紀第七 嫉妬と狼狽
第二十六
「皇太子殿下は皇太子妃殿下に
そう言ったのは、匂い立つような色香漂う、洗練された雰囲気の美女、第二皇子・
お茶を口に運びかけていた皓月は、話題が急にこちらに向いたのに軽く驚いたが、落ち着いて茶杯を卓子に戻すと、ゆったり微笑んだ。何も言わなくとも、これで勝手に察してくれるだろう。
皓月は今、皇宮の西側に位置する庭園に来ていた。招待してきたのは尚王妃である。皇太子妃を含む四妃は、月に一回程度、皇宮内で
「まこと……素敵ですわ」と頷く、可憐な声の主は第四皇子・
彼女達の言う“千秋紅”とは何のことだろう。正直、皇太子から何かを贈られたような記憶が全く無い。
「そうですわね。千秋紅を
窈王妃の言葉に、第三皇子・
花、と聞いてわずかに、初夜の褥に散らされていた花を思い出す。翌朝、浩の習慣だと官女達が髪に挿してくれた、星形の可憐な紅い花。思えば、官吏達も、その花を見て、何か驚いているようだったが。
結局、掬花について、聞くに聞けないまま、話は別の話題に移った。
あとで巫澂に訊いてみよう、と皓月は妃達の会話に集中しなおした。ところがその品茗会の終わり、次回は是非東宮で、などと言い出してきた。
恐らく、皇太子と皓月の関係性について探ろうというのだろう。
(だが……他王府の者を入れる許可を、皇太子が出すか……?)
とは、思ったが、はっきりと言うのには憚られた。結局皓月は、渋々頷かされてしまったのだった。
* * *
皇太子妃が巫澂の講義を受けている間、皇太子妃宮の女官・宮女の一部は皇太子宮へと出向き、皇太子宮の諸事を済ませる。
昼も近いというのに、皇太子宮内に人の気配はない。
余人を宮内に入れることを極端に嫌う皇太子は、宮門や周囲の守りの衛士以外、常には人を置いていないためだ。故に、身の回りをする侍従や女官たちも名ばかりだ。
東宮の女官の長である
皇太子の確認が必要なことは、常に巫澂を通すことになっていた。また、皇太子妃が入宮してからは、その動向についての報告もしている。
「昨日、侍妾の方々の御膳に毒の混入がございました」
「また、ですか……。それも、侍妾の方々の方だけというのも奇妙な話です。皇太子妃殿下の御膳も一緒に調理されている筈。そちらには何も?」
「はい。皇太子妃殿下が故国から連れていらっしゃった阿涼が確認をしておりますが、特には。皇太子妃殿下もお健やかにお過ごしです」
「皇太子妃殿下がご無事なのは幸いですが、皇太子妃殿下が故国から連れてきた侍女はそう多く無いと聞き及んでおります」
「昏礼後、皇太子妃殿下が殆どを返してしまわれたので、荷香と阿涼の二人だけです。侍妾の方がたの方が多く連れていらした位でして。それでなお残った二人ということは、皇太子妃殿下の股肱の臣ということと存じます。荷香は礼の大家・
「知識があるとはいえ、危険なことには変わりないでしょうからね」
「実際、昨日の侍妾の方々への毒で、毒見役の一人が旅立ちました」
「……その件につきましては、皇太子殿下にご報告しておきます」
「宜しくお願い致します。巫澂様。それでは、玉泉宮に参ります」
巫澂の元を辞した雨霄は皇太子妃宮に戻ってきた。その途中で、疲れた表情の
「露珠。――例の件は、どうですか?」
問われた露珠は、視線を下げ、力なく首を横に振った。
「……もう、皇太子妃殿下にお伝えした方が良いんじゃないかしら」
「両殿下が東宮で安らかにお過ごしになれるよう、心を砕くのがわたくしたちの務めであり、誇り。些末なことで、両殿下の御心を煩わせる訳にはいかないわ」
二度と、そう二度と。同じ轍を踏んではならない。――先の皇太子妃のように。
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