第6話

  誠十朗が目覚めた場所は病院であった。初めはドクターの部屋とも思ったのだが部屋は個室で傍らにはドクターではなく、忍びのヒーローがいた。


「目覚めたでござるか、名前は既に医師の方から聞いたでござる。誠十朗殿、まずは謝りたい。……火虎を取り逃してしまった。誠に、誠に申し訳ないッ!」

「拙者の名はカゲロウ。A級ヒーローでござる。奴は拙者が必ず討つ、それ故誠十朗殿は復讐や恨み等考は忘れて真っ当に生きてほしいでござる。それは拙者だけではなく、恐らく散っていった誠十朗殿の御家族もそう願っているでござるよ。かの火虎を前にし誠十朗殿が生き残ったことは御家族もきっと喜んでいると拙者は思うでござる」


 誠十朗に反応はない。


「流石に昨日今日で話できる程回復してはおらぬか。では、拙者はもう行くでござる。誠十朗殿、後ろを見るより前を見て絶望せずにどうか生きてくだされ」


 そう言い残してカゲロウは去っていき、ようやくベッドに横たわる誠十朗は口を開いた。


「復讐は考えてはいけない、か」


 ヒーローの言葉に返答はしなくとも聞いていたのだ。誠十朗は言われた言葉を呟いてみると何故か腹の内から愉快な気持ちが込み上げ大声で笑った。


「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!」


 その狂気に塗れた笑みは長く、長く続きやがて終わる。笑い終えた後の誠十朗の目はドロドロの狂気を宿していて、それはまるでセイラのようであった。


「恨んではいけない、復讐はだめ。 くだらない。過去を見るより未来を見るべき。 くだらない。俺が生きて家族も喜んでる? くだらない……くだらない……!!!!」


 誠十朗はヒーローの言葉を吐き捨てる。正義を、吐き捨てる。


「耳心地の良い戯れ言並べやがって、腐った言葉並べやがって、復讐は駄目だと、知るか。知るかそんな言葉ァ!!!くだらねえ考えを押し付けやがって」


 腕についている点滴を引き抜き、若干ふらつくが立ち上がりドアを開けて部屋を出た。

 通路には誠十朗と同じ病衣来ている人たちが楽しそうに会話している、それを見て誠十朗は舌打ちをする。どいつもこいつも人の気も知らないで幸せそうな面しやがって、そんな苛立ちを隠そうともしない誠十朗にその会話をしていた三人組の男が反応する。


