第3話

 誠十朗は目が覚めた。


 しかし、今度は暗い拷問部屋などではなく、明るく清潔な白い天井に壁、そして軟らかなベッドに寝かされていた。

 部屋の中はまるで病院の病室ようになっていて、出口は横開きの扉が一つあり、誠十朗の両隣には二つずつベッドが置かれていて、誠十朗が寝ていたもの含めて合計五個のベットがある。


 環境的は先程の拷問部屋と天と地、いやそれ以上の差があるだろう。


「ここは……どこなんだ」

「おはよう、今度は私の部屋じゃないわよ?」


 隣の椅子に座っていたセイラは例の貴族のようなマスクをしていることは変わりがなく、服装はあの際どい格好の戦闘服から白いワンピースに着替えられていた。


「セイラか」

「あら、それだけ? もっと格好について褒めてくれても罰は当たらないわよ」


 頬を膨らませて文句を言っているセイラの姿は誠十朗との最初の出会いに見せていた狂気はなく、仮面を除けば普通の女性と何の遜色もなかった。


「そう、言わないでくれ。疲れているんだ」

「あら寝ていただけだから、疲れているはずがないわ」

「……精神的な話だよ」


 誠十朗は一つ溜息をついて、体を起こし座る。

 それと同時に部屋の扉が開いた。


「へぇ、これは凄いね。単純に賞賛するよ、セイラの拷問を受けて彼女とまともに話せる人がいるなんてね」

「当たり前よ、私と誠十朗は愛で繋がっているもの」


 入ってきたのは白衣を着た長い黒髪を後ろで結み、整った顔と丸眼鏡をかけた目の下にある濃い隈が特徴的な男だった。

 男は入ってくるとセイラとは逆側のベッドサイドにある丸椅子に腰を落ち着ける。


「おっと、自己紹介が遅れたね。初めまして誠十朗くん、僕はドクターと呼ばれている者だよ。君もそう呼んでくれていい。あっ君の自己紹介は不要だよ。そこの悪女から名前は聞かされているからね」

