第54話 パプアニューギニア領騒動
正月というか、戦場開け休みが終わった第6艦隊は、次の作戦地であるパプアニューギニアに向かう。今回の戦役はほぼ何もない場所でやり合う事になる。
今までに無い戦場になる反面、実はシミュレーターに登録された戦場には3パーセク四方に何もない場所も用意されており、笹本達にしてみれば割とやり易い戦場だ。ベトナム領羅針盤座α陳興道から出発した艦隊は、一週間の道のりを経てパプアニューギニアに向かう予定だ。しかし異変は3日目に始まった。その異変に最初に気付いたのはエチエンヌ・ユボーと栗林恵梨香先生だったようだ。
「エリカ、今日の戦略学の講座は我ながら良い出来だったと思うのです」
「ええ。しっかりみんなの疑問にも答えられて大変良い講座でした。次回もお願いしますね」
「いえエリカ。この素晴らしい指導者があったればこそです。私は今日の成功をエリカになんと感謝したら良い物か」
「いえいえ。私はむしろエチエンヌ先生に感謝したいですよ。私が出来ない事をなさってくれていますから」
「そんな。エリカはその他すべての基礎学問を悠然と教えている。確か学校の先生で教科は」
「中学高校の英語教師でした。話すのは苦手なんですけどね」
「その方が理科も算数も教えている。本当にどの位学んでいるのやら」
「それはもう。多分誰よりも勉強して待ち構えるまでですよ」
「え?今なんて?」
「予習していますよと」
「え?なんで?それは日本語のままなのですか?どうして?」
「え?それはおかしいですね」
「それも……なんて?」
同じ頃に笹本とウルシュラもそれに気付き始めた。
「笹本君はさぁ、とりあえず休日は休もう。でないと本当にワカバの言う通り、皆休暇が取れなくなるよ」
「うん。すまない。余りにも暇だったんだ」
「休日がかい?」
「ああ。だって前職に盆も正月も無かったんだもの」
「で?クリスマスはかき入れ時か。因果な仕事していたものだね」
「そうだね。で、未来に展望持てなくて辞めたんだ」
「ん?今のそれなんで翻訳出来てないんだい?」
「え?そんな難しい事言ったかな」
「いや。それも分からない。どうなってんだこれ」
程なく艦隊内の各所から翻訳通訳ナノテクマシンの異常を訴える報告が飛んできた。
「なんだこれなんだこれなんだこれ」
ウルシュラはメンテナンス担当がつくデスクを叩いて事態に困惑している。ミアリー・ラボロロニアイナは上がってくる艦内チャットの日本語文だけが読めずに当惑している。相変わらずグェン提督が居ないので笹本に指示を仰ごうとした航海長のフセイン・ゼルコウトも困り気味だ。
「ウルシュラさんはまず落ち着いてください。これは敵方からの攻撃ではないでしょうか」
サントスが頭に血が上りそうなウルシュラに平静を呼びかける。サントスにとってエチエンヌとグェン提督が不在の旗艦において、まともに会話が出来る相手はウルシュラしか居ないのだ。船団長のナオミ・フィッシュバーンも会話は出来るが、今日は休暇らしい。
「ああそうだね。落ち着かないとね。電脳戦は頭に血が上った方が負けだよね」
冷静になった頃、エチエンヌが恵梨香先生を伴って帰還した。また事態を重く見た休暇中の各員も大慌てで入ってきた。
「ハハ。大変らしいじゃないか」
入ってきたナオミは酒臭いが仕方がない。
「みんな、大きな騒ぎにはなっていませんか?」
エチエンヌも普段とは異なった事態にうろたえている。
「取り敢えず機関停止。異常事態が終了する迄このままだ」
急いでグェン提督も帰ってきた。
「うん。何となくみんなが集まると冷静になれるものだね。じゃあまず笹本君とサナーエ」
ウルシュラの呼びかけに笹本と叢雲が反応する。
「まずは私が話している事は分かるかい?分かるなら丸を作って」
笹本と叢雲は大きな丸を作って見せた。
「OK、次だ。二人とも、おお、エリカさんも居るのか。何か挨拶をお願いします」
それぞれが普通にこんにちはと伝えても日本人以外には通じない。
「じゃあみんな、ちょっと英語で挨拶してみて」
「Ok good afternoon everyone.」
「グッドアフタヌーン」
「ええと……ヘ、ヘッロー」
「はい。聞き取り可能なのはエリカさんだけだね。特に笹本君、なんだいヘッローって?」
「ほっといてちょうだい」
「うん。相変わらず分からん。恥ずかしがっているのは分かるけど。書いた文字はどうだい?」
「どうやら読めているようね」
「僕らは日本語だけ読めないね」
「あ!」
ウルシュラが何かに気付き資料をひっくり返す。次回パプアニューギニアで対峙する敵艦隊スタッフの資料らしい。
「居たよ。きっとコイツだ!間違いない。クッソ!コンピューターウイルスばらまかれたんだ。結構頑丈なセキュリティ張ってたんだけどな」
資料には敵の参謀がピックアップされていた。黒人で株式会社USA出身の電脳型の士官だった人物だ。
「こんな人を提督にしないものなのかね?軍経験者だよ」
笹本は思わず唯一会話が出来る叢雲に話してみた。
「どうも艦隊運用向けな人ではなさそうですし、黒人さんにトップ任せたくないんじゃないでしょうか」
叢雲の答えはなかなか秀逸だ。
笹本と叢雲は
「なんで大将と中将がそこにうずくまっているんですか!」
二人に喝を入れたのはゲストのようにやって来ていた恵梨香先生だ。今回笹本は階級が進んで大将に、叢雲が中将になってはいる。
「どうしようもないしなぁ」
「そこをどうにかしてしまいましょう。大将の言葉を私が英語で書いて読んで貰えば良いのです」
と、恵梨香先生はいつの間にか大きなスケッチブックとマジックを手に取りやる気充分だ。
「栗林さん、それは助かります」
笹本が立ち上がり、釣られるように叢雲も立ち上がった。
「まずはサントス、多くの日本人クルーが混乱していると思うので一旦カフェテリアに退避。話し相手が出来たら帰ってくるように伝えて。エチエンヌさん。いつかIT系の乗組員リストアップしてましたよね?招集できる準備を。それからウルシュラにどの位で回復出来そうか聞いてください」
恵梨香先生は笹本が言い終わると同時に書き終わり、エチエンヌに見せている。多分日本語では最後の動詞部分を後から合間に挿入出来るようスペースを作っていたのだろう。
それを見たエチエンヌは一瞬眉を
「ケンジサン、次はどう?」
「悪いけどこのままでは治せそうにないよ。どんな意地汚いプログラムなんだくそ。見てろよ。エニグマだって解読して見せたポーランドのねちっこさ、見せつけてやる」
「エチエンヌさんはスタッフを招集して!ウルシュラさんにスタッフを上手く使ってくれと懇願してください」
やっぱり眉を顰めてそれを読むエチエンヌ。そしてウルシュラに伝えるとウルシュラは片手だけでサムズアップして応えた。随分早すぎる前哨戦だが、それは悔しい程にたった一人の軍人経験者に敗北している訳だ。
口惜しい戦いは今始まったばかりなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます