第74話 ダンジョン強盗の季節(悪い人はどこにでもいるもので)
「キャー!」
「気のせいじゃなかった!」
ダンジョンの中に女の子の悲鳴が響き渡る。
どうやら誰かが魔物に襲われているらしい。
私はすぐに音のした方角に向かって走りだす。
「んー、姫様、なんかちょっとおかしいよ」
空駆を発動しながら急ぎ現場に向かっていくと、頭の上のリューリが違和感を訴える。
「鉄を撃ちあう音が聞こえる。これ相手は魔物じゃないね」
「マジ? 魔物じゃないの? って事は相手は人間!?」
冗談じゃない。魔物が相手ならともかく、人間と殺し合いになるかもしれないって訳!?
音の出どころに近づくにつれ、私の耳にも金属を撃ちあう音が聞こえてくる。
ホントだ。明らかに魔物と戦ってる音じゃない。
毛皮や鱗を持つ魔物があいてなら音はもっと鈍くなる筈だからね。
どうする? 相手が人間だと下手に大怪我をさせたら過剰防衛と判断されるかもしれない。
エーフェアースはルドラアースよりも文明の発展が遅れてるっぽいから、危険な場所で何かあっても自己責任の精神かもしれないけど、この世界の法律が分からない以上、殺してしまいかねない攻撃は控えた方がいいだろうね。
私も人殺しはしたくないから。
「となると魔法で不意打ちして意識を刈り取るのが手っ取り早いか」
方針を決めた私は、戦闘を行っている場所に接近したところで足を止め、まずは物陰から様子を確認する。
するとそこには複数人の男達が2人の女の子を囲んで攻撃している光景があった。
「アイツ等、女の子をよってたかって!」
けど困った。魔法で不意打ちをするにしても、ああも乱戦になっていたら女の子達に攻撃が当たってしまう危険がある。
どうしたものかと迷っていると、リューリがポンポンと私の頭を叩いてくる。
「こういう時こそ私の出番って訳よ!」
「……あっ!」
成程、確かにここはリューリの出番だ!
「よし任せた!」
「おっけー!『濃霧』!!」
リューリがスキルを発動すると、周囲が濃密な霧に包まれる。
「な、なんだ!?」
「霧? ダンジョンで!?」
突然の霧に男達が動揺する様子が手に取るようにわかる。
「落ち着け! 恐らくこのダンジョン固有の希少魔物のスキルだ! 風魔法で拭き飛ばせ!」
しかし意外と戦い慣れているのか、リーダーらしき男の指示に従い、呪文が聞こえてくる。
けどそうはさせない!
私は霧の中に飛び込むと、リューリの指示に従って一直線に突き進む。
「そこにいるよ!」
すぐに襲われていた女の子達を見つけると、その体を抱きかかえて突っ切る。
「「キャッ!?」」
一寸先も見えないような霧の中で突然抱きかかえられた事で女の子達がビクリと恐怖に体を震わせる。
「大丈夫、助けにきたよ」
「え? その声は……」
「まさか!?」
おや? 何か聞き覚えがある様な?
「『エアブラスト』!」
直後猛烈な風によって霧が吹き飛ばされた。
「女はどこだ!?」
男達は傍にいた女の子達が居なくなっている事を察すると、周囲を見回すと、私達の存在に気付く。
「魔物かと思ったが、お前の仕業か。変わったスキル、いや魔道具か?」
男達は私を見てニヤリと笑う。
魔物かと思ったら女の子が一人、新しいカモが来たと喜んだんだろう。
でもそうはいかないからね。
「『雷槍』!」
私は以前覚えたサンダーランスを昇華したスキルを男達に放つ。
「雷のスキルだと!?」
「なんですのアレは!?」
何か敵と味方両方から驚きの声があがった。
けれど男達は驚きつつも私のスキルを余裕で回避する。
惜しいな。盾で受けてくれたなら感電させられたんだけど。
「ふん、前衛の陽動も無しに撃った魔法が当たるかよ!」
ならばと私は剣を構えて敵に突っ込んでゆく。
「はっ! 所詮子供か!」
敵は魔法が通じなかったからと多数の中に飛び込んできた私の判断を笑う。
「『水腕』!」
しかし私は剣を打ち合わせた瞬間、両サイドから水の腕を生やして敵を殴りつける。
「がっ!?」
「何っ!?」
完全な不意打ちを受けて男は撃沈する。
「まず一人」
「なんだ!? スライム!?」
「このガキ人間じゃなくて魔物なのか!?」
ちょっとまて、誰が魔物じゃい!
