第20話 暗幕の戦い 前哨

「ふむ。惑星系なのにモニターは随分しっかり星系を捉えているんだね」

 あちこちを周って帰還したグェン提督が笹本に話しかけた。

「あ。言われてみればそうですね」

 今回の笹本には今現在抱える仕事なんか無い。指揮は叢雲が行うからだ。だから笹本はのんびりした心持ちで提督に答えた。前回のカノープスでは出来なかった事の一つだ。見れば割りと近い距離にくすんだ色合いの土星みたいな天体と、幾つかのそれを周回している星が見える。

 

「違いますよ。コイツは各天体が放つ赤外線や遠赤外線の波長を読み取り、色をつけた映像ですよ。実際はこうです」

 ウルシュラ・キタがちょいと操作をすればモニターから土星みたいな天体が消えた。

 かろうじてそこに何か有るのかが判る理由は、むしろそこが真っ黒で遠くに瞬く恒星を丸くくり貫いたかのように何も映して無いからだ。


「実際はこうなのか。驚く事ばかりだね」

 画面が元に戻り、今度は航海長のフセイン・ゼルコウトが答える。

「これはパラメスワラ0-1-8、スレンバンとその伴星群です。際立った特徴のない木星型惑星ですがリングの美しさに定評が有ります」

「ほう。すごいものだ」


 グェン提督もまた戦闘中に意外とやれることが少なめな人物だ。国家連邦政府は人事ミスとかではなく第6艦隊の提督に指揮官としての能力はどうでも良く、控え目で笹本の作戦指揮を邪魔しない。それでいて大人数を扱う達人を探していた。

 それがグェン提督なのだ。叢雲の演説で士気は上がっているかもしれないが、どこかどんよりしている乗組員は必ず居る。笹本にも叢雲にもそれは切り捨てるべき少数意見になりがちな所を、個別に面談して督励できる人。それこそがグェン提督なのだ。

 士気ややる気を失った乗組員に寄り添い、励まし愚痴を聞く。笹本や叢雲には出来ないきめ細かい所が売りの燻し銀の人物である。


「サナエちゃん、演説から10分経ったよ」

 ウルシュラが叢雲に報告した。作戦に先立ち、メンテナンス担当は今回負担が少ない上に時間管理が必要な為、タイムテーブルをウルシュラに任せているようだ

「分かりました。レーダーには敵影なし。ウルシュラさん、各艦を有線ケーブルで繋いで下さい」 

 了解の返事と共に旗艦チェリーブロッサム号から何本もの有線通信ケーブルが伸びる。

「全艦に連絡します。未だ接敵が無い為作戦内容は『デブナドットの場合』を採用します『ダブーの場合』は作戦指示書から破棄してくれて構いません。尚、デブナドットの場合に有る通り、こちらから3分後にチャフと無線妨害を仕掛けます。各艦の連絡は有線通信ケーブルを通してのみ行います。レーダーも効かない為、航宙機による索敵を行います。各員は無線が使えないのでモールストーチを使って連絡して頂きます。航宙隊各員はモールストーチの確認をしてから出撃してください」

 各航宙隊のリーダー的存在の何人かの了解がまちまちに届く中、航宙隊の『ワルきゅ~れ』リーダーのアリーナが司令部に発言した。

「悪いがその手柄、我々ワルきゅ~れが頂くぞサナエ、本当にトヤマケンのオムライス巡礼ご招待は頂けるのだな?私は張り切っているぞ」

 その無線に意外な人物も割り込んだ。暴走航宙隊素経苦汰悪スペクターの副長小鳥遊高尾たかなしたかお君だ。

「その意気良いね!最高だよ!皆でしっかり艦隊の目を演じきって行こう。あ。ワルきゅ~れ総長さん、先日は海浜幕張駅の清掃活動にお仲間さんまで連れてきてくれてのご協力、感謝しています」

