第17話 色々やるしかないじゃないか2

 笹本健二、エチエンヌ・ユボーvs叢雲早苗。

 相変わらず3パーセク四方に何もない宇宙空間に於ける遭遇戦。叢雲はついつい笹本ならどう攻撃してくるかだけを考えてしまう。

 それは仕方ない。AIの判定に言わせれば笹本がA-、エチエンヌがC、そして叢雲はB判定の参謀官なのだそうだ。彼我の戦力が同等ならば、そして叢雲が笹本の立場なら。

 エチエンヌを控えに回して、ある程度敵の艦船を減らす為に自ら指揮するだろう。


 叢雲はどこを見てるか分からない目をしながら頭を悩ませる。笹本が出るならエチエンヌは要らない子じゃないか、と。

 だいたいシミュレーションで叢雲はエチエンヌに負けた事が無い事ぐらい笹本はよく知ってる筈だ。何故こんなタッグを組んだのだろうと、叢雲は逡巡する。しかし笹本が叢雲に対し遭遇戦をかけるならやる事は決まっている。1回目は宇宙長蛇陣による正面突破、2回目は囮で釣りだして側面攻撃、3回目は迂回して後方から狙い撃ち。意外と騙し討ちが多い。

 カノープスの戦いも騙し討ちの類いだ。騙し討ちに対応するには各船団密集体型クインカントゥスを多めに用意し自由度を利かせる事だ。

「各船団密集体型に。1キロ以上離れて。3キロ以上離れないでください」

 叢雲が逡巡を辞めて指令を下した。一般士官の平均値を代入した各船団のAI船団長が各個に見事に散開する。同じ行動が第6艦隊に出来るかどうかなんて怪しいものだ。

 その行動が終わった頃に笹本が出てくるはずだ。叢雲は軽く身構え、対宙レーダーを見る。どこを見ているか分からない子だと言われるが、本人はそんなつもりは無いのである。各方面に航宙隊を送りレーダーの補足に当てた叢雲はぎょっとした。宇宙方陣ファランクスをほぼ横一線に、高速戦艦と軽巡洋艦を両側面に配置した完全な基本陣だ。これをまばらなクインカントゥスが迎え撃ってはいけない。正面攻撃の恰好の餌になってしまう。

「なぁ?このまま敵を捕捉しつつ後退。隊列を斜行陣に切り替えます」

 徐々に変更していく隊列を放って置いたまま頭にすっぽり被ったフルダイブシミュレーションヘルメットを外して辺りを確認する。普段なら対戦相手が隣に居て戦術について口に出したり色々な態度をしているのが見えるのだが、今回のシミュレーターは造りが違う。

 戦艦の艦内は本来300人が収容されるところを第一戦艦船団のネームシップ、チェリーブロッサム号ですら52人しか乗っていない。区割りされた部屋は各所各艦に大量に余っている為、区割りを切り替えてサークルの部屋になったり、ウルシュラの研究室になったりしている。このシミュレーターもウルシュラが改造して部屋を別々にしているのだ。そこには笹本もエチエンヌも居ない。

「やあ。どうしたんだいサナエ」

「いえ。何でもありません」

 試験運用の為に様子を見に来ていたウルシュラ・キタと目が合い、思わずそんな会話になった。

「そう?随分うろたえた顔してるじゃないか」

 叢雲はそれに答えずにヘルメットを装着し直し、シミュレーターに再びフルダイブした。

「思いのほかシミュレーターって神の目線に近いんですね。気付きませんでした」

 まだ居るだろうウルシュラに告げるでもなく独り言ちした。

 

 シミュレーターの叢雲艦隊は概ね斜行陣に切り替え、敵艦隊を迎え撃つ体制に移行した。早くもお互い主砲の一斉射という状況になっている。どちらから言うでもなく一斉射はほぼ同時に行われた。

 一斉射は一度放ってしまうと5分間のチャージ時間が必要になる。カノープスの戦いではその5分間の間に両者の間隔が狭まり過ぎて2回目を放つことが出来なかった。互いの艦船の轟沈に自艦がダメージを負うからだ。しかし引くことも出来ない。急には停まれない事は地上の自動車も宇宙の戦艦も同じなのだ。

