第4章 妖精生活編

第68話 妖精に進化しました(えらいこっちゃ)

 子供達を助けてダンジョンを攻略した私は、妖精に進化しました。

何を言っているのか分からないと思いますが私にも良く分かりません。


「お姫様きれー!」


「すごーい! 羽が生えてるー!」


 そして周囲ではこの状況、と言うか私の惨状に興奮して大はしゃぎする子供達。


「なんだなんだ? おわっ!? 何だあの子!? 羽が生えてるぞ!?」


「髪の毛もなんかキラキラしてねぇか?」


 って、いかーん! 騒ぎを聞きつけた人が集まってきた!

 このままだと大騒ぎになっちゃうよ!


「と、とりあえず撤収!!」


 これ以上ここに居ては目立ちすぎると判断した私は、リューリを掴むと急ぎ広場から飛び出した。


「ひゃわぁぁぁっ!」


「あっ、お待ちください姫!」


「待ってくださいましアユミさん!」


 待ってる余裕なんてありませーん!


 ◆


「ぶはぁーっ!」


 広場を飛び出した私は、全速力でリドターンさん達が待つ宿へと戻って来た。


「ぜぇはぁ……」


 漸く人目に付かない場所に戻ってこれた事で、私は扉を背にズルズルと床に沈み込む。


「おやおや、随分と急いで戻ってきましたね」


 その声に顔をあげると、目の前に水が入った木製のコップが差し出される。


「ありがとうございます」


 コップを受け取ろうとしたところで、片手にリューリを掴んでいる事を思い出す。


「ぐるぐるるぅ~」


「あっ、ゴメン」


 慌ててリューリを放すと、そのまま地面に向かって落下しそうになって急ぎ受け止める。


「ふぎゅ」


 手のひらにフラフラになったリューリを乗せると、残った手でカップを受け取る。


「ぷはっ」


「何か騒ぎがあったようだが、そいつはその姿と関係あるのか?」


 水を飲んでホッとしたところで、スレイオさんが声をかけてくる。

 どうやら私が落ち着くまで待っていてくれたみたい。

 と同時に、私は自分の身に起きた出来事を否応なしに思い出してしまった。


「実は……」


 私はお爺さん達に今日起きた出来事を話す。

 正直起きた事が多すぎて、誰かに話す事で吐き出したいという思いもあった。


 まず話したのは私を襲った魔物が上層部までやって来た事でダンジョンが封鎖された事。

 そして他の子供達を助けて逃げ遅れた子供達を救うためにダンジョンに潜った事。

 その際に再び妖精合体した結果、勢いでダンジョンの最下層まで巨大イタチの片割れを探しに行った結果、ダンジョンをクリアしてしまった事。

 そして、最後に自分が進化して妖精に成った事を告げて話を終える。


「……ふむ、ワンダリングボスの番を倒してダンジョン攻略か。中々なの成果じゃないか」


 話を聞き終えたスレイオさんが妙に嬉しそうに頷く。


「だが階層をまたぐ番のワンダリングボスとは珍しいな。ストット、他に前例はあったか?」


「基本ワンダリングボスは一つのフロアから出る事はない。仮にあるとすれば大発生でダンジョンの外に出る時ぐらいじゃろう」


 ストットさんがそう言うって事は、やっぱりあの巨大イタチの行動は特別だったんだ。


「じゃがまぁ、このダンジョンなら不思議ではあるまい」


「このダンジョンなら?」


 はて、このダンジョンに何か珍しい特徴でもあるんだろうか?


「なんじゃ、誰も気付かんのか。よいか、このリロシタンのダンジョンは子供用ダンジョンと呼ばれる程攻略が容易なダンジョンじゃ。それゆえ、攻略された回数もトップクラス。であれば、攻略されたダンジョンの特性も相応に反映されるのは当然ではないかの?」


 攻略されたダンジョンの特性?


