第94話 例外には例外をぶつけんだよぉ!(ダンジョンの言い分)

「さぁ、それじゃあ行くぞ皆」


「「「「おう!」」」」


「「おー!」」


「キュイ!」


 キリヤさんの号令に声を上げ、私達は最下層へと降りてゆく。

 階段から見た最下層は、以前のボス部屋を思い出す先の見通せない広い部屋。

 唯一違うところがあるとすれば、この部屋にはいくつもの太くて高い柱と、沢山の岩がある事だ。

 なんだろあれ?


「何だあの柱に岩は?」


 と思ったらキリヤさん達も初めて見るものらしい。


「キリヤさん達も知らないんですか?」


「ああ、初めて見るな。他のダンジョンの攻略動画でも見たことがない」


 あーそっか、この世界ってダンジョン探索を動画配信する人が多いから、攻略情報が出回ってるんだっけ。


「天井まで繋がっていないという事は、ダンジョンを支える柱ではないみたいだが……柱が崩れてこうなった……訳は無いか」


「となると十中八九ボスギミックだな」


「ボスギミック?」


 ここにきて知らない単語来ました。


「ダンジョンにはそのダンジョン特有の個性が付くことがある。例えば森にしか見えない森林ダンジョンや、大半が水に沈んだ水路ダンジョンと言った具合にな」


「これはそのボス版、ボスと有利に戦う為、もしくはボスが利用する為に存在するギミックという事ね」


 成程、ゲームで言う地形や設置されたアイテムを使ってボスを倒そうってヤツかー。


「しかしおかしいな。ダンジョンが攻略されて階層が深くなっても敵の強さが変わったり、攻略難易度が変わる事はあっても大きく構造が変わるといった変化はない筈なんだが……」


「それに天井もかなり高いな。いつものダンジョンの5倍近い天井の高さだ。」


「もしかしたら、一定以上クリアされると大きく変化する事があるって事かしら?」


「かもしれないな。皆、気を付けよう。ああもこれ見よがしな変化があるという事は、フロアに入った途端ボスが襲ってくる可能性もある」


「わかりました!」


 そして、私達がフロアに入った瞬間、キリヤさんが警告した通りボスが活動を開始した。


「ギィィィィオォォォォォォォォォ!!」


 フロア全体に響くんじゃないかという程大きな雄叫び。

 続いてフロア内に風が生まれる程の大きな羽ばたき音。


「飛行系のボスだと!? リザード系じゃないのか!?」


 のっけからダンジョンの敵やギミックは大きく変わらないと言うセオリーが破られて、キリヤさん達が驚きの声をあげる。


「あっ、来たよ!」


 リューリの声に空を見上げれば、フロアの彼方からやって来る鳥のような影。

 けれどその色は全身青色で、まるで幸せの青い鳥……んん? 鳥の割には尾羽が長いような……


「っていうかアレ尻尾?」


 ボスが近づくにつれその姿がはっきりと見えてくる。

 全身を覆っている青いは羽毛ではなく鱗、翼は鳥のそれではなく蝙蝠のような被膜、そして東部に伸びるのは嘴ではなくトカゲの顔、つまりこれは……。


「ドラゴンじゃーん!!」


 そう、現れたのはドラゴンだった。


「ドラゴンだと!? 上級ダンジョンのボスじゃないか!?」


 あっ、やっぱ強いんだ。


「しかも青色って事はブルードラゴン!?」


「よりにもよってレアモンかよ!?」


 レアモン、つまり本来そのフロアに現れる敵よりも遥かに強い魔物って事!?

 というか、この世界のレアモンって皆青色なの!?


「全員柱の陰に隠れろ! ブレスが来るぞ!」


「ブレス?」


「ドラゴンの飛び道具! 口から炎とか吐くの! 速く隠れて!」


 リューリに尋ねると、慌てて答えてくれつつも避難を促してくる。


「そりゃヤバイ」


 私達は慌てて柱の陰に隠れる。

 けれど警戒したブレスがくる気配はなく、代わりに重くゴリッという音が聞こえる。


「何の音だろ?」


 ちらりと柱の陰から覗くも、ドラゴンの姿は見当たらない。

 あれ? どこいったんだろ?

 そこにふと、周囲が薄暗くなった気がして上を見上げると、そこには迫りくる巨大な天井の姿。


「うえぇっ!?」


 慌てて避けると、天井がズドーンと地面に叩きつけられる。


「な、何で天井……って岩ぁ!?」


 天井かと思ったそれは、巨大な岩だった。


「もしかしてフロアに転がっていたヤツ!?」


 空を見上げれば、そこには足で器用に岩を掴むドラゴンの姿。


「上から落としてきたの!?」


 まさかの投石、いや落石攻撃!?


