第55話 決闘騒ぎと本物の貴族に遭遇です(なのになんで跪いてくるんです?)

「もう許さん! 決闘だ!」


「おほほほほっ! よろしくてよ! 無様に地べたに這いつくばりなさいな!」


リロシタンのダンジョンを下見にやって来た私達は、なんとそこで決闘が始まる瞬間に出くわしてしまった。

ええと、これどうしたもんかな。


事情が分からないから迂闊に首を突っ込めないし、かといってこんなダンジョンの入り口で決闘騒ぎなんて迷惑以外のなにものでもない。

何より子供がガチの武器で決闘とか、流石に見過ごせない。


「ふっ、わたくしの華麗な魔法を見せてあげましょう」


「ぬかせ! 我が剣で目にもの見せてくれる!」


 こういう時は……そうだ! 大人に仲裁を!!

 私はどこかに大人がいないかと周囲を見回すと、すぐに衛兵らしき男の人の姿が目に入った。

 良かった! あの人に仲裁を頼めば……って、なんかめっちゃ顔逸らしてるぅーっ!

 衛兵は決闘騒ぎをしている二人から全力で顔を逸らしていて、なおかつ視線まで明後日の方向に逸らされていた。


 そんなに厄介事に関わるのが嫌かーっ!! いやまぁ、私も嫌だけどさ。

 くっ、よく見れば他の大人達も、関わり合いになりたくないのか、顔を背けたり、仲間同士で雑談に興じたり「おっと忘れ物しちまったぜ」とか言ってわざとらしく引き返してゆく。


 くっ、仕方がない。こうなったら私が直接仲裁に行くしかないか!

 はぁ、いきなり決闘騒ぎ起こすような子達に関わるとか嫌だなぁ。

 でも子供の血を見るのはもっと嫌だし……


「おっと大事な事を忘れていましたわ。貴方如きが相手とは言え、決闘の作法は守らねばなりません。どなたかに見届け役をお願いしましょうか」


 と、決闘騒ぎを起こしていた子供の片割れである少女の視線が、これまた仲裁に行こうとしていた私とかち合う。


「丁度良いわ。貴方、わたくし達の決闘の見届け人に……って、あ、あら?」


 ビシリ、と私を指差して話しかけて来た少女の言葉が突然止まる。

 いや、言葉だけではなく、全身がまるで金縛りにあったかのように硬直している。

更にバラ色だったほっぺたが真っ白になっていき、青みすら浮かべてゆく。


「あ、ああ……」


 少女は魚みたいに目を見開いてプルプルと震えだす。

 次の瞬間、少女は物凄い勢いでしゃがみ込んだ。


「「も、申し訳ございませんっっっ!!」」


 何故か少女だけではなくもう一人の子供も一緒になってしゃがみ込んだ。

 いやこれ、しゃがんだんじゃなくて、跪いてる?

 彼女達は片膝と片方の拳を地面につけて、反対の手は腰の後ろに隠す仕草を見せて明らかにこちらに対して何らかの礼を取る形になっている。

 って、急に何で!?


 もしかして私の後ろに誰か偉い人でもいるのかなぁ~と思って後ろを見るけれど、誰の姿も見当たらない。

 周囲の子供達にもしかして私の事? と自分を指差して尋ねてみると、子供達はみんな揃って無言で頷いた。

 そっかー、私かぁ。


「ええと、良く分かんないですけど、怒ってないので立ってください」


「「はっ!!」」


 私がそう言うと、二人は物凄い速さで立ち上がる。

 ただ、男の子の方はシュバッ、と立ったのに対し、女の子の方は優雅さを感じる立ち方だ。


 立ち上がった二人の顔をじっと見つめると、二人は物凄く緊張した様子で視線を返してくる。

 そのカチコチっぷりは、まるで死刑宣告を待つ罪人のようでもあった。


 うん、これは多分アレだね。この子達は私を誰か偉い人と間違えているんだろう。


「ええと、勘違いの無いように言っておきますが、私はただの冒険者ですよ。どこにでもいる冒険者。だからそんな偉い人に会ったみたいに緊張しなくて良いですよ」


「「っっっ!?」」


 そしたら何故かクワッ! と目を見開いて、心底驚いたと言わんばかりの表情で私を見つめてくる子供達。


「……そ、その通りですわね。わたくしが浅慮でしたわ」


「ご指摘感謝いたします」


 うーん、まだ勘違いされてるっぽい?

