第4話 戦端の長い日

「現在脱出用テレポーターの利用率は100%、誰か持ち込んだペットにも使っているようで人数より利用カウントの方が高い状態です」

「全ての航宙機が発艦しました」

「結構多くの兵員は前向きな事を言っています。良い傾向じゃないですか?」


 最後の報告を聞いたエチエンヌ・ユボーがあざわらった。

「戦ったことが無い兵士はやたらと士気が高いものよ」

 笹本はほうと言った顔をして聞いた。

「へえ、誰の言葉だい?」

「フランスはナポレオンの宿敵アーサー・ウェルズリーの言葉になっているわね。映画で使われていたわ」

「ああ。ウェリントン卿か。上手い事言うものだね。その映画見てみたいな」


「レーダー感。敵を捕らえました」

「ハハ。チャフも妨害もしてないじゃないか。見事な宇宙紡錘陣でかかって来るな」

「フィッシュバーン船団長、まあ15分だ。迎え撃ってやろうじゃないか」

 督励から帰ってきたグェン提督が最後の督励相手である第一戦艦船団に帰ってきて早速鎮撫と督励を始めている。

 

「うん。少なくとも総司令官のアシモフってのはバカだな。僕たち同様カノープスに対して縦に部隊を展開している。こっちに合わせたんだろうけどあんな布陣は無いだろうバカだな」

「散々な言い方してるけどその馬鹿をやっているのはあなたなのよ?」

 ちゃんとユボーからツッコミが入るのが笹本にとってはむしろ心地が良い。


「笹本君、ちょっとウィンドウのナノテクマシンについて説明するね。機動しているかい?」

 ウルシュラが話しかける。笹本はその機能の事が一番知りたかったので話に応じる。

「ああしてるよ。ちょっとうざいけど」

「大丈夫。笹本君の見たい見たくないで目に映っているウィンドウは見え方が変わるから」

 このウィンドウは笹本の網膜に直接見えているのだ。

「色んな兵員の会話から有益な情報を起こしたウィンドウが各所に有るのが分かるわよね?消したいときは直接手で見える所に有る×を押してみて」

 笹本がちょっとやってみると本当にウィンドウが1個消えた。

「ほうほう。便利だな」

「そりゃそうさ。国家連邦政府こくれん宇宙軍正式採用ウィンドウズナノテクマシンをここまで改造出来るのなんか私しかいないよ!」ウルシュラがグッと胸を張る。

「右上にも注目ね。監視カメラ、防犯カメラ、AI機械兵のカメラの映像から各戦闘の士気を上げそうなシーンをハイライトとして映しているのさ」

「ああ、これか」

 まだ戦争そのものが始まっていない今はくつろぐどこかの誰かや巧みに浮揚する航宙機が映っている。合計5枚のそんな映像が流れている。

「良い映像映してくれよ、なんたって士気の高さだけが取柄なんだから。戦ったことが無いだけに」

「ああ。任せてよ」

 ウルシュラはそう言って自分の所定の席に着きパソコンをいじり始めた。ウルシュラは農業機械の営業をしていたそうだが、本人自身メンテナンスや改修は上手かったが、機械の販売実績が伸びず、ずっと薄給だった事に見切りをつけて宇宙軍に入ったそうだ。現に今宇宙軍にいる兵員の体内に入れてある翻訳・通訳の。様々なステータスウィンドウが出るナノテクマシン。そして第6艦隊内イントラネットのバージョンアップを担っているのが彼女だ。


「ケンジ、敵が視認できるようになったよ。斉射を出来る限り躱す手段は僕に任せてよ」

 参謀のサントスが声を掛ける。敵の戦艦の砲身に何かが光り輝く。主砲斉射の合図だ。

「サントス」

「上に800メートル上がって左に200メートル。充分躱せるよ」

 全艦にそれが指令される。しかし敵の数が圧倒的に多い。

「重巡洋艦第2船団指揮艦ティアマト轟沈。乗組員全員の無事を確認」

 脱出用テレポーターは充分に機能しているようだ。これは日本宇宙軍が開発した強制奪取装置なのだが、情報が公開されたためあっという間に世界の軍隊の制式採用品となった。

 死亡するだろうダメージが有るのを事前に察知し作動する。行き先は一方通行で、第6艦隊の場合は海浜幕張に有る宇宙軍東京第6艦隊研修基地の大講堂に指定されている。

「全艦、出来る限り敵の左翼方向を狙って斉射。撃て!」

 左翼側とはつまり恒星カノープスから遠い方を狙うようにという意味だ。敢えてカノープスに対して垂直に陣を敷き、乗ってくれれば良いなと思っていた相手がまんまと乗って垂直に対峙してくれた。左翼、すなわちカノープスと反対方向の艦船を撃沈すればコントロールを失ったリモート艦船が無傷の艦船に衝突してくれる可能性も有る。


