第64話 妖精超特急出発進行!(暴走機関車の恐怖)

 リューリの隠蔽スキルでダンジョンに飛び込んだ私は、エアウォークの呪文を唱えてダンジョン内を駆ける。

 わざわざ呪文を唱えて魔法を発動させたのは、緊急時のスキル不足を回避する為だ。


「さて、二層と言っていたけど、何処にいるのやら」


 ダンジョンを駆けながら、どうやって探したものかとな悩む。

一口に探索が容易な上層部といってもダンジョンのフロアは意外と広いからね。


「魔物が階層を移動できるなら、下の階層に追い込まれた可能性もあるよ」


 それもあったか。

 とはいえ、今は地道に走り回って探すしかないか。


「人を探すスキルとかあれば良いんだけどねぇ」


「妖精合体……」


 ボソリとリューリが呟いたのを無視して、私は二層へ降りる最短ルートを駆ける。


「まずは二層に降りて探すよ!」


 運が良ければすぐに見つかる可能性もあるしね!


 ◆


「うわっ、何これ」


 二層に降りて来た私達は、そこに広がっていた光景に困惑していた。

 私達の降りて来た階段付近は、床も壁も天上すら何かに削り取られたかのようにボロボロになっていたのだ。


「こりゃマジで不味いね。これ多分、獲物が上に逃げない様に、わざと派手に暴れたんだよ。しかもこのわざとらしい暴れっぷり、かなり陰険な性格だと思うね」


「何でそこまで分かるの?」


 私が訪ねると、リューリは通路の先を指差す。


「ほら、あの辺からは綺麗なもんでしょ? これをやった奴は、出口付近でだけ相手が危機感を覚えるレベルで暴れ回ったんだよ。完全に意図的にやってる」


 成る程、だから陰険な性格って訳か。


「リューリ、二人の魔力の流れとか、察知できない?」


「妖精になんでも求めすぎじゃない? 私はただの泉の妖精だから、基本は水属性限定だよ。どうしても何とかしてほしいのなら、妖精合体して姫様が直接魔法を使うしかないね」


「くっ!」


 なんとか妖精合体しないで済めばと思っていたけれど、迅速に二人を探す方法がない以上、やるしかないのか。


「二人の命には代えられないか……」


「そうそう。という訳で覚悟は良い?」


「むぐぐ……いい、よ」


「おっけー! それじゃあ以下略、妖精合体!!」


 覚悟を決めた私は、内に入って来るリューリに身をゆだねる。


「って今以下略って言わなかった!?」


『合体完了―っ!』


「いや待って、契約の詠唱って略して良いの!?」


『だってあれ、契約する時に使うものだし。契約したらもう契約し直す必要ないでしょ?』


 そ、そういうものだったんだ……

 てっきりアニメの見せ場で使う呪文みたいなもんかと……


『それよりも早くあの子達を探さないと遅れになっちゃうよ!』


「そ、そうだった! ええと、あの二人を探す魔法のイメージ……」


 私は目を閉じて、二人を探すイメージを思い描く。

 漫画に出てくるレーダーのように、潜水艦のソナーのように、蝙蝠が獲物を探す超音波のように、二人の反応を探す。


「っ!?」


 その瞬間膨大な量の情報が全身に流れ込んできた。

 音が、風の動きが、気配が、魔力が、入って来る情報が多すぎて、何が何だか分からなくなってくる。

 こんなのとても制御しきれないよ!

 

「~~っ!」


『落ち着いて! 何でもかんでも感じないで、いらない情報はカットして! あの二人をピンポイントに探すんじゃなくて、シンプルに動いてるものだけを探すんだよ。追われているなら早く動いてるはず。そんで二人と魔物の三つが一緒に動いてる奴を探すんだよ』


とても人の話なんか聞こえそうにない情報の嵐に放り込まれていた私だったけれど、不思議とリューリの声だけはハッキリと理解できた。

きっと彼女と合体して一つになっているからなんだろう。


私はすぐにリューリの指示通り、動くものの情報だけに限定する。

 すると過剰だった情報が整頓されて情報が掴みやすくなってきた。


 そしてもっと分かりやすくする為に脳内で自分を中心とした地図をイメージする。

中心である自分の点、その周囲で動く他の生き物の点と言った具合に。

 するとここから南に結構離れた位置で、三つの点が高速で動いているのが分かった。


「居た!」


 他に三つで動く反応はないからこれに違いない!


