第12話 尋問祭
最後に捕まった密航者である白猫のエカテリーナちゃんについては笹本どころかグェン提督も寛容だった。
現に宇宙の航海は長くて退屈する場面も多い。
酷い時、戦地に赴くまで3週間もかかるケースもあるのだ。
その退屈を排除する為にサークル活動が許認可されている。
ウラジオストク共和国の少女に生き物を飼育するサークルを立ち上げる事を提案し、エカテリーナを乗組員登録し、サークル活動も認可された。少女は目に涙を溜めて感謝して退出した。
「ペットは前の艦隊でも何人も飼育していたからね」
3カ月船団長として駆逐艦に乗っていたグェン提督が寛容だった理由を説明する。言われてみればペットについて禁止されているという規則は無い。
なんとも緩い気もするが、戦争がまるで無かった宇宙開発歴に有って、軍隊になりたい人を集めることが大変なのだ。ペット一つで入隊してくれるなら安いものかも知れない。
一方でニンゲンの
主立っては左翼的でネット上で嫌われた新聞社の記者で、そして笹本と同じなように見える日本人の記者だ。
「今回の密航に関して日本政府から正式なコメントが来ました『国家連邦政府宇宙軍の皆さまに多大なご迷惑をお掛けした事を遺憾に思うと共に、全ての決裁を国家連邦政府にお任せ致します』との事です」
淡々と読み上げてくれたのは艦隊秘書官という肩書の
「では全員処しましょう」
何故か参謀の叢雲早苗とアリーナ・ガイストは怒り心頭だ。どうも今回の逮捕監禁劇がマスコミで大々的に取り上げられ、テレビでは特番が何回も組まれている。
そのせいで二人が毎回楽しみにしている国民的アニメ『ドザえもん』が中止になっているからだ。
アリーナはノリノリで段ボールで作った蛮刀を振り、急遽制帽を
実の所尋問の進捗ははかばかしくない。
「名前を言いなさい」
「弁護士を呼べ」
「お名前は?」
「弁護士を呼べ」
「えーと。どうして密航したのですか?」
「報道の自由を行使する事に何ら問題は無い」
「密航ですよね」
「我々は国民の知る権利を代表して行使しているに過ぎない」
「犯罪行為をしている自覚は有りますか?」
「報道の正義を貫くのは使命であると考えます」
「自覚無しと」
捕えたマスコミへの尋問は一事が万事こんな調子だ。ちなみに宇宙軍規則の中に許可のない密航者については裁判も無しに処断する事が許されている一文がある。
ましてや盗聴器や隠しカメラまで設置されたとあっては国家連邦政府側も黙ってはいられない。次々と高官が来ては取り調べを行い、何故かちょくちょく叢雲が呼ばれて取り調べに参加した。
叢雲に何か言われるとマスコミの連中は絶望するらしい。どんどん衰弱していった。調書記録によると叢雲は言いたいことを言いたい放題言いまくって相手の反論に一切応じないでいるらしい。
「あなた方が何個の盗聴器を仕掛けたかは分かりませんし今更個数を聞いたところで本当のことを言うとも思っていません。残念ながら国家連邦政府宇宙軍としましてはかかる密航及び密偵に対し最悪の処分を行う事が決定されていますので今のうちに辞世の句でも考えておいた方が良いでしょう。ほら言ってみてくださいよ辞世の句。言えないでしょう?だってそんな脳みそなんて無いでしょうからね。報道の自由とか言う薄っぺらい虚構にしがみつくしか出来ないノ―タリンなんですもの。ほら声高に叫んでくださいよ報道の自由って。自由の謳歌には責任が伴う事を知らなかったんですかね。なんと斬新な勝手気ままなんでしょうかね。あなたの頭とか精神を疑いますよ。ああ、別にもう報道の自由とかそういうの良いですから。精々トマス・ペインの魂に正義を貫きましたと報告に行けばいいじゃありませんか。わー凄いなーやりましたね。世界を変えた新聞記者とあなたは同列です。おめでとうございますあなたの名誉は死して後、宇宙衛星より高く打ち上げられカノープスの慰霊塔になるんですよ素晴らしいですね。本当におめでとうございます」
その殆どがはったりだったが、事態は叢雲のはったり通りに進行していた。これはメンテナンス担当のウルシュラ・キタの報告も遠因となっている。
「一応全部の盗聴器や隠しカメラを撤去した筈ではあるよ。でも誰がそれを保証できるんだい?私の知らない未知の技術によるそれらが有った場合、永遠に盗聴盗撮されることになるだろうね。私も保証できないよ。それに盗聴機が仕掛けられた時点で
国家連邦政府としても事態を重く見ていた。初の民間人だけで構成された宇宙軍が舐められたとあっては威厳に傷がつくのである。そして全てを撤去したかどうかが分からない以上、聞き耳を立てる相手を根絶やしにしてしまうしかないという結論に達した国家連邦政府宇宙軍の手により、密航をしたマスコミが処断された。
それが笹本達の目の届かない所で行われた事だけが救いだというべき話だった。
処刑された事を大々的に報じた新聞を手に取り、恒星カノープスの青白い光を眺めながら笹本は呟いた。
「戦争ほど残酷な物は無い。戦争ほど悲惨な物は無い。だがその戦争は続いている」
「ほうケンジ、それは何のセリフだい?」
それを傍らで聞いていた参謀のフランシスコ・サントス・マイアが聞いてきた。
「ああ。とある小説の冒頭部分だよ」
サントスに向き直って笹本が答える。遠くで無人掃宙艇が呑み込み切れなかった大きな艦船の破片が掃宙艇の吸い口に引っかかり爆発している。戦争の映像はなるほど残酷で悲惨だ。
「似たような事を言ってる映画が有ったわ。『世の中に負け戦の次に悲惨な物があるとするならそれはそれは勝ち戦だ。何人もの仲間と敵の遺体を見続けなくてはならないのだ』だったかしら」
記事は国家連邦政府を口汚く罵り、殉職した記者に哀悼を捧げる論調ではあるが、世論の誘導は上手く行っていないようだ。
誰もマスコミを信じてなんかいないし、まさかの軍隊に対する不法侵入を正当化出来よう筈も無く、そして記事の多くが政府に対し保釈金を払えという論調だったが、それが誰の税金なのかと馬鹿にされている状態だそうだ。世界が約300年ぶりに抱え込んだ戦争というモノについて、未だに脅威にも感じていない状態なのだ。
「今日もドザえもんが特番に追いやられました。非常に不愉快です」
叢雲のこの言い草がその証左になるだろうか。
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