第72話 帰ってきました第二世界(はい、即夜逃げですね)
私達は町を出て、街道を外れた場所に潜んでいた。
すると町の方角からやって来たボロい馬車が近く止まる。
そこから姿を現したのはストットさんだ。
「馬車を買ってきましたよ」
「ふむ、幌付きか。少しボロいが仕方あるまい」
「しょうがないでしょうちゃんとした馬車を買おうにも時間が足りませんでしたからね。これでも良い方ですよ」
何故車じゃなく馬車なのかというと、実は私達はエーフェアースに戻ってきていたからだ。
ルドラアースのダンジョンをクリアしてしまった事で出来る事が無くなってしまったので、エーフェアースに戻ってきたのである。
いや私が向こうの地理全然分かんないから、バスや電車に乗ってどこかに行くとか無理だし、何より背中の羽がね。
体から浮き上がってるタイプの羽だから、服を着ても服の外に出ちゃって隠れないし、頑張ればペタンと折りたためるけど、油断するとすぐばさっと広がっちゃうんだよ。
だからうっかり気を抜いたら逃げ場のない乗り物の中で羽を広げちゃって注目を浴びちゃう事になるから、馬車で移動できるエーフェアースに戻る事したのだ。
ちなみのこの提案を強く推したのはストットさんだ。その理由はというと……
「いやー、向こうの世か、ゴホンゴホン、町で仕入れた品が高く売れましたよ! 私の見立て通りですね!」
うん、ストットさんはルドラアースで使えそうな品をしこたま買い込んで売れば、エーフェアースで大儲けできないかと言い出したからなんだ。
これにはリドターンさん達も呆れた顔を隠さなかった。
「貴重なマジックアイテムだけでなく食料まで珍しいとあって、商人達が我先にと争って購入してくれましたよ。商人ギルドに無理を言って入札方式で売って正解でした」
待って、なんで神官が商人ギルドに無理を言えるの?
「えっと、入札方式ってなんですか?」
「おっと、アユミさんは知りませんでしたか。入札方式というのは、複数の人を集めて一番高い値段で買ってくれた人に売る方式です」
ああ成程、オークションの事か。
「自分の欲しい品を見つけたら、この商品をこの金額で買いたいと金額の描かれた札を置いておき、制限時間になった時に一番高い値段で売るのです」
やっぱりオークションだね。
「いやー、子供向けダンジョンだけあって子供連れで来た金持ちや貴族、それに商機を見出した商人達が我先にと入札してくれましたよ。ダンジョンが攻略された事で皆さん暇を持て余していたのも良かったですね」
ストットさんはもうホクホク顔で大きな袋からジャラリと音と立てて大量の金貨を両手いっぱいに取り出して見せてくる。
「アユミさんも立派な商人になる為に、その土地ではたいして珍しくない品でも、よその土地では高く売れそうな品が無いか考える癖をつけておいた方が良いですよ」
「え、あ、いや私は商人になりたいわけじゃ……」
「お金は大事ですからね! 豊かな生活はまずお金から! お金があれば大抵の事はなんとかなります! 金になる商品は貴族などの地位のある方々との人脈や貸しを作るのに役立ちますし、なによりあると嬉しい!」
「子供に俗世の欲望を押し付けるでないわ生臭坊主」
「言っておくが、世の中の僧侶がみんなこうという訳じゃないからな」
「寧ろ少数派も少数派なのを知っておいてほしい」
遂にはお爺さん達から世の僧侶達への擁護が始まった。
ストットさんどんだけ生臭坊主なんだ……
「失敬な。アユミさんはこれから色々と大変な事になりますからね。いざと言う時は金の力で殴って黙らせるくらいの搦手も必要なんですよ」
「言ってる事は正しいがお前の場合自分の欲望が隠せてないんだよ」
「綺麗なだけの人間など不気味なだけでしょう?」
「「「大司祭が言うな」」」
凄いよストットさん。ここまで自分の欲望を隠さない聖職者はそうそういないんじゃないかな?
「っていうか今大司祭って……」
「さぁ、それでは皆さん乗ってください。いつまでも立ち話をしていたらアユミさんの姿を見られてしまいますからね」
おっとそうだった。そもそもストットさんが馬車を買いに行ったのは私の姿が見られない様にする為だもんね。
大司祭云々は気になるけど、まずは馬車に乗り込もう。
◆
という訳で私達は馬車に乗って移動を開始した。
御者はストットさんからスレイオさんに変わり、私達は今後の方針について話し合っていた。
「さて、そろそろ俺達が拠点にしている町のダンジョンの再構築が終わっている筈だ。町に戻ったらアユミが覚えたというダンジョンの階層を自由に移動できるスキルを試してみよう」
実際にはスキルじゃなくてステータスの機能なんだけどね。
「そのスキルを使った際、移動できるのはアユミだけなのか、それとも同行している儂等もなのかの確認じゃな」
あっ、そっか。確かにそれは大事だよね。いざと言う時に自分だけ脱出して仲間を置いてけぼりにしたら大変だもんね。
その辺どうなんだろう? 何かパーティを組む為の設定とかあるのかな?
