第5話
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二日ぶりの自分のベットに寝転がり、家族の反応を思い出す。厳格な父は何も言わず、優しい母は何も聞かずおかえりとだけ言って夕飯の準備に戻る。
二つ下の妹は部活でまだ家に帰っていない。
心配というものをしていない家族にため息つきたくなるも、これが楠木家、いや楠木流だと諦めてため息をつく気力すらも無くす。
「だからといって、髪の色すら触れないのはどうかと思うが」
ベットから体を起こし時計を見ると十八時を少し過ぎたぐらいの時間、妹がもうすぐ帰ってくる時間だ。
誠十朗がそんなことを思ったその時、ただいまという声と共に階段を駆け上がる音が聞こえ、ドアが勢いよく開かれる。
誠十朗の妹が帰ってきたようだ。
「おにい帰ってきてたんだ!」
「おお、よく分かったな千枝」
「そりゃ、玄関に靴がありましたから」
この快活な少女は楠木 千枝。
誠十朗の妹で楠木家の長女で楠木流とは別に空手部にも入っている高校一年生。
ちなみに楠木家の家族構成はこの妹と兄の誠十朗、そして二人を産んだ母と父の四人である。
「ていうかどったのおにい、髪の毛真っ白だね」
「やっと聞かれたか」
「やっとって、どういうこと?」
「いや、母さんにも父さんにも触れられなかったからな」
「ああ、でも仕方ないよ。お父さんもお母さんも少しズレてるからねー」
まあ、それは置いといて。と千枝は一息置いてから誠十朗が寝っ転がっているベッドに腰をかけた。
「彼女さんが何度も家に来てたんだけど、おにいことだから大丈夫って言って帰しといたよ」
それが由佳子の事だと直ぐに分かり、誠十朗の胸の内が大きく弾んだ。良くも悪くも普段通りの父と母を見て忘れていた焦燥感が舞い戻り、誠十朗はベットカバーを握り締める。
「そうか、ありがとう千枝」
「ふふん! 良きにはからえー!」
「……あと、少し一人にさせてくれないか?」
その言葉に兄の様子がおかしいのを千枝は感じ取り首を傾げるが、深くは聞かないことにした。千枝としても兄の様子がおかしいのは心配だが、兄が一人にさせてくれと言うのならば、と立ち上がる。
「んん、まあよく分からないけど、分かったよ」
そして静かにドアが閉まり、部屋には誠十朗は一人になって悩み苦しむ。
由佳子が好きだったのは事実。
セイラを好きになったのも事実。
善と悪、由佳子とセイラ対立した二つの想いがせめぎあう。
「俺は、俺は」
あの時、悪として戦うと決めた決意が揺らぐ。
だが、その決意がすらも自分でしたものなのか、やらされたものか誠十朗にも分からない。
セイラの暗示が解けたことによる違和感が全てを不安にさせる。
由佳子を信じたいし、セイラも信じたい。
だがセイラは信じられないし、由佳子も信じられない。
この二人を競う天秤は疑惑という重みが加わり五分五分、ちょっとした事でどちらか片方に傾く。
誠十朗は今、善と悪の狭間で揺れている。
元々あった善という種か、植え付けられた悪という種か。心の中で咲き誇るのはどちらか一方。
片方がもう片方の栄養を全てを吸い尽くす。
善と悪は両立出来ないのだ。
ドアをノックする音で誠十朗は目覚める。
「ん、ん……寝てたか……?」
「おにい、ご飯できたってさー」
「千枝か、ごめん今日は食べれそうにないって伝えといて」
脳裏に焼き付く拷問の記憶、自らの血肉と骨を思い出し気分は最低。食欲が出るはずもなかった。
「ええー。もう、わかったよお大事にね」
そんな言葉を残し、千枝は階段を降りていく。
その音を聞きながら、制服にシワが寄っていることに誠十朗は気づいた。
「制服着たまま寝ちゃってたのか」
誠十朗は起き上がり制服を脱いでから、部屋着の七分丈の白Tシャツに着替えて、またベットに寝っ転がる。
まぶたを閉じて、寝起きの程よく残っていた眠気に身を任せる。目覚めたら全てを忘れていたい、全てをなかったことに、そんなことを願いながら誠十朗は意識を閉ざした。
眠りについてどれくらいの時間が経ったのか、突如鋭い悲鳴が響き誠十朗は目覚めた。
