第52話 そういえばレベルが上がっていました(女神様はおかんむり)

「よーし、勝ったー!」


 今日の私達はダンジョンの第八層を探索していた。

 第六層では酷い目に遭った私達だったけれど、魔物大図鑑を読み込んでからの冒険は驚く程順調だったのだ。

 事前に魔物の情報をチェックし対策を準備しての冒険は、これまでの苦労は一体何だったのかと首を傾げるくらいだ。


「スレイオさんに感謝だねぇ」


「希少種も狩れたし大儲けね!」


 そう、今日は8層のレアモンが狩れたのだ。

 こいつはイノシシの魔物でブルーグレートボアと言って、売って良し薬や武具の素材にして良しの、素材になる部位だらけの魔物なのである。

 あっ、お肉も美味しいらしいよ。


「地上に戻ったら冒険者ギルドでブルーグレートボアの討伐依頼とかないか調べてみよう。そんでこれを欲しがってる冒険者が居たら、素材だけ売ってお肉は私達で食べてもいいね」


 冒険者になる事は出来なかった私だけど、冒険者達に紛れて隠密スキルを発動すれば、職員の人達の目を掻い潜る事が出来ると分かったんだよね。

 で、ギルド内に設置された依頼用紙の張られた依頼ボードをチェックすれば、狩った魔物のお値段もある程度チェック出来る訳なのです。


「わーいお肉お肉!」


 その時は私達だけじゃ食べきれないし、リドターンさん達におすそわけしようかな。


 ◆


「いやー、良い値段で売れたね」


 依頼ボードを確認した帰り、運よくブルーグレートボアを探していた冒険者達に遭遇した私は、彼等にブルーグレートボアの素材を売る事が出来た。

 何でも料理店から急ぎの依頼でブルーグレートボアのお肉を募集されてたらしいんだよね。

何でも貴族にお出しする食材としてどうしても必要だったのだとか。

 という訳でブルーグレートボアを売れた訳だけど、残念なことにお肉は全部買い取りになってしまったので、レアモンステーキにはありつけなかったのだ。がっかり。


 でも冒険者さん達が新しい装備に使いたいからぜひ残りも売ってほしいと言ってくれて全部買い取って貰えたので、懐はとっても温かいのだ。

 曰く、レアモンは探しても見つからないから、買った方が逆に安いとか。

 ルドラアースでも似たようなこと言ってる探索者がいたけど、そういうのはどっちの世界でも同じなんだねぇ。


「でも不思議よね」


「不思議って何が?」


 ホクホク気分の私とは対照的に、リューリが首をかしげて不思議がる。


「姫様が襲われない事が」


「はぁ!?」


 いきなり何言い出すのこの妖精は!?


「だってさ、さっきの魔物はすっごい珍しいから人間にとって価値があったんでしょ? だったら馬鹿正直にお金を払わなくても、無理やり奪えばいいじゃん。人間ってそう言う事平気でするんでしょ?」


「いやまぁ、そういう人間がいないとは言わないけどさ、でもそうじゃない人間もいっぱいいると思うよ」


 そう、悪い人もいるけど、良い人もちゃんといる。今まではそういう良い人達と商売が出来ていたという事だろう。


「そうかなぁ。命懸けで魔物と戦うような冒険者なんてしてる連中が、そんな真っ当なのばかりとは思えないんだけど……」


 ちょっ、怖い事言わないでよ。

 次当たり本気で襲われそうじゃん。


「気を付けた方が良いと思うよ。


「まぁ、そうだね。これからは気を付けるよ」


 確かに、例え強盗で無かったとしても、探索者協会の事もあるし、警戒しておくに越したことはないか。

 そんな話をしながら食事を終えた後はまったりタイム。


 スレイオさんから貰った魔物大辞典を開いて魔物のお勉強だ。

 この本、真面目に魔物の事が書かれているんだけど、この魔物はこの部位が美味しいとか、この魔物は羽の模様が非常に綺麗とか、ちょこちょこ面白い事が書かれているんだよね。


 更に記載されている魔物の種類が変わる時に、図鑑の内容から逸脱した部分がコラム調に書かれているんだけど、これが中々面白い。

 これを書いた人は作家の素質もあったんじゃないかな。

 そんなコラムを読んでいた私は、ふとその中の一文に目を惹かれた。


『かようにフロアの難易度に不釣り合いな強さを持った魔物には弱点が存在する事が多い。これはダンジョンの創造主が挑戦者に試行錯誤を求める為のギミックなのではないかと私は考える』


試行錯誤を求めるギミックか。

確かに、私もここ数日の探索ではそれを強く感じたよ。


『特定の手順、有用な道具を使う事で劇的に難易度が下がるのはそのためだろう。しかし私が気になったのは、探索を続ける事でそれらが繰り返し行われる事だ。これはスキルの取得手順に似ていないだろうか?』


 と、今度はスキルにも言及する筆者。


『もし魔物の攻略が我々に試行錯誤を求めているのなら、それは多くのスキル取得を促しているという事ではないだろうか? そう考えると、ダンジョンとは我々に対し、成長を促す為の設備であると言えるのかもしれない』


