第86話 ダンジョン協会会長は頭を抱える(事件起きすぎでは?)
◆ダンジョン協会会長アーク・トライアルド◆
「はぁ~~~」
机の上に積み上げられた書類の束を見て、俺は溜息をつく。
既にバベルの塔の如きタワーと化したそれは、天井につきそうな高さだ。
更にタワーはあと5本ある。神の怒りに触れて燃え尽きないかな。
「これを全部読むだけで三日はかかるだろ」
なお内容はほぼ同じ案件だ。
妖精騎士姫アユミ、ダンジョンから魔物が大量発生する大発生が起きた際に現れた謎の少女。
その容姿から、以前ダンジョン内で魔物素材を無断で販売していた通称ダンジョンの妖精と呼ばれた少女と同一人物であろうとされている。
それだけならただの問題行動を起こした人物というだけなのだが、その内容が問題だった。
単独で大発生が起きた戦場を縦横無尽に駆け巡り、多くの人々を治療しながら魔物と戦い続けた。
その活躍ぶりは単独で中級冒険者パーティに匹敵するとされ、しかしその火力は上級に届き得るのではないかというほどだったという。
何より衝撃を受けたのは、地上に現れたダンジョンボスの群れを、彼女が倒す際、背中から羽が生えたのだ。
それも物語に描かれるような妖精の羽が。
しかもその際の彼女の髪は虹色に煌めき、到底髪を染めた程度ではありえない輝きをしていた。
これだけなら単純に強い事と、何か特殊なダンジョン産の装備を身に着けた人間の可能性もあった。
戦闘中の不可思議な魔法も、高性能なマジックアイテムの能力と言われれば納得できない訳でもない。
事実上位の探索者パーティはそういった貴重なアイテムを所持しているからな。
だが、大発生の最中彼女の傍には小さな、本当に小さな妖精と呼ぶ以外に形容しようのない存在が居た事も確認されている。
それゆえ、大発生が完全に終わる前にダンジョン協会には無数の問い合わせが送られて来た。
民間人から企業、果ては国家まで。
あの少女は何者だ、本当に妖精なのかと。
そんなものこちらが聞きたい。誰か知っていたら教えてくれ。
こうなると世界中の国や大企業から秘密裏に、時に堂々とこの少女と交渉をしたいから紹介しろという無茶ぶりが舞い込んできた。
そう、このペーパータワーの事だ。
「会長、サボってないで仕事をしてください」
俺があの少女の事を思い出していると、横で書類を整理していた副会長が文句を言ってくる。
「そうはいってもなぁ、この数だぞ。今更焦っても仕方がないだろう」
「これでも我々が重要な書類を選別しているんです。くだらないゴミのような落書きを読まされる部下が可哀そうだと思うなら、頑張ってください」
そうなのだ、この場にいるのは副会長だけではない。
折り畳みテーブルとイスを持ち込んで何人かの部下が副会長と同じように書類を選別していたのだ。
彼等はウチに送られてくる書類の中から、本当に重要な書類を選別して俺の下に運び、くだらないが大人の世界の事情として仕方なく目を通さないといけないゴミと本当のゴミを選別してくれているのだ。
「副会長、こちらの書類は我々では判別が難しい案件です」
部下から書類を渡された副会長はパラパラと書類の束をめくって内容を確認する。
「これとこれとこれは会長に、こちらはどさくさに紛れて私腹を肥やす案件を通そうとしているだけです。要注意リストと照らし合わせて記載の無い者は新たに登録を」
「分かりました」
一見斜め読みに見えるが、一時は探索者として名を馳せた副会長はレベルアップによって知力や動体視力が大幅に向上している。
それゆえダンジョンに潜った事も無いような有象無象のくだらない企みはすぐに看破して切り捨ててくれるのでありがたい限りだ。
俺? 俺は戦士系だったから知力はあんまりな……
「だが問題はウチを通さずに独自にこの少女と交渉しようとしている連中だな」
頭の回る連中はウチを介してもダンジョンの妖精と交渉が出来るとは思っていない。