「各艦電磁レーダー放ってください。航宙隊は雷装で出撃」

 こうなった後は若干弱めな電磁レーザーや航宙隊の雷装が有効な筈なのだが何故か選択にタイムラグが発生した。笹本が率いる艦隊は電磁レーダーを放ちながら、更に駆逐艦を前に出し、反面戦艦、巡洋艦が無理やり後退を始める。2斉射を放つためだ。駆逐艦は躊躇いも無くナハトドンナーミサイルを放ち、誘爆誤爆を気にせず突入吶喊を繰り返す。この辺りでいい加減に25分。笹本と戦っていれば叢雲が敗北し、エチエンヌと戦っていれば叢雲の勝利で決着がつく頃合いだ。ここで叢雲が理解した。

「先輩さん、騙したなー!よくもよくも騙したなー!」

 エチエンヌだ。こんな事を平然とでき、フレンドリーファイヤークソ喰らえなアイデアを平気でやるのは意外にも常識人なクセして激情家のエチエンヌしかいない。

 ついでにそこに笹本もエチエンヌも居ないならばと叢雲は全力で大声で叫んだ。叢雲はずっと笹本が何かをやっている、笹本が何らかの陽動をしているのかとばかり思っていたが、多分笹本はフルダイブヘルメットすら被っていない。今回の模擬戦にずっと笹本らしさなんて無かったのだから。

「陣形変更、魚鱗陣へ。エチエンヌさんを食い破ります」

 叢雲は決断したら早かった。魚鱗陣へと姿を変えるより先に戦力が集中しだした中央部からエチエンヌの艦隊を早くも食い破り始めた。叢雲はそれでも止まらない。

「集結前に駆逐艦はナハトドンナーミサイルを放って。航宙母艦は宙雷を投下。追いすがりを防止しましょう」

 魚鱗陣に集結する前に包囲されないための予防戦なのだが、徹底的にここでも数を減らしてしまう狙いがある。叢雲はこうなると容赦がない。

「各艦主砲斉射以外で放てる武器を放ってください。叩き潰します」

 実際通常のファランクスしか組んでいないエチエンヌの艦隊が猛攻撃に耐えうるはずがない。正面を食い破った瞬間に更に叢雲が支持を飛ばす。

「左90度回頭。側面攻撃に移行します」

 叢雲はあえて右翼側から背後を襲われる可能性を切り捨てた。エチエンヌはどうした事か古式ゆかしい人物だ。ファランクスを組んだら指揮官たる本人は右翼側に居ると確信できる。

 これは古代のファランクスが左手に大盾を、右手に槍を持っていた為、戦場の進行が右側から始まるため、そこに指揮官が居る事が一般的なのだ。これは研修中にもよく学んだ事なので叢雲もちゃんと覚えている。しかし盾が無い宇宙戦争において、その法則は本来無視されるべきなのだが、エチエンヌはそれが何故か性に合わないらしい。

 側面を晒した敵の艦船が大慌てしたように電磁レーザーだけを側面に向けて応戦しようとするがもう遅い。次々吹き飛ぶ艦船の中にエチエンヌの座乗艦が居て、それが轟沈したところで模擬戦が終了した。


 ゲームなら派手な勝利画面とランクアップボードが出てコングラチュレーションとかやってくれるのだろうけど、生憎これは真面目なシミュレーターだ。『以上、貴方の勝利です』というテロップが流れ、その後は今までの画面が暗転するだけだ。叢雲がヘルメットを外すと、そこに笹本がにっこりとした笑顔で佇んでいた。

「やあ叢雲さん。勝利おめでとう」

 そう讃える笹本に、叢雲は聞いた。

「先輩さん、これ被ってないですよね」

「フルダイブヘルメットかい?ああ。被ってない。でもユボーさん相手に今までで一番長時間相手する事になったね。不思議な物だろ?相手の顔が見えないってことが」 

「はい。シミュレーターがいかに神の目線だったか。そして虎の威を借る事の有用性が理解出来ます。益々斬新なやり口で、デブスタークへの必勝を誓います」

 笹本は少しだけ困惑した顔をしたが、すぐににこやかな顔をして答えた。

「期待していますよ。参謀」


 叢雲自身よく知ってる事だ。

 素晴らしく学が有る訳ではないので10を聞いて2か3くらい分かれば良い方だ。笹本が教えたかった事は油断するな、臆するな。決めつけるな。凝り固まるな。と、教えたかったと思っている。

 叢雲は油断無く綿密な作戦を幾つも用意し、会戦に備え始める。

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