第58話 だから何で異世界人って決闘したがるんですか?(もしかして蛮族?)

「では私はこちらに行きますので」


「あ、はい。それじゃあお別れですね」


 あの後、ストットさんに騙された事を知った私は、モヤモヤを抱えたままダンジョンを進んでいたのだけれど、途中のT字路でフレイさんと別れる事になった。


「ご武運を」


「フレイさんも。どっちが先にクリアするか競争ですね」


「ふふ、決闘には負けましたが、先に最下層にたどり着けば私にもチャンスはありますからね」


 さっきは私に勝てなかったからダンジョン攻略も無理だな、みたいな事を言っていたフレイさんだったけど、まだまだ完全に諦めては居ないようだった。


「さぁ、それじゃあ私達はこっちに行こうか」


「おー!」


 という訳でリューリと二人きりの冒険に戻った私……と思ったんだけど。


「あら、貴方は昨日のお方ではありませんか!」


 驚いたことに、今度は昨日の決闘騒ぎのもう片割れの女の子と遭遇したのだった。


「あー、どうも」


「わたくしの名はエーネシウ=アリアールと申しますわ! よろしければ貴方のお名前を教えて頂けるかしら?」


 そしてグイグイ来る。


「ええと、アユミです」


「リューリだよ!」


「まぁ!?」


 私達が名乗ると、エーネシウさんが目を丸くして驚きの声を上げる。


「妖精ですの!?」


 ああ、そっちに驚いたんだ。


「まさかこのような属性の偏っていない場所に妖精が居るなんて! はっ、もしや貴方、何か妖精の好む物を所持していらっしゃるの!?」


 おお、そこまで分かるんだ。


「ああ、それなら……」


 私が妖精の小瓶を指さそうとすると、エーネシウさんは待ったと手のひらを突き出して私を制止する。


「いえ! 答えなくても大丈夫ですわ! 妖精を引き寄せる品など間違いなく高価で貴重な品に決まっています! 貴方もおいそれと見せて良いわけではないのでしょう? 分かっていますわ!」


 いや、別にそんな事はないんだけど、なんか勝手に納得してくれたのでまぁ、いいのかな?


「このような場所で出会ったのも何かの縁です。暫く共に行動しませんこと、アユミ様?」


「それは、かまいませんけど……」


「では行きましょう!」


 なんともパワフルな感じで、私はエーネシウさんと行動を共にすることになってしまった。


「ところで、アユミ様の目的はやはりダンジョンの攻略ですの?」


「ええ、そうです。師匠の試験で」


「まぁ、ダンジョンの攻略を命じるなんて、随分と厳しいお方なのですね」


 いやー、詐欺同然に騙されてなんですけどね。


「あっそうそう、私は貴族じゃないので様付けでなくてもいいですよ」


 ついつい勢いに流されていたけど、貴族と勘違いされたくないのでちゃんと言っておく。


「そうなんですのね。ですがわたくしはこちらの呼び方のほうが言い慣れているので、このままでいかせて頂きますわ。アユミ様こそ、わたくしはただの冒険者ですから、そんな畏まった話し方をしなくてよろしいのですよ」


 と、逆にもっと砕けた話し方をして来いと返してくるエーネシウさん。


「うん、わかったよ。よろしくねエーネシウさん」


「……まぁ」


 と思ったらなんか驚かれた。


「どうかしたの?」


「いえ、まさか本当に砕けた喋り方をされるとは思わなかったので、少々驚いてしまいましたわ」


 あ、あれ? もしかして駄目だった? 社交辞令って奴だった?


「いいえ、お気になさらないでください。ただ、私がどれだけ仲良くなろうとしても、皆様恐縮して打ち解けてくださらないので、新鮮で驚いてしまったのですの」


 私があわあわしていると、エーネシウさんは怒ってる訳じゃないと宥めてくる。


「ほぇー、そうだったんだね」


 つまり皆、エーネシウさんがお嬢様過ぎて緊張しちゃってたって事か。

 あれかな、会社の飲み会で無礼講だからって本当に偉い人に無礼な真似したら大変みたいなアレ。

 いや、私はそんなことしたことないけどね。

 皆エーネシウさんの本心を測りかねたんだろう。

 本気なのか、本気だとしてもどこまでは許してもらえるのかって。


 しかしアレだね。決闘騒ぎなんてやってた割には意外とフレンドリーな人だ。

 これはアレか、話してみると意外と話の分かる人的な。


「どこかの生真面目さしか能のない貴族もどきとは大違いですわ」


「貴族……それってフレイさんの事?」


「あら? アユミ様はあの貴族もどきの事をご存じですの?」


「ええまぁ」


 ついさっき話をしていたばかりだからね。


「ふふん、ようやく要領の悪い貴族もどきも高貴なお方に縋ることを覚えたみたいですわね。つまらない見栄を張らずに最初からそうしていればよかったんですわ! おーっほっほっほっ!」