「落ち着け、完全人型の魔物はもっと下層にしか出てこない! これはスキルか魔道具だ!」
一瞬浮足立った男達だけど、ボスの叱責ですぐに我に返る。
やっぱりコイツ等戦い慣れてない?
もしかしてただの盗賊じゃないとか?
「気を付けてくださいませアユミさん! その者達はダンジョン強盗ですわ!」
ダンジョン強盗? よくわかんないけど、ダンジョン特有の犯罪者グループって事かな? というか……
「あれ? エーネシウさん?」
振り返れば、そこにいたのはリロシタンのダンジョンで出会ったエーネシウさんだった。
もしかして今私が助けた女の子って、エーネシウさんだった?
と言う事はもう一人は……
「アユミ殿、助太刀感謝する!」
やっぱり、フレイさんだ。
フレイさんは私を背後から狙おうとしていた敵に切りかかる。
「妙なガキだ。おいお前等、コイツがガキだからって油断するな。囲んで確実に始末しろ」
男達は私が子供だからと油断したりなどせず、私達を囲んでくる。
「姫様後ろだよ!」
「分かってる! 『地針』!」
サンダーランス同様スキル化したアースニードルを放つも、警戒していたのか回避されてしまう。
けれど左右から押しつぶすように放たれた水腕の攻撃を受けて武器を落とす。
「ぐぁぁっ!!」
「油断するなって言っただろうが!」
「『火弾』!」
更に敵が避けた瞬間、火魔法マスタリーの効果で曲射で敵を追尾して撃墜する。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
「曲射だと!? このガキ、見た目以上にスキルも使いこなすぞ! 魔法は避けるな、撃ち落とせ!」
リーダーの指示を受けて私達を囲んでいた男達は、スキルを使う為か片手を掲げながらもう片手に剣を構え、小刻みに動きながら狙いをつけにくくする。
「……方針変更だ。お前等、このガキを捕らえるぞ。こいつは異常だ。魔道具だけじゃねぇ・情報を吐かせて俺達の戦力上げに使う」
おや、完全に私にターゲットが絞られたみたい。
でもそう思わせておいて二人をねらうこともあるから、保険はかけておくか。
「リューリ、あの子達をお願いね」
「まっかせて」
私が指示を出すと、リューリは私の頭から飛び上がって天井付近をわざとらしくグルグルと回る。
「気を付けろ、魔道具だ」
違います、妖精です。
でも注意が逸れてチャンスなので攻撃する。
私は一番近くにいた男の懐に飛び込むと、剣の腹で叩きつける。
しかし警戒していた男はすぐに後ろに跳び退る。
「『雷槍』!」
水腕を振りかざして私が声を張り上げると同時に男が斜め後ろに跳ぶ。
完全にこちらの攻撃を予測していたタイミングだ。
でも甘いよ。私はスキルを発動していない。
「っ!?」
術の名を叫んだにも拘らず雷槍が発動しなかった事で男が困惑の表情を浮かべる。
そりゃそうだ。スキルは発動の意思が大事なんだから。
でないとスキル名を口にしただけでスキルが発動しちゃうからね。
「「『火弾』!」」
回避行動を取ったばかりで硬直した敵を仕留めようとした私だったけれど、敵の魔法に阻止される。
しかも微妙に時間差で撃ってきたから避けにくい。
「まだだぜ! 『落突』!」
だが攻撃はこれで終わりじゃなかった。
魔法を回避した私に、リーダーが猛スピードで飛び込んでくると攻撃を放ってきた。
「っ!?」
速いけど避けられない程じゃない!
私は即座に横に跳んでリーダーの攻撃を回避する。
「甘い! 『落突』!」
その時だった。リーダーが剣を私の方向に向けると、突然前に突進していた姿勢のまま私に向かって猛烈な勢いで軌道を変えたのだ。
「はぁっ!? 何それ!?」
「アユミ殿!」
「アユミさん!?」
私は慌てて攻撃を盾で受け流すと、衝撃を利用して後ろに跳ぶ。。
何今の!? 地面を蹴って軌道修正とかしてないのに急に移動する方向が変わった!?
「一体どういうスキル!?」
「ちっ、今のを避けるかよ」
ちっじゃなくて答えてよ!