 ダンジョンが成長を促す設備か。

 ダンジョンを作った神様達の真相を知ってる私としては、中々鋭い意見だと唸らざるを得ない。


「成長かぁ。私もこっちの世界に来てからかなり沢山のスキルを取得したもんなぁ」


 ふとそういえば自分は今どれだけ強くなったんだろうと気になった私は、ステータスを開く。

 するとそこには驚くべき光景が広がっていた。


アユミ Lv16


HP 148/148

MP 122/122


体力23

魔力18

筋力18

敏捷力19

器用さ15

知力15

直感18

隠蔽9

回復力10

幸運3


「ってっ! めっちゃ能力値上がってる!」


 ステータスで能力値を見た私は、数値の上がりっぷりにびっくりする。

 えっと、確かもともとの私のステータスって高いのでも10前後じゃなかったっけ?

 なのに今見たら明らかに増えてるんですけど!?


 何でこんなになってるのかと困惑していた私は、そこで自分のレベルが16になっている事に気付いた。


「あっ、もしかしてレベルアップ!?」


 そうか、この間ルドラアースで戦ってきたからレベルアップしたんだ!

 突然の能力値アップの理由がわかってほっと一安心する。


「でも、いつの間にレベルアップしたんだろう? 向こうで戦ってるときはレベルアップメッセージ出なかったのに」


 それとも戦いに夢中になってレベルアップメッセージを無意識に読み飛ばしちゃったとか?


「そんな覚えはないんだけどなぁ」


 そんな風に首をかしげているとステータス画面にピカピカ光る項目がある事に気付いた。


「メッセージログ?」


 光っていたのはメッセージログだった。

 何か新しいメッセージでも入ったのかと思った私は、ログのボタンをタップする。

 すると……


『無事エーフェアースに到着したみたいで何よりです』

『さて、そちらの世界ではレベルアップではなく、スキルを取得する事で強くなる世界です』

『ですので沢山スキルを覚えて強くなってくださいね。』


 ログは女神様からのものだった。


「あれ? でもこの内容、なんかおかしいぞ?」


 というのもこのメッセージ、内容がエーフェアースでのスキル取得に関するものだったのだ。

 しかも中身は以前自分が出来る女上司風女神様や、リドターンさん達から聞いた内容と殆ど同じものだった。

 はて? これはどういう事だろう。


『そしてスキルには初級スキルから始まる等級スキルと、ランクのないスキルの二種類があ』

『ります。そしてスキルの性能は固定式なので、より強い能力が欲しい場合は等級の高いスキ』

『ルを取得しましょうね』


 私はその後もメッセージを読み進めるけれど、中身はエーフェアースで強くなるために必要なけれど当の昔に得た情報ばかりだった。


「はて、ルドラアースで得た筈の情報なのになんでこんな周回遅れの情報が?」


 まるで私がまだエーフェアースのスキルを取得していないかのような口ぶりだ。

 私はメッセージを流して内容を確認してゆくけれど、やはりスキルに関するメッセージは既に聞いたものと同じ内容だった。

 もしかしてこれ、あらかじめ情報を纏めて送ってあったりする?


 けど私がエーフェアースに転移して、レベルアップでメッセージを受け取れなくなったことで、情報がストップしちゃってたとか?


『ねぇ、何で読んでくれないの?』


 と思ったら、なんかメッセージの空気が変わった。


『私毎回既読チェックしてるんだけど! なんで未読のままなのーつ!!』


「え、ええーーっ!?」


 いきなり何事!?


『貴方が喜んでくれると思って色々役立つ情報送ってたのに、全然読んでくれないなんてお母さん悲しいわーっ!!』


 お母さんじゃないでしょ!!

 あ、あれ、レベルアップしなくなったから新しいメッセージが見れなくなったのが原因じゃない? いや待てよ。」


そこで私は女神様のメッセージの前後に、レベルアップについての連絡が無い事に気付いた。

「そうだ! メッセージが入る前のレベルアップの表記がない! って事はこれらのメッセージはレベルアップ関係なしに送られてきてた!?」


 私は嫌な汗が流れるのを感じながら、ログを確認してゆく。

 するとそこには既読が付かないことに対する恨み言が延々と綴られていた。


「ひ、ひぇぇ……」


 や、ヤバい。神様の恨み言とか、これ下手すると呪い案件なのでは!?

 しかし危険な空気が、あるページから一転する。


「アユミちゃん聞いたわ! 貴女エーフェアースだとレベルが上がらないからメッセージが送られてこないと勘違いしてたのね! 知り合いの女神ちゃんが教えてくれたの! もー、それならそうと言ってよね♡」


 いや、このメッセージ一方通行ですやん!

 しかし、知り合いの女神ちゃんと言う方のお陰で、女神様の呪いは間一髪回避されたらしい。

 ありがとう知り合いの女神ちゃん様!


 という訳でここからは安心してメッセージを読み進める。


『レベルアップしました▼』


 そこからは怒涛のレベルアップ連絡だった。

 ステータスの上昇について、そして女神様からのメッセージと続いてゆく。


『ねぇ、ルドラアースでレベルアップしたのに何でメッセージ読んでくれないの?』


 と思ったら突然またヤンデレメールが入って来た。

 一体何事ぉーっ!!


