第七十二
「やはり、そなたか……貴妃よ」
「こ、皇上……」
そこに立っていたのは、ずっと意識を失っていた筈の、皇帝。
「大体のことは来る途中に聴いた」
厳めしい表情、皇帝のみに許された装束を纏って立つ姿には、重厚な威風が漂う。いっそ、押し潰されそうな程。それを真っ向から受けた自分の姿は、どれ程ちっぽけで滑稽だろう――と、
「急逝した皇后の死の真相。出血が止まらなかったためという報告はあったが、余はずっと疑っていた。中でも、そなたと宰相は最も疑わしかったが……いくら探っても出てくるのは結局、末端の小物ばかり。証拠は掴めず、ただ無用の血が流れた」
体調は未だ万全では無いのだろう。元来、日に焼けた壮健な肌には赤みが無く、青ざめている。
「あれだけ厳重に守っていた皇后が崩じたとなれば、この皇宮に安全な場所などない。皇后の産んだ子を置いておける筈も無い。――呪われた皇后の産んだ忌み子などと、下らぬ妄言を吹聴する者もあった故な」
小さく、皇太子が息を呑んだ。
「だが、それも今日まで。……そなたが自ら認めたのだから、文句は言わせまい」
重たい音を立てて、皇帝が自らの剣を抜いた。皇太子や尚王、皇太子妃も、みな息を呑んだ。
「何か、申し置くことはあるか、貴妃」
もはや、これまでか。目を伏せた雅琴は、首を横に振る。
「……何も。ただ、もう、何をお恨みすれば良いのか……
そうか、と呟いた皇帝の剣が翻る。衝撃が腹部から背中へと駆け抜ける。
「……こう、……じょう……」
氷雪に晒されるが如き――余りに無慈悲な皇帝の表情に、初めて対面した、若き日のそれと重なる。
倒れ込み、自らの血の海に沈みながら、雅琴の脳裏を、ただ通り過ぎてきた、何かが駆け巡って、消えていった。
(――わたくしは――……)
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