「各航宙隊も攻撃開始、総力戦の演出を」


「各艦副砲や電磁レーザーを放って!攻撃の手を休めるな」

 そうこう言っている間にも彼我の距離はどんどん縮まっていく。世界各国が宇宙軍を保有しているとはいえ、実の所宇宙を舞台にした戦争なんて起こったことが無い。

 わざわざ他国に戦争を仕掛けて奪うより、開発した方が圧倒的に安上がりでリスクが少ないからだ。領土も資源も食料もだ。

 御大層ごたいそうに国家連邦政府宇宙軍とか実力至上主義の公国宇宙軍とか言ってはいるが、戦場に立つという行為そのものが誰にとっても経験が無いのだ。

 どんな距離感で戦うべきなのかとかどんな戦い方をすべきなのかという机上のデータは有るが、それを守れるかどうかも分からない。両者の艦船の一部は一斉砲撃2回目に至る前に接触事故を起こしている。

「第2戦艦船団ネームシップ紅葉こうよう丸に敵のリモート駆逐艦が衝突しました。AI歩兵による白兵戦が始まっています」

「な?おい第2戦艦船団長、平気なのか?無理せず逃げても構わないんだぞ?」

 笹本が大慌てで当該艦に連絡をした。ナノテクマシンが反応し、モニターが現れ船団長が映し出される。

「お気遣い感謝しますが、今の所負傷者は居ませんので戦闘を継続します」

 日本人の恰幅の良いおじさん船団長が答えた。ナノテクマシンが更に反応する。


 第2戦艦船団長大場忠道(46)

 日本国惑星イザナミ南5-北州石鐘村出身

 大場重工業元経営陣

 プロフィール/経営に向いていないと会社を弟に譲り家族で宇宙軍に身を投じました。イザナミ産まれの我々にとっても日本は心の故郷です。良き帰郷と良き仕事をしたいと思っています


「分かりました。決して無理はしないでください」

 笹本はそう答えて通信を切った。そこに更なる話が舞い込んでくる。

「副提督、面白い事言ってる人が居ますよ」

 通信手のミアリーが笹本に通信記録を送ってきた。難しい操作は一切要らない。宙を指したかと思ったらそれを笹本の方にピッと弾けばその記録が映し出される。通信記録は小島かなめとアリーナ・ガイスト。参謀本部に招いた二人である。

「アリーナ、私見つけちゃったよ」

「ん?何をだ?」

「敵の指揮艦だよ」

「はあ?」

 そこから新しい文面が入ってくる。

「ほら、これだよ」

 他の艦船が規則正しく攻撃を放っているのに対し、文面に添付されたその艦だけは航宙機を嫌って四方八方にレーザーや機銃の弾幕を張っている。

「私があれをやればいいのか?」

「ううん。航宙機じゃ近づけないよ。私の揚陸艦を突っ込ませるから援護して欲しいんだよ」

「ほう。聞いたことがあるぞ。あれだ。カミカゼアタックって奴だな」

「お国の為に死ねるほど達観してないよ?」

「良くは分からないがっちまいな。援護するぞ」

 ここで遂に笹本が本人たちの無線に割り込んだ。

「頼むからネームシップ自ら突撃しないでくれよ」

「あら笹本さん。って私と一豊号は行かないよ⁉」

 座乗艦自らの突撃はしないと言質を取った笹本が各艦に連絡する。

「という訳でこのライン付近にいる艦船は援護射撃を盛大にかましてやってくれ」

 

 ここに戦場が大きく動く可能性のある臨時作戦が始まる。上手く行けば戦局を大いに覆す事になるのだ。

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