「そうか! 攻略されたダンジョンは内部が変化し、難易度が増す!」


「「「あっ」」」


 スレイオさんの言葉に私達は息を飲む。


「そう、リロシタンのダンジョンは繰り返し攻略される事で、下層の難易度が増し、その結果フロア間を自由に移動できるワンダリングボスが出現したのじゃ」


「成る程な。それなら前例がないのも納得だ」


 おぉう、まさかダンジョンをクリアしまくる事でそんな問題が生まれるなんて思ってもいなかったよ。


「っていう事は、同じダンジョンを何度も攻略するのってマズくないですか?」


 だって最悪の場合、ダンジョンに潜った瞬間ボスとこんにちわなんて事になるんだよ。

 しかも下手なボスより強い特別なボス。初心者どころか熟練者だって返り討ちに遭っちゃうよ。


「そうだな。この情報を国に報告すれば、これまでの攻略情報を照らし合わせて攻略を推奨されるダンジョンと攻略を可能な限り先延ばしする必要のあるダンジョンとに分けられるだろう」


「とはいえ、ダンジョンはいつまでも攻略しないと魔物があふれ出す。攻略しない訳にはいかないのがもどかしい所だな」


 確かに、最悪また魔物の大発生が起きちゃうもんね。


「ボスの件は分かった。私の伝手を使ってこの事は国に報告することにしよう。問題は……」


 と、お爺さん達の視線が私に集まる。


「「「「その姿だな/じゃな/ですね」」」」


「うっ”」


 うう、出来ればこのまま放っておいてほしかったよ。

 いやそれはそれで困るんだけどさ。


「ダンジョンをクリアした事でスキルを取得して妖精になったという話だったな」


「ええと、だいたいそんな感じです」


 正直存在条件とか訳が分からなすぎる。


「元の姿に戻る事は出来ないのですか?」


「ええと、やってみます」


 私は元に戻れーと強く念じてみるけれど、髪の毛も背中の羽も消える気配はなかった。


「全然消えないな」


「その辺りどうなんじゃ? 元の姿には戻れんのか?」


キュルトさんが尋ねると、カップに入っていた水を野生の動物みたいに顔を突っ込んでグビグビと飲んでいたリューリが顔を上げる。

 うーん、妖精の飲み方ぁ……


「無理無理。元の姿も何も、その姿が今の姫様にとって元の姿なんだだから、戻るも何もないって」


「何でそんな事になったの!?」


「んー? 進化したからでしょ。詳しい事は私も知らんけど」


 ザックリ過ぎるー! 同じ妖精なのに役に立たないー!


「キュルトさん、何か知ってませんか!?」


「ん、んん~~」


 私が知恵を求めると、キュルトさんは困ったように視線をさ迷わせながら唸り声を上げる。


「スマンが、人が妖精に進化? したなどという話は聞いた事もないのう」


 ガーン! 唯一の希望が!!


