第60話 ダンジョンを脱出……出来る?(禁断の脱出方法)

 ワンダリングボスである巨大イタチに追い込まれた私達は、間一髪『世界転移』スキルでルドラアースに避難する事に成功した。


「とにかく、一旦地上に出ようか」


「そだねー」


それにしても酷い目に遭った。


「まさかボスが普通の魔物みたいにダンジョン内を徘徊してるなんて」


「あれねー、ダンジョン探索がマンネリ化しないようにって神様が仕込んだドッキリらしいよー」


「ドッキリじゃなくてポックリ逝くやつじゃん」


 マンネリとかいうレベルじゃないんですけど。


「もしかして、リューリが捕まってたあの怪獣も……」


「うん。ワンダリングボス。アイツは縄張りに籠るタイプだから、追いかけられても縄張りから出れば逃げ切れると思ったんだけどねー! そのままどこまでも追いかけて来たからビビったわ! もう死ぬかと思った! あはははははっ!」


 それは笑い事ではないのでは?

 ってか、アレもボス枠、というかリューリの話だと、普通のボスより強いんだよね……

 ボスフロア以外でも唐突にボスより強いボスに遭遇する危険があるとか、あっちのダンジョン、不意の殺意が強すぎない?


 ◆


「たぁっ!!」


「グルォウッ!!」


 遭遇した魔物達との戦闘が続く。

 このダンジョンの魔物達は最大4体のチームを組んで襲ってくる。

 強さも今まで戦ってきた普通の魔物達とは段違いで、恐らく上層部のボスクラスの強さがあるんじゃないだろうか?


「でもっ! 大発生の時よりは数も少ないし! ボスの群れに比べれば弱い!!」


 敵は十分過ぎる強さだけど、ボスの群れにボコられた経験が活きたのか、パニックになることなく私達は戦えていた。

 とはいえ……


『レベルが上がりました』


 レベルアップのメッセージが出た事で、私は魔物達を倒したと安心して床にへたり込む。


「はぁ、はぁ……何とか倒せたけど、シンプルに敵が強い」


 そうなのだ。

勝てない事はないものの、こちらも全力で戦わないといけない為、毎回ギリギリの戦いを強いられていた。

 ゲームで考えると、これまでは回復アイテムや補助魔法を使わずに回復魔法だけでやってこれたけど、今は全アイテムと各種補助魔法やスキルを必要に応じて使いながら戦う必要があるくらい違う。

