第77話 地獄の特訓は地獄なんですよ(まぁ地獄を見るのは私じゃないんだけど)

「うう……」


「もう無理です……わ」


 ダンジョンの床に、二人の少女が崩れ落ちる。


「何をしている、早く立て」


「この程度で力尽きるとは修行が足りんのう」


 そんな二人に、お爺さん達が厳しい言葉を投げかける。


「その程度の実力でアユミさんの力についていけると思っているのですか?」


 そう、力尽きてダンジョンの床に突っ伏したのは、私の仲間となったフレイさんとエーネシウの二人だった。

 そして二人をそんな目に遭わせたのは、リドターンさん達お爺さんズなのだった。


「では今日は二人の実力を軽く見る事にしましょうか」


 というストットさんの軽い言葉から始まった訓練は、お爺さん達の圧倒的な力で未熟な二人を叩きのめすという大人げない事この上ない地獄絵図へと一瞬で変貌していた。


「まずはあの二人に自分の程度の低さを自覚させる事から始めんといかんからな」


 この惨状を尻目に、ご飯の用意をしながらスレイオさんがリドターンさん達の行いを説明してくれる。


「程度の低さですか?」


「ああ、あの嬢ちゃん達は貴族の教育を受けて同年代にしては戦える。それこそ駆け出しの冒険者程度にはな」


 だが、とスレイオさんは言葉を続ける。


「それは所詮子供の中での話だ。しかしアイツ等はなまじ上手くやってこれたもんだから増長しちまってるのさ。他の子供と違って専門的な鍛錬を積んだ自分達なら、本気を出せば鍛錬を積んだ事のない大人相手でも十分通用するとな」


 二人の目には、そんな無自覚な自信に満ち溢れているとスレイオさんは言う。


「だから自分達の積み重ねて来たモノは、経験を積んできた大人の力の前じゃ簡単に握りつぶされると体で理解させる必要があるのさ」


「それであれですか」


「それであれだ」


 二人はリドターンさん達に叱責され、ヨロヨロと立ち上がっては吹っ飛ばされる。


「わ、わたくしの力はこんなものではありませんわ!」


 プライドを傷つけられたエーネシウさんがキュルトさんに魔法を放つ。


「ほいっと」


 けれどキュルトさんが放った石がエーネシウさんの魔法にぶつかり、彼に当たる前に魔法が半端な場所で炸裂する。


「なっ、卑怯ですわ!」


「魔法くらべをしとるわけじゃないんじゃ。使えるものは使い、無駄な消耗を避ける。長丁場を経験した冒険者なら当然の判断じゃろ」


 そしてすぐさま放たれたキュルトさんの風魔法でエーネシウさんが吹き飛ばされた。


「どうした、君の騎士道とはその程度のものか?」


「くっ」


 エーネシウさんの向こうでは、フレイさんがリドターンさんにメッタメタに叩きのめされていた。

 フレイさんが真剣で戦っているのに対し、リドターンさんは剣の鞘だけを握って相手をしている。

剣を鞘に納めた状態じゃないから、その分獲物のリーチは短くなっていて、大人が使う剣と同じ合図のものを使っているフレイさんの方がリーチの面で有利。

いや、体格を考えれば互角くらいか。それに慣れないリーチになってるから、やっぱりハンデになってるか。


 でもリドターンさんはそんなハンデをものともせず、フレイさんの全身を打ちのめしてゆく。


「ちなみにだが、アイツなら鞘なんか使わずともそこらへんの草でも同じことが出来るぞ」


「草!?」


 いやいやいや、拾った木の棒ならともかく、草は無理でしょ!?」


「まぁそれをやると実力を分からせる前に折れたらいけないものまで折っちまうから、

怪我をさせる事になっても実力の差を分からせられる鞘でやってるんだ」


 いや、うん。確かに草でボコボコにされたらプライドを粉砕されるとかいう問題じゃないよね。


「その辺キュルトも同じなんだが、アイツの場合はナチュラルに相手を煽っていくからな。その分心を砕かれる事がないのが不幸中の幸いか」


 幸いかなぁ?