 けれどエーネシウさんはフレイさんが私に媚びを売る為に近づいたと勘違いしたみたいで高笑いをあげる。 うわー、お嬢様って本当にあんな風に笑うんだね。

 その後も、エーネシウさんはフレイさんの事を身の程知らずとか、礼儀知らずとか、いい加減諦めて平民の暮らしを受け入れればいいのにと言いたい放題だった。

 うーん、身の程知らずとか礼儀知らずかはともかく、フレイさんの名誉の為にも勘違いは訂正しておくべきか。


「いや、フレイさんにそんなつもりはないと思うよ。自分の力でダンジョンをクリアするって言ってたし」


「あらあら、あの人程度の実力でそんな大それた真似が出来るのかしら? アユミ様に自分から挑んでおきながら、あっさり敗北したような人が」


 いや、それは、まぁフレイさんもまだまだ子供だし……って、あれ?


「何でフレイさんが私に決闘を挑んだ事知ってるの?」


「っっっ!」


 そのことは私達とフレイさんの三人しか知らない筈だ。

 なのにエーネシウさんがそれを知っているということは……


「もしかしてさっきの決闘を見ていたの?」


「…………何の事かしら?」


 私が指摘すると、エーネシウさんはダラダラと脂汗を流しながら、ボソリと小さく呟いた。

 うん、これは思いっきり覗き見してたね。


「さっきは偶然出会ったみたいな感じに言ってたけど、本当はずっと私をつけていたの?」


「っ!? そ、それは……そ、そう! その通りですわ! 貴方の実力が気になったんですの!」


 うん、これは嘘だね。明らかに誤魔化してる感じがする。

 ということは目的は私じゃない。となれば残る理由は一つ。


「もしかして、フレイさんを尾行していたんですか?」


「なっっっ!?」


 図星を突かれたのか、エーネシウさんの顔が真っ赤に染まる。

 あ、これは当たりだね。


「何でまたそんな事を? あっ、もしかして本当はフレイさんと一緒に冒険がしたかったからとか?」


「っっっっ!?」


「でも貴族としてのメンツで元貴族と一緒に行動するのも色々外聞が悪いから、フレイさんが自分からお願いするのを待っていたとか?」


「~~~~っ!!」


「ねぇ姫様、その辺に……」


「あっ、もしかして決闘騒ぎをしてたのも、フレイさんに勝って圧倒的な実力差を思い知らせて彼が頼るのを期待してたんじゃ!」


「っっっぁ!!」


「だからさ……」


 なるほどなるほど、つまり気になってる子に振り向いてほしくてちょっかいかけてたのか。

 アオハルと言う奴だね。

 エーネシウさん、高飛車お嬢様かと思っていたら、なかなか可愛いところもある子じゃないか。


「あ、あぁぁぁぁぁぁ貴方!!」


 と、エーネシウさんが顔を真っ赤にして大声をあげる。


「け、けけけけけ、決闘ですわぁぁぁぁぁっ!!」


 杖をガンガンと地面に叩きつけて、彼女が決闘を申し込んできた。

 え? 何で?


「……姫様さぁ」


 そしてふわりと腰の小瓶から飛び上がったリューリが呆れた様子で私に話しかけてくる。


「世の中には分かっていても口にしない方がいい事ってあるんだよ?」


 あ、あれ? これもしかして私が悪い流れ?


「武器を構えなさい!」


 そう叫ぶエーネシウさんは完全に激高していて、とても落ち着いて話が出来る雰囲気じゃあなくなっていた。


「私は安全なところから応援してるから、頑張ってねー」


「え? 説得とかしてくれないの!?」


「むりー」


 そんなー! 私はただ、恋する乙女のキャッキャウフフな甘酸っぱい恋愛談義とか期待してただけなのにー!


