第56話 冒険する子供達(見ててヒヤヒヤします)

「あっ、お姫様だー!」


ダンジョンの入り口にやって来ると、私を見つけた子供達が手を振ってくる。


「お姫様おはよー!」


「お姫様もダンジョンに潜るの?」


なんか昨日の件からすっかり子供達にはお姫様で定着してしまったらしい。

 まぁ良いんだけどね。子供のいう事だし。


「そうだよ。今日から潜るんだ。皆も気を付けてね」


「「「「はーい!」」」」


 そんな訳でダンジョンの中にやってきました。


「さて、それじゃあ行きますか」


「おー!」


 とは言っても、序盤は本当に楽ちん。

 まず子供達が下層へ向かって一直線なので、階段を探す必要もない。


「お姫さまー!」


「おひめしゃまー!」


 というか外と同じで子供達が群がってくる。

 そして予想外に小さい子が多い。

 私よりも小さい子がいるんですけど!?


 流石にそういう子は一人で来てるんじゃなくて、年長の子達と一緒だ。


「あ、あの、ごめんなさい、妹が……」



 お姉ちゃんらしい女の子がビクビクしながら誤ってくるのは昨日も見た光景だなぁ。


「気にしてないから大丈夫ですよ」


 そんな感じでダンジョンを進んでゆくと、曲がり角から魔物が姿を現した。

 現れたのは小さな子犬ほどのサイズの子豚だった。


「プヒーッ!」


 うわ、めっちゃ可愛い。 

 私達を見つけた子豚はやる気満々でこっちに向かってくる。

 どう見ても小動物が遊んでもらう為に近寄ってきてるようにしか見えません。


 確か魔物大図鑑にはミニマムボアとかいう名前だったはず。

 あっ、ボアだから豚じゃなくてイノシシだね。

 でもこんなに可愛いんだからどっちでもいいや。


「よーし、戦うぞ!」


「おーっ!」


 と、私がミニマムボアのキュートっぷりにキュンキュンしていると、 子供達が駆け出してゆく。


「てーい!」


 盾を持った子が向かってくるミニマムボアに盾を前に突き出して突撃すると、ミニマムボアはあっさり押し負けて後ろに転がる。


「プキー!?」


「とりゃあああああ!」


 そしてボロボロの剣を持った子がミニマムボアの首を勢いよく切り落とした。

 って切り落とされたぁー! あんなに可愛いのに!!


