第7話

 時間が経ち、誠十朗が目覚めた場所は見覚えのある女の子らしい部屋だった。来たことあるのは数年前で由佳子と付き合う前までの話だが誠十朗が来た時と部屋にはあまり変わりがない。


 そして誠十朗が起きたことに気づいたのか、頭を撫でていた手は止まり、蘭は柔らかく微笑む。


「ごめんね、起こしちゃった?」

「いや、大丈夫」


 蘭の膝の上から体を起こしたところで誠十朗はとある事実に気がつきた。


「いつの間にか、俺着替えてるな」

「あ、えと。びちょびちょに濡れてたから、私達の学校のジャージに着替えさせちゃった」

「あー、下もなのか」

「……う、うん」


 蘭の頬が桃色に染まる。それを見た誠十朗は気恥ずかしさに立ち上がり赤いカーテンを開けて窓の外を見る。


「雨止んでるな」

「せいちゃんが寝てる時に、ね」


 誠十朗がそのどんよりとした鉛色の空を眺めて、この二日間について思い耽ていると蘭が声をかける。


「どうしたの?」

「いや俺は弱いし、最近よく気を失うなって思ってさ」


 まあ、蘭に言っても伝わらないと思うけど。誠十朗はそう加えてからカーテンを元に戻して蘭が座っている隣に座る。

 そんな誠十朗の顔を見て蘭はうーんと声を出し、少し間を開けて話し出した。


「よく分からないけど。その分だけ体が追いつかないくらい、辛いことが沢山あったんじゃないかな?」

「そう、かもな」

「それにさ、せいちゃんは弱くないよ。 覚えてるかな? 小学生の頃にいじめっ子から」

「違う、俺は弱いんだ」


 蘭の言葉を遮った誠十朗の顔は苦々しさ見せていた。その顔に蘭は何も言えず二人の間に重苦しい空気が支配する。


「じゃあ俺はもう行くよ、着替える物がないからジャージこのまま借りていいか?」

「うん、いいけど。どこに行くの?」


 立ち上がった誠十朗は"どこに行くの?"と言われ、言葉が詰まる。帰る場所も迎えてくれる人も失った誠十朗はどこに行けばいいのだろうか。


「もしさ、行くところがないなら家にいない?」

「え?」

「ほ、ほらうちってさ家族も早く亡くしちゃって私一人だしさ。その……嫌かな?」


 俯く蘭の顔はまた桃色に染まるが、立っている誠十朗の袖を掴んで離さない。そんな蘭を見て誠十朗はため息をついてベッドに座りなおす。


「蘭は言い出したら聞かないもんな」

「うん、うん。だから」

「ああ、ちょっとの間だけ頼むよ」

「こちらこそよろしくお願いします!」


 誠十朗が改まってベッドの上で正座しながらそう言うと、蘭もそれに合わせ正座しながらお辞儀をする。そして二人でおかしくなり笑い出した。


 こうして幼馴染みの二人は再び絆を取り戻した。


 その時、誠十朗の腹が音を立てる。

 目を少し見開いて蘭は笑ってから、ちょっと待っててという言葉を残し部屋を出ていった。

 そうして一人残された誠十朗はベッドに寝転ぶ。


「私一人だし、か」


 それは蘭の言葉、その言葉の通り蘭は原因は誠十朗も知らないが家族を早くに亡くして、少しの間に施設に入っていた。そこで新しい親に引き取られてこの街のこの家に蘭は戻ってきたのだ。それはきっと、蘭の本人の希望だと誠十朗は考えている。


 そういった無理を通した結果なのか蘭は新しくできた親とは離れて一人で暮らし、保険金と遺産そして自ら何かのバイトをして稼いだお金で生活をしている。

 そんな経緯を持っている蘭について誠十朗は罪悪感を感じていた。


 家族を失う辛さと家を失う辛さ、その両方を受けた今だからこそ誠十朗はわかる。家族を失うというのはこんなにも辛いということが、なのに蘭から彼女が出来た義理とはいえ離れた俺は最低だ。