「人が嫌がる事を率先してやってやるその心意気にバンザイ突撃したかったまでだぞ」

「嬉しいじゃないですか。ワルきゅ~れと航宙隊全員の健闘を」

「今度から正式に誘ってくれよ。スペクターズと航宙隊皆の活躍を」

 各航宙隊がオーと叫んで通信が終わった。航宙隊は若い子が多いだけに楽し気で、暴走しがちな感は否めないが、アリーナと小鳥遊君が良い感じにまとめてくれている。ワルを名乗った善良軍団。つまりワルきゅ~れと素経苦汰悪の輪なら広がってくれても悪くない。 

「その目に期待すればこそ私は遠慮なく実費でご招待しますとも。国道41号線沿いのシマダの特大オムライスならば食べ放題も真っ青です。さあ。恥じず腐らず怖じず。司令部の目を研ぎ澄ましてください」

 叢雲の号令一過航宙隊は航宙母艦から次々と発艦した。索敵に出た航宙機は8000余り。全体の1/3程が出撃した。

 航宙母艦、航宙機共々、かつて日本宇宙軍が使用していた旧型機をライセンス委託製造しているが、日本宇宙軍の同型機に比べて性能は凌駕している。

 日本が軍備において使えなかった核融合エンジンを搭載しているからだ。日本での名前はSFスペースファイター-04月読ツクヨミだったが、国家連邦政府第6艦隊の制式採用時にイルマタルと名前が付いている。フィンランド神話の天空神にあやかったものだそうだ。


 その『艦隊の目』が出撃して20分。チャフの影響で真っ白なレーダーは役に立たないと一旦切られ、お互いの位置どころかエンブレムの所在も掴めないままパラメスワラ本星に近づく第六艦隊の元に一報が入った。

 『敵艦見ゆ。戦艦600巡洋艦700駆逐艦1200。総計15000。エンブレム、旗幟は現状不明。漂泊中。位置0-3.5小惑星帯』

 意味が分からないと思うので意訳すると15000の敵が停船しています。指揮官は不明です。場所は第3衛星と4番衛星の間に有る小惑星帯ですと言う意味だ。

「報告の方向に進路変更をお願いします。返信をお願いします。付かず離れず。攻撃を受ける前に逃げてとお願いします」

 叢雲の指示が飛ぶ。航海長のフセイン・ゼルコウトが「宜候よーそろー」と、今回は無線のシャワーを浴びない為にフルフェイスの補助具を付けていない通信手のミアリー・ラボロロニアイナが「返信了解しました~」と、言葉少なく告げる。ミアリーは割と口下手ではあるが、思うところが有れば手紙やメールで話してくれる子だ。筆まめな理由は本人が口下手だからだ。

 一度見た事があるが、思うところを口で言うより文章にした方がスピーディーなのだ。そんな子だからこそペンフレンド募集雑誌『月刊ペンフレンド』を通して毎日かなりの枚数に及ぶ手紙をやり取り出来るのだろう。


「進行方向を報告が有った方向に。で?何ですかねこれ?分からない。一番言えそうなのは罠?しかし更なる報告が全く上がってこない。罠ならもっと傍に巧妙に隠れている筈。しかも漂泊?エンジンまで止めてる?なんでですかね?」

 叢雲はかなり必死に考えていたが自艦隊の半数程度をほったらかしにおいておく理由が分からなかったようだ。ちなみに笹本にも分からなかった。あと2分で接敵してしまうというところでエチエンヌ・ユボーが叢雲の肩に手を置き諭すように話しだした。

「サナエ、大丈夫よ。貴方は入念な下準備と充分な索敵をしているわ。理由は分からないけどこれは罠なんかじゃない。やるべきことなんてたった一つだわ」

「そうですね。そうに違いありませんね。もし罠だったにしてもこれは喰らいたくなる見事な罠ですね。ここに至ってはもはや毒を喰らわば皿まで行くしかないでしょう」

 未だに不安げでちょっと血の気が引いた叢雲は顔を引きつらせて全艦に指示を出す。

「各艦全速前進です!目の前の敵を葬ります。作戦指示書には無い流れですが全軍で突撃しましょう」

 各艦の速度が徐々に上がり、戦端が開かれる。一番射程が長い一斉射が届くまであと45秒。叢雲臨時参謀長の決断への是非が間もなく問われるのだ。

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