「やったー、お肉だー!」


 ショックを受ける私とは裏腹に子供達は、ご飯が手に入ったと大喜びだ。

 うん、そうだね。君達にとっては大事なご飯だもんね……

 ちなみにミニマムボアはこのダンジョンで一番弱い魔物なので、めちゃくちゃ弱い。

 それこそルドラアースの1層に出現するポップシープよりも小さいのでその弱さはお察しである。


 ただミニマムボアは名前の通りとても小さいので、あれ一匹じゃ全員の一食分にも満たない。

 皆が満足できる量を手に入れるには、もう何体か倒す必要があるだろう。


「よーし、この調子で今日の飯を集めるぞー!」


「「「おおーっ!!」」」


 ミニマムボアの解体を終えた子供達は、満面の笑みを浮かべてダンジョンの奥へと向かっていった。


「皆逞しいなぁ」


 ともあれ、あの様子なら子供達の心配をする必要はなさそうだ。

 伊達に子供向けダンジョンって言われてないね。


 安心した私は、ダンジョン探索を続けてゆく。

 その道中、子供達があちこちで魔物と戦っては勝利したり、怪我をしたりしていた。


「痛ってー。ポーションくれよ」


「その程度なら放っておいても治るからほっとけ!」


 うーん、こっちのダンジョンでもポーション問題はあるんだなぁ。

 まぁスモーバグのダンジョンでケチってた冒険者達と違って、こっちは子供達だから懐事情は切実なんだろうけど。

 ふふ、ちゃんとお礼が言えて良い子だね。


「ああぁぁぁっ!!」


「おい、大丈夫か!!」


 けれど中には自然治癒を期待できる程度の怪我では収まらない子供達も居た。


「くそっ、ポーションがあれば!」


「だからまだ下に行くのは早いって言ったんだよ!」


 どうやらあの子達、ポーションを買うお金もないのに無理して下の階層に来ちゃったらしい。

 子供向けとは言っても、階層を下れば普通に危険な魔物は出てくる。

 この子達はそれを忘れて、自分達にはまだ早い階層へ降りてきてしまったんだろう。


「それよりもすぐに上に戻ってポーションを買いに行かないと!」


「そんな金ねえよ! もっと魔物を狩らないと!」


「上に戻らないと無理だって!」


「上じゃポーション買うのに何十体倒せばいいか分かんねぇよ!」


 あー、ありゃダメだ。完全にパニくってる。


「しょうがないなぁ。『ヒール』」


 私は治癒スキルを使って怪我をした男の子の怪我を治療してあげる。


「っ、痛みが……」


 スキルの効果は抜群で、男の子の傷はすぐに塞がった。


「あの、ありがとうございます!」


 仲間の傷を治した貰ったことで、さっき石を投げていた女の子がお礼を言ってくる。


「ふふ、どういたしまして」


「ロイを治してくれてありがとうございます!」


「ございます!」


 他の子達もロイと呼ばれた男の子を治したことにお礼を言ってくる。


「ちっ、余計なことしやがって」


 そんな中、一人だけ憎まれ口を叩く子がいた。


「ちょっとロイ! 助けてもらったのに何言ってるのよ!」


 それは私が傷を治療した男の子だった。


「そんなの大金を請求する為に決まってるだろ! 言っとくが俺ぁ金なんて払わねぇからな! お前が勝手にやったんだからよ!」


「ロイ!!」


 どうやらこの子、私が治療費を要求するつもりだと思ったらしい。


「お前らだって知ってんだろ。辻ヒールして大金せしめてる連中をよ!」


 どうやらダンジョン内で怪我した人達を相手に、大金と引き換えで治療をする人達がいるらしい。

 ……うん、私の脳裏にめっちゃやりそうな人の顔が思い浮かんだけど、この子達が話題にしてるのはそういうのじゃないと思う。……きっとね!


「でもポーションもなくて危なかったんだよ!」


「それでポーション以上の金を要求されたら意味ねぇだろ! 俺は絶対に金なんて払わねぇからな!」


「あんたねぇ……」


 ロイ君の態度に、仲間の子達も呆れていた。

 うーん、この子の気持ちも分からないでもないんだよね。

 私はスキルの使用回数やポーションの製作費とか考えると、ダンジョン内で割高になるのも仕方ないと思うんだけど。

 この子達は子供だから、その辺がまだ理解できないんだろうな。


「いい加減にしなさいよアンタ!」


 そんなロイ君に食って掛かったのはリューリだ。


「うわっ!? なんだお前!?」


「妖精!?」


「妖精だ!」


 子供達は妖精であるリューリが出てきたことに驚く。


「姫様はアンタが可哀そうだから助けてくれたのよ! それをよくもまぁそんな恩知らずな事が言えたもんね!」


「はぁ!? 知るかよ! どうせ金目当てだろうが!」


「そもそも姫様はお金なんて要求しなかったでしょうが!」


「これから請求するつもりだったんだろ!」


「ふっざけんじゃないわよ!」


 リューリさん、子供と同レベルで言い争うのはどうかと思うなぁ。


「とにかく! 俺は金なんて払わねぇからな! 分かったか!」


「だ・か・ら・ねぇ~っ!!」


「はいはい、そこまで」


 私はヒートアップするリューリを掴むと、妖精の小瓶に突っ込む。


「むぎゅ!?」


「君も、お金なんて要求しないから心配しなくていいよ」


 もともとそんなつもりなかったしね」


「じゃあなんでだよ。ギゼンシャって奴か?」


 おやおや、難しい言葉を使うなぁ。ちゃんと意味分かってなさそうだけど。

 でも私は大人なのでこの程度で怒ったりはしない。この子も気持ちも分からないわけじゃないからね。


「そうだよ。ただの偽善だから気にする必要ないよ」


「へんっ、お金持ちの貴族様は余裕だな~っ」


「で・も・ね!」


 私は勝ち誇った様子のロイくんの顔をガシッと掴んでその目を真正面から見つめる。


「なっっっっ!?」


 突然のことにロイ君の体がビクリとなる。


「私は君を助けた。何も対価を求めずに。だったらさ、助けられた側は何も支払う義務ないけど、それでも感謝の気持ちくらいは相手に返すべきじゃない? それが偽善だろうと、誰かに助けられたのなら、それは人として当然の礼儀だと思うよ。違う?」


