第65話 要救助者の救助に成功?(ダンジョンに蠢く者達)

「おーい、誰かいるー?」


巨大イタチを倒した私達は、その先で発見した扉をコンコンとノックする。


「……た、助けが……来たんですの?」


 扉の奥からは、か細い子供の声。

 間違いない、弱々しいけどエーネシウさんの声だ。


「アユミです。お二人を助けに来ました」


 するとゴトンという音と共に扉が開く。

 どうやら何かをつっかえ棒にでもして、入り口を封鎖していたらしい。


 最初に漂ってきたのは、むせかえる様な鉄の匂いだった。

 間違いない。エーネシウさん達は怪我をしている。


「お邪魔しまーす」


 中に入った瞬間目に入って来たのは、赤色。

 巨大な筆で落書きしたように床に赤い蛇行線が伸び、その先に同じく全身を赤く染めた二人の子供の姿。


「ア、 アユミさん……ですの?」


 二人の姿は酷い物だった。全身血まみれで、けれど血に塗れていない肌は白い。

 間違いなく出血多量だ。

 特にフレイさんがヤバイ。

 意識はないし、何より、生命力がどんどん減っていくのを感じたのだ。

 多分これは妖精であるリューリと合体した事で感じれるようになったものだろう。


「待ってて、すぐに治療をするから」


「私よりもこの人を……私を庇って……」


「大丈夫、分かってるから」


 どうやらフレイさんはエーネシウさんを庇って瀕死の重傷を負ったらしい。

 これだけ大量の血を流していると、ただの回復魔法じゃ駄目だ。

 もっと完璧に治して、失ったものも補充しないと。


 私はイメージする。ヒールよりも回復力が高く、フェアリーブレスよりも全てを元通りにする魔法のイメージを。

 イメージはゲームに出てくるエリクサー。

HPもMPも満タンにして、完全回復するイメージだ。


「エリクシルブレス!!」


 ガツンとMPが減る感覚を覚える。

 でも我慢、二人を助けるのが最優先。


『おごごごごっ! ま、魔力がぁーっ!』


 リューリが悲鳴を上げているけど、今は我慢してもらおう。後でお菓子買ってあげるから。


『生クリーム! パフェ! チョコレート! お饅頭! スナック菓子! 菓子パン!!』


 呪文みたいにお菓子の名前を叫んでるけが、今は二人の治療に専念。

 私の放った魔法は、二人の傷を瞬く間に癒し、血を補充し、失った体力と魔力も補充させてゆく。

 同時に、フレイさんが生命力を取り戻し始めたのを感じる。


「痛み、いえ、傷が……」


 エーネシウさんの声に力が戻る。

 うん、ちゃんと回復してるみたいだね。


「う、うう……」


 するとフレイさんが小さな、そしてちょっとかすれて色っぽい声をあげて細く目を開く。


「貴方は……アユミ殿?」


「はい、そうですよ。お二人を助けに来ました」


 よかった、ちゃんと私の事を認識できてる。


「ああ、なんと神々しい、まるで天使のように光輝き、その背中から伸びた羽の神秘的なお姿……やはり貴方は貴きお方であったか……」


 あかん、まだ意識が朦朧としているみたいだ。


「ちょっとなに言ってますの! アユミさんに羽なんて生えてないでしょ! 羽なんて…。…」


 と私の方にちらりと視線を送って来たエーネシウさんの動きが止まる。

 そして目をゆっくりと大きく見開くと、口元がわなわなと震えだす。


「生えてるぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


「「『うわっ!!』」」


 急に大声を上げたエーネシウさんに私達はビックリしてしまう。


「み、耳元で騒ぐな! 何だ一体!」


 大声を上げたエーネシウさんにびっくりしたのか、フレイさんは無事意識が覚醒したみたいだ。


「は、羽! 羽! アユミさんに羽が!」


 代わりにエーネシウさんが大騒ぎになっている。


「羽? 何を寝ぼけているんだ。羽なんて天使や妖精じゃあるまいし……って生えてるーっ!!」