「まぁこういうのは実は結構貴族のガキあるある何だ。大抵は親が裏で手を回して雇った冒険者にボコボコにされて身の程を知るんだが、子供を溺愛してたり、我が子の実力を勘違いしちまった親なんかだとそれを経験出来ないから後で問題になったりするんだよなぁ」


 へぇ、貴族社会ってそんな事まで気にしないといけないんだね。


「まぁ剣士の嬢ちゃんは、没落貴族だからそこまで手が回らなかったんだろうな。もう一人の嬢ちゃんは分からんが」


 そうして、フレイさんとエーネシウさんが吹っ飛ばされては立ち上がり、また吹っ飛ばされては立ち上がる光景を繰り返す。

 けれどそれも数十回も続くと遂に立ち上がる事も出来ずに芋虫のように床に蠢くだけになってきた。

 何回かはリドターンさん達の叱咤で力を振り絞っていたけれど、その力も尽きたのか、今では道路に転がったセミのように静かになっている。


「そろそろ限界のようですね。少し休ませたらまた再開しましょうか」


 回復魔法で治療をしながらストットさんが情け容赦のない言葉を二人に投げかける。


「「……」」


 けれど文字通り力尽きた二人は、それに対して一言も返す事すら出来ないようだった。


「って訳で暫くは集中してあの二人に教え込む身の程を教え込まんといかんから、お前等は好きにしてていいぞ」


「「はーい」」


 さて、思いがけずお休みが出来ちゃったけど、どうしようかな。

 どこかに遊びに行きたいところだけど、この世界にこの世界に未成年が遊ぶような場所ないからなぁ。

 それとも私達だけでダンジョンに潜る?

 うーん、どうしようかねぇ。


「ねぇねぇ、そろそろお茶にしようよ」


 と、リューリがお茶の時間を所望してくる。

 まぁこの子の場合、お茶よりもお茶請けのお菓子が目当てなんだけどね。


「はいはい。ちょっと待ってね」


 私は魔法の袋からお茶セットを取り出し、次いでお菓子を取り出そうとして気付いた。


「あっ、お菓子切れてる」


「ええーっ!?」


 しまった、このところ転移してもお店に入る機会が少なかったから、お菓子のストックが切れてたみたいだ。


「どどどどうするの姫様ぁーっ!!」


「どうって、お菓子がないんだからお茶だけになるんじゃない?」


「がくっ……」


 お菓子無しのお茶になった事で、リューリがこの世の終わりのような声を上げて崩れ落ちる。

 うん、落ち込むのは分かるけど、誰かさんの消費スピードの速さも原因だからね。

 というか、その体格でケーキ一切れとか、かなりの量だと思うんだけど、何で入る訳? 妖精だから入るの?


「か……」


 と、崩れ落ちていたリューリがゆらりと立ち上がって何やら呟く。


「買いに行こうお菓子!」


「買いに?」


「そう! 買いに!」


 そんな馬鹿な理由で転移スキルを使うのはどうかと思うと返そうとした私だったが、ふとそれもありかと思った。


「そう言えば最近お婆ちゃん達に会ってないっけ」


 ここ最近のあれやこれやで向こうの世界に行っても会えなかったし、何より魔物の大発生から無事生き残った事を伝えてなかったもんね。


「背中に羽が生えたりしてそれどころじゃなかったからなぁ」


 でも今ならそこら辺の問題も解消されてるし、久しぶりにお婆ちゃん達に会って生存報告するのもありか。


「そうだね。ちょっと向こうの世界に行ってこようか」


「やったー!」


 そうと決まればお爺さん達に報告しておかないと。


「リドターンさーん。私ちょっと転移するんで、何日か留守にしますねー」


「む、そうか。分かった」


 よし、報告もしたし、それじゃあ行くとしましょうか。


「『世界転……」


「ど、どこかに行かれるのですか……!」


「わ、わたくし達も共に……キャッ!」


 転移しようとしたその時だった。

 突然立ち上がったフレイさんとエーネシウさんが私に付いてこようとしてそのままつんのめってこっちに転がってきたのだ。


「……い』!?」


 そして、二人の体が私にぶつかって来た瞬間、世界は真っ白な光に包まれたのだった。

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