 でもとりあえずは勘違いですよー、私は平民ですよーって周囲の人達が見ている所でアピールできたので、後で騙したなー! って文句を言われても、ちゃんと言ったよって反論出来るので良しとしよう。


「何が原因か分かりませんけど、こんなダンジョンの入り口で決闘はどうかと思います。勝負するにしても、冒険者らしくダンジョンでの活動で白黒つけてはどうでしょうか?」


 片方が貴族の子っぽいので、ちゃんと敬語で話す。

 後で平民だったとちゃんと納得してくれた時の為にね。


 さて、二人の姿を改めて観察すると、女の子の方はいかにも高貴~って感じの格好だ。流石にルドラアースの魔法少女みたいな装備じゃないけど、身に着けているローブや杖は明らかにお高いのが分かる。

 きっと良い所のお嬢様だ。


 で、もう一人の男の子は、見た目はボロいけど、ちゃんと装備は一式整っていた。

 というか、間近で見るとこれ金属鎧だ。

 全身を覆っている訳じゃないけど、大事な部分は金属で守って、それ以外の所は革の防具で守っている。

 きっとこの子の体力を配慮してパーツを使い分けているんだろう。

 周りの子供たちの装備を見るに、普通の子殿がこれだけしっかりした装備が整えられるとも思えないから、もしかしてこの子も平民じゃない?

 それともこの子の親が冒険者とかなら揃えれるかな?


「確かに貴方の仰る通りですわ。わたくし達はただの冒険者。ならば決闘を行うのは道理が通りませんものね」


「ああ、決闘は貴族が行うもの。冒険者が行う事ではない」


 どうやら納得してくれたらしい。なんか妙に冒険者って強調してるけど。

 二人はお互いから一歩離れると、私に一礼してくる。


「わたくし達の無作法を窘めて頂き、感謝いたします」


「皆にも迷惑をかけた。すまない」


 それだけ告げると、二人は何事もなかったかのようにダンジョンへと入って行った。

 ダンジョンに入る瞬間に、一瞬だけ私に目礼をして。


「……はぁ、なんとか穏便に済んだぁ」


 決闘騒ぎが無事収まり、私はホッと一安心する。すると……


「お姫様すごーい! あの二人の決闘を止めちゃった!」


「ありがとうお姫様!」


「え? ええ?」


 二人の決闘騒ぎでダンジョンに入れずにいた子供達が私に群がって来る。


「あの二人いっつも喧嘩するんだよー」


「そうそう、それで後でギルド長に怒られてるんだよ」


 どうやら決闘常習犯だったみたいです。


「それでよく大怪我せずにいれたね」


「ううん、一杯怪我してたよ」


 この世界の子供達、殺意高すぎない? いやそれだけ殺伐とした世界情勢って事なんだろうけどさ。


「お陰で今日はすぐにダンジョンに潜れるよ! ありがとう!」


「ありがとー!」


 子供達は私に感謝の言葉を投げつつ、ダンジョンへと潜っていった。


「……なんか、疲れた」


 うん、今日はもう帰ろう。


『初級カリスマスキルを取得しました』


 またなんかスキルを覚えた。

 っていうか何でカリスマ? 覚えるならせめて説得じゃないの?


「あっ、でも交渉系のスキルは前に取得してたっけ」


って事はさっきあの子達が素直にいう事を聞いてくれたのも、この間手に入れた説得スキルのおかげだったのかな?

