第21話 暗幕の戦い 罠じゃないのか?

 叢雲の突撃指令から30秒。敵方の艦隊は側面を見せていると判明した。相手は少なくとも1分50秒は斉射出来ない事になる。

 35秒。敵方が叢雲の突撃に気付いて向きを変え始めた。しかしそれは余りにも遅きに失した行為だ。

 50秒。ついに叢雲が斉射を号令する。

 「主砲斉射、放って下さい!」

 

 叢雲は相手の状況を見て敢えて5秒、間を詰めて斉射した。そもそも斉射とは宇宙戦艦、重軽巡洋艦が配備しているビームか実弾による一斉砲撃の事だ。5秒待てば軽巡洋艦の18センチ主砲でも多少の艦船を貫いた後、その後ろに有る艦船にダメージを与える事が出来る。叢雲は相手が斉射出来ないならばと威力を高めるようにした訳だ。


 「良い判断ですね。叢雲さん」

 「先輩さん、ありがとうございます」

 笹本と叢雲の会話は短かったが、お互いぎっしり色んな意味を込めている。

 笹本は突撃指令から見事で、瞬時に側面を見せている敵に威力を高める判断を誉めたが、叢雲は臆病風を吹き飛ばして突撃した気概を誉められたと感じて礼をした。

 何気に噛み合って無いのだが誰も気付かない。笹本的にはむしろ叢雲に決断を促す声かけをしたエチエンヌ・ユボーにも感謝している。


 そんな事に対し感傷に浸る間も無い程に戦場は動いている。一斉射の後は駆逐艦によるナハトドンナーミサイルの発射が始まる。核融合爆弾をミサイル弾頭に乗せて射出するもので、戦艦のビームの次に射程が長い。胴体を晒した敵艦隊はこれらの攻撃にさらされ次々に炎上していく。その様子はなるほど、ハードボイルド映画等でたまに聞くあの台詞が当てはまる『汚ねえ花火だぜ』だ。

 敵艦隊も旋回砲塔が有るタイプの電磁レーザーや側砲で応戦するが、どこの宇宙軍でも武装の殆どが正面上下左右15から25度しか向きが変わらないのだ。反撃は余りに少ない。

 「現在艦船の損壊6。沈没無し。負傷、戦死扱い無しです」

 艦隊秘書官の各務原かがみはら若葉が簡潔に中間報告する。叢雲の答えは簡単だ。

 「敵の反撃クソ喰らえです。次を放ってください」

 次に放たれるのは全ての艦船が持っている電磁レーザーの乱れ撃ちだ。射程のパッとしなさも威力の程も残念な兵器だが、故障が少ない上に速射連射が効きやすいこの兵器はどの武装よりも派手で笹本は個人的には大好きだ。

 これを最大持っているのは国家連邦政府こくれんの高速戦艦で、生産年によって違うが324から580門、その他大概の戦艦で50門、重軽巡洋艦で32門から12門、駆逐艦、揚陸艦でで8門。航宙母艦はその巨大さの為に付けられる所に付けるというコンセプトの艦船が212門、通常艦で68門のそれを持っている。

 もっとも通常の戦闘ならば航宙母艦は絶対に前に出てそんな物を撃つ事はない。航宙機の帰還を待つ為にも必要な艦船なのだ。今回も全艦とは言いながら航宙母艦は後方から着いてきてるだけで攻撃には一切参加してはいない。

 

 電磁レーザーの乱れ撃ちはボディーブローのように効いてくる。

 一番痛快なのは敵のリモート艦のコントロールルームに当たった時だ。あからさまに制御から離れて横転しながら、更に旋回の慣性まで加わり、複雑な回転をしながら宇宙岩礁や別のリモート艦に衝突して炎上していく。

 機関部動力回路に当たった時は傑作だ。制御姿勢だけは保たれたまま、これも慣性に従ったままに回転を始める。当たり所によって回転が速かったり遅かったりするが、そんな旋回ならぬ回転をし続ける様はさながら戦闘艦のダンスパーティーだ。

 各種武装に命中した時は軽快だ。命中の角度によって吹き飛んだり砲身が湾曲し、着々と反撃の為の力を失っていくのだ。

 本来ならここで航宙機が電磁レーザーの網をかいくぐって更に機関部や艦橋にロケット弾や小火器を当てるのだが今回航宙隊は別の役目が有るので今回出ていない。しかし駆逐艦のナハトドンナーミサイルなら装填時間が短い為もう一撃出来る。それが敵艦隊に放たれたところで生き残った艦船に新たな動きが見られる。旋回行動を停止する為に反対側に重力アンカーを打ち込んで旋回を停止し、エンジンを吹かして逃走しようとし始めたのだ。

 しかし同じ行動が出来る艦船が余りにも少ない。

 「遁走に付いて行けそうなのは1000隻くらいかな。ほっといても脅威にはならないよ」

 ウルシュラからの報告会に叢雲は言い放つ。

 「逃がしません。航宙母艦は予想進路上に広く宙雷の散布を。各艦は逃げようとしている艦船を集中攻撃してください」

 彼我の艦船が近すぎる為か、あるいは何でも良いから当ててやろうと思い立ったのか、艦対航宙機ロケット弾やら対航宙機機銃まで射出し始めている艦も見受ける。

 ほんの少し移動し始めたのが宙雷に引っかかった艦船が爆発し始めたから分かったその時、突如すべての艦船がエンジンを停めて攻撃を停止してしまった。触雷した艦船の中に指揮艦が有ったようで指令が届かなくなったのだ。

 「全艦沈黙。我々の勝利です」

 肩に力が入って顔がこわばっていた叢雲にそっとエチエンヌ・ユボーが勝利を告げた。

 「そ……そうですね。しかし残存艦を修理したり別の誰かが回収したら厄介です。そこでですが」

 叢雲が第6艦隊エンブレム一覧を見ながら決断した。

 「第7駆逐艦船団の大場みぞれさん。9,10,11,12,13駆逐船団を率いて全ての敵艦船を破壊し尽くしておいてください」

 大場霙がホログラムに現れ回答した。

 「了解です。しかし討入りの件は他に引き継ぐことになりますが?」

 「はい。霰さんと雄哉さんが居ますのでその任務は解除しておきます」

 「了解しました。では残党狩りを開始します」

 有線ケーブルが切り離され、駆逐艦船団6船団が別系統の指揮になる。小さな集団を任せて運用して貰うのは指揮官を育成するうえで非常にいい手段なのではないかと思わされる。本来小部隊は作るものではないが。


 「おかしいですね」

 「なにがだい?」

 叢雲の自問に思わず笹本が聞いてみる。言わんとすることは何となくわかるのだが。

 「私なら今の攻撃の間に他の部隊が背後や側面から攻撃をするでしょう。その為に艦隊をどこかに潜ませるでしょう。なのにデブ艦隊は一切しませんでした」

 「そうだね。何が狙いなんだろうね」

 「はい。これって単なる犬死にですよね。太っているからブタ死にでしょうか」

 この一戦で叢雲は若干疑心暗鬼になってしまっている。相手の狙いが読めないどころか自分の立てた作戦を一切使わせてもらってないまま万余の艦船を屠った事に疑問を感じてすらいるのだ。

 ここは戦場。相手が何を考えているかも分からない場所なのだ。これが罠だというのなら如何なる罠なのだろう。第6艦隊の面々は予想する以外には無いのである。

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