号に衝突音と衝撃が走った。パーラが第6艦隊のお株である衝角ラム戦をけしかけたのだ。

 「15区画に敵の揚陸艦が衝突しました。白兵戦が始まります」

 警告ブザーが初めて鳴らされ、艦内の師団長クラスが騒ぎ出す。今まで鳴った事が無いそれに苛立ちを覚えだす。

「大場さんちに出撃要請を!」

 早速ハイライトに大場一家の到着とさっそく戦闘になっている様子が流される。

 もう一枚が事も有ろうに揚陸した揚陸艦に衝角戦を挑んだ揚陸艦の揚陸シーンだ。突如始まった白兵戦に各員が大騒ぎを始める。

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