「どういう事だ? ドラゴンがブレスを吐かずにわざわざ岩を落として攻撃してくる? 何でそんな妙な攻撃を?」


 ドラゴンの予想外の攻撃にキリヤさん達も困惑の声を上げる。


「……待て、あのドラゴン前足が無いぞ」


 え? 前足が無いと何なの?


「アレはドラゴンじゃない、ワイバーンやワームと呼ばれるタイプの魔物なんじゃないか?」


「それってドラゴンとどう違うんですか?」


「ワイバーンやワームはドラゴンより下位の魔物とされている。戦闘力は低く、ブレスを吐かない奴もいるって話だ」


「という事はドラゴンより弱いという事か?」


 おっ? これはもしかして予想よりも楽に戦える?


「弱いは弱いんだが……」


 とボスの事を説明してくれたクギノさんが口ごもる。


「ワイバーンやワームは鳥と同じで基本的に空を飛んで生活するんだ。それはつまり俺達があいつに攻撃するには、魔法か飛び道具でないと効果が薄いって事なんだ」


「「「「あっ」」」」


 その言葉にキリヤさん達が声を上げる。


「えと、それなら皆魔法で攻撃すればいいだけじゃないですか?」

 

「……それは確かにそうなんだが、っと危ない!」


 ワイバーンが落としてきた岩を回避するキリヤさん。


「基本的に魔法職を専門にしてるクギノと違って、俺達の魔法は威力が高くないんだ。あくまでいざと言う時の切り札、相手の意表を突く為のものなんだよ」


 あー、ゲームでも魔法使いと魔法も使える前衛じゃ、威力が違うって事か。


「だから今回戦力として数えれるのは魔法使いであるクギノか、弓使いのメジヤだけだ」


 おおう、まさかのボス戦で前衛が戦力外ですか!?


「でもそれなら今までは空飛んでる敵はどうしてたんですか!?」


 私はボスが落としてきた岩を回避しながらキリノさんに尋ねる。


「基本的に飛び道具の必要なボスはダンジョンの地形や出てくる敵で予想できるんだ。だからそういうダンジョンを攻略する時は、全員が飛び道具を持ち込んだり、相手を地上ん引き摺り下ろす為の準備をしてるんだよ」


 成程、探索者はそうやってダンジョンの個性に適応していたんだ。


「だからダンジョンのセオリーを無視するボスが出て来るなんてこれまでなかったから、俺達も困ってるんだよ!」


「『風よ 天を汚し驕り高ぶる愚か者に 報いと戒めを与えよ サイクロンジェイル』!!」


クギノさんが魔法で竜巻を生みボスを飲み込もうとする。

けれどボスは上手く竜巻の風に乗って華麗に回避する。


「くっ、思った以上に飛ぶのが上手い! 落とすのは無理だ!」


「駄目、矢が弾かれる!」


「貫通力の高い矢を使え!」


「ボスを削り切れるほどの在庫がないのよ! 無駄使いは出来ないわ!」


 キリヤさん達は何とかボスを地上に引きずり落して戦おうとするものの、ボスは思った以上に固くて速い所為で、落とせないでいた。


「なら岩を拾いに地上に降りて来たところを狙えばどうですか?」


 相手の攻撃が岩を落とす事なら、武器を補充する為に降りてくるはず。


「それだ! 次にボス、ブルーワイバーンが岩を拾いに降りて来た所を狙うぞ!」


「「「「「おう!」」」」」


 けれど、ブルーワイバーンは私達の傍に落ちている岩を拾おうとはせず、私達が追いつけないくらい遠くにある岩を回収しに向かう。


「「「「「それ狡くない!?」」」」」


 しかも物凄いスピードで降りて岩を掴んだ瞬間飛び上がるから、仮に降りて来た瞬間を狙ってもどれだけ攻撃を当てられるか分かったもんじゃない。


「くっ、思った以上に賢いなアイツ」


「武器を拾いに降りるといよりも、猛禽類が高空から獲物を襲う動きだなアレは。とてもじゃないが早すぎ間に合わないぞ」


 私達が困っている間にも、ブルーワイバーンは岩を上空から落としてくる。

 幸い落としてくる岩は両足の二個だけだから、回避はそれほど難しくはない。

 けれどこっちの攻撃手段が少ない事でお互いにダメージを与えられないでいた。


「『火弾』!」


 私もスキルで攻撃してみるものの、ワイバーンの鱗にダメージが入ったようには見えない。

 もっと強い攻撃を使えば通るだろうけど、距離が足りない。

 それに天井がかなり高いから、上の方に逃げられると生半可な魔法じゃ届かないか余裕をもって避けられちゃう。


「あっ、そうだ! アユミちゃんの羽で空を飛べない?」


「あっ」


 言われて思い出した。そう言えば私の背中には羽が生えてたんだ。


「やってみます!」


 パタパタ パタパタ


「……」


「「「「「……」」」」」


うん、圧倒的に速度が足りないね。

悲報、妖精の羽はワイバーンとの空中戦には遅すぎた!