「千枝の声?」
目を擦りながら自室を出て階段を降りる、すると何とも言えない匂いが辺りからしている。
いや、違う。
何とも言えない匂いではない、誠十朗は本当はこの匂いを身を以て知っている。これは"人間の肉が焼ける匂い"だ。
その事に気付き、異常を感じた誠十朗は急ぎリビングの扉を開ける。
「千枝!!」
「ん、あー他にもいたのか」
そう声を発するのは異形の化け物だった、自らの周りに火の玉を出現させていて、獅子の頭を持ち体は人間。体格は鍛え上げられていることが分かるほど筋肉が肥大しており、身長は2メートルほどの高さを誇っていた。
そんな化け物の傍らには人型の炭が2つ倒れていた。
「そっちから来てくれて助かった」
誠十朗は理解するのに遅れる、正確には理解をしたくはなかった。
異形の化け物がいたことではない。父と母が炭に変わっていたことでもない。最愛の妹が異形に犯されているという事実を理解したくはなかった。
「ち、え?」
「あ? もしかしてコイツの兄かなんかか?」
そう言って異形は一物を抜き去り千枝を投げた、床をころがり誠十朗の目の前で止まったソレは口からは泡を吹き出し顔に青あざが何個もついていて首は握り潰した跡が残っていた。
ソレは、千枝だったモノは死んでいた。
「え、あっ、……ああっああ。ぁぁあぁああああああああああああああ!!!!!!」
千枝との思い出、父と母の思い出、家族の思い出が浮かびあがる。辛い、辛い辛い辛いと心が叫ぶ。
死にたくなるほどの痛みより、狂いたくなるほどの拷問より辛い。喪った痛みは辛い。
頭を抱えて誠十朗は泣き叫ぶ。この世の理不尽に怨嗟をあげる。
そんな誠十朗にお構い無しと異形は蹴り、誠十朗は凄まじい衝撃に吹き飛び壁を突き抜け家の外まで飛び出し、塀にぶつかる。
「あがっ!」
「うるせえし、普通に弱ぇ」
足を蹴り出した状態で止まっていた異形は、開いた穴から出て横に手を振る。すると異形の周りに飛んでいた火の玉の一つが誠十朗の家にぶつかり弾け火の粉を撒き散らす。
「ほらほら、お前のオヤジは無能力の癖にそこそこ強かったんだぞ? お前も早く立ち上がって俺を止めてみろよ。このままだと家が燃え尽きるぜ?」
「こ、す」
「あー、んーなんだって、聞こえないぞ?」
「絶対に、殺す……!!」
「ひひひ、ひゃはははははは!!いいねぇ、身の程知らずの雑魚が吠えるのは見ていて嫌いじゃない。でもそれがお前にって……おっと」
異形はバックステップで下がる。異形が立っていた位置には、音もなくクナイが一本突き刺さっていた。
「ふむ、相手は
「俺にとっちゃ不足しかねえよ、A級ヒーローなんて暇つぶしにもなりゃしねえ」
「確かにSS級のお主から見たら拙者1人なんてどうにでもなろう」
電柱裏から伸びる影、そこから現れた忍びの姿をしたヒーローが言葉を続ける。
「だが1人でなかったら、どうでござるか?」
「ん、な!」
唐突に現れた十人のヒーローの攻撃を受ける。ある者は光を、またある者は拳を使い異形の化け物である火虎にダメージを与えた。
「小蠅共がワラワラと面倒くせぇな! おい、ガキ一先ず見逃してやるぜ」
倒れた誠十朗を置き去りにして事態は進んでいく。体の限界を超えて薄れつつ必死に保っていた意識の中で誠十朗はある一点を見ていた。
光を使ったヒーローと拳を使ったヒーローだ。
そのヒーロー達は由佳子自身と拷問部屋で見た由佳子とキスをした男だったのだ。逃げていく火虎を追おうとする由佳子は倒れている誠十朗を一瞬目を向けるも、すぐに男に手を引かれてどこかへ行ってしまう。
誠十朗はそれで分かってしまった。
本当に捨てられたのだと、思い違い等ではなかったのだと。誠十朗の中の善悪の天秤の均衡は大きく崩れ、悪に傾きそのまま壊れ崩れる。
家族の死、帰るべき場所の喪失、愛していた人の裏切り。
そして誠十朗は誓う。
「必ず、殺してやる」
家族を奪った者へ、自らを裏切った者へ死を与える、その言葉を実行することを。
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