 はっきり言って消耗度合いが違うのだ。


「よく考えたらここって普通のダンジョンの16層なんだよね」


 それは私にとっては未踏の階層であり、これまでの階層から一気に数層分をすっ飛ばしてやって来た事になる。


「上に行けば少しは楽になるだろうけど、それでも劇的に楽になる訳じゃない。スキルとMPがヤバくなる前に上の方に行くか、安全な休憩場所を探さないと……」


 今はMP回復ポーションもないから、魔力が切れたらおしまいなんだよね。


「それに魔物の動きのキレが良すぎて、スキルでないと隙を突けないのもマズいなぁ」


 スキルの最大のメリットは呪文詠唱無しで発動できる速さだ。

 対して欠点は回数制な為にMP回復ポーションに頼れないって事。


「しまったなぁ、スキルの使用回数を回復するアイテムとか無いか調べておけばよかった」


 後悔先に立たずという奴である。

 そしてもう一つ厄介なのは、スレイオさんから貰った魔物大図鑑が役に立たないという事だった。

何せここはエーフェアースからしたら異世界。当然図鑑には異世界の魔物の事なんて載っていない。

その為私達は初見の魔物相手に、事前対策する事も出来ず戦わされていたのである。


 ◆


「ふぅ、小部屋があってよかったぁ」


 幸いにも、逃げ込める部屋が見つかったので、今はそこで休憩タイムを取ることにした。

 ここに逃げ込むまでの戦いでレベルが三つもあがっちゃったよ。

 急いでいたから能力値の上昇とかメッセージとか全部すっとばしちゃったけど、まぁそれは後でログを見ればいいや。


「とはいえ、ここも長居は出来ないんだよね」


何しろこの部屋に入った瞬間魔物と戦う羽目になったので、暫くしたらまた魔物がポップしてくるのは確実だ。

ともあれ、入り口の傍の壁を背にしていれば不意打ちを受ける心配もないので、ここで回復しつつ作戦タイムだ。


「貰った防具のお陰で大きな傷はないけど、それでも小さい傷は負うし、衝撃も完全に防ぐ事が出来ないんだよね」


 という訳で回復スキルやポーションによる治療は必須だ。

 尚、スキルの回数を抑えるために戦闘時以外は呪文で傷を回復する。


「今のうちにポーションの補充をしたいところだけど、この辺の魔物素材って、どれが何に使えるのか全然分かんないんだよね」


 これまでと活動エリアが違い過ぎて、せっかくの深層素材が何の役にも立たないのは悲しい。


「手持ちのポーションと回復スキルが切れたら、詰みなんだよねぇ」


せめて探索者がいれば、素材とポーションを交換できるんだけど。

 そう考えると、15層のボス戦で手に入れた中級ポーションがありがたいね。


「とにかくすこしでも上の階層に行って敵の強さを弱くしないと。今は16層だから、15層のボスを越えればきっと魔物の強さも変わる……筈」


 そこまで口にして私は気づいてしまった。


「そうじゃん! 上の階層はボスじゃん! って事は、このレベルの強さの敵がいる階層のボスと戦うって事!?」


 ヤバイヤバイヤバイ! それは流石に危険すぎる。


「ならいっそこの小部屋で一晩過ごして転移スキルが回復したら向こうに戻る? いや、一晩中魔物がいつポップするか分かんない部屋にいるのも危険だし、向こうに戻った瞬間あの巨大イタチと鉢合わせしたら今度こそ終わりだ」


 何か、何か良い手段はないの!?


「ふっふーん」


 そんな時だった。リューリが何やら自慢げに胸を張ってアピールしてくるではないか。


「リューリ? もしかして何かいいアイデアでもあるの?」


「おっ、やっと気づいたね。ふふん、その通りだよ!」


 おおっ! 流石は相棒!


「一体どんな奥の手があるの!?」


「おおっと、姫様も知っている筈だよ」


「私も?」


 はて、何かこの状況で使える手段があっただろうか?


「わっかんないかなぁ?」


「もー! もったいぶってないで教えてよ!」


「オーケーオーケー、良いでしょう。この状況を打開する最良の手段。それは……」


「それは?」


 リューリが人差し指を天にかざして叫ぶ。


「妖精合体よ!」


「あっ、それはパスで」


 私は速攻で却下した。


「何でよぉーっ!!」


「いやだって、アレ使うと私おかしくなるもん」


 アレはマジでヤバい。

 具体的には合体しているリューリの影響を滅茶苦茶受けてしまうのだ。

 その結果、この間の魔物の大発生ではノリノリで厨二病全開のオリジナル魔法ネーミングとかカマしてしまったのである。おごご、恥ずか死ぬ。


「えー、でも妖精合体強いよ! 敵が強い今こそ妖精合体の出番でしょ!」


「そうだけど! そうだけど納得したくない!!」


 だってまたあんな風になるかと思うと、めっちゃ怖いんだもん!

 次は何をやらかすか分かったもんじゃない!


「ってうか、アレを勧めるならさっきの巨大イタチの時に言ってよ!」


「いやー、私も慌ててたからすっかり忘れてた!」


 こんな時に限ってぇー!