「それもダンジョンの問題と同じで前例のない話と言う事ですね。であれば時間をかけて調べるしかないでしょう。それよりも問題は……」


 と、お爺さん達がまたしても私の方を見る。


「その姿で戻って来たのだよな」


「隠す事もせずに」


「まっすぐにこの宿まで」


「と言う事はじゃ……」


 え? え? え? 何ですか皆さん? と私が訪ねようとした瞬間だった。


 ドンドンドン! と扉が乱暴に叩かれる。


『失礼、領主様の使いです。こちらにダンジョンを攻略した少女がいると伺いました。詳しい事情を説明してい欲しいので、中に入れては貰えませんか?』


 と、部屋の外からとんでもない事を言われた。

 恐る恐るお爺さん達に視線を向けると、お爺さん達は額に手を当てて天を仰ぎ、こうつぶやいた。


「「「「ああ~、遅かったぁ」」」」


 あ、はい。私がやらかしたせいですね。


 ◆


「ふぅ、助かったぁ」


 私達はとある建物の中にいた。


「うむ、上手くいったな」


 そこはついさっきまで居た宿屋ではなく、非常に近代的な建物の中……そうルドラアースの建物の中だった。

 本当についさっき、領主の使者を名乗る人がドアを叩いて動向を呼び掛けた時、すぐさまスレイオさんが扉の鍵を閉めた。


「『ロック』」


 同時にキュルトさんが何かのスキルを扉に使う。


「とりあえず時間は稼いだがどうする?」


「このまま領主の下に連れていかれると色々と面倒だ。ダンジョンの事もあるが、アユミが子の姿ではな」


 と、私の背中から見た羽に視線を向けるリドターンさん達。

 うん、そうだね。めっちゃ目立つよね。

 しかもキュルトさんの話じゃ、私みたいに進化した人間なんて見たこともないらしいし。


「間違いなく理由をつけて手元に置こうとするじゃろ」


「そうなるでしょうね」


 あわわ、このままだと私、捕らわれの身になっちゃう!?