「そうなのか、分かった。よろしく、する機会があるか分からないが、よろしくドクター」

「おや、順応性も高いね。僕的には中々の高ポイントだ」


 人の良さそうな笑みを浮かべ、誠十朗が差し出した左手を両手で包み擦るドクターに、セイラはその手を叩いて、誠十朗を抱き抱える。


「あまり人の男に触れないでもらえるかしら?」


 今にも威嚇しそうなほどの勢いでドクターを睨みつけるセイラに嘆息する誠十朗。

 その一連のやりとりは悪の組織とその被害者という関係から見ると違和感しかなかった。


「男に嫉妬しないでくれ、セイラ」

「人畜無害の男は眼中に無いけれど、ドクターは別よ」

「ん、なにか理由でもあるのか?」


 そんな問いにセイラは、それはと溜めを入れる。

 誠十朗は抱き抱えられたまま、つばを飲み込み、その言葉を待つ。


「ドクターは男もイケるバイなのよ」

「あぁ……なるほど」


 セイラが言った言葉にドクターの過度なスキンシップと言動を鑑みて、誠十朗はあっさりと納得した。


「いやいやいや、まあ僕がバイ・セクシャルなのはさておいて、誠十朗くんは確かに顔の出来は悪くない。それもかなりの高ポイントさ」

「さておけてないな」

「おっと、失礼。では改めて、弁解させてもらおうか。僕が言った高ポイントというのは好みという意味ではなくて、我々の組織への適正のことさ」

「……は?」


 その、突然のドクターの言葉に誠十朗は呆気にとられ言葉も出なかった。

 しかし誠十朗の代わりと言わんばかりにセイラは立ち上がりドクター睨みつける。


「ドクター何を言っているのかしら、あまりふさげないでくれる?」

「セイラ落ちついてくれ。それでどういう意味なんだ?」


 スキンシップの時以上の勢いを見せるセイラを宥めて、ドクターの言葉の真意を確かめるべく、ドクターの目を見て誠十朗は問う。


「なに簡単なことだよ誠十朗くん。君の今の立場はイカれた女の狂気と悪意に触れた悪の組織の被害者、そこから悪の組織の共犯者になろうって話さ」

「俺をお前らの仲間になれってことを言っているのか?」


 誠十朗の次に来る"だが"の言葉が出る前にドクターは言葉を紡いでまくし立てる。


「君は順応性も高く、後天的に作り上げた物か先天的に持っていた物かは分からないが拷問された相手と平然と話せるという壊れっぷりも持っている。

 素質としては十分、いや十二分にある。 それは断言しよう」


 拷問された相手の所でドクターは一瞬セイラに目線を向けるも、変わらずドクターを睨んでいるだけなのを知り、直ぐに意識を誠十朗に戻した。


「だから誠十朗くん、dead laughにおいでよ」

「いや、話が急すぎる。適性があるからといって、じゃあ入りますなんて簡単な話じゃない。考えさせてくれないか?」

「……そうだね。少し結論を急ぎすぎたかな?

 でもね、これは悪い選択ではないと思うんだよ。君にとっても、ね?」


 そうして、誠十朗に隣の部屋にいるから決まったら教えて欲しいとドクターは言葉を残して消えていった。


 その一方、誠十朗は迷っていた。

 拷問にかけられた苦しみは残っている。

 愛する人に見捨てられて苦しみも忘れられない。

 そしてそれが悪の組織と正義の味方、自分自身はドクターが言ったとおりの被害者で心が壊れたと言われど一般人。


 唐突に悪の組織に勧誘などされても困るだけだ。

 なら、断ればいい。


 そう思うが簡単にはいかなかった。


 誠十朗はセイラを見る。植え付けられた苦しみは簡単には消えない、とはいえ誠十朗は彼女の事を愛してしまっていた。

 それが依存、吊り橋効果だと自分に言い聞かせる。単にボロボロになった心が自分を守ってくれると言ってくれた人へ拠り所としようとしてるだけかもしれないとも、言い聞かせる。

 しかしそれでもすでに変わらなかった。

 誠十朗はどうしようもなくセイラを愛してしまっていたのだ。


 彼女の唇を奪い、彼女の純潔を散らし、彼女の温もりを感じて、彼女が既にかけがえの無い大切なものとなっている。

 故に彼女を捨てて一般人としての生活に戻るか、一般を捨て悪の組織としての生活になるか迷っているのだ。


「誠十朗、別に私を気にしなくていいわ。私が言うのもおかしな話だけれど、私は貴方に傷ついて欲しくない。それに幸せになって欲しいの、私のことを忘れて悪の組織に何の関与もせずに生きて欲しい。……こっち側には来ないで」


 セイラは誠十朗の手を取り、一語一句ゆっくりと、そして真剣な目で彼に自分の思いをぶつける。

 その思いに嘘偽りは一切見られなかった。

 狂気もなく、愛した男に幸せになってほしい、それだけの言葉。


 それを聞いて自分自身に問う。

 お前は愛してしまった女が自分の知らないところで死んでも良いのかと、問う。


 ____心は決まった。


 自分でも単純と嘲笑う。

 お前は馬鹿だと愚かだと断じてから、覚悟を決める。


 そして目の前の愛しくて仕方の無いセイラを壊れ物をあつかう様に優しく抱きしめた。


「俺は決めた。戦うよ、能力もない一般人で取り柄は武術しかないけど君の隣で戦い、そして君の隣で果てたい」

「……でも、駄目よ。私は貴方に死んで欲しくない。貴方を愛しているからこそ、私は貴方に関わった。狂気に身を任せた。だからこそ今も苦しい。……貴方にはこんな事は二度と経験せず、生きて欲しいの」