 そしてその騒ぎはフレイさんにまで伝染してしまった。


「アアアアアユミ殿! その背中の羽は一体!?」


 言われて私は自分の背中に羽が生えていた事を思い出す。

 そうだった、私リューリと合体すると羽が生えるんだった。


『羽は妖精の大事な体の一部だからね!』


 何かこの羽根、全然生えてる感じがしなくって、人に言われないと気付けないんだよね。


『そりゃ人間が自分の手足を「ああ生えてるな」っていちいち思わないのと一緒よ。今の姫様は私と合体して妖精に成ってるんだから』


 成程、今の私にとってはこれが当然だから変化している身体に違和感を感じないんだ。

 ともあれ、いつまでも二人をパニックにさせたままじゃいけない。


「二人共はしゃぐのはそこまで。体に違和感はないですか?」


「え? あ、ああ。痛みも何もない……ん? 何も?」


「そうでしたわ! アユミさん、回復魔法か何かを使ってくださったんですの!?」


「ええ、二人共危ない状況だったので勝手に回復魔法をかけさせてもらいました。


「回復魔法!?」


「では貴方は回復スキルも取得しているのですか!?」


「ええ、もってますよ」


 まぁ隠す事でもないしね。


「「あれ程の剣/魔法の腕を持っていながら回復魔法まで……」」


 そこまで行った二人がお互いの顔を見る。


「剣だろう」


「何を言ってますの、魔法でしょう?」


「馬鹿を言うな。アユミ殿の身のこなしは間違いなく優秀な師に学んだ一流の技の冴えだ。魔法など学んでいる余裕などない」


 まぁ師匠は一流だけど、私は三流も良い所だよ?


「それはこちらの事ですわ。魔法使いは常に様々な状況に対応する為、いくつものスキルを習得するべく鍛錬を積んでいるのですわよ。剣を振っていればよいだけの剣士と同じに考えて貰ってもは困りますわ」


「なんだと、節操無しの器用貧乏が!」


「そっちこそ、人の忠告も聞かずに剣だけに拘った所為で領地を滅ぼした癖に、親子揃って学ばない人ですわね!」


 そして始まる罵倒の嵐。


「言ったな貴様! 決闘だ!」


「受けて立ちますわ!」


 とかなんとか言ってるうちに、決闘が始まった。

 おいおい、さっきまで死にかけてたのに、助かった途端これかい。

 この二人、本当に決闘が好きだなぁ。


『付き合ってらんないわね。巨大イタチも倒したことだし、放っておいて帰りましょ』


「そだね。ここなら魔物に襲われても対応は容易だし」


 色々と面倒になって来たので、二人を放って帰る事にしたその時だった。


「キュー」


「ん?」


 何だか甲高い音が聞こえた気がした。


「きゅー」


 まただ。


「ねぇ二人共」


「「今大事なところなんです!!」」


 音の原因は二人かなと思っただけど、あの子達は絶賛決闘中だ。

 そもそもこんな音を戦闘中に鳴らしたりはしないだろう。

 だとすればこの音の正体は……


「キューキュー」


「キュー」


 音は次第に大きく、いや、増えてゆく。

 流石にこの状況でおかしな音が鳴るのはおかしい。


「というかこの音……というより生き物の鳴き声?」


 まさか巨大イタチが生きて……!? いや、アイツは私が倒して魔法の袋に入れたから、音を鳴らしようがない。


「じゃあこの音の源は……」


 私は周囲を見回して音の源を探す。

 一瞬、視界の隅に何かが動いた気がした。

 けれど見えるのは破壊されたダンジョンの外壁の破片くらいで……ぴょこん。

 その時、ふたたび何かが動いたのを見た。


「やっぱり何か居る!」


 私は脳内で先ほど二人を探す為に使った魔法のソナーを発動させる。

 この辺りに何かいるのなら、必ず反応がひっかかる筈だ。

 そしてその考えは正解だった。

 すぐに私達の傍で動く数が確認される。

 その数、1、2、3、4、5……10、25……32……4……52ぃぃっ!?


