第18話 叢雲参謀奮闘記

「サントスさんの第1軍団は速度そのまま。周回の各軍団はそれに合わせながら周回し続けてください」

 第6艦隊共通の訓練移動に不思議なメニューが追加された。艦隊を5個に分け、サントスの第1軍団の周囲を旋回する動作を練習している。これがなかなか上手く行かない。

 高速戦艦と軽巡洋艦がメインのグェン提督とエチエンヌ・ユボーの軍団なら何とでもなるのだが、残りの二つ。笹本と叢雲の軍団は戦艦や重巡洋艦がメインとなっているので動きは案の定鈍い。


 かといって中央のサントスの軍団の速度を落とす事なんかできない。兵は神速なのだから。と言うかもしも速度を落としたら各砲撃の的にしかならなくなってしまう。サントスが巧みに攻撃を回避し防御力が高い理由は、遮蔽物を有効に使う技術がある事と、砲撃を躱せるように割とちょこまかと動くからだ。

 実際訓練している各クルーからの反応も今一つだ。


「間に合わねぇ」

「戦闘速度から巡航速度にシフトチェンジしたら速くなるけどなぁ」

「そんなことして見ろ?逆に追突必至だぞ。広大な宇宙で些細な追突事故……笑えないぞ」

「そもそもこれなんなんだ?」

「多分日本の古い軍団が使っていた『車懸り』という陣形です」

「側面攻撃やり放題陣形か?かなり無理が有るな。いっそのこと4部隊を全て高速戦艦だけにしてみては?」

「それ側面からやられに行くってレベルの小ささじゃんか」

「いや、高速戦艦を増やすんだよ」


 このチャットに叢雲も混ざった。

「私も一瞬それを考えましたが、他の作戦に支障を来すので辞めました。船団長を増やして高速戦艦をあてがう気にもなれませんし。うーん。そんなわけでこの陣形は皆さん忘れてください。もっと現実的な事をやります」



「小島さん。新型揚陸艦の具合はいかがですか?」

「あ、早苗ちゃん。悪くはないよ。でも少し舵が重い気がするよ」

「無理も無いです。実際見た目ゴツいですから」

 以前揚陸艦を製造している蒲郡重工は、小島に衝角ラムをせがまれ困っていたが、意外な事にそれを解決する道筋を無償で提供してくれたのは日本宇宙軍だった。

 国家連邦政府は揚陸艦と駆逐艦などの艦艇については、日本の旧式艦をそのまま採用している。

 その揚陸艦で衝角戦を日本はかつてから想定していた。想定はしていたが実際に戦闘が無かったので試作が有っただけなのだが、揚陸艦の戦端を8分割にねじ切りするようにハッチ開口するように改造した艦艇を送ってくれたのだ。

 衝角であり斬り込み潜入口になっている。先端が尖っている上、壊れにくい様に頑丈に重く作ってあるため若干舵が効きにくく重たいのだ。

 ここで重要なのは世界の多くが小島の突撃をカミカゼと呼んでいたのに対し、日本の人だけがそれを衝角ラム戦と呼んでいる事だ。死して屍拾われることも無いまま、小島は世界からも異例のカミカゼガールという二つ名を持ったエンブレム持ちになったのだから感謝しなくてはならないのかもしれない。

 

「で?なんで私の船団だけこんな所に居るのか意味不明だよ?」

 小島の揚陸船団だけが5キロ上空に留めおかれている。3次元宇宙レーダーではがっちり離れた場所に小島のエンブレムだけが浮揚したように置いておかれている。

「小島さんはそこから敵を睨みながら接近するだけで効果抜群だからです」

「せっかくの衝角が役に立たないよ⁉」

「小島さんが取るべき手段は3つだけ。無視されたら徐々に接近し提督船に衝角戦をけしかけて下さい。大場さん一家には話は通してあります。突入は大場家の霙さんと雄哉さん。そしてご母堂の霰さんも加わります。全軍が小島さんのエンブレム狩りに来ても同じことをしてくれれば良いです。メインのこちらが散々蹴散らします。そして一部が来た場合リモートジャミング及びウルシュラさんが艦船の捕獲をしてくれますので」

「リモートじゃない場合はどうなのか私が心配しても良いと思うよ」

「有線コントロールの場合ですか?突撃で構いません」

「あらそれは素敵じゃない?でも来るのが多すぎたら逃げ出すよ?」

「構いません。後方に有るテレポートゲートは逃走の他に援軍の行き交いに利用可能なので。小島さんがそこに居るのはそれだけで遠睨み作戦という斬新な作戦なんです。小島さんのネームバリューに期待しています」

「私の船団だけで作戦になっちゃうなんて。これは最高だよ?小島鼎大佐以下9名、散々やらさせてもらうよ」


 

「叢雲ちゃん、敵の情報仕入れたよ。ドイツもコイツも高学歴なだけが取柄な阿呆だらけだよ。良かったじゃないか」 

「どんなアホデブなんですか?」

「スタークは夢見がちの哲学者だね。中学の進路指導の折り、何になりたいか聞かれた解答が傑作だぞ『仙人か哲学者。それが駄目なら隠者に』だってさ!笑えるだろ?」

 メンテナンス担当のウルシュラがどうして詳しいのかは分からないが、全てのメンテナンスが範囲ならばパソコンもオペレーションシステムもメンテナンスの対象なんだろう。知らんけど。

「確かに夢見がちな中二病ですね。なんでそんな事まで分かるんです?」

「実はさぁ、公国将官の名簿作りから始まって国家連邦政府の調査員にあれこれ調べて貰ってるんだ。ちなみにスタークの参謀シュルツが最後におねしょしたのは17歳の晩秋だよ」

「要不用は有りますけど辞書としてはありがたいですね。資料一式いただいても?」

「はい。どーぞ」

 アニメに出てくるような書類の山をウルシュラがドサリと置いた。

「ウルシュラさん、これヤバい事して手に入れてませんよね?」

 色々な事に無頓着な叢雲もハッキングとか良くない調査依頼とかを心配したようだ。

「それはヒミツです」

 ウルシュラが悪辣な笑みをしながら答えた。

「なるほど。その顔は悪いことしてないから出来る顔ですね」

「あら?ばれちゃった?」

「はいばれますよ。ウルシュラさんはガチで企むなら深く静かになりますよね?で、今隠してる事はなんですか?」

 ウルシュラはそれに答えず、吹けもしない口笛を吹きながら去った。脇で見ていた笹本が、何を企んでいるのか聞きに駆け出した。

 

 実際叢雲は勝利に向けて全力だ。ただの宇宙両翼機動陣の敷設にも船団長を招いて細かい指示書を開いてミーティングを繰り返し、昨日より今日、今日より明日にどんどん能力を向上させている。

 笹本には分かっていたが叢雲は口で言うほど相手を舐めていない。現段階で相手の方が1.5倍多いのだ。油断無く戦場を制する為に限り有る時間を叢雲は無駄に出来る筈もなく、ほぼ毎日休み無くミーティングや戦術、相手の研究をした。

 それに付き合う笹本もほぼ出ずっぱりだった。サントスやエチエンヌに付き添いを任せる気にはなれなかったし、グェン提督は何やら忙しいようだし。ましてや秘書官の各務原若葉に任せたら大変だ。予算と福利厚生の話しかしないからだ。

 エチエンヌは『休んで貰って』なんて言っていたが、笹本は普段より無駄に忙しく立ち回っていた。

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