第3話 戦闘準備

 主だった各艦船への指示は笹本が行なう。副提督の肩書はこの時ばかりは思いのほか便利だ。

「高速宇宙戦艦と軽巡洋艦は叢雲参謀の指示に従って移動をお願いします」


 笹本の指示に従いたどたどしい感じに艦隊が二つに分かれていく。叢雲は既に高速宇宙戦艦第一船団のネームシップに移乗しており笹本の手元には居ない。二手に分けた分艦隊を率いるのは叢雲の役目だ。

「本当に艦隊を二つに分けるのね。心配だわ」

 エチエンヌ・ユボーの心配は本来ならば正常な意見だ。

「本来ならそれこそ正しいご意見だと思います」

 笹本は思わずユボーに向き直り頭を下げた。

「そんな事されても困るわ」

 ユボーがそっと目をそらした。

「笹本君、やっぱり敵には高速戦艦という艦種は無いみたいだよ。あとこれ、3艦隊の提督の情報」今度はメンテナンス担当のウルシュラ・キタが笹本に話しかけてきた。

「何とも知らない人ばっかりだね。誰だろうこの総司令官のアシモフとか」

「え?そいつ?ワシントンアンドリー大学でジャーナリズムを専攻していたみたいだよ。卒業論文は『メディアによる報道の自由勝手防止についての考察』だって」

「なんでそんな事まで知っているんだい?」

 笹本の替わりに旗艦に居残っていたサントスが聞いた。


 ちなみに叢雲はシュミレーターに言わせると用兵の巧さと容赦なさが評価されているのに対し、サントスは防御陣形の巧みさと、粘り強い守備が光る参謀だそうだ。

 サントスに防御戦をさせれば日本宇宙軍と少々のA+提督以外には大概勝利している。


「聞きたい?聞いたら一生後悔すると思うけど……それでも聞きたい?」

 後ろ暗くてどす黒い笑顔でウルシュラが聞き返す。

「ごめん。なんかごめん」思わず笹本が謝った。


「で?ササモト、最初の一撃でダメならどうする気で居るの?」

 エチエンヌ・ユボーが聞いてきた。

「考えてあるよ。もう全力で逃げるのみだね」

「ちょっと!」「うわ」

 ウルシュラとエチエンヌ・ユボーが声を上げた。そんな中もサントスだの結構多くの第1戦艦船団のクルーは冷静だ。

「まあ、作戦内容から言って失敗後の立て直しは無理だね。納得するよ」と、サントス。

「何がどうなろうとも提督達の秘書に徹するまでです」と、各務原。

「なに。どうなろうとも出来る限り多くの兵員をモチベートして退職逃亡を防止していくさな」と、グエン提督。

「提督、そうなった折はどうかお願いします」

 笹本はただそう懇願した。


「参謀長、接敵1時間前です」

 そんな中を淡々と自分の仕事に専念していたのは通信係のミアリー・ラボロロニアイナ19歳。マダガスカル出身で、真っ黒な肌の女の子だ。

 緩いカールを描いた長い髪とクリンとした目、そして小さな口元が可愛らしい女の子だが、通信手としてほぼ3000人から有益な情報を艦隊司令部に汲み上げる為、頭にすっぽりフルフェイスのヘルメットみたいな補助具を装着しているのでそんな顔が見えない。

 そのヘルメットは各員の通信や艦隊内イントラネットのチャットを文字として読む装置だそうで、この子こそ『膨大な文章を読んだり選択できそうな子』なのだそうだ。

 趣味が文通で月刊ペンフレンドを購読しては大量の手紙を書いたり読んだりしているのが理由だそうだ。

 それが選考基準で良いのかと笹本は懸念している。


 ミアリーの声掛けに笹本が艦隊全体放送のマイクを手に取り開戦前の士気上げ演説を行う。本来ならグェン提督が行う所なのだろうが、取ってつけたように座らされた提督より研修を共に過ごした副提督の方が良いだろうとの配慮から演説を行う事になった。当の提督はテレポーターで各艦を巡回し、直接督励に向かっている。


戦闘最後の研修に励む第6艦隊研修者の諸君、連日の研修本当にお疲れ様だ。私は本艦隊の副提督兼参謀長の笹本健二だ。最後の研修になんと7日間も費やすという事だそうだ。教官達もなかなかハードな要求をして寄越すじゃないか」

 ここいらでクスリとしてくれているのではないかと笹本は1拍置いてから続けた。

 「シミュレーションによれば相手は我々の5倍。本当なら勝てる相手ではないと思うかもしれない。しかも今ここに残っているのは全艦隊の三分の二だ。そのような中ではあるが皆に僕から懇願したい。7日なんて時間バカバカしくてやってなんかいられない。15分だ。みんな、私に15分だけくれないか?辛くても厳しくても15分耐えきってくれ。その後僕たちは勝利の凱歌を高らかに歌いながら勝鬨を上げるだろう。さあ、かねてより送った配置に並び、15分の耐久研修に挑もうじゃないか」

 

 笹本の演説は微妙に好感が有ったらしい。ミアリーから送られてくるチャットも会話も士気が上がってる方向に向かっているようだ。

「最後に、各自これを予行演習だと思って挑もう。頭の上にある脱出用テレポーターは必ずスイッチを入れておこう。周囲にスイッチを入れていない人を見かけたら促して。尚、全員に封書が届いている筈だ。階級章と所属、役割が記載されたワッペンだ。今着ている服の上からつけておくように」


 艦隊は恒星カノープスにどんどん接近していく。艦が熱で溶解しないギリギリの位置を右舷限界と定め、普通の布陣ならカノープスを真下に見る布陣をしくだろう。位置的にはカノープス第1惑星よりもカノープス寄りだ。


 ここで航宙母艦が次々と超重爆兵器『ナハトドンナー』を抱えた航宙機を発艦させる。ここでアリーナから雑談無線が来た。

「なあケンジ、超重爆装備は重いから航宙機が最高速度出せないんだけどな」

 アリーナは航宙機のパイロットなのだ。いつも訓練時は最高速度のマーキングばかりしているので、重たい武装なんか好きではないのだ。

「その装備でどの位の速度が出るのか試してみても良いんじゃない?頑張ってくれないか」

「まあそう言うのだから仕方ないんだろうな」

 

 そう話しながら笹本は封筒から階級章と参謀長バッチと副提督バッチを取出し、装着した。本来ならば軍服に階級章はついている物だろうが、生憎研修中である。

 その為全員が軍服ではなく研修中に渡された作業着か体操服を着ている状態なのだ。本当に全員が新兵なのだが、それ以上に国家連邦政府宇宙軍自体が混乱の渦中にある事を認識しなければいけないのだろう。

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