 なんと動く反応はまさかの52個だった。

 しかもこのフロア全体じゃない。私達のすぐ近くに52体だ。

 けれどこの辺りに52体もの生き物が隠れる事の出来る場所なんてない。

精々が周りに散った瓦礫くらしかないけど、そんな小さなものじゃ……ピョコン。


「ん?」


 その時何かがガレキから姿を見せる。それは……


「イタチ?」


 そう、イタチだった。

 普通のイタチに比べれば大きいけど、それでもまぁ非常識と言うほどではない。

 ピョコンピョコンピョコン。

 更に二匹目、三匹目とイタチが姿を見せる。


「うわぁ、可愛い」


 こんなにフワフワした生き物が沢山いると、まるで動物園の動物ふれあいコーナーみたいだ。


「ちちちっ、おいでー」


 私が手招きして呼ぶと、イタチ達はトトトと軽い音と共にこちらに向かってくる。

 トトト、トトド、トトドド、ドドドド……


「ん、んん?」


 イタチ達は次々に物陰から現れると、先頭のイタチに合流してこちらに向かってくる。

お、おう、流石にそろそろ数が多いような気が……


「「「「キューキュー」」」」


 あっ、でも可愛い。


「「「「ギラリ!」」」」


「え?」


 私まであとわずか、と言う距離まで近づいた瞬間、イタチ達がギラリとキバを光らせた。


「「「「ギュゥゥゥゥゥっ!!」」」」


「ウ、 ウワァァァァッ!!」


 イタチ達は私に牙を突き立てようと地面を蹴って飛びかかってくる。


「ウヒィィィィッ!!」


 咄嗟の事で私はただただ来るなと思いながら腕を振る。

 すると腕の動きに会わせて魔力が放たれ。イタチ達を吹き飛ばす。


「あ、あれ?」


 突然の事に驚いたものの、意外にもイタチ達はあっさりと撃退出来た。


「もしかして、あんまり強くない?」


「キ、キャァァァァ!」


「な、何ですのこれは!?」


 いけない。フレイさん達も襲われている!


「いい加減にしなさい! ウォーターツリーウィップ!!」


 私は樹木の枝のように沢山分かれた水の鞭をイメージすると、二人を襲うイタチの群れを攻撃する。

 イタチ達には水圧をかけた硬い鞭として、フレイさん達には圧力を弱めてただの水として。


「「「「ギィッ!?」」」」


 やはりイタチ達は弱く、水の鞭の一撃であっさりと撃退できた。


『多頭水鞭スキルを取得しました』


 スキルを取得したって事は、とりあえずこの辺りのイタチは倒したのかな?


「けどコイツ等一体何だったんだろう?」


 さっきの巨大イタチと違って、この子達は普通のちょっと大きいイタチって感じなんだよね。


『あのさぁ……』


 と、リューリが脳内に声をかけてくる。


「どうしたのリューリ? 何か分かるの?」


『分かるっていうかさ、コイツ子供なんじゃない?』


「子供? 大人でしょこの大きさは」


『じゃなくて、さっきの化け物イタチの子供。それならこの大きさで子供もおかしくないでしょ』


「このイタチ達が、あの化け物イタチの子供……?」


いや、いくらなんでもあの巨大イタチに子供なんて……


『それにさ、コイツ等集団で現れたんだよ。確かに魔物は他の魔物とつるむ事もあるけど、こんな上層部の魔物が何十匹もの群れになってるのはおかしいよ。精々2、3匹だよ。』


 そう言われると確かにおかしい事に気付く。


「でも、こいつがさっきの巨大イタチの子供なら話は通じるんだよ。私達と戦う為の仲間じゃなくて、単に親子だったと考えればさ」


 な、成る程。そう考えると確かに親子という予想は正しいのかもしれない。


『だからさ、多分いるよ』


「居るって他にも子供が?」


『それもいるだろうけど、もっとやバい奴だよ』


 イタチ達よりもヤバい奴、それは一体……?


「親だよ。子供がいるのなら、さっきの魔物は夫婦。どっちがお父さんでお母さんかわかんないけど、間違いなくもう片親が居る筈だよ。


「もう片親が……いる!?」


 おいおいおう、それってつまり、さっきの巨大イタチと同じ強さの魔物がもう一体居るって事!?


「それ、大変じゃんっ!?」


 なんという事だろう。巨大イタチはもう一体存在していたのだった。

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