第2話 生贄にされた第6艦隊 2

 悲惨な内情の参謀本部の構成員が揃ったところで笹本が今一度全員に研修教官から届いた指令を発表する。

「ここに人種差別主義者の群れがやって来るから7日間防衛して欲しいんだってさ」

 内容は全員知っているのだから説明はざっくりだ。ざっくりにも程があるとは思わされるが。

「3日後にインドネシア宇宙軍第8哨戒艦隊が、7日後に救援の日本宇宙軍宇宙戦艦2番艦が到着予定だそうだ」

 この艦隊の提督であるベトナム出身のグェン提督が戦闘中の援軍予定を通達した。背景のパネルにさっとスケジュール表が現れる。


 グェン提督は65歳。前職はベトナム国営の建設会社に勤務していて、カ川ハイダムやハノイ第3タワーマンションなどの建設現場所長を歴任していた人物である。特にグェン提督が所長として辣腕を奮ったフエフラワーランドは新しい観光名所になっている。

 建設現場で多くの作業者を扱っていた事が評価され、現時点で3千人に及ぶ艦隊の提督を拝命している。そして艦隊内唯一の軍人経験者だ。

 提督になる前に3カ月だけ駆逐艦の船団長をやっている。

「本命の援軍は日本宇宙軍の2番艦みすま〇ゆりかでしょうね」

 世界の本音をザックリ言ってきたのは旗艦付秘書官の各務原かがみはら若葉さん。この人は笹本が面接を受けた時に面接官をやっていた人物だ。


 千葉市美浜区役所の職員から国家連邦政府宇宙軍に面接官として出向していたが、実は本人が面接をやったことも受けた事も無いので困っているのだと白状し、笹本がドラッグストアにおけるアルバイト面接の進行を紹介したところ、各務原の裁量でそのまま臨時職員に採用され、あちこちの面接会場に奔らされたという経緯がある。

 笹本より2歳年上の28歳。どこを見ても悪くは無いが、とりたてて美点も無い女性だ。


「でしょうね。日本の新戦艦群は斬新過ぎますから」

 参謀の叢雲がどこを見ることなく呟く。高校は卓球部所属と聞いている通り、持久力と馬力はあるのだがちょっと太めで自分の身なりに金をかけないこの女の子は、散髪すら千円カットを愛用し、まだ着れるからという理由で高校のジャージを部屋着にしてしまう。そんな女の子だ。

 ちなみに笹本が各務原に臨時採用された後、最初に来た面接者がこの叢雲だ。


「さて敵の具体的な戦力を知りたいな」

 笹本の答えに間髪入れず答えたのがメンテナンス担当のウルシュラだった。

「合計宇宙戦艦2万宇宙巡洋艦4万……」

「ごめんもう良いや」

 敢えて笹本が先に遮った。

 予めウルシュラから概ねの情報は得ていたので笹本は本当の事を皆に伝えたくなかったのだ。それこそ参謀本部のブレイン達が士気崩壊と逃亡する事を恐れたのだ。

「結論から言います。我々は5倍の兵力の相手に勝ってしまうしか手は無いと思います」

 参謀本部の多くは5倍という単語に恐々としている、それでも気持ちの良い意見は有る。

「ケンジ、僕なら7日間防御に徹して生き残る自信は有るよ」

 そう言って寄越したのは叢雲以外の参謀、フランシスコ・サントス・マイアだ。皆は彼をサントスと呼んでいるので笹本もサントスと呼んでいる。


 ブラジルで板金工をしていた19歳の男の子だ。刈上げと巻き髪が精悍で、褐色の肌が健康的な印象の細マッチョ君だ。

 惚れ惚れするような男の子だが女性には興味が無いらしい。ゲイの噂もまことしやかに囁かれる。


「ああ。一瞬考えた。勝てると思うよ。第6艦隊の全員がサントスだったらね」

 全員が首を傾げる。

「だってそうだろ?時間が経てばたつほどそれが最後の研修では無く本当の『ニンゲンとの戦闘行為』と気付く者が増えていくんだ。今この瞬間もね。きっと戦闘中に辞表を書きだすぞ。それで済めば良いけど逃げ出すぞ」

