第93話 ダンジョン深層に潜る(どっちがリーダー?)

「今日はよろしく頼む」


「こちらこそよろしくお願いします!」


 今日の野良パーティはいつもとちょっと違った。

 なんでもこの人達はストライダーズと呼ばれる有名な探索者パーティなんだとか。


 リーダーで戦士のキリヤさん、サブリーダーで魔法使いのクギノさん、回復職のゲンノウさん、斥候のスミツさん。弓使いのメジヤさんの五人パーティだ。別に5色の個性訳とかはしていない。


 キリヤさん達はダンジョンをクリアした経験もあるベテランらしく、相当な実力者のようだ。

 そう言われてみれば装備もなんか良さそ……うん、良くわかんないや。

 ボロボロの中古装備が当たり前のエーフェアースと違って、私の知ってる現代と文明レベルが近いルドラアースじゃ新品が当たり前なので、ぱっと見だと装備の良し悪しってよくわかんないんだよね。

あれだ、車に詳しくない人が高級車とそうでない車の違いが分かんない感じ。


「いや助かったよ。本当なら知り合いと探索する予定だったんだが、急に都合がつかなくなってしまってね」


「探索者あるあるですね」


 そうなのだ、意外と探索者って急なトラブルに遭遇する事が多いらしくて、こうしてダンジョンの入り口付近で飛び入りのメンバーを募集している人達が多かった。

 まぁどれだけ入念に準備をしても、うっかり風邪をひいたり、階段から滑り落ちてお尻の骨にひびが入ったり、急なバイトのシフトが入ったりと言ったトラブルは同省も無いもんね。


「じゃあ今日は適当な階層で魔物狩りか採取ですか?」


 これまでの流れから、今回もそんな感じの探索だと私は推測する。

 まぁ実力の分からないソロの人間をガチなダンジョン攻略に連れて行くのは怖いからね。


「いや、今回は行ける所まで行く予定だ」


「え? 良いんですか?」


 これはビックリ。だってストライダーズの人と私は今日初めて出会って、実力は分からない状態なんだよ?

 まぁ私の場合背中の羽とかで悪目立ちしてるから顔は知られてるかもしれないけど、戦力としては未知数なんだから。


「ああ、構わない。というか元々参加するメンバーもいつものパーティメンバーじゃなかったからね」


「あれ? そうなんですか?」


 というかメインのメンバーじゃないのに下層攻略を目指すのって危なくない?

 そんな疑問を察したのか、キリヤさんが事情を説明してくれる。


「探索者はどれだけ入念に準備してもトラブルが発生するものだからな。例えばメンバーが道中で重傷を負ったりして、急遽出会ったソロの探索者と組まざるを得ない時もある。そう言った時の事を想定して、あえて部外者を入れて探索する時があるんだ」


