第2話

 そうして誠十朗の悪夢が始まった。

 指は折られ捻られ切り取られて、皮膚は剥がれ焼かれ刺され引き裂かれる。

 目も耳も脳も内臓も喉も足も腕も全て拷問に、狂気に蹂躙されていく。


 そして幾重もの拷問と気が狂う時間を経て、現在では円を描いているような拘束具に両手両足を拘束されて寝かされていた。


 両手は真上に両足は真下に揃えられて拷問器具に固定されている状態からゆっくりと拷問器具は動き出した。


 少しずつ少しずつ、だが確実に股は開かれて左右の足は真上の両手に向かっていく拘束具の円に沿ってゆっくりと進む。

 初めは痛みはなく、代わりにあるのは何も分からない恐怖心。

 しかし、その恐怖心こそが誠十朗に襲いかかった。


 永遠にも思える時間の恐怖心はやがて痛覚に変わる。


 誠十朗の股の関節を強制的に開き、そして腱が音をたて切れ始めたのだ。

 ぶちりぶちり、音が鳴る度に想像を絶する激しい痛みが誠十朗を襲った。


 部屋には何度目か分からない絶叫が響く。その顔は初めの頃の強がりは無くやめてくれと、ただひたすら、やめてくれと叫び続けた。

 痛みと恐怖で誠十朗の意志とは関係なく液体という液体が流れ出る。


 だがしかし、拷問は終わらない。

 誠十朗の股が開くのは止まらない。

 内出血で誠十朗の内股は青く染まっていく、だが拘束具が止まる気配を見せはしない。


 未だゆっくりと一定の速度で誠十朗の股は開かれる。一定の速度で開かれることによって増す絶望感。

 "終わりがみえない"と思わせる一定の速度の絶望。

 既に恐怖心は問題ではなかった。あるのは絶望と苦痛。


 やがて自身の肉が切れる音ともに誠十朗の両足は両手という境を超えた。


「アがあアがッ死に、たいぃ」

「ごめんね、何度も言うけどこの部屋じゃ、死ねないのよ」

「おワらナ。シネナイ、シネナイシネナイ。ヒヒは、ヒひゃひゃ。ひゃあひゃあヒャアひゃあヒィ……」

「……これで気が狂うのは七十四回目ね。でも平気、すぐに元に戻すから」


 セイラは絶望そして痛みに現実から目を背け狂い出す誠十朗の頬を愛おしそうに撫でて笑う。


「まだ試したい拷問がいっぱいあるの。目標の百回まであと少し、一緒に頑張りましょう?」


 拷問は終わらない。

 すぐにまた次の拷問がやってくる。



 ■■■■■■■



 誠十朗は無限にも思われる苦痛を味わう。長い時間をかけて数多くの拷問を受ける。

 だが死ねない、死なせてくれない。

 