「なんだよ、急に舌打ちしやがって感じ悪いな」


 そう言って背後から男が通り過ぎた誠十朗の肩を掴もうとした瞬間、誠十朗に手首を掴まれたと思うと宙を一回転して誠十朗の前に落ちて呻き声をあげる。


「イライラしてるんだ、やるなら全力で潰すぞ」


 友人が投げられたことで惚けていた二人もその言葉に反応し、誠十朗を罵倒しながら殴りかかった。


 殴りかかってくる二人の方を向き、誠十朗は右足を前に出して半身になり手は自由にさせる、これが楠木流の基本の構えの一つ『柳』。

 そして右からくる男の拳を横から右手を添え、後ろに受け流し、足を引っ掛け転ばせる。呻く男の顔面を踵で踏み抜く。

 次に左から来る男は先手を取り、左の手の掌底を顔に打ち出す。鼻から血を出して仰け反る男の胸ぐらを掴み、引き寄せ肘で顎を打ち砕く。


「カス共が」


 瞬く間に3人の男を制圧した誠十朗は何事も無かったかのように歩き出す。能力者ならいざ知らず同じ無能力者ならば楠木流を学んでいる誠十朗に負けはなかった。


 ホールにたどり着き待っていると、ホールにある二つのエレベーターが誠十朗がいる階にまで来る。少し早く来た右のエレベーターに乗り一階へ降りた。

 そしてエントランスを抜け外に出ると、ぼんやりとした曇り空で霧のような雨が降っていた。


「霧雨か、幸先が悪い……。いや、ちょうどいいか。はは」


 雨の中、誠十朗は歩き出した。


 誠十朗は一夜で変わった。

 善とか悪とかそんな考えに囚われることをやめたのだ。いやそんな考えは捨てたというのが正しい。

 もはや誠十朗の復讐は善と悪なんてものはどうでもいい、だが善が自身の復讐を邪魔するのであれば悪で構わない、そう決めたのだ。


 歩きながら塀に書かれた病院名を歩きながら一瞬見る。


「七つ場病院か、家から近いな」


 傘もささずに一人、誠十朗は自分の家に向けて歩き出した。

 見知った道を進み、そして誠十朗は目的の場所に辿り着く。

 

 雨の中でも少し残っていた焦げた匂いが鼻をつき、匂いの元の家屋は崩れかけている。誠十朗は無言でそれを眺めた後、家の前まで行き玄関に引かれている立ち入り禁止のテープをくぐり中に足を踏み入れた。


 土足で中を進みリビングのドアを開ける。

 家族で一緒にご飯を食べている思い出や妹と一緒にソファに座りテレビを見てる思い出が蘇る。

 テレビを見ているそばでは父が新聞を読みそれに付き添っている母の姿があった。しかし、その思い出も一瞬で消え失せて後に残るのは誠十朗と思い出とは似ても似つかぬ焼け焦げたリビングと中に引かれたチョークの線が残った。


 そうして一つ一つの部屋を開けて家族との思い出を蘇らせる。

 瞳からは涙が溢れて頬を伝い落ちて、また溢れて伝い落ちていった。時間をかけて全ての部屋を開けた後に玄関に戻って玄関を眺め始める。


 なぜ誠十朗がこんなことをしているのか、それは家族や家への未練を断ち切り未来へと進むためではない。

 思い出という薪を使って、復讐心という火を燃え上がらせるためである。そしてその誠十朗の思惑は成功していた、誠十朗の復讐心はこれ以上ないという程に滾っていた。


「母さん、父さん、千枝。必ずアイツは殺すから、待っていてくれ」


 涙は拭かない、出る分まで出し切る。復讐に涙はいらない。


 そうして誠十朗が家を出ると、傘をさした女が一人立っていた。女は誠十朗が通ってる学校の制服を身に纏っており、それは誠十朗でもよく見たことがある姿であった。


「蘭?」


 そう一言、誠十朗の口から言葉が漏れ出した。


「せいちゃん」


 蘭と呼ばれた女は三つ編みに眼鏡で少し野暮ったいが、はっきりとした瞳からは強い意志を感じ鼻筋は通っていて美人の部類に入るだろう。

 そしてその口から親しげに、誠十朗の名が漏れ出す。


「学校はどうしたんだ」

「実はね、サボっちゃった」

「委員長のくせに、何サボってるんだよ」


 誠十朗は苦笑し、蘭は肩を震わせる。しかしそれは笑って震わせているのではなく、それを証明する様に涙がこぼれていた。


「なんで泣いてるんだ。蘭」

「ごめ、ごめんね。せいちゃんが辛い時に間に合わなくて、ごめんね……ごめんね……」


 何度も謝る委員長に誠十朗は歩み寄り抱きしめる。

 その突然のことで傘を落とした蘭も誠十朗をゆっくりと抱き返した。


 委員長こと、清水きよみずらんと楠木誠十朗、この二人の関係を表す言葉は多くある。

 同級生に友人しかしこの関係を確実に表すなら幼馴染み、それが一番だろう。


  そして柔らかな雨がふたりを包み込む。誠十朗は全てを失ったショックの精神的疲労と病院で寝ていたとはいえ、家を突き破る程の蹴りを受けた肉体的疲労が重なりそのまま蘭に体を預けて気を失った。


「……せいちゃん?」


 誠十朗を呼ぶ蘭の声は返答もなく、雨に溶けて消えていった。

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