「でも転移スキルの事を思い出したんだから許してちょ」


「まぁあれは助かったけどさ」


 お陰で今生きているのだから、そこは感謝しないといけない。


「まぁどのみちさっきは使えなかったと思うよ」


「何で?」


「だってまだ姫様妖精合体をスキルに昇華させてないじゃん。大発生の時はデッカいボスがお互いにぶつかり合って隙が出来たけど、あの巨大イタチが相手じゃちょっと難しかったと思うよ。私も頭の上で準備をするのは難しかっただろうし」


 確かに前の妖精合体の時は私が戦闘に専念してリューリが合体の手順を全て引き受けてくれていた。

 でも巨大イタチは速く柔軟性に優れたボディの持ち主で、通路の狭さを気にすることなく自在に動くことが出来た。

 寧ろ相手に仲間おらず、単体だったからこそ、妖精合体する隙を見いだせなかったことだろう。


「結局あの時の最適解はこっちの世界に緊急避難する事かぁ」


「そうそう。それにどのみち地上に上がるには妖精合体が一番だと思うよ。死んだら元も子もないしさ」


 うん、分かってるんだ。この会話がただの現実逃避だって。

 残された選択肢は妖精合体しかない。

 他の手段はないし、先延ばしにしてもスキルとMPの無駄遣いにしかならない。

 それこそズルズルと引き延ばしを続けて取り返しのつかない事態になりかねない。


「……覚悟を決めるかぁ」


目指すは上の階層に行く階段。

それ以外は目もくれない。

妖精魔法を使えば、イメージで魔法を使えるようになるから、敵から逃げるのに最適な魔法を使って戦闘を回避できる。


「分かった、妖精合体を使おう!」


「おっけー!」


「いっとくけど戦いは最小限。ボスやどうしても避けられない敵だけだからね! 他は何を見ても無視!」


「おっけーおっけー! それじゃ行くよ! ……『妖精合体』!!」


 あの時の感覚が蘇る。

 私の中に私以外の別のモノが入り込み、私が違うモノ『妖精』になる感覚。


『合体完了!』


 そうして、私は再び妖精に成った。


「行くよ!」


 うっすらと輝く髪をたなびかせ、私は駆け出す。

 妖精魔法でエアウォークを発動させながら、その効果をさらに効率よく改造してゆく。


「ヴォウ!!」


 前に向かって跳んでいた私は、床ではなく空を蹴って体を捻ると、待ち構えていた魔物達の間をすり抜けて宙を駆ける。


「このまま一気に上への階段を見つけるよ!」


『おーっ!』


早く早く早く。

魔物達が届かない天井を駆け、壁を蹴って四方八方に動き回りながら魔物を翻弄して突き進んでゆく。


『ウッヒョー! 速い速い! ぶっちぎれー!』


「まーかせて!」


気分が高揚してくる。私と一つになったリューリもノリノリだ。


「た、助けてくれぇー!」


 すると前の方から助けを求める声が聞こえて来た。

 通路の先を見る目に魔力を込めると、暗く遠いダンジョンの奥で、魔物に襲われて全滅寸前になっている探索者達の姿があった。


「この距離だと間に合わないね。なら! ファイアライフル!!」


 私は指先に魔力を凝縮し、細く小さい炎の弾丸を産み出し射出した。

 発射された炎はまるでライフル弾のように高速でかっ飛んでいき、魔物の頭部を貫く。


「残りも!」


 次いで発射された二発目、三発目の弾丸が、最初の魔物がグラリと体を揺らすと同時に頭部に命中。

 そして魔物達はグラリグラリと順番にバランスを崩して地面に崩れ落ちる。


「え?」


 助けられた探索者達は何が起きたか分からずにぽかんとしていた。


「あっ、あの人達怪我してるね。フェアリーブレス」


 彼等の横を通り抜けるタイミングで私は回復魔法をかけてあげると、そのまま勢いを殺すことなく通り過ぎて行った。


「うわっ!? 何だ!? ダンジョンで風?」


「お、おい見ろ! サイトウの怪我が治ってるぞ!?」


「はぁ!? マジかよ!? って、俺の傷も!?」


 よしよし、ちゃんと回復出来たみたいだね。


『あははっ、辻斬りならぬ辻ヒールだ!』


 そういえばリロシタンのダンジョンでも子供達相手に辻ヒールしてたなぁ。


