第2話 転生した! けど、駄目だった!

「『この度、元英雄様には多大なるご迷惑をおかけいたしました。謹んでお詫び申し上げます。今後はこのようなことのないよう、精一杯努めさせていただきます』」


 女神が深々と頭を下げつつ、俺に向かって謝罪の言葉を述べている。しかし、淡々とした口調からは「しぶしぶ」という感情があからさまに滲み出ていて、俺のこめかみの辺りにピキッと痛みが走る。


 現在、俺とポンコツ女神は神の領域、女神が人やその魂を転生させたり別の世界へ移動させたりする、所謂いわゆる天界で向かい合って座っている。

 ちなみにあの好青年くんは、女神の急に雑になった説明を受けてから、慌ただしく行くべき世界へ派遣されていった。

 まぁ、始めからチートっぽい雰囲気だったし、後は派遣側の世界の住人が良い感じにしてくれることだろう。健闘を祈る。


「棒読み謝罪、ありがとよ。とにかく、今度こそちゃんと俺の希望通りやれよ。うっかりミスや騙し討ちみてぇなマネすんじゃねぇぞ!?」

「仮にも女神に向かって失礼な! 私がいつ騙し討ちやうっかりミスをしたと言うのですか!?」

「どの口が言うかぁぁぁ!?」


 俺は全力で吠え、衝動のままに立ち上がった。目の前にちゃぶ台があったら、間違いなくひっくり返してたぞチクショウ。

 しかもコイツ、営業用の『女神』を脱ぎ捨てて素に戻ってやがるし。腹が立つが、これで俺も遠慮なく言いたいことが言えるってもんだな。

 俺は女神を見下ろし、その頭に向かって人差し指を突きつけた。


「良いか、まずは『俺』が世界を魔王から救って天寿を全うした後、未練があるからもう一度あの世界に転生させてくれと頼む俺に『貴方はあの世界を救った英雄ですから、ご希望通り転生させてあげます。特典として、お好きなチート能力つきです』と自信満々に言うからよ、俺が『あらゆる呪いの影響を受けない身体が欲しい』と言ったら、何故か自信満々に『動きが遅くなるバッドステータス無効』の能力付与しやがったよなぁ!? 呪いつったら普通『呪い』の方だろうが、なんで『鈍い』の方に影響すんだよ!?」


「も、もう少し分かりやすくおっしゃってくだされば良かったんですよ。遠回しじゃなく、素直に『コレソレそういう目的がある』とはっきり話して下されば、少なくとも初めの時点で、『転生』ではどう足掻こうが貴方の目的は果たせないとお伝えできたわけですし」


 素直に、という言葉で俺は一瞬怯む。確かにその時点でしっかりと伝えていれば、もう少し近道できたような。

「あ、あの時は色々と気が動転してたというか、俺も冷静じゃなかったというか……」


 俺の過失が全くなかった、とは言えないかもしれねぇ。まぁ、それは良い。

「だけどな。ムカついたのはそれだけじゃねぇ! もう一度この場所に戻ってきた俺が、『記憶を持ったまま別世界に一度転生して、またあの世界に転移する』ことはできるか、と尋ねた時のてめぇだよ!」


『えー? そんな複雑なこと、世界を一つ救った程度でできるわけがないじゃないですか。女神って言っても万能ではないんですよ。もしそちらを希望されるなら……そうですね。また別世界の一つや二つ救って魂の徳をつんでからにして下さらないと』


 なんて、俺に向かって『何言ってんだコイツ』みたいな顔で言いやがった時は、思わずこぶしが出るところだった。思い出したら、また腹立ってきたな。


 それで仕方なーく俺は、また次の転生先でも世界を救う羽目になったわけだ。

 なんか、都合よく女神コイツに働かされたみたいで、滅茶苦茶腹が立つ。


「その節はどうもお世話になりました。おかげさまで、英雄の素質がある若者を、わざわざ探して召喚する手間が省けました」

 ニコニコしてんじゃねぇぞ、この野郎。やっぱり俺を利用して楽していやがったな。

「失礼な。お互い利害は一致していたと思いますが?」

 首を傾げて無邪気に目を丸くする女神に、また頭に血が上る。が、深呼吸をして心を落ち着かせる。偉いぞ俺。


「てめぇに言いたいことは、もう一つある。異世界で目覚ましい活躍をして、再びこの場所に戻ってきたこの俺に、『では今度の転生の後、頃合いを見て貴方をご希望の世界へ転移させます。楽しみに待っていてくださいね』。つって、三十年間も放置してくれたのは嫌がらせか!?」