 その苦しむ姿は歪んだ女の悦びを刺激していて色素の薄く、そしてしなやかに伸びている足の付け根からは少し粘りを帯びた液体が伝っていた。


「こひょひへ。おへぇがひ。ころひへこロしへコロしこロコロころ、しししぃあがひゃひゃひゃひゃひゃひ」

「殺さないし、死なせないわ」

「アヒャ、あかはき、はなたゆかまなかひ____!!!」


 気を狂わされた男と気が狂った女の会話は何故か成り立っているようにも見えた。

 もしもこの場に何も関係の無い一般人が居てそれがこの空間を表すのならば"頭がおかしい"この一言で全てが済むだろう。


 狂気は伝染する。セイラの狂気は拷問という行動で、如実に誠十朗の精神を破壊していた。


「うふふ、そんなに怒らないで」


 セイラは手術台に寝かされた芋虫、否。

 両手両足を焼き切られ、目を抉り取られ、鼻を削がれ、耳や舌を切られていても、それは確かに誠十朗だった。

 そんな誠十朗をセイラは我が子のように抱き上げて最初の椅子に座らせた。


「内蔵が無いのも、手と足が無いのも、目も鼻も耳も全部直ぐに元に戻るわ 」


 そんなセイラの言葉通り、誠十朗の横に開かれた腹の傷は消えて両手両足も顔のパーツも初めからそこにあったかのように存在した。


「狂っちゃったのも、ほら元通り」

「ア、アァ、れ……オ、れ、おレおれ俺は」


 誠十朗の目には光が戻ったがそのまま椅子から倒れ、誠十朗は嘔吐する。拷問された傷は消えても拷問された記憶は消えていなかった。


「残念だけど目標達成ね。じゃか改めて、ミラクル☆ナックルの正体を話す気になったかしら」


 遊び足りないあどけない笑みを浮かべながら歩み寄るセイラに誠十朗は身体を震わせ自らを抱きしめて床に目線を向けてるも、頬を掴まれ無理矢理セイラの目に映し出された狂気と邪悪を見てしまう。


 蘇り続ける恐怖。だが、それでも誠十朗は首を縦には振らなかった。


「お、れはそれでも、何度でも拷問されようがあ、あいつの、あいつのことを言う……つもりはない!」


 何度も噛み、恐怖が襲い記憶が、拷問がフラッシュバックしても誠十朗は止まらなかった、自らを殺し続け生かし続けた女へ言い放った。

 その行動理由は偏に魔法少女への愛、それだけであった。


「その言葉も七十四回目ね。ならこれはどうかしら?」


 セイラはつまらなそうに吐き捨てて、誠十朗の頬から乱暴に手を離しパチンと一回、その細い指を鳴らす。

 すると暗い部屋の壁に、ある光景がテレビのように映し出された。


 映し出されたものはミラクル☆ナックルとその隣に並び立つ一人のヒーローの姿。そのヒーローは仮面等で顔は隠しておらず顔をさらけ出していて、鼻筋は通り目もくっきりしていて整っていた。

 そしてミラクル☆ナックルと共闘しdead laughの兵隊を倒している姿に誠十朗の胸がチクリと痛む。


「これだけじゃないわ」


 またつまらなそうなセイラの声が響き、シーンが変わる。

 敵を倒した後のことのようだ。この二人はどちらかともなく近づき互いを抱きしめ口づけを交わす、どちらも美男美女でとても絵になっていた。

 その光景が誠十朗の心の支えを奪い取った。


「え、は、なんだこれ」

「見てわからない? 拷問されている彼氏の貴方を見捨てて新しい男を作ったのよ、彼女は」

「嘘だ、嘘だよ。そうだ嘘に決まっている。あいつは絶対に」

「嘘じゃないわ」


 映し出された光景からはミラクル☆ナックルの艶やかな声が漏れている。

 残酷にもそれは誠十朗のよく知っている声で、その顔も誠十朗のよく知っている顔で。


「あんな女と違って、私は貴方を見捨てないわよ」

「違う!!! あんなの、俺は」

「来てくれる、だったかしら?」

「それは、だから」

「この言葉通り彼女が来てくれたかしら? ……そういうことよ、貴方は捨てられたの。でも大丈夫。私は貴方しか見ていないし、貴方を守るわ」


 セイラはその言葉と共に嘔吐物に塗れた彼の唇に吸い付き、彼の頭を抱き抱え、舌を入れた。

 そして、誠十朗をそれを受け入れてしまった。


 拷問を受けて弱っていた心の唯一の支えを揺らがされ、その上で救いの手を差しのべる。

 その様はまるで地獄に現れる救いの蜘蛛の糸。

 誠十朗はその地獄に落としたのがセイラであっても、もはや関係がなかった。


 彼の覚悟も想いも全て、そう全てが粉々に砕けた。

 愛すべき者の姿に壊れきったのだ。

 苦痛に狂うのではなく壊れる。歪みは時間をかければ戻せるかもしれないが、粉々に砕け散った物はもはや元には戻らない。


 誠十朗は彼女と体を重ね、彼女から与えられる甘い快楽を受け入れる。


 そして同時に粉々に砕けたその何かを捨て去った。

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