 ほえー、すっごいなぁ。トラブルが起きないように準備するんじゃなくて、トラブルが起きてしまった時にも何とか出来るように訓練を兼ねてるのかぁ。


「だからある意味今回のトラブルは予定通りと言えるのさ」


 成程、だから部外者の私をガチ攻略に誘おうと思ったんだね。


 ◆


「ところで君はダンジョン内のフロアを自由に行き来する力を持っているんだって?」


 ダンジョンに入るとキリヤさんが私の階層移動の能力について訪ねてくる。


「あ、はい。知ってるんですか?」


「探索者だからな。攻略に有用な情報集めは必須さ」


 マジかー、まぁ私も隠していた訳じゃないけど知らない人達にも知れ渡っていたんだね。

 なんだろうね子の感覚、自分が有名人になったみたいでくすぐったいような、知らない人に自分の事が詳しく知られているのがちょっと怖いような……


「今回の目的は限界まで下層を責める事だ。問題なければ君が潜れる最下層まで移動してくれるかな」


「いいんですか? 訓練にならない気がしますけど」


「上層階なら負傷者がいようが問題ないからな。寧ろ下層の方が訓練になる」


 まぁ主導権を握っているパーティの人達がそう言うならいいか。


「分かりました。それじゃあ行きますね」


 私は皆に集まって貰うと、階層移動の力を使って自分が行ける一番深い階層へと降りる。


「おお!? 景色が変わった!」


「これが階層移動のスキルか。凄いな。確かにフロアの空気が変わったぞ」


「そうね、一層の魔物の気配じゃないわ」


 と、キリヤさん達は私が何層に降りて来たと言う前に階層が変わった事を気配で察する。


「気配で魔物の強さって分かるものなんですか?」


「半ば勘だけどね。フロアが変わった瞬間に感じるのさ。魔物達の発するさっきの強さみたいなのがさ」


 おおー、流石上位の探索者。気配察知スキルの類が無くてもそう言うの分かるんだ。


「そういう時は無理せず階段付近で戦って、魔物の強さを確認してから探索するか帰還するか決めるんだ」


 ふむふむ、確かに敵の強さが明らかに変わったのなら、無理に進むのも無謀だもんね。


「よし、それじゃあ行こうか」


「はい!」


「と、そうだ、戦闘の指揮は君に頼みたい」


 いざ冒険開始だ、と思ったら、サブリーダーのクギノさんからとんでもない提案すぉされた。


「ふぇ!? 何でですか!?」


「有事の際の訓練も兼ねた探索だからな。キリヤや俺が戦闘不能になって指揮が出来なくなった時の事も考えないといけない」


「ああ、それは良いな」


 しかもそれを聞いたキリヤさんが賛同の声を上げる。


「私も良いですよ。前線に加わるならともかく、指揮は苦手ですからね」


「俺もだ」


「俺は指揮するより補佐の方が性に合ってるからな」


 更に他のメンバーさん達まで同意し始めた。

 いやいや、そこは貴方達のリーダーシップを鍛える所でしょ!?


「はははっ、俺達の訓練はいつでもできるが、今回は折角お互いによく知らない者同士からな。これを利用しないてはない」


ほんとにー!? 単に面倒なだけじゃないの!?

 と、そんな訳で何故か私がダンジョン攻略のプロである人達を指揮する事になってしまったのだった。


 ◆


「魔物が来るぞ」


 先頭に立って進んでいた斥候のスミツさんが手を横に広げて制止を合図すると、小さな声で私達に魔物の接近を伝える。

 同時に通路の奥から魔物の駆ける音が聞こえてくる。


「この音はコンボイホースの群れだな。猛スピードで突っ込んできて獲物を踏み潰しながら通り過ぎる殺意の高い連中だ。ちなみにコンボイってのは船団とか同じ方向に向かう貨物や量の集団を意味する言葉で決してロボットアニメとは関係ないぞ」


 なんかいらん情報まで説明されたけど、この世界の男の子あるあるな話なのかな?


「さて、どう対処するリーダー?」


 クギノさんが臨時リーダーの私に作戦を訪ねてくる。

 敵はかなりの速さで近づいてきてるし、複雑な作戦を組み立ててる暇はないか。


「リューリ、皆の魔法の範囲まで近づいてきたら幻惑魔法を先頭の魔物達に!」


「まっかせて!『幻惑』!」


 リューリがスキルを発動させると、戦闘のコンボイホース達が突然驚いてブレーキをかける。

 当然後ろからついて来ていたコンボイホース達は咄嗟の対応が出来ず、前に居る仲間に衝突してしまう。


「クギノさんメジヤさん魔法と弓を! キリヤさんと私は巻き添えを喰らわない様に通路端に寄って行きます! ゲンノウさんスミツさん、後方警戒!」


「「「おう!」」」


「任せろ」


「気を付けて」

 クギノさんが呪文を唱えている隙に私とキリヤさんが左右の壁沿いに走る事で魔物達の注意を分散させ、メジヤさんが弓をつがえて冷静さを取り戻したコンボイホースに矢を放つ。