だから独自に部下を差し向けてあの少女を探していた。
「そうですね。紳士的に交渉するのであればよいですが、力づくでと考える者も多いでしょうから」
本当にそれが一番困る。妖精と言えばおとぎ話のよう存在というイメージだが、その本質は人類以外で初めて遭遇する知的生命体だ。
魔物にも知性があるのではと思われる種族が居るが、連中は敵対的だしそもそも会話が成立しないので除外されている。
そうなると多くの勢力が妖精と言う未知の種族とのファーストコンタクトを成功させたいと思うのは当然だ。
人類史上初の快挙、つまり名誉目当てなら可愛いもので、本命は妖精の技術、妖精の力だ。
妖精の持つ力を人類が手に入れる事は出来るか、妖精を利用できないか、そして妖精の肉体から有益な物質を得られないか。
知的生命体に対して信じられない蛮行と思うかもしれないが、人類なんてそんなもんだ。
紀元前から幾つもの生物種を絶滅させ、今なお乱獲を続けている筋金入りの暴力種族なんだからな。
まぁ、今はダンジョンと言う新しい稼ぎどころが出来たお陰で、既存の資源や生物の乱獲が減っているという皮肉な研究結果が出ているそうだが。
ともあれ、欲深い連中の思考は同じだ。
自分は上手くやれる、自分の考えなら成功する。
馬鹿共は何の根拠もなくそれを信じ、都合の悪い筋の通った疑問は前に出る勇気がない、他人の足を引っ張る事しか出来ない老害だと逆に非難する。
「未知の知的生命体を敵に回すような馬鹿な真似だけはしてほしくないもんだ」
「おっしゃる通りです。例の少女、妖精騎士姫アユミ様は我々人類に非常に友好的な事がこれまでの行動で判明しています。初対面でこれだけ好意的な存在に悪感情を抱かせかねない愚行はなんとしてでも阻止しなければ」
「そうだな……アユミ様?」
いや待て、何で様付けなんだ副会長?
「当然でしょう。アユミ様は我が妖精姫ファンクラブ(非公式)の象徴なのですから」
何それ知らない。何おかしな組織に参加してんの?
「ちなみに私が会長です」
「ホント何してんのお前!?」
「会長なので会員ナンバーは00です」
もしかして忙しすぎて壊れたのか!?
「勘違いしないでください。これも真っ当な活動です。彼女に好意的な人物を集め、様々な分野で彼女に害をなす可能性のある存在の情報を集めているだけです。また探索者達がアユミ様を発見した際には、彼女に近づく不審者をそれとなく妨害して連行する様に協力して貰っているのです」
「な、成る程、そういう組織なのか」
何やら不穏な発言も聞こえた気がするが気にしないでおこう。
「あくまで有志による非公式ファンクラブですからね、国家の命令に従う義理もありませんから、ある意味安全ですよ」
「別の意味で不安全な気がするんだが」
「気のせいです」
そうか、気のせいか。
ともあれ、副会長はかの少女を守る為にすでに動いていたらしい。
出来ればもっと早く俺に相談してほしかったなぁ。俺、会長なのに。
「あなた自分でもお飾りって言ってるじゃないですか」
いやまぁそうなんだけどさぁ。
ともれ、副会長達の尽力の甲斐あって平穏な日々が戻ろうとしていたある日、新たな事件が起きた。
「スキルだとぉーっ!?」
発生源は例のダンジョンの妖精だ。
なんと呪文を唱えずとも魔法が使えるようになる力だという。
これはとんでもない事だ。
何せ魔法とは呪文を唱えないといけないという絶対的なデメリットがある。
単純に発動までの時間がかかるだけでなく、呪文の詠唱失敗、敵の攻撃による呪文の詠唱阻止といった発動が不発に終わる問題もあるからだ。
だがこのスキルが使える様になれば、魔法使いの価値は劇的に上がる。
いや魔法使いだけではない。前衛で戦う戦士職も魔法による牽制や自己の強化、斥候職のような戦力に不安のある者まで戦力として期待できるようになるのだ。
これが事件にならない訳がない。