 だよね! だって妖精の羽ってちょうちょとか虫の羽だもん!

 いや蜂とか早いのもいるけどさ!


「とにかく攻撃し続けるしかない! スミツは外した矢の回収を頼む!」


「分かった、メジヤ天井にひっかけるなよ」


「そんなヘマしないって!」


 おお、プロの探索者はそんな事まで考えて攻撃するんだ。


「魔力回復ポーションはクギノに集中! 回復に魔力を割かないように皆なるべく攻撃に当たるな!」


 おおう、ボス相手に中々無茶をおっしゃる。


「それで姫様、私達はどうするの?」


 キリヤさん達がテキパキと役割分担をしていると、リューリが自分達はどうすればいいかと尋ねてくる。


「うーん、あの速さで動き回ってる相手に幻覚魔法は効果無さそうだしねぇ」


「そもそもあの高さに届かないしね」


 そんでもってクンタマも接近戦がメインだからあのボスに攻撃が届かない。



「キュイィ」


 ああ、落ち込まないでクンタマ。

 しかし不味いね、このままだと私達マジで役立たずだよ。


「妖精合体しても水腕が届かないよねぇ。リューリ、妖精魔法で自在に空飛んだりできない?」


「そう言うのは風の妖精の得意分野かな。ってかそんな速さで飛べるのなら、アイツに捕まったりなかったって」


 と、私達が初めて出会った時の事を語るリューリ。


「あー、確かにね……あっ、待てよ」


 と、私はリューリの言葉であるアイデアを思いつく。


「リューリ、合図したら魔法で霧を作って!」


「え? あの高さは無理だよ?」


「上じゃなくて下。私達の姿を霧で隠すの! それなら上から見えなくなるから!」


「おおっ成る程! でもこっちから攻撃できないのは同じだよ?」


「それは私に考えがあるから。皆さん! 今からブルーワイバーンの目を晦まします! そしたらすぐ傍の柱にぴったりとくっついて隠れてください!」


 私が声をかけると、キリヤさん達の視線がこちらに向く。


「何か手があるんだな?」


「はい! ただ敵もすぐに対処してくると思うので、そしたらキリヤさん達前衛は近くに転がっている岩を砕いてブルーワイバーンが掴めない程度に小さくしてください」


「岩を?」


「よくわからんが、それなら俺達にも出来るな」


「……そうだな、分かったこっちは任せてくれ」


 よし、それじゃあやるよ!


「リューリ!」


「おっけー!『濃霧』!」


 リューリがスキルを発動させると、周辺が霧に包まれる。


「ギュオ!?」


 突然地上が濃密な霧に包まれ、ブルーワイバーンあら驚きの声があがる。

 同時に私はすぐさま近くの柱にぴったりとくっつくと、離れた場所からゴゴンと音が聞こえてくる。

 ブルーワイバーンが私達が居た場所に岩を落とした音だろう。

 キリヤさん達に柱の傍まで逃げてもらったのはそのためだ。

 真上から岩を落とすなら、ぶつかって軌道がズレる恐れのある柱の傍には落とさないだろうからね。


「それでこれからどうするの?」


「それはね……」


 私はリューリとクンタマに作戦を伝える。


「成る程ね! 面白そう!」


「キュイ!」


 よし! それじゃあ作戦開始だ!