「ヒヒィィン!」


 立ち直りかけたところで攻撃を受けたコンボイホースは痛みから暴れまわり、収まりかけていた混乱を再び誘発する。


「『……グランドブレイク!』」


 そこにクギノさんの魔法が発動し、ダンジョンの地面が揺れたかと思うと何本もの巨大な鉄の杭が付きだしてコンボイホース達を串刺しにする。


「いや、これ私達要らなくない?」


「いや、まだ生き残りが居る!」


キリヤさんの言葉にコンボイホース達を見れば、確かに何体かは魔法を回避していた。


「アイツ等は暴走している時は荒れ狂っているが、止まると途端に冷静になる。そう言う意味では今の方が手ごわいぞ!」


 流石下層の魔物、暴走してない時でも厄介とか面倒な相手だね。


「分かりました! 私が追い込みます、キリヤさんは足を!」


 私は跳躍してコンボイホース達の真上に位置取ると背中の羽を羽ばたかせてその場に滞空する。

 コンボイホース達は私が何をするのかと空中に視線を向ける。

 しかし何体かは近づいてくるキリヤさんから視線を放さない。


「『水生成』!」


 私は空中からスキルで水をぶちまけるが、当然私を警戒していたコンボイホース達はそれを攻撃スキルと警戒して回避する。

 ただしその進路は地面から生えた鉄の杭の林の方角だ。


「ヒヒィン!?」


 そこで漸く私に誘導された事に気付くコンボイホース達。


「はぁっ!」


 すかさず鉄の杭の隙間から、キリヤさんが剣を突いてコンボイホースの足を狙う。

 回避しようとするコンボイホースだったけれど、鉄の檻となった杭の柱が邪魔で上手く動けずにキリヤさんの一撃を喰らってしまう。


「ヒヒィン!!」


 堪らず悲鳴を上げるて逃げだそうとするコンボイホース。


「『水生成』!』」


 しかし私は再びスキルで水を放ち、コンボイホース達の逃げ道を塞ぐ。

 その隙にもキリヤさんは他のコンボイホース達の足を攻撃して移動力を削いでゆく。


「ヒヒィーン!」


 そうこうしていると、何体かのコンボイホースがダメージを受ける事を承知で私の放った水を突っ切って鉄の杭の檻を抜け出す。

 そこで漸くこれが攻撃でもなんでもなく、タダの水だったと気づいて怒りの嘶きを上げるコンボイホース達。


 賢いとは言っても、こういうひっかけには弱いあたり動物だよね。

 でももう遅い、仲間達の何割かは足に傷を負ってマトモに走れず、他のコンボイホース達も最初の衝突で少なくない傷を負っている。

 何より、クギノさんの鉄の杭が邪魔をして、コンボイホース達の特異な突撃が封じられていた事で、彼等は再疾走する暇もなく私達によって殲滅させられたのだった。


「いやー、まさかこんなにあっさりコンボイホースの群れを倒せるとはな」


「え? 楽勝で倒してませんでしたか?」


「そうでもないわ。初動が遅れると魔法による足止めが間に合わなくなるから、妖精さんの魔法は凄く助かったのよ」


「ふふーん、でっしょ~」


 メジヤさんに褒められて、自慢げな顔になるリューリ。 

 けど成程、確かにルドラアースだと魔法は呪文詠唱が必要だから、一刻を争う時には大変か。

 そう考えると魔物の接近にいち早く気付く気配察知を鍛えるのは本当に大事なんだね。


「って事は、この人達なら割と早く気配察知のスキルを覚えれるんじゃないかな」


 何しろフロアが変わっただけで空気の違いに気付けたんだ。

 今回分かった先制攻撃の重要性を考慮すると全員がかなり高い気配察知の練度を持ってると思う。


「よし、リーダーの指揮も良いし、このまま進もう!」


「「「「「おおー!」」」」」


「お、おお~」


 う、うーん、何か恥ずかしいな。


 ◆


「よし、そろそろ最下層だ。ここで回復と装備のチェックをするぞ」


 あれからサクサクと探索を進め、何度目かの下りの階段に到着したところでキリヤさんがストップをかけた。


「え? もう? 最下層なんですか?」


「ああ、このダンジョンのクリア情報から、この次が最下層だ。


「最下層ってこんなに早く辿りつけれるんですねぇ」


 正直もっと時間がかかって苦労すると思ってた。

 いや確かにキリヤさん達ペネトレイターズの皆は強かったから、そのおかげかもしれないけど。


「君のスキルで階層をショートカット出来たのが大きかったよ」


「それに妖精と眷属って言うんだったか、魔物のペットが戦力になるのも大きかった。ダンジョンは通路の狭さでパーティの適性人数に限度があるが、小さな妖精と大きさを自由に変えられる魔物が一緒に戦ってくれるから戦場の広さを気にしなくて済むのがありがたい。