 私はすぐさまこの反応がある方向に向け駆け出す。

 けれどダンジョンは迷路だけあって、まっすぐ目的地に向かう事は出来ない。

 時に壁にぶつかり、時に曲がり角に阻まれてしまう。


「ならダンジョンの構造を確認すれば!」


 私はダンジョンの内部の壁や床と言った障害物を把握して、それがない部分を繋げて地図を作るとする……のだけれど……


「うげっ、情報多すぎ!!」


 あまりにも情報量が多すぎて、とても地図を作る事は出来なかった。


『まだ合体の格が低いから、力を発動出来ても姫様の方が耐えられないんだよ。ここは地道に走って探すしかないよ』


 そうか、妖精合体で使える魔法は万能でも、それを使う私の方が耐えられない事もあるんだ。

 どんな凄いソフトを作っても、それを動かすハードの性能が足りなきゃ、プログラムは動かせないって事かな?


「どうすれば使えるようになるのかな?」


『妖精合体を習熟して、等級の高いスキルを覚えれば行けると思うよ』


 つまり沢山合体しろって事かぁ……それはそれでやだなぁ。


「しゃーない、それなら足の方をなんとかするよ!」


 私はエアウォークのイメージをさらに強化してゆく。

 背中を風に押されるように、全身が風に包まれ追い風の中を走る様に。

 風に乗って空を走る様に、速度を上げてゆく。

 すると周囲の光景がまるで新幹線に乗っているかのように凄い勢いで通り過ぎてゆく。


「って早すぎぃ!! ぶつかるぶつかるぶつかる!!」


 あまりにも早くなりすぎてしまい、凄い勢いで壁が迫って来る。

 いや逆だ。私が壁に向かって走っているんだ。


「なんて悠長に考えてる場合じゃっ!」


 私は前に向かって跳ぶと、正面の壁を踏みつけてそのまま曲がり角を駆ける。


『もー、何してんのよ。気を付けてよね』


「ごごごご、ごめーん!」


 なんて話している間にも次の壁が迫って来る。

 あわわわわつ、減速! 減速しないと!

 けれど次から次へ壁が迫ってくる為、減速するタイミングが掴めない。


「おわわわわわっ!!」


『ひえええええ、ぶつかるっ! 死ぬ! 潰れる!』


 頭の中でリューリの悲鳴が響き渡る。


「リューリちょっと静かに!」


『無茶言うなーっ!!』


 なんてことを言い合いながら走っていると、再び壁が迫って来る。

 すぐさま壁の位置を確認するも、なんとそこには壁が見当たらなかったのだ。


「げぇー! 行き止まり!!」


 やばい! スピードを逃がす方向がない!


「と、とにかく壁に着地ぃうぇあぁぁぁぁぁあ!?」


 接近する壁に着地しようとした私だったのだけれど、驚いたことに着地したその壁はグニャグニャで、私は着地に失敗してしまった。

 けれど幸いにも壁がやら分かったお陰で痛みは感じない。

寧ろふんわりとした何とも言えない感触が全身を包んだのである。


「ピギャァァァァァァッァアッ!!」


「うぇ!?」


『何っ!?』


 そんな極上の感覚に包まれた直後に、物凄い悲鳴が柔らかい壁の向こうから発せられ、私達は二重に驚いてしまう。


 い、一体この壁はなんなの!? 柔らかくて叫ぶ壁!?

 でもまぁ、この柔らかさのお陰で速度と衝撃を完全に吸収する事が出来たのは幸いだったよ。

 私は本物の床に着地するとすぐに魔法を解除する。


『暴風駆スキルを取得しました』


 なんかすっごい暴走しそうなスキルを取得してしまった。


『ああっ! 姫様、前見て!』


「まえ?」


 リューリの言葉に前に意識を向けると、そこには大きくフワフワしたものがダンジョンの床の上に広がっていた。


「えっと、もしかしてこれって今ぶつかった柔らかい壁の正体?」


 見ればその壁は長い毛におおわれていて、壁と言うよりは毛皮で……


「んん? なんかこの模様見覚えがある様な……」


 私は近づいてそれの周囲を見て回る。

 すると横を通り過ぎて反対側まで来たところでこれまた見覚えのある顔に出会った。


「これ、この間の巨大イタチだ!」


 そう、ダンジョンの床に広がっていたのは、巨大イタチの体だったのだ。

 しかもこの巨大イタチ、白目を剥いて口から泡を吐いている。一体何でこんなことに?


『いや、どう考えても答えは一つでしょ』


 頭の中でリューリの呆れた声が聞こえてくる。

 うんそうだね。現実逃避は流石に無理があったね。

 つまり、この巨大イタチは、後ろから猛スピードで突っ込んできた私の蹴りを喰らって気絶してしまったようだった。


「とりあえず、とどめ刺しとく?」


『そだね』


 こうして、私達を窮地に追いやった巨大イタチは、なんとも間の抜けた最期を迎えたのだった……

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