「ハハ。私がそうだな。逃げる気は無いけどな」

 船団長のナオミが自嘲気味に笑いながら言う。

「人との喧嘩には慣れてるんだがな。ハハ」

「そんな訳なんだよサントス。この最後の研修戦闘を順調に終わらせたいなら本当の事を知らない内に、最初の一撃か二撃で勝利する事が必要なんだ」

「笹本さん、5倍なら5倍の相手に勝てる見込みが無いと話すら聞いて貰えないと思いますよ」

 小島の危機感のない相槌は全員の鎮静を与えた。顔もスタイルも抜群な女の子ってそれだけで武器なんだなって笹本は思ったが口には出さなかった。


「では言います。軍を二手に分けます」

「バカなの!?少ない上に軍を二手に分けたら各個撃破の的じゃないの!」

 そう言って笹本に真っ向から反対したのはフランス、アンジェ大学で観光学修士課程を中退したエチエンヌ・ユボーという女性で23歳。


 笹本とは参謀コースの講習でしょっちゅう対立していた人物で、シミュレーション対戦の講習で敗北しては悔し涙をこぼしていたエリート気質の強い女性だ。

 長い髪をいつも綺麗に結っていて、見た目は素敵だが笹本は苦手意識を持っている。多分エチエンヌも自分を嫌っているのだろうと、笹本は思っている。


「普通ならね。でもユボーさん、普通にやれば勝てるかい?戦力を集中したら勝てるかい?どうなんだい?」

「不可能よ」

 エチエンヌの間髪入れない解答にウルシュラが合わせた。

 「普通に戦って14分後に殲滅されるってシミュレーターが言ってるね。日本人はこの事をシュンサツ瞬殺って言ってヤバいって表現するんだろ」

「不可能なら教科書通りじゃダメなんだ。思い切ったことをしたり、意表を突いたり」

 笹本が思わず詰まってしまった後を叢雲が続けた。

「隠れたり騙したり散らしたり毒を盛ったり暗殺したり偽情報を掴ませたりするんですね。シミュレーションでは出来ない行為なだけに多くの人にとっては斬新です」

「毒と暗殺は嫌だぞ?」

「まああれじゃないか。殴殺謀殺毒殺誅殺刺殺撲殺抹殺絞殺一万円札、全てケンジにお任せするしかないよな」

「まあそうだな。ハハ。酒飲んで喧嘩して何人か死ぬ。そんなのオージーの鉱山じゃ日常茶飯事だぜ。あれ?一万円札って何も殺していないよな。ハハハ」

 ドイツ人のアリーナとオーストラリア人のナオミが妙に意気投合している。36歳と15歳。年齢差21歳の意気投合だ。

 笹本は迎撃のプランを真摯に語った。静まり返ったブリーフィングルームにもはや反論はない。『不可能』を覆す一縷いちるの望みがあるのだったら、ほんの少しでもすがり付きたいのだろう。


 作戦を伝え終わった笹本は最後に作戦名を告げた。

「我々は勝利しますよ。かつてカノープスと言う星はギリシャとペルシャの海戦の折、ギリシャ側が南を指し示す星としてこの星が水平線にちらりと見えたそれを南と信じ進み、そこに居たペルシャの大艦隊に奇襲攻撃を仕掛け大勝利したという伝承からアルゴ座という星座がかつてあったそうです。そのアルゴ座は船首を残して沈んだペルシャの艦船を象っていました。実力主義の公国をカノープスの果てでそのようにしてやりましょう。作戦名は『難破船作戦』です。必ず勝ちましょう。質問を受け付けます」

 質問をしてきたのは任せると一番最初に言っていた筈のアリーナだった。

「なあケンジ、なんで人種差別なんてのが起こったんだろうな?私だって荒ぶる人の子だ。嫌いな奴やぶん殴りたい奴なんかいくらでもいるよ。私とカナメは肌の色も見た目も違うし、ナオミ姐さんは年齢が違う。でも人種差別ってそう言った区別とか個人のブチ切れとかとは違う物なんだろ?多分。なんだ?人種差別ってなんだ?私はここに来て以来、ケンジもカナメもサナエもグエン提督も大好きな人になった。全員人種が違うけどお互い楽しくやっている。なんなのだ?人種差別って何なんだ?」

 この15歳の女の子から作戦でも軍事行動でもない所から為された質問に誰も答えられなかった。 

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