第二十一
神水を斟み、滞り無く皇宮まで帰還した皓月達は、すぐに霊木の植えられている廟堂へ向かった。
「お待ちください。こちらで一度、神水を確認させていただきます」
呼び止める声に振り返ると、巫官が一人、礼をしていた。初めて見る。何人かの巫官と接したが、例の通りの装束な上に、平坦な声音のせいで輪を掛けて読み難い男と感じた。
立ち上がるように促した皓月が、その巫官に神水の入った筒を差し出そうとすると、巫澂が言った。
「
「小官はただお役目を全うするまでです」
「それが確かに太巫令のご命令なのでしたら小官も申し上げることはございません」
巫澂の目は、巫祥という巫官の背後に立った武官姿の男に注がれている。殺気を隠そうともしないその武官は、今にも斬りかからんばかりの目で皓月を睨んでいる。皓月は笑みを崩さぬまま、その視線を受け止めた。
「重要な儀式でございます故、万一のことがあってはなりません。それとも、確認されては不都合が?」
「――いえ、何の不都合もございません。当然の措置でございましょう」
これには皓月が嫣然と答え、筒を差し出す。
では、と咳払いを一つして巫祥が何事かを口の中で小さく唱えた。
「……問題は無いようでございます」
一つ頷くと、淡々とした声音で巫祥が言い、皓月に捧げ渡す。
「――そんな筈があるか!! もう一度詳しく調べろ!!」
例の武官だった。怒鳴り声に等しいその声に、巫祥という巫官が眉を顰めたような気配がした。
「この件は、そちらが言い出したことでしたか」
「斟の儀の神水にその女が何かを仕掛けているという報告が入った。軍部としても見過ごせん」
その女、とはもしかして自分のことだろうか、と皓月は眉を顰める。
「貴殿がどうしてもと仰るので小官は応じました。が、この通り特に問題はございません。もとより斟の儀は承命宮の管轄。これ以上の口出しは承服いたしかねる」
「……好きにしろ! その女のせいで何か問題が起こった時には、貴様らが責任を取るのであろうな?」
言い捨てると、憤怒の足音を高々と上げながら喬将軍は去って行った。
「喬将軍! ……無礼な」
咎める声を発した巫澂に制止の視線を送り、小さく皓月は安堵の息をついた。
到着したところでこのようなことが起こることは想定の範囲内だった。これで、巫祥が何らかの異変を認めていたら。あの殺気である。考え得る最悪の結果として、喬将軍は皓月を斬り捨てようとしただろう。皇太子妃とはいえ、敵国の出身だ。殺したところで大した問題にはなるまい。むしろ、陰謀を暴いたと賞賛されるだろう。無論、黙ってやられる皓月ではないが。苦しい立場に立たされたであろうことは想像がつく。あのとき、気がついて良かった――。
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