 成程、確かにリューリもクンタマも小さな小瓶と笛に入る大きさだもんね。

 味方同士でぶつかって邪魔になる心配がないのはかなり大きい。


「でもやっぱりキリヤさん達の強さが一番大きいですよ。私達はおまけみたいなもんですよ」


 事実キリヤさん達の戦いは見事だった。

 私のつたない指揮のハンデをものともせず、全員が、それこそ回復初期のゲンノウさんに至るまで十分な戦闘力を持っていたのだから。

 特にクギノさんの操る高レベルの魔法は凄かった。

 高ランクの魔法は強力なだけに、取得には制限があるみたいで、私には覚える為のツテが無いんだよなぁ。


「ははは、これでもそれなりに修羅場をくぐっているからね」


 ◆キリヤ◆


『凄いな、この子は』


噂の妖精とダンジョンに潜った俺達は、この子の持つ力『スキル』の有用さに舌を巻いていた。


『ああ、全くだ。確かに俺達の攻撃の威力が上がっている』


 以前ダンジョンで手に入れたアイテム『伝心の指輪』の効果で俺達は口に出す事なく仲間同士で会話を行う。

 このアイテムは自分達の魔力をお互いの指輪に込める事で、アイテムを持つ仲間同士で秘密の会話が出来るようになるマジックアイテムだ。

 正直戦闘では役に立たないとたいして見向きもされない事が多いが、一部の探索者にとっては重要なアイテムと認識されている。

 例えばこうして聞かれたくない相手が居る時に内緒話をしたい時だ。


『指揮下の仲間全員の戦闘能力を上昇させる事の出来る力とは、破格の能力だな』


 ダンジョンは長丁場だ。当然深い階層に潜る程疲労が溜まって、発揮できるパフォーマンスは下がってゆく。

 しかしこの少女が居れば、戦力の長期的な維持が可能になる。


 そしてこの子自身の指揮能力も悪くない、野良パーティの相手と考えればアタリと言えるレベルだ。

 この幼さで大人顔負けの指揮能力、成程妖精の姫と呼ばれているのは伊達じゃないようだ。

 おそらく物心ついたころから厳しく育てられたのだろう。


 更に妖精と眷属という追加戦力が有用だった事は想定外の朗報だった。

共に戦った感じから、この子自身の純粋な戦闘能力は中級探索者レベルといったところだ。

 しかし妖精達が居ればそれ以上の戦力として扱える。

 成程、この子一人でダンジョンを歩き回れる訳だ。

 さしずめこの妖精達はお姫様の召使い兼護衛といったところか。


 また以前起きた魔物の大発生の際の戦いを撮影した動画を見た感じではあ、単純な火力では上級探索者に届きうる素質を秘めている。

 この子が妖精で無かったとしても、十分勧誘する価値のある将来性を秘めている。

 惜しむらくは、妖精保護法によってこの子を強引に勧誘できない事だな。

 まぁそれに関しては他の探索者達も同様なんだが。


『それにしても実物は小さくて可愛いわね。背中の羽が無くても妖精と言われれば信じちゃってたわね』


 メジヤは戦力よりもこの子の愛らしさそのものが気に入ったらしい。

 本人は大人の女と振舞っているが、可愛い者が好きなのはバレバレだからな。


『ああ、全く平和そうな顔をしている。裏では自分と野良パーティを組みたがる探索者達が抽選で順番待ちをしているとも知らずにな』


 ゲンノウの言う通り、この子とパーティを組む探索者は既に決まっていた。

 理由は簡単。皆がこの子の持つ不思議な力を体験したいからだ。

 そしてあわよくば他の妖精を紹介してもらいたいと言う下心も込みでな。


 お陰で順番待ちは熾烈を極め、探索者協会は厳密な調査と抽選を行う事で、この子を野良パーティに誘う探索者の選別を行っていた。

 全ては悪意を持った探索者がこの子、いや妖精を敵に回すような真似をしない為に。


 つまり野良パーティを組みたがる俺達とは、この子とお近づきになる事と同時に、この子を護衛もしていたんだ。


『そう言う意味ではこの子が野良パーティを組みたがっていたのは探索者協会にとっても渡りに船だったろうな』


『そうだな。妖精とコンタクトを取りたいと考える探索者や国家を押さえつけるのにも限度がある。そう言う意味でも良いガス抜きだよ』


 抽選に受かった探索者達も、彼女の機嫌を損ねてしまったが為に次回の抽選から外されないようにと比較的紳士的な対応を取らざるを得ない事もこの抽選が上手く言っている証でもあった。


『さて、そろそろ……ん?』


『どうした?』


 何かを言おうとしたクギノが言葉と止める。


『い、いや、なんかさっきからあの妖精がこっちを見てる気がしてな』


『お前が気になってるんじゃないのか?』


 俺が茶化すと、クギノは彼女達に見えない様に手を振って否定する。


『いや、俺が喋った時だけこっちに視線を向けてきてるような……』


『魔力認証をかけた伝話を盗み聞きしてるっていうのか?』


 まさかと思いつつも、相手は未知の存在である妖精だと思い出して否定しきれない。


『分からん……だが、あまり油断してコレを使わんほうがいいかもしれん……』


『そ、そうか』


 何とも気まずい雰囲気になって伝話を切った切った時、ふと少女の肩に乗っていた妖精がニヤリと嗤った気がして背筋が寒くなったのだった。

……もしかいて、あの子にも筒抜けだったりしないよな?

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