かくして収まりつつあった騒動は前以上に燃え上がり、送られてくる書類は協会長室の外にはみ出るまでになってしまった。
「不味い、本当に不味いぞ」
「ええ、不味いですね」
何せスキルはあまりにも有用過ぎる。
仲良くなって便利な技術を分けて貰えたらいいな程度の楽観的な話ではなく、明確に有益な事が分かってしまったのだ。
それもただの一配信者の少女の配信が原因で。
この少女の事は知っていた。ダンジョンの妖精が世界的に有名になる前に、世界で初めて観測された映像として価値を持ったからだ。
しかしその内容はあくまで偶発的な遭遇であり、それ以上の価値はないと思われていた、思われていたのだが……
「まさか極東の国の少女がこんな重要な存在になってしまうとは」
ただの偶然で一時的に名が売れただけだった少女は、あろうことかダンジョンの妖精とパーティを組む事になったという。
こうなってはもうこの少女はただの一般人ではない。
寧ろこの世界で最も重要な存在になっていた。
「この少女、樫名安登の個人情報は既に各国に知れ渡っています。一応は彼女の国の関係者が陰ながら監視と護衛をしていますが、いつ親族や友人を強引に誘拐して脅迫行為が行われるる限りません。というか絶対しますね。さらに困った事に、あの国はダンジョンが現れた今でも対人においては平和ボケしていると揶揄されていますので」
「極東の人間にも困ったもんだ」
まぁ大国の国力に叶わないからこその体たらくなのだろうが、己の国が世界に先んじて有効な切り札を得られそうな時でもあのザマなのは流石にどうにかならんものか。
「若手官僚が老害達を追い出す動きも見せていますが、まだまだ数年はかかりそうです」
「遅すぎる、明日にでも、いや昨日の時点で動くべきだろう。あの国はタカ派までものんきがすぎる」
結局、樫名安登に関してもアユミ様ファンクラブの有志の協力を得る事になりそうだが、副会長はあまり良い顔をしなかった。
「我がファンクラブ内でもアユミ様にスキルを教えて貰えないかと言う考えの者が出ております。探索者を兼任している者はなおさらですね」
「そればかりはどうしようもないな」
探索者は俺の身一つで危険なダンジョンに潜らないといけない。
今よりわずかでも強くなれるのなら、それに手を出さない奴はいない。俺だって現役だったら同じ事を考えただろう。
我々は積み重なり過ぎて崩れそうになっているバカのタワーを眺める。
「燃やすか」
「燃やしましょう」
こうして廊下にまで積み上げられていたタワーは燃やされた。
しかしそれで問題が解決したわけではない。
ダンジョンの妖精からスキルを得る為、強硬派が続々と極東の国へ人を送り出したのだ。
それは極東の国も例外ではなかった。
マズイ、このままだと妖精と人間の間に致命的な亀裂が生まれかねん。
そう我々が危惧した時、奇跡は起きた。
『こんにちわー! アートで-す!』
このタイミングで樫名安登が配信を始めたのである。
何をするつもりなのか、お願いだからこれ以上問題を起こさないでくれ。吐きそうな気持で祈りながらその場にいた全員で配信を見る。
『という訳で、私達の所に来てもスキルは覚えられません。スキルを覚えたかったら、別の妖精を見つけてね!』
正に奇跡だった。
妖精本人からスキルを覚える為の明確な手順が示唆されたのだ。
この配信の直後、各国から信じられないような速さでダンジョンの妖精及び妖精の保護に関する相談が大使館経由で提案されて来た。
ほぼ全世界の国の大使が全権大使としてダンジョン協会の会長室、には入りきらなかった為会議室に集まり、ダンジョンの妖精および妖精の保護をする為の法律を全世界同時施行する為の会議が始まった。
敵対する国、水面下では不穏な気配を匂わせていた国、時代遅れの覇権主義国家、様々な意味で足を引っ張り合う関係の国家達が、争うことなく一つの目的に向けて手を取り合うありえない光景。
