第4話
セイラが部屋に三人分のサンドイッチをトレイに乗せて運んでくる。
「戻ってきたか、そのサンドイッチってどこから持ってきたんだ?」
「ここには食堂があるから、そこからよ」
「悪の組織とは思えないな」
「福利厚生バッチシさ! 悪の組織だって食べる物がなかったら、やっていけないからね。腹が減っては戦はできぬってことだよ」
「確かにそうだな」
誠十朗が感じた通り、悪の組織という名を冠しているが今のドクターやセイラからはそんな事が感じられなかった。
いや、実際の所誠十朗は感じた事はある。
それはセイラが誠十朗を誘拐した時や拷問をした時である。その時のセイラの表情は恍惚としていてその瞳はドロドロの狂気が溜まっていた。
組織の目的は抑圧の開放。
抑圧とは欲望、行動などを押さえつけることにある。
セイラの誠十朗への愛といった、自らの欲望を果たす時に、彼らは悪の組織としての本領を発揮するのかもしれない。
「誠十朗、二日間何も食べていないのにサンドイッチだけで平気なの?」
「ああ、むしろ丁度いいな。断食した後に重いものを食べると腹が驚くって聞いたことがある」
「そうだね。断食した後の復食は高カロリーより少し質素な物がいいし、満腹になるまで食べるのも消化機能が低下した内臓に負担がかかってダメだから、ちょうどいいと思うよ」
「流石、ドクターと呼ばれるだけはあるな」
誠十朗がそう言うと、ドクターは少し笑ってから付け加える。
「僕は医者のドクターじゃなくて、博士のドクターなんだよ。まあ、この組織の医療も担当してるからどっちでも同じことだけどね」
「そうだったのか」
「ところで誠十朗、髪を染める為の髪染めを私の部下が買いに行ってるから少し待っていて」
一つ目のサンドイッチを誠十朗は平らげるとソースのついた指をひと舐めして、事前にドクターが用意したペットボトルの水を飲み一息つく。
「いや、セイラ用意してくれるのはありがたいが、髪を染めるつもりはないんだ」
「なぜか、聞いてもいいかしら?」
「大した理由はないんだが、この髪はセイラと出会った証と思ってるからな、それは無くすことはしたくないんだ。知らないかもしれないが、俺は意外とロマンチストなんだよ」
「でも、それは私が貴方を傷つけた証でもあるのよ」
「別にそれも気にしてない、こともないがそれを含めてと俺は残していたいと思ったんだ」
「そう、わかったわ」
そのやりとりを見てドクターは微笑む。
やはり彼は素質がある。
拷問された者と親しくなるという半ば常識という抑圧に囚われない考え、セイラに聞かされたが拷問されても情報を漏らさない胆力、最後には裏切られたと思い情報を話しこそしてしまったが、それを足しても彼は一般人とは考えられない程だ。
「そろそろかな」
腕時計を見ながら、ドクターは呟いた。それと同時に、誠十郎は食べていたサンドイッチを床に落としてしまう。
「な、にを……」
徐々に視界が掠れ、焦点があわなくなっていく。
「誠十朗くん、効いてきたようだね。大丈夫、体に害はないから」
誠十朗の疑問にセイラが辛そうな顔をして答えた。
「誠十朗、貴方は厳密には組織に入っていないから場所を知られてはいけないの。だから場所を特定されないように眠らせたのよ。安心してこれっきりじゃないわ、一週間後に必ず貴方を迎えに行くから」
誠十朗は少し悲しそうなその顔を見て、気を失った。
誠十朗が眠りについた後、ドクターはため息をついて手に持っていたサンドイッチをトレイの上の皿に戻す。
「それで君は誠十朗くんに何をしたんだい?」
「なんのことかしら?」
ドクターの言葉に誠十朗を机に伏して気を失うなう誠十朗の頭を撫でていたセイラは手を止めてドクターを睨みつけた。
そこには詮索をするなという意味を込められている。
「知らぬ存ぜぬは認めないし通じないよ、僕は彼のことを知らなかったからすぐには気づかなかったけどね」
「だから、なんのことかしらと言ってるのよ」
ドクターはセイラの睨みを受け流し、言葉を重ねようとするがセイラの殺気に止められる。その目は誠十朗を攫った時と同じ狂気と悪意をドロドロに濁らせていた。
「言わないとわからないはずもないだろうに。誠十朗くんのあの状態はおかしい、先天的なものと考えてもね。拷問された相手と愛を語らい、その仲間と昔馴染みとでも話すかのように軽やかな口調」
「ドクター、貴方は何が言いたいの?」
「何度も言っているだろう? セイラ、君は誠十朗くんに、君の能力で何の暗示をかけたんだい?」
その言葉をきっかけに無数の宙に浮かぶナイフが現れ、その切っ先全てがドクターに突きつけられる。
しかしドクターは全てを無視してセイラを見ていた。
「何故、それが貴方に関係あるかしら?」
「彼は仲間になるかもしれないからね、彼のために何かするのは仲間として当たり前だろう?」
「貴方がお仲間ごっことは笑わせてくれるわね。貴方の本当の目的が何なのかは知らないけれど、私と誠十朗に必要以上に干渉するのならば殺すわよ?」
「……それが出来るかどうかはやってみるといい。久方ぶりの序列争いでもするかい? でも十席の君と八席の僕だと勝つのはどちらだろうね?」
ドクターは懐から出した注射器を自らの腕に刺し、中の液体を注入して椅子から立ち上がる。