何かそういうのは……あっ、そうだ。
「えっと、チャット欄に登録すれば行けると思います」
「チャット欄?」
私はチャット機能の事をリドターンさん達に説明し、それでパーティ設定をすればイケるんじゃないかと話す。
「離れた仲間に文を届けるスキルか。なんとも不可思議なスキルだな」
これもスキルじゃなくてステータスの機能だからね。
「じゃあ試してみますね」
私はステータスのチャット欄を開くと、メンバーと書かれた欄をタップする。
するとメンバーを登録するという項目があったので、そこにリドターンさん達の名前を入力すると『相手にメンバー登録の申請を送りました』というメッセージが表示される。
「おおっ!」
「なんだ!? なんか目の前に文字が出て来たぞ!?」
どうやら無事に申請メッセージが届いたらしい。
「アユミからメンバー登録の申請が来たという文字が浮かび上がったが、これは『申請を受ける』を選べばいいのか?」
「はい、それを押してください」
「よし、押したぞ」
全員が申請を受け付けた事で、メンバー欄の名前が許諾待ちのグレーから黒に変わる。
「姫様私もやりたい!」
と、リューリもチャットをやりたがったので、リューリにも申請を送る。
「わーいきたきた!」
「ええと、メッセージは……個人に贈る個別メッセージとグループチャットの部屋を立てる二つがあるんだね。んじゃ部屋を作ってそこにメッセージを……と」
私は『お爺ちゃん部屋』と書かれたチャット部屋をつくると、そこに
『アユミ:アユミです、皆さんよろしくお願いします』
とメッセージを書き込む。
「メッセージを入れましたけど、ステータスで確認できますか?」
「ちょっと待ってくれ。ステータス……ああ、確認できた」
「成る程、これをこうするんじゃな」
キュルトさんが興味深そうに唸ると、すぐにメッセージ欄にキュルトさんからメッセージが入る。
『キュルト:キュルトじゃ。見えるか?』
『アユミ:はい、見えますよ』
ああ、ちゃんと名前も表示されてるね。
「リドターン、どうやるんだ?」
「これはじゃな……」
『リドターン:リドターンだ。これでいいのか?』
『ストット:ほほう、これは興味深いですね』
『リューリ:リューリだよ! 見えてるー?』
キュルトさんに教わってすぐにリドターンさん達もチャットに加わって来る。
『スレイオ:スレうオだ。めんdうだな』
『ストット:スレイオ、文字を間違えていますよ』
「しょうがないだろ。御者をしながら文字を選ぶのは大変なんだよ」
あー、運転しながらじゃそうだよね。
「っていうか運転中にチャットは事故の元だから駄目ですよスレイオさん!」
運転中のわき見スマホいけない。
「なら俺を放置して自分達だけ話を進めるんじゃねーよ」
それもそうですね。
という訳でスレイオさん、馬車を街道脇に止めてチャットに加わってきました。
「しかしこれは便利だな。偵察で得た情報をその場で送る事が出来るぞ」
「それに言葉を使わずに済みますから、音を立てたくない時に便利ですね。ただ手を動かさないといけないので、不審に思われるのだけは不便ですが」
「それでもメッセージを見るだけなら動作は必要ない。使いどころは大きいじゃろうな」
そして始まるチャット欄の有効利用法の考察大会。
うん、昨夜もおなじような光景が繰り広げられましたね。
「はいはーい! そういう話は町についてからにしましょう! 他にも試す事あるんですから!」
「おお、そうだったそうだった」
「んじゃ行くか」
馬車が移動を再開すると、私達はスレイオさんを仲間外れにしないようにチャットを使わずに会話を再開する。
「そうそう、先ほど町で商品を売っていた時に面白い事が起きたんですよ」
「面白い事?」
ストットさんは懐からルドラアースで買ってきた懐中電灯ならぬ懐中魔灯を取り出すと、それをパッパとオンオフしてピカピカ光らせる。
「向こうで仕入れたマジックアイテムをこのように実演していたら、初級光灯というスキルが手に入ったんですよ」
へぇ、マジックアイテムを使う事でスキルが手に入るんだ。
ああでもこっちの世界は自分がやった事をスキルで再現する世界だから、懐中電灯を使って灯りのスキルが手に入ってもおかしくはないのか。
「別にマジックアイテムを使ってスキルを入手するのはおかしくは無いだろう」
リドターンさん達も同じ事を考えたのか、何が凄いのかと首を傾げる。
「問題は金額です」
「「「「「???」」」」」
ストットさんの答えに私達は更に疑問顔になる。
「これは向こうの世界ではヒャッキンという安い食事一食分のお金で手に入れたマジックアイテムです」
「マジックアイテムが一食分じゃと!?」