『エーフェアースに戻る前にレベルアップの告知があったでしょ! なのに何で読んでくれてないの!?』


「ひぇぇぇっ!!」


しまった! こっちに戻って来た後でまたメッセージ爆撃来てたの!?

でもレベルアップメッセージが出なかったからこっちだってどうしようもなかったんだよー!

私は半ば現実逃避気味にこの間の戦いで、レベルアップメッセージが出なかったかを必死で思いだす。


「やっぱ見た覚えがない。いやホントなんでレベルアップ表示が出なかったの!?」


 それとも何かそうなる原因があったとか?

 あの時にあった原因になりそうなことといえば……あっ


「妖精合体!」


 思い出すのはそれだった。


「まさか妖精合体がここでも問題を!?」


 ありうる、リューリと合体してるときに、本来表示されるメッセージ機能がバグを起こして表示されなかったんじゃないだろうか?

 事情を分かって私は納得……してもこの状況は変わんないんだよなぁ。

 私はメッセージログから漂う呪わしい気配に震ながら、ログを進める。


「このまま放置したら、今度こそ呪われるよね」


 結局、その日は一日中女神様の恨み言を最後まで既読が付くよう読み進める事になるのだった。

 メールはちゃんとチェックしないとだめだね、とほほ……


『業務とは関係のない雑談が多すぎた為、担当者は暫く反省させます』


 あっ、天罰落ちた。


 ◆闇に蠢く者◆


 俺は吐きそうな気持を必死で隠していた。


「さて、今日の報告会だが……」


 その声を聞いた途端、心臓の鼓動が跳ね上がり、嫌な汗と動悸で全身が震えてくる。

 いっそこのまま死ねたらどんなに楽か。

 だがこのお方の不興を買えば、間違いなく楽な死に方は出来ん。

 俺はどうかこのお方が怒らない様にと祈りながら、報告を行う。


「こ、黒竜の二代目が例の少女に手を出そうとしていましたので、我々の方で躾けておきました」


「そうか、手間をかけるな」


 たったこれだけの報告でも安堵でへたり込みそうになる。

 つ、次の報告だ。


「いえ、お気になさらず。それよりもモーブルラ家の好色息子が彼女の噂を聞きつけたと聞いております」


「モーブルラ家のバカ息子だと!?」


「「「っっっ!?」」」


 怒気、殺気でもなんでもないただの怒りの言葉だけで、意識を失いそうになる。

 だがここに揃っているのはこの町の裏社会を牛耳る者達であり、このお方の怒りに

対し、不幸にもギリギリ耐えてしまえるだけの実力は持っていた。

 いっそ気絶してしまいたい。


「ご、ご安心を。そちらは我々の方で手を回しております。コーゼット家のご令嬢の耳に、モーブルラ家の令息が懸想していたという情報を流しておきましたから、それどころではなくなる筈です」


必死でこの件を担当すると豪語した大幹部の一人が、このお方の怒りを和らげようと弁解、いや対応済みであることを告げる。


「コーゼット家? あの行き遅れの事か」


 コーゼット家の令嬢と言えば貴族社会とそれに関わる界隈では有名だ。

 あまりにも我が儘過ぎて嫁の貰い手がないまま令嬢と呼ぶにはかなりキツい年齢になった貴族の女だ。


 本人も現状に焦っているようだが、未だ婚約が成立する気配がないのでお察しだ。

 そこに貴族の男が懸想しているという噂が立てば、コーゼット家は飛びつくだろう。

 何せコーゼット家にはあの令嬢しか後継者がいないからな。なんとしてでも婿が欲しいと焦っているほどだ。


「良い仕事だ。コーゼット家も喜び、モーブルラ家も息子の女遊びが収まって安心できるだろう」


 ただそれだけであっさりと怒気が消えた。

 ほ、本当に死ぬかと思った。

 大幹部の方はというと、今回の件を容易く解決し、御方の歓心を買ってみせると豪語していたとは思えない有り様だ。


「引き続き、あの娘に手を出す者が出ないよう監視をしておけ」


「「「はっ!!」」」


 あのお方が退席した事で、俺達は安堵のあまり椅子からずり落ちそうになる。


「ボスの座を譲り話して引退したにも関わらず、何て迫力だ……」


 引退して耄碌したなんて言ったのは誰だ。耄碌どころか前にも増して凄みが増しているじゃないか!!


「神脚のスレイプニールと呼ばれ、八つの戦場を自在に駆け回ると称されたあのお方があそこまで気にするとは、一体何者なんだあの娘は……」


 そんな事を思った途端、全身に寒気が走る。


「っ!?」


 間違いない。俺の中の直感スキルと危機回避スキルからの最大限の警告だ。

 生き延びたければ関わるな、知ろうとするなと。


「ああ、分かっているとも」


あのお方の事を多少なりとも知っているヤツが、この国の暗部を支配していたあのお方の事を知っている奴が、万が一にも逆鱗に触れる真似など、する訳がないじゃないか。

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