「大丈夫だアユミ。心配はいらない」


 と、リドターンさんが私の肩をポンと叩く。


「私にいい考えがある」


 という出来事があって、私は『世界転移』スキルを使ってルドラアースに逃げて来たのだ。


「それにしてもアユミのスキルは便利じゃのう。儂等が現役の頃にこれと同じスキルが使えたなら、あれやこれやの窮地を容易に突破できたんじゃがのう」


「そんな事に成ったらアンタ、犯罪まがいの事し放題だったろ」


「失敬な、儂は魔法に関する事にしか力を使う気はないわい」


 つまり魔法に関する事なら力を悪用する気満々って事ですね。

 うん、この人に転移系スキルを与えちゃいけないわ。


「ともあれ、ここでじっとしていては目立つな。場所を変えようか」


 と言って、私の頭からマントをかぶせてくるリドターンさん。


「うぷっ」


「人気のない場所に行くまで我慢していなさい。もうかなり目立っているからな」


「え?」


 その言葉に周囲を見回せば、周囲からヒソヒソという声と視線が集まっている事に今更ながらに気付いた。


「なぁ、あの子背中から羽が生えてたよな」


「うん、髪の毛もキラキラ光ってた。あれって前に動画に上がってた……」


「もしかして妖精……」


「大発生の時の……」


 ヤバイ。滅茶苦茶目立ってます。


「よし、逃げるぞ!」


 その声と同時に、私の体が浮き上がる。

 いや、リドターンさんに抱えられたんだ。

 そして凄い勢いで視界が動き出す。


「お!? おお!?」


「喋ると舌を噛む。口を閉じていなさい」


 確かに何かしゃべったら口を噛んじゃいそうだったので、口を閉じてコクコクと頷く。


「うっひょー、早いふぁっ!?」


 何故言われた後に喋ったし。

 リューリの自爆に呆れつつ建物を出ると、私達はちょっと大きな公園を見つけると、人気のない一角へと隠れた。


「この辺りなら良いだろう」


 そう言われてようやく降ろされると、私は地面のありがたみを噛みしめる。

 文字通り地に足が付くありがたさよ。


「さて、これからどうする? アユミの転移スキルは一日一階しか使えないんだろ? なら戻れるまでにやれることはやっておいた方が良い」


 ストットさんの敷いたシートの上に皆で座ると、これからの事を話し合う。

 しかしやれることかぁ、お婆ちゃん達に連絡を取りたいけど、あの町がどこにあるのかも知らないしなぁ。


「そんなん決まっとるじゃろ」


「そうだな」


 しかしキュルトさんとリドターンさんはすぐにやる事を思いついたようでニヤリと笑みを浮かべる。


「珍しい魔法書を探すぞ!」


「この町のダンジョンを探索だ!」


 うーん、息大外れ。


「こんな所まで来たんじゃぞ。向こうでは手に入らん魔法書の方が価値があるじゃろ」


「いや、まずはダンジョンだ。この世か……辺りのダンジョンの魔物の強さと採取出来る素材を確認しておきたい」


 そしてお互いに引かないときたもんだ。どうしたもんかな。


「私はリドターンに賛成ですね」


「何? お主がじゃと?」


「珍しいな。お前ならこの世か……町で高く売れる珍しい品が手に入らないか調査に行きそうなものだが」


 そして二人とも、ストットさんの意見には意外そうな顔をする。うーん、謎の信頼感よ。


「やれやれ、随分な言われようですね。しかし私も意味もなくリドターンに賛同した訳ではないのですよ」


 と言ってストットさんは懐から何かを取り出す。


「これはこの辺りで使われているお金です。我々の使っているものとは違うでしょう?」


 ストットさんが出したのは、ルドラアースで使われているお金だった。


「ふむ、確かに見た事のない貨幣だな」


「というか何じゃこの紙幣に描かれた絵は? こんな小さな紙にとんでもない精度の絵じゃぞ!?」


「それだけじゃない、貨幣も凄まじいぞ。どれも真円を描いていて彫刻も見事だ。どれも多少の傷こそあれど破損したものがない。こんな浅い溝をはっきりを作れる鋳造技術があるのか!?」


 ストットさんの出したお金を見て、キュルトさんとスレイオさんが目を丸くして驚く。

 なんか新鮮な驚き方だなぁ。


「いや待てお前達、驚くべきことは他にあるぞ」


 と、リドターンさんが二人を我に返らせて言う。


「何でストットがこちらの貨幣を持っているんだ!?」


「「「あっ」」」


 そう言えばそうだ。何でストットさんがこっちの世界のお金を持ってるの!?


「お前まさか盗んだのか!?」


「お主まさか奪ったのか!?」


「まさか騙し取ったのか!?」


 うわー、凄い信頼だぁー。


「……貴方達、良い度胸ですね」


 流石のストットさんもこれにはおかんむりらしい。


「ご期待にせず申し訳ありませんが、これは正当な取引で手に入れたものですよ」


「正当な取引?」


でもいつの間にそんな取引を? ストットさん達がこっちの世界に来たのは、魔物の大発生の時だけだったのに……まさかストットさん、世界転移スキルを!?


「この間の魔物の大発生の際に、他人からポーションを力ずくで奪おうとしている方達を見かけたので、平和的に金銭でお譲りしたのですよ」


「「「……」」」


 聞いた限りでは本人の言う通り平和的に聞こえるんだけど、何故か三人は苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「有り金巻き上げたな」


「相手が悪人だからとここぞとばかりに搾り取ったな」


「相手の弱みを突いて金以外も巻き上げたじゃろ」


 ああ成る程、そう言う事ね。


「はっはっはっ」


 そして全く否定しないストットさん。

 いやマジで巻き上げたんかい!?


「そんな事はともかく、問題は我々はこちらで使えるお金を持っていないという事ですよ。であれば……分かりますね?」


「ストットさんが続きを促すと、キュルトさんはハァと溜息を吐く。


「先に金目の物を手に入れるのが先と言う事じゃな。わかったわい」


 あっさりストットさんの言い分を受け入れた。


「よし、それじゃあ一休みしたらダンジョンに潜るぞ!」


「「「「おおーっ!!」」」」


 ってな訳で、流れのままに私達はルドラアースのダンジョンに潜ることになるのだった。


「ふふっ、これでまたレベルとやらが上がるぞ」


「まぁアレはアレで研究しがいのある現象じゃしな」


「こちらの世界のダンジョンか。どんなお宝があるやら」


「ふふ、希少な異世界の素材。元の世界でどれだけ価値を吊り上げる事が出来る事やら……」


「何か言いました?」


「「「「いいや、何も」」」」


 何か聞こえた気がしたけど、気のせいか。

 どうやら人の目を気にし過ぎて過敏になっていたようである。

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