「今のもスキルなの!?」
あんな異常な動きスキルじゃなきゃありえない。間違いなくスキルだ。
困惑する私を男達は責め立て続ける。
「アユミ殿をやらせるか!」
「俺を忘れてんじゃねーよ!」
私の助太刀に駆け出そうとしたフレイさんだったけれど、今まで打ち合っていた敵がそれを好機とみて襲い掛かる。
「『風斬』!」
そこにエーネシウさんの放った不可視の風が男に命中する。
「ぐぁっ!」
「もちろん忘れていない!」
駆けだそうとしていたフレイさんは、グルリと体を回転させて振り返ると、そのまま勢いの乗った一撃を男に放った。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
「敵を目の前にして馬鹿正直に背中を向けると思ったか。
そうか、今のはエーネシウさんが攻撃する為にわざと隙を作ったのか。
正直意外だ。この二人と言えばいっつも喧嘩をしてるイメージだったのに。
あれなら二人は放っておいても大丈夫そうだね。
「『火弾』!」
「『氷弾』!」
私を囲んでいた男達は、再び時間差で魔法を放って攻撃してくる。
しかも曲射で遠隔誘導もしてきた。
「『地針』!『火弾』!」
「おぉぉぉっ!」
私は同じ様に魔法で迎撃するも、リーダーが再び攻撃をしかけてくる。
しかも普通の攻撃の中にランダムでさっきの『落突』とかいう不可思議な軌道をするスキルを混ぜてくるから面倒くさい。
「隙ありだ! 『豪炎焦庭』!」
このタイミングで炎の範囲魔法が私を襲う。
水の腕で体を炎と熱から守るも、炎の勢いが強くて水の腕が凄い勢いで蒸発してゆく。
「くっ! 『魔力盾』」
すぐさまスキルで防御すると、炎のなかから飛び出す。
「ほう、魔力防御スキルも使うか!」
けれど炎から飛び出した私を、待ち構えていたリーダーの攻撃が襲う。
しかしそれはすぐさま剣で防御。
「だがやはりガキだな」
必殺の待ち伏せを防いだにも関わらず、リーダーはニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべた。
むむ? まだ何か手があるとでも?
「そこまでだガキ! コイツ等の命が惜しけりゃおとなしくしな!
その声に振り返ると、炎の向こうでは男達がフレイさんとエーネシウさんを囲んでいた。
「フレイさん、エーネシウさん!」
「くっ、すまないアユミ殿」
「アユミさん……」
もしかして今の炎は攻撃の為じゃなく、私と二人を引き離す為だったの!?
「そういう事だ。アイツらを助けたいなら、おとなしく武器とマジックアイテムを捨てるんだな」
状況は完全に逆転していた。男達に囲まれた状況じゃ、いくらあの二人でも包囲を抜ける事は出来ないだろう。
何せいくらあの二人が同年代の子供達の中では優秀でも、相手は大人の冒険者、いや犯罪者集団だ。
だから私はこういうしかなかった。
「んー、好きにしたら?」
「「「「……は?」」」」
うん、好きにしたらしいと思うよ。
「おい、ハッタリだと思うなよ。俺達はアイツらを人質に取ってるんだぞ」
「だから好きにしたらいいじゃん」
「ガキが。ナメてんじゃねぇぞ。おいお前ら、そっちの魔法使いの腕を切れ。見せしめだ」
私の態度に冷徹な視線を光らせたリーダーがすぐさまエーネシウさんを襲えと命じる。
「二人いるんだ。一人くらいならどうなっても問題ないだろ?」
「へへっ、悪く思うなよ。リーダーの命令だからな!」
そう言って剣に舌なめずりをしながらエーネシウさんに近づいた男が彼女の腕を掴もうとしたその時だった。
スカッ
「へ?」
なんと彼の腕がエーネシウさんの腕をすり抜けたのである。
と腕を空振りさせていた。
「な、何だこりゃ!?」
男は何度もエーネシウさんの腕を掴もうとするも、その度にスカスカと手がすり抜ける。
「どうなってやがる!」
「ぷっ」
ふふふ、気づいてないね。アレがリューリの使った幻覚スキルだって事に。
もちろんエーネシウさんだけじゃない。フレイさんも幻だ。
「念のためリューリについてもらっていてよかったよ」
二人に何かあったときの為に、スキルで二人の保護を頼んでいたのさ。
見れば幻覚のエーネシウさんの傍にいる同じく幻覚のリューリがVとピースを送って来る。
「という訳で、お前達もおしまいだよ!」
「はっ!?」
これでもうコイツ等には手段が無くなった。
私は残った男達を一人ずつ叩きのめすのだった。
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