 ◆


「ギュルオオゥ……」


 ブルーワイバーンは濃密な霧に覆われた地上を見て戸惑っていた。

 敵の位置が分からないだけでなく、武器にしていた岩がある場所も分からなくなってしまったから。


 けれどブルーワイバーンは短慮を起こしてやみくもに地上に攻撃をしたりはしない。

 バッサバッサと翼を羽ばたかせ、風を巻き起こして霧を吹き飛ばす。


 そして霧の中あった岩を見つけると、それ目掛けて飛び降り、岩を掴んで上空に舞い上がる。

 そして再びサッサバッサと霧を吹き飛ばすと、柱の傍にぴったりと寄り添っていたキリヤさんを発見する。


 キリヤさんはブルーワイバーンが落とした岩を回避すると、すぐに私に言われたように岩を破壊し始める。


「はぁーっ!」


 うわすっご、自分で頼んでおいてなんだけど、剣で岩を真っ二つにしてる。

 その間にもブルーワイバーンは周辺から岩を回収しては霧を吹き飛ばして他のメンバーに攻撃をしてゆく。

 クギノさん達は変わらずブルーワイバーンを直接狙い、ゲンノウさんとスミツさんは手にした武器で岩を破壊する。


「フンッ!」


「せいっ!」


 ゲンノウさん、中型犬ほどもある大きなハンマーで岩を砕いてるぅ。

 回復職ってなんだっけ?


「ふはははっ! 医食同源 破療同源! 敵を倒す事は味方を治療する事に等しい!」


「お前ノってくるとそのポリシーを叫ぶの止めろよ。子供が見てるんだぞ」


 マジで初めて聞くんですけどその物騒なポリシー……

 ともあれ、キリヤさん達の活躍でどんどん岩が破壊されてゆくと、ブルーワイバーンが使える岩も減っていき、より遠くに岩を回収しに行かなくなって攻撃の頻度が減る。

 もうそろそろ出番かな?


 そして遂に使える岩が無くなった事で、ワイバーンが怒りの雄叫びを上げる。

ワイバーンはキリヤさん達に威嚇の雄叫びをあげるものの、攻撃する為に地上に降りる気配は感じられない。


「はっ! 武器に出来る岩が無くなったらもう地上に降りて来るしかないなぁ!」


さぁどうする? このまま地上に直接攻撃にくる? それとも……


「ギャオオオオオオ!」


 その時ブルーワイバーンは驚くべき行動に出た。

 なんと近くに建っていた背の高い柱を蹴りつけて破壊し、地上に落としたのだ。


「うぉぉっ!?」


 まさかの攻撃にキリヤさん達が驚きの声を上げて逃げ惑う。

 成程、この柱はただの地形じゃなくて、ブルーワイバーンが岩を使わずに攻撃する為のものだったんだ。

 とはいえ、キリヤさん達もやられるばかりじゃない。

彼等は別の柱を盾にしてブルーワイバーンの蹴り飛ばされた柱の破片を回避していた。


 今だ有効な攻撃手段はないものの、キリヤさん達はしっかりブルーワイバーンの攻撃に対応している。

 そうなると困るのはブルーワイバーンだ。

 このまま攻撃を続けていたら、背の高い柱が無くなって柱を使った攻撃が出来なくなってしまう。


だから他の方法を考えていたんだろう。

彼等の意表を突く攻撃を。

そしてブルーワイバーンは動いた。

柱を破壊して破片を蹴り飛ばしたブルーワイバーンは、キリヤさん達が他の柱の陰に隠れて自分への視線が途切れたのを確認すると、ある柱の上に乗っていた岩を掴みに高度を下げてくる。


 柱の落石に合わせて隠れたキリヤさん達を落石で挟み撃ちにする為に。


「でも、残念! 偽物でした!」


 岩の中から飛び出した私が、ブルーワイバーンの顔面に飛び乗る。


「ッ!?」


 突然現れた私に驚くブルーワイバーンが慌てて身を逸らして躱そうとするけれど、こちとら背中に羽の生えた妖精。しっかりブルーワイバーンの頭に飛び乗る事に成功した。


「『水腕』!」


 私は即座にスキルを発動してワイバーンの羽の根元を攻撃する。


「グギャアアッッ!!」


 ブルーワイバーンが悲鳴を上げる。

流石に一撃で切断する事は出来なかったものの、バランスを崩した地上目掛けて落下してゆく。


「もいっちょう!」


 水腕を自分とブルーワイバーンを繋ぐ命綱にした私は、その体の上を駆けて羽根の根元までたどり着くと、全力で羽を叩き切った。


「『強撃』!」


「ガァァァァァァッッ!!」


 羽を切断された事で、ブルーワイバーンが悲鳴を上げる。

 と同時に私は地上に落下する前に自前の羽で空中に浮き上がって避難する。


 次の瞬間、ドゴォォォォンという思い音を立てながらブルーワイバーンが地面に叩きつけられる。


「よし! 今だ!」


 すかさずブルーワイバーンに殺到するキリヤさん達。


「てりゃあああああっ!」


 私も遅れまいと空からブルーワイバーンの脳天目がけて剣を突き下ろす。

 憐れブルーワイバーンは私達の集中攻撃を受け、絶命したのだった。


『ダンジョンが攻略されました』

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