 そう、悔いていた。


「だけど」


 もう一度離れることになる、その言葉は発せられなかった。

 蘭が戻ってきたのだ。誠十朗は起き上がり部屋の隅に置いてある足が折りたたみ式の小さなテーブルを引っ張り出す。この蘭の家は誠十朗からすれば勝手知ったる他人の家でもあった。


「せいちゃん、ありがとう」


 蘭は用意されたテーブルの上におじやが入っている小さな土鍋と取り皿を置いて座る。その蘭の目は何故か少し赤くなっていた、それに誠十朗も気づき声を掛ける。


「目が赤いぞ?どうしたんだ」

「あ、えと目にゴミが入って擦っただけ。何でもないよ」

「そうか、ならいいんだ」


 そして二人の食前の挨拶が交わり、会話が終わる。おじやを食べ始めたのだ。

 部屋の中には食器が立てる音、そして時折吐き出される熱のこもった吐息が全てとなり、そして食べ終わると一つ大きく息を吐いて蘭が喋り始めた。


「こうしてせいちゃんとご飯食べるのもいつ以来だっけ」

「高校に入る前は一緒に食べることも多かったな、あっそれとごちそうさま」

「せいちゃんは律義だね、お粗末さまでした」

「そうか?」

「うん、せいちゃんには自覚ないかもだけどさ。本当に、律義だよ」


 そう言った蘭の顔は少し陰りを見せていて、それを見た誠十朗は唐突に既視感に襲われる。それは蘭との昔の思い出ではなく、つい最近どこかで見たようなそんな気にさせられた。

 しかし蘭が一瞬止まった誠十朗に不思議そうな顔をしているので、その既視感について考え込むことを諦める。


「……そう言われるとなんか照れるな」

「全然、照れてないように見えるけどね」

「俺は照れてるんだ」

「ふふ、そう言うなら良いんだけど」


 じゃあ、と言って蘭は立ち上がってトレイの上に食器を戻してから部屋のドアを開けて誠十朗の方へ振り向く。


「せいちゃんはお父さんの部屋が空いてるから使って、一応掃除はしてるから埃が積もってるとかはないと思うけど何かあったら教えてね」


「あー、わかった。それと片付け手伝うよ」

「ううん、いいのこれは私の仕事だから」

「でも」


 誠十朗が食い下がると蘭はいいから、と言って部屋から出たので誠十朗も諦めてその後に続き部屋から出る。行き先は蘭と同じリビングではなく、蘭の亡くなった父の部屋である。

 部屋の前まで来てドアノブを捻り、中に入るとあるのは机と椅子、そして壁一面本棚となっていた。


「ここも変わってないんだな」


 この蘭の父の部屋に入った誠十朗は小学校低学年の時の記憶が呼び起こされる。

 その記憶は蘭と二人で色んなところに潜入任務と言いながら勝手に入り怒られていた日々のことで、この部屋もそれの一つだった。


 二人で静かに部屋に入り机の中を漁ったり本を取り出したり、とそんな事をしていたら物音でやって来た蘭の父親に見つかって怒られる。


 その後は見つかっちゃったねと笑いあい、また次の事を話し出す。そんな当たり前の幸せな記憶。

 しかし、そんな幸せな記憶も今の誠十朗には哀しさが溢れ出させる原因となった。


 誠十朗は部屋の椅子に座り、体を預けて天井に顔を向けて脱力して目を閉じる。瞼の裏に蘇るのは昨夜の出来事であった。


「火虎」


 誠十朗はその名を口にすると気付かぬ内に拳を握りしめていた。拳から少し血が流れる事を見るとかなりの力が込められていることが分かる。そしてその胸の奥から筆舌尽くし難いドス黒い感情が滲み出るが、しかしそれは火虎だけではない。

 同時に自らへの怒りも出てくるのだ。もしも、あの時共に食卓を囲んでいたら、そしたら父と肩を並べ戦いヒーロー達が来るまでの時間くらいは稼げたのではないかと、そう思うのだ。

