第59話 路上のボスキャラに出会いました(うん? それって死亡フラグというのでは?)

 エーネシウさんとの決闘がうやむやになった私達は、再びダンジョン探索を再開した。

 魔物の強さは相も変わらずスモーバグの町のダンジョン上層部レベルで、14層の時点でそろそろ4層くらいの強さかなって感じだ。


「次はボスか」


 ダンジョンは基本どちらの世界も5層ごとにボスが待ち構えている。

 なので次はボスとの戦いなんだけど、おそらくルドラアースのブルーポイズンリザードレベルの強さなんじゃないかと思う。


「あ、ブルーポイズンリザードはレアモンだったから、来るなら普通レベルの奴か」


「キシャアァァア!!」


 そして遭遇したのは、2.5mくらいの大きなコウモリのボスだった。

 名前はランドバットと言って、特徴は空を飛ばずに走りまわる事だ。


「何のために羽がついてるんだろう」


 猛烈な勢いで走ってくるランドバットを横っ飛びで開始しながら、私はバッサバッサ動く羽に切なさを感じる。

 あれかな、ダチョウみたいに飛ばないで生きる事を選んだ種族なんだろうか?

 でもおもいっきり羽ばたいてるから、空気抵抗凄いだろうなぁ。


 羽をもつ敵なら羽ばたきでこっちを吹き飛ばすとか、そういう攻撃をしてきそうなものなんだけど、ランドバットの羽ばたきにはそこまでの力はないのがまた切なさを加速させる。

 ただ、羽を広げた翼長が4mになるので、うっかり当たると流石に痛いと思われる。


 なおスレイオさんに貰った魔物大図鑑で事前に予習していた内容によると、飛び道具を持たないから遠距離攻撃をすれば余裕で勝てると書かれていた。なんて悲しいボス。


「という訳で魔法で決めるよっと」


 風魔法スキルで風の刃を連射し、武器である翼を根元から切断。

 あとは残った本体を剣でバッサリ切れば、あっさりと倒せてしまった。


「うーん、やっぱりボスを倒した気がしないなぁ」


 子供向けダンジョンだけあって、まだまだ魔物は弱いね。

 ちなみにランドバットの素材になる部位は翼で、この翼膜が防具や雨具の材料として使われるんだって。

 なるほどコウモリ傘。


「あっ、宝箱があるよ姫様!」


「おっ、ラッキー」


 どうもこの世界、ボスを倒すと一定の確率で宝箱を落とすらしくて、そこで手に入るアイテムは結構良い物が期待できるらしい。


「何かな何かなー」


 宝箱を開けると、中から出てきたのは青色の液体が入った小瓶だった。


「これは……中級ポーションか」


 普通ボスを倒して手に入るものって言ったら、剣とか鎧のイメージだけど、まぁ子供向けダンジョンだしね。


「それに中級ポーションなら、このダンジョンなら多分レアな方じゃないかな」


 ◆


 割と良いお宝が手に入った事に気を良くしながら、私達は16層へとやってきた。


「……なんか空気変わったね」


 そうなのだ。これまでの道中は魔物が弱いのばかりだったこともあって脅威を全然感じなかったんだけど、この階層は違う。

 肌がピリピリする感じがするのだ。


「んー、なんか居るねこりゃ」


 と、リューリも空気の変化に気付いたようで、小瓶から私の頭の上に移動する。

 私達はこれまで以上に警戒しながら進んでゆく、すると進む先の曲がり角から、ニョッキリとイタチが姿を現した。


「あっ、可愛い」

 