あとその会議の議長に祭り上げられたのが、公平な第三者らしい俺という胃が痛すぎる事実。
「ではこの場に参加した国家全てが妖精及びそれに近しい人物達の保護に同意するという事でよろしいですね」
「「「「同意します」」」」
かくして妖精保護法の施行が翌日に決定した。
本来ならどんな時も空気を読まない野党の政治家達も、ここで反対したら妖精と言う知的生命体を害する差別主義者として、そして人類の繁栄を阻害しかねない国賊として次回の選挙に致命的な影響が出る事を避けたかったからだ。
更にこういう時に限って権力の横暴や利権云々で騒ぎたてるマスコミもこぞって賛成の放送をたれ流す。
ほぼ全ての国のほぼ全てのテレビ局がこの放送一色となり、極々一部の放送局だけがいつも通りの放送をしている事に安堵する部下もいたがそれはまぁどうでも良い事だ。
こうして妖精と人類とのセカンドコンタクトの準備は整った。
あとは妖精と遭遇する人間が現れるのを待つだけだ。
妖精保護法は全世界に繰り返し説明された。
具体的な内容は、妖精が攻撃してこない限りこちらから攻撃したり、相手が不快に思う行為や発言をしない事。
分かりやすく言えば、迷惑かけないで仲良くしろだ。
しかし人間とは愚かなもの。
この状況でも自分勝手な理屈をこねくり回す連中は多い。
反社会的な組織の人間はなおさらだ。
法律が制定されて世間が落ち着いてから、法律に関して文句を言いだす者達も出て来た。
まぁこの辺りは想定内だ。
寧ろ妖精保護法はこういった連中が出てくることを織り込み済みで制定されている。
妖精に対して悪意を以って近づこうとしている者達は既にネットリアル問わずマークされ、ダンジョンに潜って周囲の目が無くなった所で秘密裏に処分されている。
危険を察知して配信をしながらダンジョンに潜る小賢しい連中は魔物を追い立てて騒ぎを起こし、その隙にカメラを事故に見せかけて破壊し処分されていた。
まぁこの辺りはダンジョン協会の仕事ではなく、各国のエージェントの仕事だがな。
しかしこれによって、世界各地の犯罪組織および問題のある権力者の排除が進むという副次的効果が発生していた。
問題を起こした者達が海外に逃げた際、現地の警察は手出しが出来なくなるが、ほぼ全世界で協力体制が出来ている事もあって連中に逃げ場はないのだ。
一部国家中枢にまで犯罪組織の手が入り込み、どうにもならなくなっていた国があったが、これらの国には各国から秘密裏に戦力が貸し出され、これを機に一掃して国家の健全化が進んだ。
貧困が原因で犯罪者の力が強かった国はこれから繁栄していくかもな。
今はダンジョンのお陰で貧困層が稼ぐチャンスがある。
これまでは犯罪組織によって彼等の稼ぎが不正に奪われていたが、これからは適正に恩恵を受ける事が出来るだろう。
こうした平和への貢献もあって、反社会組織によって苦しめられていた人々はダンジョンの妖精を神の使い、人類の友人として好意的に、時には彼女自身を女神として崇拝するようになり、各地にダンジョンの妖精を称える彫像や芸術が作られ、妖精を称える祭りがおこなわれるようになった。
そしてこれらの祭りが集客効果を産み出し、数十年後には寺、神社、神殿、教会といった宗教施設が建設され、平和の女神、商売の女神、とにかく手当たり次第に後利益があるもう原型の分からない存在として祭り上げられていくことになるのだが、それはただの一組織のおかざり協会長でしかない俺には関係のない話だ。
「はぁ、これで少しは問題が減ると良いんだが……」
頼むからこれ以上面倒事を起こさないでくれよ、妖精のお姫様。
ああそうそう。最後に妖精を題材としたトンチキな料理の開発も盛んになった事をついでに報告しておこう。
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