「やる気がないというのなら、その気にさせてあげますわ! 『氷弾』!! 『連弾』!!」


 一瞬の魔力の高まりと共に、いくつもの氷の弾が放たれる。


「うわっ!?」


 突然の事に驚いたものの、なんとか回避に成功する。


「私の連弾を避けますの!?」


 驚いたー、氷弾のスキルと連弾のスキルによる波状攻撃か。


「スキルを二つも使った攻撃ですのに、驚かないのですね」


「いや、驚いてるよ」


 まさか決闘を受ける前にいきなり攻撃されるとは思っていなかった。


「ふん、その割には冷静そうですわね」


 エーネシウさんは杖を構えた姿勢を崩さずに少しずつ横に動いてゆく。


「ですが私の魔法はこれだけではありませんわ! 『風刃』!! 『連弾』!!」


 次に放たれたのは、不可視の風の刃だった。


「おほほほほっ! 不可視の風の刃に成すすべもなく切り刻まれなさい!」


「ほっ、よっ、てい!」


「なっ!?」


 私が風の刃を回避し、剣で切り払うと、エーネシウさんが驚愕の表情を浮かべる。


「馬鹿ですわ! 風ですのよ! なぜ攻撃のタイミングが分かるのです! それに最後の一撃を剣で切り払った!? なんなのですかその剣は!!」


 あ、うん。実は私もこの剣の素性は分からないんだよね。何せ貰い物だから。


「えっと、見えない風と言っても、そもそも魔法だから魔力を感じるんだよね。あとは近づいてくるそれを避けるだけだから」


 そう、見えないと言っても存在を感じないわけじゃない。

 目を瞑っていても熱いものを近づけると、暖かさを感じるし、触れれば感触がある。

 この世界の魔法はスキルだけど、魔法系のスキルには魔力を感じる事を私は観察スキルによって理解していた。

 つまりレーダーで感知してるような感じで、近づいてくる魔力を察する事が出来たわけ。


「……さすがはフレイさんを下しただけの事はありますわね」


 ショックを受けていたエーネシウさんだったけど、すぐに顔を引き締めて杖を構えなおす。

 そういえばこの世界の魔法スキルって回数制なのに、なんで杖を持ってるんだろう?

 ルドラアースなら魔力消費とか魔法の威力向上とかの用途がありそうだけど、こっちの世界だと何の役に立つのかな?


「いいですわ! それならわたくしの真の実力を貴方にお見せしましょう!!」


 おおっと、どうやらまだ奥の手があるみたいだ。

 キュルトさんは魔法使いは色んなスキルを取得しておいた方がよいと言っていたけれど、彼女はそれを実行しているみたいだ。

 この世界はスキルを覚えるのに苦労するって話だったけど、それを考えるとエーネシウさんは若いのにかなり頑張って覚えたって事なんだろう。


「受けなさい! 『火弾』『氷弾』『風刃』『連弾』!!」


 その言葉と共に、無数の火弾と氷弾、そして見えない風の刃が放たれる。


「回避不能の弾幕、避けきれるものなら避けてみなさい!」


 なるほど、二つの魔法による無数の攻撃に紛れ、見えない風の刃が襲ってくるのはとても厄介だ。

 普通なら見える攻撃の回避に気を取られて見えない攻撃を喰らってしまうところだからね。

 でもそれは普通の相手なら、だ。


「『火魔法』!』


 私は無数の火弾を生み出し、それらを放ってエーネシウさんの魔法を迎撃してゆく。


「な!?」


 更に火弾を操作して見えない風の刃も迎撃する。

 結果エーネシウさんの放った全ての魔法を私は迎撃した。


「まさか、そんな……」


 必殺の攻撃が防がれた事に、エーネシウさんが驚愕の表情を見せる。


「火弾をあれだけの数生み出すだけでなく、それらを全て操作してわたくしの魔法を迎撃した? しかも見えない風の刃まで!?」


 どうも見えない風の刃を使った不意打ちが彼女の決め技だったみたいで、それを完封された事が特に堪えたらしい。


「いえ、そもそも、今のは……『火魔法』? まさかそんな……」


 私が火魔法を使った事がかなり意外だったのか、エーネシウさんが信じられないものを見る目で私を見てくる。


「本当に今のは火魔法なんですの? 火属性の魔法スキルを全て納めた者にしか使えないというあの?」


「ああいえ、全部じゃなくて一定数ですよ。全部覚えなくても火魔法スキルは覚えられますよ」


「それは全部覚えたのと大差ありませんわ! マスタリースキルはその属性のスキルの大半を覚えないと取得できないスキルなんですのよ! 覚えるのに物凄く長い時間がかかるのですわ!」


 ごめんねぇ、私女神様の使命があるから、人よりスキル覚える時間が早いんだ。


「くっ、まさか貴方がこれほどの使い手とは! ですがわたくしも一矢も報いぬままで終わる訳にはいきませんわ!」


 必殺の一撃が封じられたにも関わらず、エーネシウさんは戦意を失っていなかった。


「あー、でもそろそろやめた方がいいと思いますよ」


「あら、随分と余裕ですのね。ですがスキルをどれだけ覚えていても、使いこなせなければ無意味ですわ!」


 うん、それはそう。私も覚えたスキルを全て使いこなせているわけじゃないからね。

 でも私が言いたいのはそういう事じゃないんだ。


「ここ、ダンジョンの中ですよ、あんまりスキルを使い過ぎると、魔物に襲われた時に困ると思いますけど」


「……え?」


 そこでようやくここがダンジョンの中だと思い出したエーネシウさんが、周囲をきょろきょろと見回す。

 そして指を追って何かを数え始める。

 あれ、今日使ったスキルの回数を数えてるんだろうなぁ。指を折り曲げるたびに顔色が蒼くなっていくもん。


「……きょ、今日の所はこれくらいにしておいてあげますわ! 決着がついていないのでノーカウント! ノーカウントですよぉー!」


 などと言いながら、エーネシウさんは地上への階段がある方角へと走り去っていったのだった。


「……めっちゃ疲れた」


 まさか今日一日で二回も決闘する羽目になるとは思っても居なかったよ。

 いやまぁ、うっかり口にしちゃった私が悪いんだけどね。

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