第55話 Operation BABEL 1

 エチエンヌが召集したIT系スタッフは半数以上日本人だった。しかし、とりあえず栗林恵梨香がペンを走らす事にはなるが、意志疎通の手段なら幸いにして有る筈だ。

 「まずさ、ウイルスの侵入経路見つけてくれる人居る?」

 日本の人が三人手を上げた。

 「どのくらいで出来る?30分かあ。20分でケリつけてよ」

 日本人スタッフはスマホのタイマーをセットして答えたのだ。

 内1人がサムズアップで応え、タイマーを20分にセットして見せる。

 「ん。任せた」

 ウイルスの書き換えに勤しむウルシュラは他のスタッフと共に口の他にパソコンを打つ手を休めない。


 笹本は再び手持ち無沙汰にはなったが、発言は出来るようになった。

 「僕ならこの機を逃さず攻撃するんだけどな」

 「先輩さん、嫌なフラグ立てに行きますね。でも私もそうします」

 「だろ?だから」

 笹本が指令を書いて貰う為に恵梨香先生に目配せをしてから指令した。

「各艦船はいつでも動けるようにエンジンを暖め直してください。航宙母艦は哨戒機を出して。航宙隊は装備をして待機をお願いします」

 恵梨香先生からエチエンヌに指令が回る。何故かエチエンヌは眉をひそめてから指令を伝える。

 比較的に正しく伝わっているようだ。

 

 カフェテリア待機の日本人はもう居ない。無線でも何でも話し相手が見つかっているらしい。実は宇宙旅行者にとって話し相手が居ない事は致命的な結果を産む時がある。

 宇宙絶望症候群という病気が希に発生し、自殺にまで及ぶ鬱状態になるのだ。

 

 哨戒機が出て暫く、やっぱり敵が来ていた事が発見された。

 「えーと、敵艦見ゆ。艦数6万、エンブレムはCZの文字。提督名、テプラー……です」

 普段レーダーを見ているのは各務原だが、今は翻訳ソフトの都合で無理だ。第1戦艦船団に居る適当な師団長がレーダー手をしている。

 「距離0.23光年、53分後に接敵。だそうです」

 

 「ほら。フラグ回収だやったー」

 「ほらじゃないですよ。片付けましょう」

 「そうだね。散らかすとも言う」

 笹本と叢雲は最初から敵のテプラーという提督をバカにすらしていた。突撃を得意とする人物とはシミュレーションでしばしば対決していた。

 小島かなめである。小島のそれは巧みに弱点を突いて来るし、自分の被害を考えないだけ鋭く突き刺さる感覚がある。テプラーにはそんな感覚無いし、真正面から迫るだけで弱点を探る気配もない。

 小島に言わせると『突撃愛が無いよ。単に突撃に味をしめてるだけの人だよ』との事だ。突撃に向ける愛って何だろうなと笹本は思うのだが。


 「今回は言葉が通じなくて困ったね。高速戦艦と軽巡洋艦で日本語が分かる船団長は叢雲さんに従って右翼を形成してください。駆逐艦で日本人が船団長をしている艦は大場みぞれさんに従って左翼を形成してください。小島さんと雄哉君、あられさんと忠道さんはこの上空500メートルで待機してください。霙さんは分隊長に抜擢します。上手くやってください」

 笹本は恵梨香先生に目配せをしてメモの準備をお願いした。

 「居残った艦は旗艦を中心にすり鉢型に配置してください。持ってこれるようなら弾除けになりそうな小天体も持ってきてください。真ん中の皆さんは防御に徹して貰います。サントスの指示に従ってください。航宙機隊は接敵後背後に回って貰います」

 スケッチブックに書かれたメモをやはり眉をひそめて読んだエチエンヌが指示を飛ばす。おおむね順調に通っている。サントスは了解ですと言って頷いている。

 「先輩さん前回と配置が違いますね」

 「もう仕留めますテプラーさん」

 笹本から出てくる返事で、叢雲は作戦概要を把握した。

 「ケンジ、全ての手筈が整ったよ」

 「よろしい。全艦前進。迎え撃ちに行きましょう」

 しばらくしてエチエンヌから指令が発せられ、艦隊が前進を始める。彼我の距離が縮まり、互いが通信出来るまでに接近する。


 「提督、敵のテプラーからホログラム付き通信です」

 「出よう」

 グェン提督が相手をする。テプラーは左目に大きな眼帯を充て、杖をついている。前回の戦いの傷が癒えていないのだ。

 「再び言います。降伏して治療を受けて……」

 「ペテン師と第6艦隊を沈めに来た!」

 「仕方ない。捕虜にして治療を強制します」

 グェン提督が通信を切った。仕方ないだろう。これ以上のやり取りは必要無い。

 

 笹本はその間基地に連絡を入れた。大場霰を斬り込ませる事と、怪我した捕虜が送り込まれる旨を知らせる為だ。看護コースの教官が日本人なので話が伝わるのだ。そこで笹本は意外な話を聞かされた。

 「え?そちらの翻訳機能に異常はない?」

 その話は恵梨香先生、エチエンヌを経由しウルシュラに伝わった。


 「それは話が早いな。基地からデータ取り寄せれば、え?もう取り寄せた?じゃあ違いが有ればそれがウイルスなんだけどもう出した?うわ。出る幕無しかい。凄いな今回のスタッフは」

 「ウルシュラ主任、治ります」

 「ご丁寧にやっこさんプログラム名まで入れてますよ。BABEL。バベルだそうです」

 「このウイルス弄って良いのかしら主任?」

 「聞こえる。皆の声が聞こえるぞグフフフフ」

 「バベルなら全言語適用しなくてはいけませんよね。神のお怒りがジャップに対して程度で治まる訳がない」

 「そうだね。派手な奴作って送り返そう。でなきゃ聖書のそれにならないものな。えーとマタイの福音書だっけ?」

 「旧約聖書創世記の記述です」

 「そんな事知るかよな?いますぐやってやろうよ」

 「いや。今すぐはダメです。最大限の効果を期待しなくては。テプラーは簡単に仕留められるからほって置いてこのままウイルスが効いてるふりして攻略します。ウイルスは敵の本隊と接敵後。つまり後4日してからです」

 「それが軍略家のやり方なのかい?じゃあその時にバラまいてやろう。勝利の後は皆で祝杯しようじゃないか」

 

 「良いですね。景気の良い話も出てきたところでこのウイルス倍返しをOperationバベルBABEL作戦と命名し、テプラーから始まって星の無い荒野で勝利しましょう」

 「全く。砂嵐に守られた2世さんそんなに有名なんですかね?どちらかというと歴史ものの方が」

 「しー。それ以上は言ってはいけませんよ叢雲さん」

 艦隊内にいつもの騒々しさが戻ってきた。笹本にとってはそれが心地よい。

 「大場霙さんは今回初めて大掛かりな指揮官をやって貰いますが行けそうですか?」

 「小島さん、完全勝利への布石は君がエースだ。頼めるかい?」

 「ふふーん。この戦いで中将から一気に紅白と元帥杖をいただくよ」

 急激に賑やかになる艦内。会話が大幅に増えるチャット。これこそが第6艦隊の醍醐だいご味だ。テプラーとの接敵は22分後。やる気は充分だ。

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