ドクターに自分の能力を知られているセイラに勝ち目は無い、それはセイラ自身も知っていることだ。故にセイラは戦う諦め、舌打ちをすると無数のナイフが幻のように消えてしまった。
「うんうん、立ち向かうのなら力の差を埋めてからした方がいいと思うよ。それで答えを聞かしてもらおうかな?」
「……別に、悪への忌避感を減らして彼女への信頼を減らす暗示をかけただけ、直ぐに元に戻る」
「なるほど、そんなことをしていたのか」
セイラの殺気が萎んだ事からドクターは椅子に座り、自分で用意したペットボトル水を一息で飲み込み、息を吐く。
「君のアレは発動してしまえば万能だ。発動してしまえば対象者を意のままに操れてしまう。だからこそ気をつけるべきだと僕は思うよ。その能力を受けた誠十朗くんが君をどう思うか」
「誠十朗は分かってくれる。それに目覚めてから恐れられて話も出来ないと大変だからそうしただけ、他意はないわ」
「そもそも君は何故、誠十朗くんにこだわって」
「それは関係があるかしら」
セイラから先程とは比べ物にならないほどの殺気が放たれ、ドクターの目が一瞬、大きく見開かれる。
「失礼、失言だったね」
ドクターは内心、冷や汗を出していた。
今のセイラと殺りあったらどちらかが死ぬのは確実だと。セイラの能力は知っている、セイラの能力は自分には効かないそう思ってもドクターは今の殺気を感じ彼女に確実に勝てるとは思えなくなる、それ程の殺気だった。
「誠十朗を攫った場所に戻してくるわ」
「気をつけなよ」
言葉を残してセイラは誠十朗を抱え、消えてしまう。残されたドクターは残ったサンドイッチを食べて一つ、溜め息をついた。
「この世の中はままならないことばかりだ。つくづく嫌になるね」
■■■■
「……目が覚めたらコンクリートの上か」
揺さぶられて起きた誠十朗は三度目に目覚めた場所について苦言を漏らす。
最初は椅子、次はベット、最後は地面、次は何だろうなと思いを馳せて自分を揺さぶっていた相手に話しかける。
「起こしてくれてありがとう」
「いいや、気にしないでいいさ」
そう返すのは金髪碧眼の男で、服は白いワイシャツにジーパンという有りきたりな格好だが金髪碧眼の高身長が着ることによってオシャレに見える魔法付きだ。
「少年、大丈夫かい。痛いところは?」
「問題ない。体も頭もすこぶるスッキリだ」
「そりゃよかった」
金髪の男の手を借りて体を起こすと誠十朗は改めて金髪の男の身長の高さを実感した。
誠十朗の身長は百七十六センチと一般的には高い方なのだが、目の前の金髪の男は誠十朗の十センチ以上あり、百九十センチはあるだろうか。
「いい体格だな」
「ははは、よく言われる」
思わず誠十朗の口から漏れてしまった言葉に、金髪の男は気分を害した様子もなく笑って答える。
壊れてしまった誠十朗の心でも、彼は感じのいい好青年に見えた。
「そうだ、これも何かの縁だ。君の名前を教えてくれるかな」
「……そういうのは、俺のセリフじゃないか?」
誠十朗からすればすれ違っただけの人間、無論この先も会うことはないだろうと思っていただけに急に名前を聞かれることに驚き、これが外人さんのフレンドリーなのかと内心が考える。
一方金髪の男は誠十朗の言葉を聞き少し考えて、肩をすくめた。
「君がもう一度倒れていたら、名前を呼んで起こせるだろう?」
「なんだそりゃ」
ジョークを聞き肩透かしをくらった気分の誠十朗だが、構わず金髪の男は言葉を重ねる。
「あ、こちらが先に名乗るのが礼儀か。
じゃあ僕の名前はジュリウス=田中で皆にはユリウスとか
ちなみに母がイギリス人で父が日本人のハーフ、だけど国籍は日本で生まれも育ちも日本の立派な日本人さ!」
誠十朗は生まれも育ちも日本という言葉を聞き、通りで見た目が外国人なのに日本語が上手いはずだと納得すると同時にため息をつきそうになった。
先に名乗られてしまったらこちらも名乗らなければいけない、悲しきかな日本人の性である。
「俺の名前は楠木 誠十朗で生まれも育ちも国籍もちなみに血統もだな、日本でお前と同じ日本人だよ」
「おお、やはり君が噂の……と、今のは失礼忘れてくれ」
「噂?」
「なんでもないさ。しかし良いニュースが出来た、じゃあ僕はこれで失礼するよ」
意味深な言葉を残してジュリウスは去っていった。残された誠十朗は嵐のような男だと思いながら髪をかきあげてから、何気なく一本抜いてみる。
抜かれた毛は白色だった。
「やっぱり、夢じゃないか」
誠十朗の脳裏に思い浮かべるのは拷問、ドクターとの会話そしてセイラ。
「ん?」
思い出せば思い出す度に、違和感が誠十朗を襲う。
そして、その違和感の正体それは。
「なんで、俺は深く考えもせずミラクル☆ナックルいや、由佳子のことを疑ったんだ」
セイラにかけられた暗示の解除であった。
セイラの能力を知らない誠十朗は違和感の正体を知った代償として残ったのは自分が由佳子を裏切ったのではないかという焦燥感であった。
しかし、ここでじっとしていても仕方が無いと二日ぶりの家へと一歩、また一歩と歩き出す。
願わくば、裏切っていて欲しいと思うのは何故だろうか。
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