だったら取得した甲斐があったかも。


 ◆


「って事があったんですよ」


 宿へ戻って来た私達は、夕食を食べながら今日の出来事をストットさん達に報告する。


「はははっ、ここじゃ貴族同士の揉め事はよくある事だからな」


 話を聞いていたトライオさんが面白そうに笑い声をあげる。


「ええ!? よくある事なんですか?」


「リロシタンの町のダンジョンは子供向けな事もあって、周辺から貴族の子供達が修行や、ダンジョンクリアの箔付けの為に来ることがあるのだよ。しかし子供であっても貴族。見栄の張り合いで行き過ぎて決闘騒ぎを起こす者もいる。大人ならうまくかわす事も出来るだろうが、子供となるとそういった経験も少ないからな」


 つまり社会経験が少ない子供達だから、気軽に決闘騒ぎを起こしちゃうってことかぁ。


「でもそれ、後々厄介な事になりませんか? 例えば偉い貴族の子供知らずに下っ端貴族の子供がもめ事起こして後で大変な事になるとか」


 自分達の知らない所で子供達が大騒動の原因になったら、下級貴族の親とか気が気じゃないだろうなぁ。


「勿論厄介なことになる。だが子供の喧嘩が原因で貴族間の軋轢が生まれては、国の運営が成り立たん。だから冒険者として活動する者は、ダンジョンに潜る時は貴族としての立場は忘れ、一個人として振舞うように教育されているのだ。ダンジョンでももめ事を政治の世界に持ち込まぬようにな」


 おお、そんな教育までしてるんだ。

 だからあの時、妙に冒険者って言葉を強調してたんだね。


 そして流石リドターンさん。騎士だけあって貴族の事情に詳しい。

 この人、初めて会った時に自分のことを戦士と言っていたのは、そういう貴族社会の事情があったからなんだね。

ルドラアースの危機の時は、冒険者じゃなく、騎士として人助けをしたいからと正体をバラしてくれたけど、あれがなかったらずっと戦士と偽ったままだったのかもしれない。


「ま、そうはいっても人間だ。理屈で確執が解消される訳もない。裏で目を付けられる事なんざザラよ」


ひぇっ、やっぱそうなんだ。


「そう心配する事はない。真っ当な教育を受けた上級貴族の子弟なら、寧ろその時の騒ぎを大人になった時に上手く利用して、相手を自分の勢力に取り込むくらいのしたたかさを身につけているとも」


 成る程ねぇ。とりあえず私はそこまで気にしなくていいっぽいようだった。


 ◆弟子を見送る老人達(ストット)◆


「じゃあ行ってきます!」


「幸運を祈っておりますよ」


 翌朝、アユミさんとリューリさんは、リロシタンのダンジョンへと向かって行きました。


「さて、彼女はどこまでいけますかね」


 私の呟きに仲間達が苦笑いを見せる。


「おや、どうしましたか皆さん?」


「まったく、お前さんも良く言うぜ。何が子供向けダンジョンだ」


「おやおや、事実でしょう?」


「確かにの、上層部はお主の言う通り、子供向けのダンジョンじゃ。しかしのう……」


「下層はな……」


「ははははっ」


 そう、このダンジョンは間違いなく子供でも最下層まで攻略できるダンジョンでした。

 昔はね。

 ですが何度も攻略された事で階層は深さを増し、それに比例して魔物の強さも増してゆきました。

 それゆえ、下層に潜る事が出来るのは一部の教育を受けた上級貴族の子弟か、大人の確かな実力を持った冒険者のみとなってしまったのです。


「おやおや、随分な言い草ですね。しかし私は彼女にちゃんと言いましたよ。『子供でも攻略できた』と」


 そう、攻略できた。それは間違いのない事実です。今はともかく。


「そういうのを屁理屈とか詐欺と言うんじゃ」


「現在のリロシタンのダンジョンはまだ誰もクリアしてないそうではないですか。いやー楽しみですねぇ。我々の弟子がこのダンジョンを何日でクリアできるのか。見物ですね!」


 私は浮き立つ心を抑えきれず仲間達に笑いかける。

すると彼等は皆何故か渋面でこう言い放ったのです。


「「「この腐れ坊主」」」


 おやおや、心外ですねぇ。

 これは私の親心ですよ?

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