「あ」

 おい、今コイツ「あ」って言ったな。


「しかも、偶然なのか何なのか、足下に出現した魔法陣に吸い込まれていったり、トラックに轢かれる寸前で光に包まれて姿が消えたりする、どー見ても異世界転生、転移、もしくは召喚だろっていう『勇者』を、目の前で何人も見送った俺の気持ちはどーしてくれんだよ!? 行方不明者の最後の目撃者つって、警察に事象聴取までされたんだぞ!? なんとなく事情が分かるだけあって、気まずいわ!? ……まさか、俺を呼び出すつもりが座標が狂って、何人か別のヤツを召喚したとかねぇよなぁ?」

「ギクッ」


 おい。やっぱりそうだったか。

 定職にも着かずにバイト生活で食いつなぎ、『異世界転移の時を待つ三十路』って字面が痛すぎて、もうこれ以上待ってられなかったんだよ。

 召喚されそうになっていたあの好青年くんを道で偶然見かけて、これ幸いと突撃して無理矢理召喚に巻き込まれに行って正解だったぜ。


「ととと、とにかく! 貴方は再びここにたどり着かれたわけです。ええっと、ご希望は確か、『記憶を持ったままご希望の世界へ貴方を転移させる』んですよね。これで、貴方の目的は果たせますね。良かった良かった」

「…………まあ、そうだな」

 頷きかけて、ふと思い当たる。

 この女神のことなら、微妙に間違えた異世界に俺を移動させるとか、やりかねない。



「念のため確認しておくが、俺が戻りたいのは『ラフェイマス』って呼ばれていた世界だ。世界の中での『知名度』がそのままステータスに反映される世界で、目立てば目立つほど強くなる世界だ。絶対に間違えるなよ! 俺がさっきまでいた世界もSNSの評価で地位や名声を得たヤツもいたが、それとは全くの別物だからな、本当に頼むぞコラ」

「頼む相手にコラとは何事ですか。この局面で間違えたりしませんよぉ」


 女神は俺の目を疑わしげな瞳で見つめながら言う。

 本当かねぇ。だが、信じるしかない。俺の口から重苦しいため息が漏れた。


 しかし、なんでいくら転生を繰り返しても、この悪人面はそのままなんだろうな。髪色や目の色はその世界に合わせて変わっていたが、全体的な顔の印象はそのままだもんなぁ。

 今の俺は黒髪に黒目に無精髭だから、余計に人相の悪さが際立つぜ。


「あの……」

 そんなどうでも良いことを考えていたら、女神が急にしおらしい態度で俺を見つめていた。

「本当に、遠回りさせて申し訳ございません。その、付与した能力のことや、ここにお迎えする時期が遅れたことは私のミスですが、転移や転生そのものに関しては、誰でも希望の通りとはいかなくて……どうしても、それなりに徳を積んだ方しか」


「わーかってるよ」

 俺はため息を吐いて、片手を横に振る。気にするなという合図だ。俺も、年甲斐もなくイライラしちまって悪かったしな。

 すると女神は、転生前の俺ならちょっとクラっときそうな極上の笑みを浮かべた。


「――貴方のこれからに幸運が訪れますように」

「はっ! ポンコツ女神の祝福でも、ないよりはマシか」

 文句の声を上げる女神に背を向けると、俺の目の前には黄金色の巨大な扉が立っていた。

 その豪華な意匠は何度か見たことがある。これが、別の世界への入り口だ。俺は思わず喉を鳴らす。


「今度こそ、だ。あの世界の間違った歴史を必ず変えてやるからな」

 俺は意を決し、開く扉の向こう側へと進んでいった。

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