「よーし、怪我してる人を見つけたらついでに回復してあげちゃおう!」


『おー! 良いねぇ!』


 私達は魔物に襲われている人達を見つけると、その人達を助けながら有無を言わさずヒールをかけて止まることなく立ち去るという事を繰り返した。


『あははっ、皆何が起きてるか分かんなくてポカーンとしてたよ!』


「だよね! 今の私達めっちゃ速いし!」


 何しろ今の私達は妖精魔法で猛烈な速さで移動している。

 回復された事に気付いた時には私達の姿は見えなくなっているという訳だ。


「あっ、階段みっけ! よし、ボスをぶっ飛ばすぞー!」


『ぶっ飛ばせー!』


 こうして私達はノリノリでダンジョンを駆けあがり、地上に上がって合体と解いたところでのたうち回る事になるのだった。


 ◆とある無理をした探索者達◆


「あ、ああ……」


「グルルゥ」


 真っ赤な血に染まった魔物が、ゆっくりと俺に近づいてくる。


 やっちまった。

 今日の俺達は絶好調だった。

 だからトントン拍子に探索が上手くいって、その結果自分達の実力じゃ手に負えない階層まで降りてきてしまったのだ。


 始めはなんとか勝てたんだが、ポーションなどの消耗品をそれなりに使ってしまった。

 そこで一旦上に戻るべきじゃないかという話になったんだが、これまで上手くいっていたこと、そしてまだこの階層に来たばかりと言う事もあって、もうちょっとだけ様子を見てから帰ろうという事になった。


 それがいけなかった。

 その後は特に敵に出会う子もなく探索は進み、これまた運よく宝箱を複数発見し結構なお宝を手に入れた事で俺達は調子に乗ってしまったのだ。

 魔物に遭遇しても上手くやり過ごせばまだいける筈だという根拠のない自信を持ってしまった。


 そして今、そのツケを支払えとばかりに、到底太刀打ちできない魔物に遭遇してしまった。

 これは無理だと逃げ出したものの、既に上に戻る為の階段からかなり離れてしまっている。

 その結果、魔物に追いつかれた俺達は、戦闘を余儀なくされた。

 何とか必死で戦ってそいつは撃退出来たが、血の匂いに誘われて新手が襲ってきたんだ。


 その結果、盾役が重傷を負い、守りの要を失った俺達は瞬く間に瓦解していった。


「う、うう、だ、誰か、誰か助けてくれぇ―!」


 来るはずのない助けを呼ぶも、都合よく助けが来るわけがない。

 魔物が俺の頭をかみ砕こうと大きく口を開ける。


 ああ、俺の人生終わった。

 御免よ皆。俺が続行を強く主張した所為で……


 仲間の血に染まった口が赤々とした血を滴らせて近づいてくる。

 その時だった。

 突然赤い何かが俺の眼前を横切っていった。


 その直後、目の前の魔物がグラリと体をよろめかせて倒れたんだ。


「え?」


 い、一体何が?


「……るね、フェアリーブレス」


 次の瞬間、ふわりと良い香りと共にキラキラとした何かが通り過ぎる。

 今、誰かの声が聞こえたような……


「お、おい! 見ろ! サイトウの怪我が!」


 そして俺達は助かった。

 謎の光によって。


 助かった俺達はすぐさま上の階層へと避難し、とにかく戦闘を回避して無事地上に戻る事が出来た。

 更に不思議なことに謎の光に助けられたのは俺達だけじゃなかった。

 何組もの探索者達が、危ない所を助けられて、傷まで治してもらったんだ。


 唯一分かっているのは、あの光と、フェアリーブレスと言う言葉のみ。

 そしてフェアリーブレスといえば、数日前の大騒動で一気に話題になった単語の一つだ。


「もしかして、アレが噂の妖精騎士姫だったのか……?」


 更にその数時間後には、俺達と同じように謎の光に助けられたダンジョン配信者が、カメラに映った映像を解析してあの光が人の形をしている事を突き止めた動画がネット上に配信される。


 その結果、俺達が縄張りとして通っていた平凡なダンジョンは、一気に世界中の注目を浴びる人気スポットとなり、無数の人でごった返す事になるのだった。

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