 しかしそんな、もしもの事を思っても仕方が無いと握りしめた手を緩めるがその時に誠十朗は何かの違和感に気づく。


「……何かおかしい。なんだ、この胸につっかえる大きな違和感」


 そして誠十朗はその違和感を探るべく、あの日のことを思い出す。


 始まりは誠十朗が家に帰ると千枝も帰ってくる所だ。それから千枝と話をして眠り、その後起こされるがまた眠りにつく。

 そして千枝の悲鳴で起きてリビングに行くと父と母の死体と火虎、そして火虎に屍姦されている千枝の死体を見つける。

 呆然としていると火虎に吹き飛ばされて家も燃やされる。するとヒーローが助けにやって来て、誠十朗は気を失う。

 それがあの日の出来事だった。


 そして誠十朗は違和感の正体に気づいた。


「なんで、あの時狙われたのが俺の家だけだったんだ?」


 そう、誠十朗が外に吹き飛ばされた時に自らの家を見ていてその時に、隣家も視界に入っていた。その隣家では電気もついていて荒らされた形跡もない。


 日常いつもならば、それが普通。

 しかしあの時ではそれがおかしいのだ。


「なぜ、あの音で家の外に確認しに来ない」


 ましてや火事もあった。異変を感じない方がおかしい。そして更にその後のおかしさにも誠十朗は気づいた。


「ヒーロー達の異常な早さは何なんだ」


 ヒーローとは警官と同じだ。通報を受けたりパトロールをして悪人を見つける。しかし、あの場では誠十朗以外に人は居なかった。なのにヒーローがやって来たのだ。

 それはまるで初めから火虎がそこにいると知っていたかのような速さで。


「何なんだよ、これ」


 誠十朗の胸に広がる違和感の正体が分かったとしても解明には至らない。

 いくら考えても憶測だけじゃあ仕方が無い、そう誠十朗は諦めて大事なのは家族の復讐の火虎と個人的な復讐の由佳子の二人を殺すことを自らに言い聞かせる。


 しかし言い聞かせても誠十朗はその不可解な出来事の数々に何か裏がある様に感じてならなかった。


「せいちゃんお風呂が沸いたから先に入って!」


 下から届く蘭の声、思考の海に浸かっていた誠十朗は、はたと我に返った。


「……ああ、わかった」


 その言葉の通り、誠十朗は階下に降りて風呂場に入る。そこも昔と同じで幼い頃に蘭と二人で入った記憶が蘇るほど、変わりはなく洗髪料さえも同じであった。


 そうして体と頭を洗い終えると誠十朗は湯船浸かる。

 熱っぽい吐息が吐く、誠十朗の胸中は家族への思いであった。


「葬式もしてやれないなんて、俺は親不孝者だな」


 いや、犯罪者となる方が親不孝者かと誠十朗は頭を振る。


「墓も無縁仏として、能力犯罪被害者墓地に埋葬されるから、ちゃんとしたのも用意してやれないか」


 誠十朗が言った能力犯罪被害者墓地とは、かつての日本とは違い、テロ組織と言い換えても良い悪の組織によって家族ごと殺害されるケースが増えたことによって作られた墓地である。


 変わり者の誠十朗の両親は親戚から絶縁状態であり、唯一縁が繋がって生きているはずの誠十朗も身を隠し悪の組織として生きると決めている以上は無縁仏として埋葬される。


 家族の復讐の為、自身の復讐の為、家族を蔑ろにする。矛盾とまではいかないがカゲロウが言うようにきっと間違っているだろう。

 しかし、誠十朗は止まれない。理屈ではなかった、怒りが誠十朗を走らせるのだ。


 例えそれが無能力者が能力者に勝てるわけがないと知りつつ、死への道と覚悟して誠十朗は進む。

 程度によるが能力者に勝てるのは能力者しかいない、これは単純な大前提である。


 誠十朗が自身の復讐を成すためには、能力者に自分がなるか。能力者しかいない悪の組織を利用するしかないのだ。


 しかし、後天的に能力者になる方法は見つかっていない。故に悪の組織として在る道を選んだのだ。

 まさに愛憎の道。セイラへの恋慕と火虎、由佳への憎悪が混ざりあって混沌と成した道。


 だが。


「俺が能力者なら、今すぐにでも」

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