 納得していないセイラの肩を掴みセイラの顔を見つめて、笑う。

 その目には力が篭っており、対するセイラは声もか細く悪の組織ではないセイラが垣間見得る。


「それに、一般人に戻ったらアイツに、ミラクル☆ナックルに復讐が出来ないだろう。諦めて泣き寝入りするのは性にあわない」


 その顔を見てセイラの顔に陰りを見せるがそれも一瞬の出来事。

 そしてこの時、一般人であった誠十朗は愛のために悪の組織として戦うと覚悟を決めたのだった。



「そう貴方が決めるのなら、もう何も言えないわ」

「ありがとう、じゃあドクターに話をしに行こうか」

 

 誠十朗はベッドから起き上がりドクターが出ていったドアを開けて隣の部屋に入る。

 そこは学校保健室のような部屋になっていた。

 机で何かを書いていたドクターは手を止めて、誠十朗を見て目を少し見開いた。


「驚いたよ。もう少し時間がかかると思っていたんだけれどね」

「本当は時間をかける必要もなかったんだけどな」


 誠十朗は苦笑して手をヒラヒラと動かしてから、部屋に備え付けのソファに腰掛ける。

 無論その近くにはセイラもいた。


「なあ、ドクターさっきの話、受けるよ」

「それは朗報だ。うちは万年人不足でね、嬉しいよ」


 ドクターはその顔に笑みを浮かべ、立ち上がって誠十朗を抱きしめようとするがセイラの睨みという阻止が入り、肩をすくめて諦めて元の席に戻る。


「じゃあドクター、これから俺はどうしたらいい?」

「どうしたらいい、とはいっても実はまだ君を入れる許可すらボスに貰っていないからね。話を通すのにはとりあえず一週間ぐらいかかると思うから、それまでは家に帰って最後の一般人としての生活を楽しむといい。一週間後に迎えに行くよ」

「もしかして、悪の組織になったら家には戻れないのか?」

「そうだけど、何か不都合があったのかい?」


 戻れないということに誠十朗は楠木家の家族を思い浮かべるが頭を振って忘れる。セイラの為に戦うと決めたのだ、それに楠木家は特殊だ。

 良くも悪くもさっぱりしている。息子が一人居なくなったとしても特に悲しむということもないだろうという考えもあった。


「いや、特にないな」

「じゃあまた一週間後に会おうか」

「ちょっと待って」


 解散する空気の中、一切喋らなかったセイラが唐突に待ったをかけたことで二人はセイラ見る。


「どうしたんだセイラ」

「誠十朗、あなたそのまま帰ったら大変なことになるわよ」


 誠十朗が頭に疑問符を浮かべていると、セイラはドクターに鏡を頼み持ってこさせて、その鏡を誠十朗に突きつける。

 そこには誠十朗の驚くべき姿が写っていた。


「なんだ、これ」


 誠十朗の驚きの声に、今度はドクターがまだ疑問符を浮かべているのを見てセイラは説明する。


「ドクターはレポートが忙しいからって誠十朗を後回しにして今日始めて見たものね。知らないのも仕方ないわ」

「ちょっとトゲのある言い方は置いといて、誠十朗くんはなんでこんなに驚いてるんだい?」

「ドクター風に言うと。……簡単な話、誠十朗は元々黒髪なのよ」

「ああ、なるほど」


 誠十朗が驚いたように、そしてドクターが納得したように誠十朗の黒髪は拷問の最中何度も狂い、そして心が壊れた影響なのか白髪になっていた。


「それにしても、なんだって急にこんなことになってるんだ?」

「急ってこともないわよ、だって貴方は二日間私に眠らされていたのだもの」

「二日間も眠っていたのか?……眠る?」

「まあまあ、それは置いといて。一応注射器と僕のお手製の薬はセイラに渡してたから健康は問題ないしお腹も空腹は感じないと思うよ」

「ああ、その話なんだけどドクター、これ」


 そう言ってセイラは未使用の注射器と薬をドクターに渡す。


「あれ、薬は使わなかったのかい?」

「どこに刺せばいいかが分からなかったもの」

「そいつは盲点だったね、ハハハ」

「いやそんな和やかな雰囲気を醸し出しても、困るのは俺なんだが」


 その言葉で誠十朗の腹は思い出したかのように音を立てる。三人はまた、少し笑って誠十朗の為に食べ物を用意することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る