 フェレットとかイタチとか、動画で見るとすっごい可愛いよね。

 イタチは私達に気付くと、こっちに近づいてくる。


「おおー、寄ってくる。人懐っこい子だね」


 ただ、何か違和感がある。

 なんかすっごい勢いでこっちに向かってくるんだよねあのイタチ。というか……


「なんか、デカくない?」


 そうなのだ。曲がり角から姿を現したイタチは、近づくにつれてどんどん姿が大きくなっていくのだ。

 そして気が付けば、イタチの姿は見上げるほどに大きくなっていた。


「うそぉ」


 そしてイタチの両前足が上に伸ばされると、その体がダンジョンの床から離れる。

 そのままイタチの両前足が私の方に伸ばされ、イタチのお口がアングリと開く。

 わぁ、鋭い牙。そうだよね。イタチって肉食だもんね。


「なんて考えてる場合かぁぁぁぁぁ!!」


 私はとっさに野球選手よろしく前方にスライディング回避を行う。

 すると背中にブワリを風が走るのを感じて、ゾワリとした冷や汗が浮かぶ。


「っ!!」


 そのまま前転しつつ両腕で地面をはじき、体をひねって半回転しながら立ち上がると、剣を構える。


「キュイ! キキキキキッ!!」


 同時にイタチも狭いダンジョンの通路でニュルリと体をくねらせると、私達の方に体を向ける。

 その姿はテレビで見るような可愛い姿なんだけど、体の大きさだけが一般的なイタチの数十倍になっていた。


「うわぁ、脳がバグりそう」


 しかも巨大イタチはキィキィ鳴いて体を揺らし、明らかに私達を狙っている。


「思いっきりエサとして見られてるよねぇ」


「見られてるねぇ」


 ゾワリという感覚を感じた瞬間、私は反射的に横に跳ぶ。

 すると真横を巨大イタチの巨体が通り抜けていく。


「うわはっや」


 明らかにさっきまでと敵の強さが違うんですけどぉー!?


「『火弾』!『連弾』!!」


 すぐさま被弾を連射して反撃をする。

 この巨体なら通路の狭さで避けられない筈!


「ギィ!!」


 予想通り私の放った火弾は巨大イタチに命中した。

 しかし巨大イタチの毛皮を少し焦がした程度で、明らかにダメージが通ってない。


「駄目だよ、あいつ水属性だから、弱い火の魔法じゃ通じないんだ!」


 なんと! それは不味い。

 同時に再び感じた悪寒に私は斜め後方に跳び、更に盾を構える。

 するとすさまじい衝撃が盾にかかり、私の体が後方に吹き飛ばされる。


「っ!! 『風刃』!!」


 来ることが分かっていたおかげでバランスを崩すことなく着地した私は、風魔法で毛皮を狙う。

 けれど巨大イタチの毛はほとんど刈ることが出来なかった。


「魔法に対する耐性が高い? それなら!」


 魔法の利きが悪いなら、剣で物理攻撃だ。

 私は巨大イタチの懐に飛び込むと、剣で毛皮ごとその身を切り裂く。


「『強斬り』!」


 しかし渾身の一撃は毛皮を殆ど切れなかった。


「なら『スラッシュエッジ』!『ストライクインパクト』!」


 斬撃系のスキルと刺突系のスキルを放つも、やはり巨大イタチには大したダメージを与えられない。


「うわっ、固っ!! なにこれ!?」


 まさか魔法だけじゃなく、剣も通じないなんて!


「避けて!」


 リューリの声を受けた私は、何かを考える前にとっさに後ろに跳ぶと、その前を白い何かが物凄い勢いで地面を削りながら通り過ぎてゆく。

 後方に下がったことで、それが巨大イタチの前足だった事に気付く。


「姫様、こいつきっとワンダリングボスだよ!」


「ワンダリングボス?」


「ものすごく強いボスって事! こいつらはボスフロアじゃなく、ダンジョンのごく一部の場所を縄張りにしてたり、逆にランダムに彷徨ってたりするの。縄張りがあるやつはそこに近づかなきゃいいんだけど、ランダムに動く奴はフロアまで移動するから、遭うかどうかは本当に運なんだ」


つまり、文字通り運悪くボスと遭遇しちゃったわけか。


「なにより不味いのは、コイツ、下手なボスよりもよっぽど強いんだよぉー!」


「それはもう知ってるぅーっ!」


 私は襲い掛かってくる巨大イタチの攻撃を回避しながら叫ぶ。

 なるほど、ボスより強いね。そりゃあ私の攻撃が通じない筈だ!


「と、とにかく逃げろぉぉぉぉぉ!」


 攻撃が通じない以上、逃げるしかない。

 けれど巨大イタチは私達を逃すものかと追いかけてくる。


「くっ、足が速い! ならリューリ、目くらましを!」


「任せて! 『濃霧』!!」


「キィ!?」


 するとすぐに周囲が濃密な霧に覆われて巨大イタチの目を晦ます。

 巨大イタチも突然の霧に警戒して動きが止まる。

 私達はそのまま止まらず霧を飛び出すと、次の行動に移る。


「姫様、端に寄って静かにして! 『幻惑』!!」


 お次は幻惑スキルで自分達の姿を消す。

 よし、これで、巨大イタチの目は完全にくらませた筈! と思ったんだけど……


「クンクン」


 巨大イタチは鼻を鳴らして周囲に鼻を向けると、私達が潜んでいる場所を向いたところで止まった。


「「……」」


「…………ュッ!」


「「おわぁぁぁぁっ!!」


 無言で飛び込んできた巨大イタチを間一髪でかわすと、私達は再び逃走を始める。


「全然隠れてなかったみたいなんだけどー!?」


「た、多分鼻が良いから臭いでバレたんだと思うー!」


「臭い!? わ、私臭くないし! お風呂もちゃんと入ってるもーん!」


 ちゃんとお婆ちゃん達から貰った石鹸やシャンプーで綺麗にしてたもーん!