「う、あ、ああ……」


 痛いところを突かれたのか、ロイ君は顔を真っ赤にする。


「ほら、誰かに助けて貰ったら、なんていえば良い?」


「あ、ありが……とう」


「はい、よくできました」


 ちゃんとお礼を言えたのを確認すると、私はロイ君から手を放す。

 うん、辻ヒールを警戒するのは彼の勝手だけど、それはそれとして今後本当に善意だけで誰かに助けてもらった時、お礼くらいは言えないと彼の将来の為にならないからね。


「じゃあ私達はお先に行かせてもらうよ。でも君達にはまだこの階層は早いみたいだから、上の階層に戻って、せめてポーションを人数分買ってからリベンジしなさいな」


「あっ、まっ……! 待てよ!」


 彼らを背にしてダンジョンの奥へと向かう私に対し、ロイ君が声を張り上げる。


「なぁに?」


 私は振り返ることなく彼の言葉を待つ。


「こ、この借りは必ず返すからな! 施しなんてぜってぇ受けねぇからな!」


「おっけー、その時を楽しみにしてるよ」


 彼の宣言を聞いた私は、手をパタパタと振って返事をすると、次の階層へ降りてゆくのだった。

 ふふっ、借りを返すか。少しはこっちの言いたいことが通じたみたいだね。


『初級魔性の女スキルを取得しました』 


 ん? 何でこのタイミングでそんなスキル覚えるの?


 ◆


「うわぁ、もう11層だぁ」


 ロイ君達と別れてから、私達はとんとん拍子で11層までやってきた。

 だって魔物が弱すぎるんだもん。

 あまりに弱いので、5層と10層のボスも簡単に倒せてしまった。


 スレイオさんにもらった魔物大図鑑であらかじめこのダンジョンに現れる魔物の勉強をしていた事もあって、初見殺しな攻撃を受ける心配もなく冷静に対応できたのも大きかった。


「でもこの辺になると子供達は居ないねー」


 そうなのだ。子供達はろくに装備が整っていないこともあって、5層あたりで年長者のいるパーティでも苦戦するようになっていた。

 なので、子供達の戦いっぷりを見て、きつそうな子達には偽善無料辻ヒールをかけてあげて、余裕を持ってて戦えてる子達は押し付けにならないように自粛しながら進んできた。


 で、今いる11層の魔物は、私達の活動していたスモーバグのダンジョンの2~3層くらいの強さって感じなので、木の棒で戦う子供達だと流石にキツいだろうな。


「でも私達にとっては全然手ごわくもないし、このままだと最下層まで行っちゃえそうな雰囲気だねぇ」


「むしろ行っちゃおうぜー!」


 なんてことを言ってる間に14層に到達。

 このあたりまで来ると子供達の姿はほとんどなく、ある程度装備を整えた年長組だけのパーティか、大人の冒険者達だけになってくる。


「子供でもクリアできるダンジョンって言ってたし、そろそろ最下層かな?」


 これ以上魔物が強くなると、もう子供達が頑張ってもクリアするのは難しいだろう。

 出来るとしたら、装備をしっかり整えて、ある程度の修行を積んだ……貴族の子くらいだろうね。

装備は平民の子でもお金を貯めれば何とかなるけど、冒険者としての教育となると普通の子供じゃ難しいからねぇ。


「おっと、戦闘音かな?」


 下層への階段を探してあてもなく歩いていると、前方から、キンキンと戦闘音が聞こえてきた。

 どうやら誰か戦っているようだ。


「一体どんな人達が戦ってるんだろう」


 やっぱり大人の冒険者パーティかな?

だとすれば迂闊に近づいて戦闘に巻き込まれると相手にも迷惑かかるだろうし、そっと近づいて様子を見る事にしよう。


対応を決めた私は、そっと足音を立てないように歩を進めてゆく。

すると、前方で戦う冒険者の姿が見えてきた。


「あれ? 一人?」


 魔物と戦っていたのは、たった一人だった。

 背は小さく、間違いなく子供の冒険者だ。


「っていうか……あの子」


 私は魔物と戦う子供に見覚えがあることに気付く。


「たぁーっ!!」


 それと同時に、子供が魔物に最後の一撃を与えた。

 必殺の一撃を受けた魔物は、そのままダンジョンの床に体を沈める。

 おお、一人で勝った。


「ふぅ、さすがに疲れたな」


 そういって額を拭うのは、昨日ダンジョンで決闘騒ぎを起こしていた片割れの男の子なのだった。

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