第19話 暗幕の戦い その始まり

 第6艦隊がついにパラメスワラ惑星系にたどり着いた。

 艦隊の移動ルートは第1戦艦船団に所属しているアルジェリア出身のフセイン・ゼルコウト航海長が、ブラックホールが持つ遠心力等をブースター替わりに利用したエンジン機動を極力抑えた格安航海を提案し、それに軌道を合わせて移動していた。

 各務原かがみはらがそのルートをやたらと誉めている。彼女に言わせれば艦隊運営の予算削減に大いに貢献したのだそうだ。

「ワカバ秘書官さんからのお誉めは光栄ですが、私のルート取りで提督と参謀ちょ……いや副提督はご満足していただけてますか?」

 相変わらず提督は不在だ。笹本副提督が答える。

「提督にも意見は賜りますが、戦場に間に合う形ならむしろ宜しくお願いしたいです。各務原さんも喜んでますから」

 笹本の隣で各務原がウンウンと頷く。首が取れて飛んで行きそうな勢いだ。

 ちなみにこの戦役において、笹本には参謀長バッジは無い。だからフセイン・ゼルコウトは参謀長と言いかけたのを訂正したのだ。

 参謀長バッジを付けているのは笹本の斜め後ろに控えている叢雲早苗だ。

 叢雲の軍装は今日から詰襟学生服からガラリと変わり、革命フランス軍のそれに近い装いをしている。詰襟だと画面映りの状況によっては胸が目立たず、その為敵のスタークから黄色い小僧などと言われていたが、今回の軍装は煌びやかな上に身体の線も出やすい。

 実に感じの良いマシュマロ女子だ。

「新しい軍装、それで指揮を執るのかい?カッコいいじゃないか」

  笹本が叢雲に声をかけると、叢雲がすんなり答えた。

「デブサイユのバラ肉ですね。覚えておかれよ!私はあなたを探しだして背脂の駄肉をとりたいと⋯ただそれだけのために太る覚悟でパラメスワラ惑星系まで来たのだ!ですよ」

 この一文は何故か広い所に聞かれていた。

「叢雲ちゃんは太ってはいないよ。可愛いと思うけどな」と、ウルシュラ・キタ。

「私の国の話を何故太目な話にしちゃうのよ?太っていないのは同意だわ」と、エチエンヌ・ユボー。

「叢雲さんは何故か出典が古式ゆかしいですね。だからこそ斬新です」と、各務原若葉。

 無線も入ってきた。

「太いとは思っていない。重戦車だとは思っているがな」と、アリーナ・ガイスト。

「今度私も衣装合わせて良いかな?早苗ちゃん?」と、小島かなめ

「ならば文字通り肉弾戦を演じて見せますわ。死して無駄肉拾うものなし」と、大場みぞれ

 誰も気付いていないかもしれないが、海外の反応は叢雲を太っているとは言っていない事で、日本人の反応は制服や表現を誉めている点だろう。日本人の目線では、叢雲はやや太目なのだ。

 

 これを聞いていた中ではサントスとフセインが顔を見合わせ日本人はこんなにアニメ好きなのか?そんなに見てなかったと思います。などと意見を交わしている。そこに仕事熱心な通信手のミアリー・ラボロロニアイナが追加で声をかけてくる。

「ムラクモ臨時参謀長、接敵1時間前です。全軍に最後の通達をどうぞ」

「はい。やらせて貰います」

 叢雲の戦闘前の声掛けはなかなか堂に入っていた。カノープスの戦いで笹本がやった時と大きな違いは、各艦の前面モニターに叢雲が大写しになった事だ。それだけではない。ナノテクマシンのハイライト1番にも音声入りで入ってきている。正直な話、笹本は自分の時にこれが無くて良かったと思わされた。見た目がパッとしない上に作業着姿の笹本が大写しになった所で誰の士気も上げる事は出来なかったろう。

 一方叢雲は上手くやっている。若干悪役臭い黒い服から青と白を基調にした事で清潔さと真面目さが際立ち、色合いの良さで肉付きがかなりカバーされている。普段は未だに私服に高校時代のジャージを着て、千円カットで調髪を済ませる女の子が、いざという時は巧みに華麗に変わって見せた。


 叢雲の戦争前演説が始まる。

「第6艦隊の皆さん、地球より遥か彼方の約300光年、パラメスワラ惑星系への出張遠征、誠にお疲れ様です。こちらは今回笹本副提督に成り代わり、艦隊の指揮を執らせてもらいます。参謀の叢雲早苗です」

 意外と堂々と始まった。笹本は驚いている。


「今回の敵はおデブのスターク提督旗下の公国第62艦隊です。敵の数は我々の1.5倍程度。前回のカノープスの戦いでの差を思えばまだまだ気楽に勝てそうな相手です。この勝利はマレーシアの平和と安寧をもたらす結果になるでしょう。皆さんに与えられる栄誉は階級の特進と給与アップ、そして特別休暇だけかもしれません。しかしどうか落胆はしないでください。善意と正義を心にどっさり積み込み、皆さんの家族親族友人縁故関係者の方々に、世界を救った名も無き英雄である事をPRするチャンスはこの一戦に有るのです」

 士気が上がっている。結構多くのクルーが公国の人種差別に反対を表明しているのだ。名も無き英雄。上等じゃないかと意気も高い。実際乗組員の7割が有色人種なのだ。


「今日この日の為に多くの乗組員の皆さんに作戦指示書を手渡してあります。各船団長への指示は逐次行う予定で居ます。各船団長の皆さんは傍らに指示書は置いてありますか?今一度ご確認をお願いします。さて、確認しながらどうか聞いてください。今回の戦役は十二分な勝算が有ります」


「イエー」

「ヤッホーイ」

 急な書き込みが終わった後叢雲は更に告げた。

「敵を知り、己を知れば百戦して危からず。皆さんもご存じ孫子の兵書の一説です。私は敵がデブなロマンチストで夢見がちな事と、敵が連携が下手糞な奴らである事を知っています。反面皆さんが給与と休暇に胸膨らまし、大勝利の為に邁進できる果敢さがある事も知っています。皆さんで最高の休暇を演じてやるために戦いましょう。対してスタークは愚かにも何と私の性別すらも分かっていないではありませんか。こんな奴らに私たちと皆さんが、万が一にも敗北する訳が有りません」

 この檄文には艦内からすらも拍手が沸いた。ハイライト2に烹炊大佐の渡辺真美子さんとパートの料理人館が、ハイライト3にブリッジ乗員の盛大な拍手が、ハイライト4,5にもどこかの誰かが盛大な拍手と共に絶叫する映像が映される。この檄文に思わず笹本も拍手を送った。

 

「さあ、皆さん。これはもはや敵ではない。豚共をほふってやりましょう。立って歩いても豚は豚だと叩きつけてやりましょう。自身が肥えているかではありません。人の心を持っていない愚かな差別主義者こそが豚の証です。さあ。戦いを始めましょう。オペレーション豚狩ピッグハンティングり作戦の開始をここに宣言します」

 高らかに右手の拳を掲げて叢雲の演説が終わる。艦内とそして艦隊の彼方此方から万歳万歳の声が聞こえる。叢雲はものの見事に士気を最高潮にしてしまったのだ。

 笹本は全く違う事を憂慮した。今最高なら接敵前に萎んでしまったりはしないよな?と。

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