それに驚いたのはキュルトさんだった。
「馬鹿な、マジックアイテムは錬金術師が手間暇をかけて作るものじゃぞ。性能はともかく使われている材料を考えればそんな値段になる筈があるまい!」
あー、ファンタジー世界の人が百均の価格と質を見たらそりゃあビックリするよね。
私達から見たら百均の家電は安かろう悪かろうの値段相応の品なんだけどね。
「そうなのです。そんな値段で買える品を何度も繰り返し客の前で使って見せた事で、新しいスキルが手に入ったのですよ」
「確かにそれは凄い事だな……いやまて、灯りのスキルはお前も持っていなかったか?」
と、スレイオさんがストットさんの言葉に疑問を抱く。
「私の持っていたのは皆さんと同じ灯火のスキルです。これは長持ちする小さな火を作るスキルです。しかし今回覚えたのは熱のない光、燃えない火なのです」
「「「燃えない火?」」」
あー、成る程ね。今回ストットさんが覚えたのは、松明の火じゃなくて、懐中電灯の光なんだ。
「これは便利ですよ、灯火のスキルよりも明るく、周囲に燃え広がる心配もありません。火ではないのでダンジョンではない自然の洞窟でも使えますね」
「つまり、全く新しいスキルを覚えたという事か」
ストットさんの説明に特に喰いついたのはキュルトさんだった。
「ええ、向こうの世か、町で売っていた品はこちらで手に入る品とは微妙に違う効果を持つ品から全く未知の効果、というより我々では再現が不可能な効果を発揮するアイテムが多くありました。デンキ屋と呼ばれた店では、クーラーという冷たい風や温かい風を発生させるマジックアイテム、そしてレイゾウコなるマジックアイテムは食べ物を冷やすだけでなく凍らせる効果もありましたからね」
「物を凍らせるマジックアイテムじゃと!?」
「魔法使いであるキュルトなら分かるでしょう? 我々人間が再現できない効果を発揮うするマジックアイテムをこちらに持ち込めば……」
「誰も取得できなかったスキルを取得する事が出来るという事か!」
「「おおっ!!」」
百均の懐中電灯の話題からお爺ちゃん達がヒートアップしだす。
そう言えば、エーフェアースに戻る前に商品の買い込みをしたいからと、ストットさんから色んなお店に連れて行ってほしいって頼まれたっけ。
その中でストットさんが一番興奮していたのは、百均と家電量販店だったなぁ。
「むぉぉー! 何故向こうにいる時に教えてくれんかったんじゃ! アユミ! 今すぐ向こうに戻って儂もデンキ屋に連れて行くんじゃ!」
なんて事を思い出していたら、ストットさんの話に我慢できなくなったキュルトさんが自分も電気屋に連れて行けと大騒ぎを始めた。
「無理ですよ。もう今日の分の転移スキルは使っちゃいましたから」
「何という事じゃぁぁぁぁぁ!」
世界転移スキルは一日一回だからね。どれだけ熱望されても今日はもう無理だよ。
「くぅー! こうなったら明日じゃ! 明日は絶対に儂をデンキ屋に連れて行くんじゃぞ!」
「は、はぁ……」
これ、明日はダンジョンのフロア間移動機能の確認出来そうにないなぁ。
「ストット、他に向こうのアイテムは何があるんじゃ!」
「あー、殆ど売ってしまいましたから今はないですね」
「何やっとんじゃぁぁぁぁ!」
仕入れた品を殆ど売ってしまったと言われ、キュルトさんが悲痛な叫びをあげる。
というか……
「え!? あれ全部売ったんですか!?」
確かストットさん、かなりの量の商品を仕入れてたような気が。
お店の人に宅配便で郵送しますかって言われて「いえ、持って帰ります」って言って懐から取り出した魔法の袋にしこたま入れてたんだよなぁ。
ああそうそう、ストットさんも魔法の袋を持っていたんだ。本人曰く、偶然ダンジョンで手に入れたらしいんだけど、家一軒分しか入らない程度って言ってたっけ。
いや、家一軒分ってかなり多くない?
んで、それに限界まで入れた商品を全部売り切ったのかぁ……すっごい儲かってそう。
「そうじゃアユミ! お主は何か向こうにしかないモノを持っておらんか!?」
と、項垂れていたキュルトさんの矛先が私に向く。
「え? 私ですか?」
ええと、私が持っている向こうにしかないアイテム? うーん私素材以外は特に珍しい物ってないぞ。精々初級錬金キットくらい? 他にこっちに無いとなると……あっ。
「化粧品や美肌用品とかかなぁ」
「ケショー品? ビハダヨウ品? それはどういうものなんじゃ!」
「えっと、使ってみますか?」
「頼む!!」
結果、キュルトさんは『中級美肌スキル』と『中級化粧スキル』を手に入れたのだった。
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