 フローラルな香りでむしろいい匂いだもん!

 なんて言ってる場合じゃない、今は逃げる事に専念しないと。


 けれどボスの速さは並じゃない。何せ私達を追いかけながら攻撃まで出来る程だ。

 それはつまり、シンプルに速さでも劣っているという事。

 そう、これ以上逃げ続けても、こいつを引き離せない!


「くっ、何か良いアイデアは!」


 敵に攻撃はろくに通じず、速さでも負けている。

 シンプルにこっちよりも体が大きいから、歩幅も質量の面でも負けている。


「あっ、そうだ体の大きさ! あのサイズなら狭い場所には入って来れない筈!」


 そうだ! 大きいなら狭いところには入って来れない筈!


「狭い場所ってどこ!?」


「小部屋だよ! ダンジョンにある小部屋! 小部屋に入る時は扉を通るでしょ! でもあの巨体なら中まで入って来れない筈!」


「そっか! よし小部屋を探すよ!」


 私達は巨大イタチから必死で逃げ回りながら逃げる為の部屋を探す。

 けれど、こういう時に限って小部屋の扉は見当たらない。


「いつもなら探さなくてもあるのにーっ!!」


 どうしてこういう時に限って見つからないの!?


「姫様そこ! 脇道がある!」


「っ!!」


 この先の通路に扉は見えない! なら脇道に入って探した方が良いか!

 私はスピードを落とすことなく跳躍スキルで斜め前に跳ぶと、脇道の壁に着地する。

 そして地面となった壁を蹴って本当の床に着地するとそのまま走り出す。

 早く扉を見つけないと!


 けれど、私達の希望は最悪の形で裏切られることになる。


「道が……!?」


 なんと私達の入った脇道はその先に曲がり角も小部屋への扉もない、ただの一本道の袋小路だったのだ。


「ギュキュキュ」


「「っ!!」」


 その鳴き声に振り返れば、通路を塞ぐように巨大イタチの頭がこちらを覗いている。


何とか巨大イタチの懐に入ってここから抜け出さないと!

けれど巨大イタチもこの絶好の条件を逃す気はないらしく、体をやや低くし、たいして尻尾は上にあげてユラユラと振る。


「爪と尻尾の二重攻撃で上にも下にも逃がさないつもりかぁ」


 速度を捨てて完全に壁を塞ぎにかかってきた。

何気にえげつないなコイツ。

マジで逃げる手段が封じられてしまった。


「何か使えるスキルは……」


他の属性の魔法……は、多分通じないだろうな。

雷系のスキルで感電させてしびれている間に逃げようとしても、あの理不尽な毛皮で防がれそうな気がする。

レインボーストライク……は、あんな大技をわざわざ発動するまで待ってくれるとは思えない。

 とはいえ他に手段もない。一か八か、やるか?


「そうだ! 姫様アレ! 転移! 転移スキル!!」 


 その時だった。リューリが転移スキルを使えと言い出した。


「そうか!」


 転移、確かにアレならこの状況でも逃げられる可能性が高い!


「キュルル」


 同時に、巨大イタチもまた私達を襲うべく体を前に傾ける。

 これ以上考えてる余裕はないみたいだね。 ならやるしか!


「『世界転移』!!」


 同時に、巨大イタチの真っ赤な口が私達に迫る。


「「っっっ!!」」


 間に合えっっっ!!

 そして間一髪、私達の目の前から巨大イタチの姿が消えた。


「っ!」


 すぐさま周囲を確認するも、周囲に巨大イタチの姿はない。

 周りの壁や床も、これまでいたダンジョンの物とは違う。

 つまり無事ルドラアースに転移する事が出来たという訳だ。


「「た、助かったぁ~」」


 かろうじて巨大イタチから解放された私達は、安堵の溜息を吐くのだった。

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