第99話 後継と継続(見ろ、騒動が手を振ってやってきた)
◆タカムラ◆
「これで漸く後を任せる事が出来るわねぇ」
アユミちゃんの合格通知を眺めながら私は安堵の溜息を漏らす。
「そうだねぇ、あの子なら子供や弟子達が受け継げなかった私らの全てを引き継がせる事が出来そうだ」
隣でお茶を飲むオタケちゃんも、言葉遣いこそぶっきらぼうだけど、口の端があがっているのが分かる。
「変に偉くなると大変よね。自分の全てを継いでくれる後継者に困るようになっちゃうんだもの」
セガワちゃんの言う後継者とは、地位としての跡継ぎじゃない。
私達の技術を受け継ぐ者と言う意味だ。
そう、私達の技術を、本当の意味で全て受け継ぐことが出来た子は誰もいなかった。
それはシンプルに、才能が足りなかったから。
私達の弟子は多い。上は私達と足さない年齢から下はそれこそ一桁の子まで。
けれど、ついぞ私達の神髄を受け継ぐ子は現れなかった。
高弟と呼ばれる子達は何十年も研鑽を続けてくれている。
けれどあの子達が生きている間に私達の技術を極める事は出来ないだろう。
それも仕方のない事。自らの全てを完全に受け継ぐ事の出来る者なんて、そうそう現れる筈もない。
それが、世に名を遺す程の成果を成してしまった者ならば猶更。
そこにあの子、アユミちゃんが現れた。
最初は親を亡くした可哀そうな子なのだろうと同情半分で技術を教えていた。
それはすっかりご無沙汰になった孫との交流のようでとても楽しかった。
けれど、あの子の才能は私達の予想以上だった。
幼い見た目とは裏腹に、私達の教えをスポンジが水を吸うように覚えてゆく。
久々に出来の良い弟子を引き当てたと喜んだ私達は、とんでもない驚きを覚える事になる。
なんとこの子は人間ではなかったのだ。
あの子はダンジョンが出来て以来、人類がどれだけ探し求めても出会う事が出来なかった知的生命体『妖精』だった。
当然世間は大騒ぎ。上は政府から下はご近所の井戸端会議までハチの巣をつついたような大騒ぎ。
スキルという不思議な力に世間が湧きたつ中、私達は思った。
この子なら、私達の全てを受け継ぐ事ができるんじゃないかと。
それを試す為、私達は自らの持つ権力、伝手、貸し、その他諸々を総動員してあの子が上級の錬金術師の資格試験を受けさせることにした。
才能のある子が幼い頃から勉強を続け、高ランクの大学を卒業して、更にその後に何年も研鑽を積んで漸く受ける資格を得る試験に。
結果は予想以上だった。
あの子はたった一度で試験に合格してみせたのだ。
本当ならこの試験をダシにアユミちゃんが合格するまで私達がつきっきりで知識を教え込むつもりだった。
けれどあの子は人間離れした記憶力と感覚で見事一発合格をもぎ取った。
私達の予想を裏切ってくれる子が現れた。
それは私達にって何よりも嬉しい誤算だったのだから。
「ふふふ、それにしても使ったわねぇ」
とフルタちゃんが何枚もの紙をテーブルの上に置いて笑う。
「講義の為に使った特別な効能のある食事や回復効果のあるパジャマやベッド一式、回復マッサージのスペシャリストのレンタル代金、諸々の金額を合計したらとんでもない数字になるねぇ」
「あはははは、高級車が余裕で買えるねぇ」
お金に煩いオタケちゃんまで金額を見て笑っている。
「でも納得のいく無駄遣いよ。何せ私達の後継者の為に使うんだもの」
「違いない」
将来私達の全てを受け継いだアユミちゃんはどうなるのだろう。
人間の世界に本格的に乗り出して、私達が駆け抜けた分野で大活躍? それとも対して活用もせずに妖精の世界に帰っちゃう?
どちらでもいいわ。私達にとって、受け継いでくれる人が居る事が最も大事な事なのだから。
「それにしても、こんなに一人の為にお金を使ったのはお互いの孫が生まれた時以来ねぇ」
「あら恥ずかしい。あの時は皆燥いじゃったわよねぇ。お陰で息子のお嫁さんバレて叱られちゃったわ。お金使い過ぎって」
「あはは、あったあった、そんな事も」
何十年も前の事が昨日のように思い出せる。
それはつまり私達が歳をとったという事。
「あと何年生きられるかしらねぇ」
「何縁起の悪い事を言ってんだい」
「できればアユミちゃんに全部受け継いで貰うまで生きていたいわぁ。その後の活躍を見たいなんて贅沢は言わないからさぁ」
「ああ、そうだねぇ。あの子に全部与えるまでは何が何でも死ぬわけにはいかないね」
私達は可愛い可愛い弟子の為に決意を新たにする。
あの子に全てを継がせるまで、絶対に死ねないと。その為にはこれまで以上に健康に気を使わないとね。
「ちょっと前まではもう後継者なんて無理だから、苦しまないで死ねればそれで良いのにって思ってたのにねぇ」
「今はどんだけしんどくても生き延びないと死にきれないもんねぇ」
「「「「あははははははっ」」」」
大声で笑うと息が続かなくてしんどい。
お医者様からもあまり無理はしないようにって言われたばかりだものねぇ。
私だけじゃない。皆どこかしらボロボロ。だって年だもの。
でも、今無理しなくてどうするの。
私達は間違いなく今が一番楽しい瞬間なんだから。
「あっ、いたいたー」
そんな私達の下に、可愛い弟子が手を振ってやってくる。
「今日は皆さんにお土産を持ってきたんですよー!」
「あら嬉しい。なにかしら?」
孫のように可愛いこの子の贈り物なら、どんなものだって嬉しいわ。
「若返りのポーションです! たまたま手に入れたので頑張って量産しました!」
「「「「…………」」」」
…………私達、間違いなくこの子に全ての技術を引き継がせる事が出来そうだわ。
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