第51話 お爺ちゃんの魔物辞典(知識とは力なり、金とは暴力なり)

 私の盾に赤い光が当たる。

 次の瞬間、バシュンという音と共に閃光が盾にぶつかるも、盾は全く傷ついていなかった。


「うわー。ほんとに耐えられたよ」


 私は呆れながらも魔法で生み出した土と水を混ぜて泥玉を作り、ジュエルウルフの顔面にある宝石に泥玉を叩きつける。


「ギャウン!」


 すると宝石を蓋されたジュエルウルフは情けない声を上げて、あからさまに狼狽しだす。


「それっ!」


 そして私の剣の一撃を喰らって、あっさりと首を落とされる。


「うーん、攻略法を知ったらびっくりするくらい簡単に倒せちゃったよ」


「だよねー、昨日はあんなに必死で戦ったのにねぇ」


 と、頭の上にしがみついていたリューリがウンウンと頷く。


 祝勝会を終えた翌日、私達は再び六層にやってきてジュエルウルフと戦っていた。

 そしてリトターンさん達に聞いた対抗策を実践してみたところ、あっさり勝利することが出来たのだった。


「本当に魔物との戦いって情報収集が大事なんだなぁ」


 とはいえ、その情報を得るのが難しいのが問題なんだよね。

 ルドラアースなら図書館があるから、ある程度魔物の情報が手に入るけど、エーフェアースには図書館がない。

 だから情報収集が難しいんだよね。


「でもこのままだとまた昨日のように攻略法の分からない魔物に追いかけられかねないし、最悪の場合初見殺しの魔物に襲われて殺されてしまうかもしれないんだよねぇ」


 何とかこっちでも情報を得ないとね。


 ◆


「おお、いたいた」


 地上に戻ってくると、スレイオさんと出会った。


「こんにちはスレイオさん」


「そういうお前さん達は今日もダンジョンか。熱心なのは良い事だが、ちゃんと休むんだぞ」


「はい!」


「ダンジョン帰りならちょうどいい。飯を奢ってやるからついてこい」


「わーい!」


「やったー!」


 やったー! 今日も奢りだー!


 私達は奢りに喜びながらスレイオさんについてゆくと、大通りから外れたお店に連れてこられた。


「表通りの店は小綺麗な店が多いが、そりゃ旅人相手の店って事でもある。つまり高いって事だ。安くてうまいものが食いたいなら、大通りから外れた店を探すのもありだ。まぁ、安いだけで不味い店もあるから気を付けないといかんがな」


「おや、それじゃあスレイオさんにとってウチの店はどうなんですかい?」


 とそこに、お店の人らしいお姉さんが話に絡んでくる。


「不味い店なら子供を連れてきたりせんさ。今日のおすすめを二つと酒と果実水を頼む」


「子供……? ……っ!?」


 はてと首を傾げたお姉さんが私をみると、途端に神妙な顔になる。


「スレイオさん、アンタ金に困ったからってこんないいとこの子供を!?」


「んなわけあるかバカ野郎! こいつは俺達の弟子だ!」


 何かを勘違いしたらしいお姉さんに対し、スレイオさんが慌てて弁解をする。


「弟子ぃ?」


「そうだよ。俺達で育ててるんだ」


 はい、育てられています。


「はぁー、スレイオさん達が弟子ねぇ。まぁ歳を考えればわかんない事もないけど……ああ、成程、リドターンさん関連ですか」


「なんでアイツの名前で納得するんだよ。いいから注文取ったらさっさと戻れ」


「はーい」


 スレイオさんに追い払われると、お姉さんはパタパタと手を振りながら厨房に戻ってゆく。


「まったく、さて、それじゃあ料理が来るまでこれでも読んでろ」


 と、スレイオさんが懐から得でっかい本を取り出す。


「うわっ、でっか! どこから出したんですか?」


「どこからって収納スキルで入れてたに決まってるだろ」


「収納スキル?」


 おおっと、聞き覚えのないスキルですよ?


「なんだお前、収納スキルを知らんのか? 収納スキルってのは荷物をギリギリまできれいに詰め続けると覚えるスキルだ。効果は実際の袋やポケットの容量よりも大きく入るってもんだ。シンプルな効果だが、討伐や採取で手に入った素材を持ち運ぶ冒険者にとっては重要なスキルだぞ」


 なるほど、スキル版魔法の袋って訳か。

 確かに持ってると便利そうだね。あとで練習してみよっと。


「さて、脱線はこの辺でこれを読んでおけ」


「えっと……レイジンゲル窮極魔物大図鑑?」


 スレイオさんから渡されたのは、様々な魔物の事が掛かれた図鑑だった。


「お前さん、魔物の事を碌に調べずにダンジョンに潜っていただろ? 流石にそりゃあ致命的だ。ダンジョンの魔物には初見殺しの能力を持った奴も少なくない。パーティで団体行動をとってるなら初見の魔物が相手でも生き残る可能性も高いが、お前達は子供と妖精だ。いざというとき仲間を担いで逃げれない以上、実質一人で行動しているも同じだ。事前情報はなおさら重要と知れ」


「は、はい!」


 確かに、リューリは私の仲間だけど、体のサイズ差があり過ぎて私が倒れた時に運んでもらうなんて無理だもんね。


 私は魔物大図鑑をペラペラとめくる。

 するとそこには魔物の絵と能力、どの部分でどういう攻撃をするか、どの部位が素材になるか、弱点はどこか、どのくらい危険ない相手か、遭遇する頻度、どこのダンジョンのどの階層に出るかなどが克明に描かれていた。


「すっごい詳細に書いてありますねコレ。高かったんじゃないですか?」


「さてな、昔買った本だったからいくらだったかなんて忘れちまったよ」


「昔って事は、スレイオさんはこの本を全部読み終えたんですか!? 滅茶苦茶分厚いですよ!?」


 正直物凄い分厚くて、国語辞典か六法全書かってくらい分厚い。

 ぶっちゃけ、これのカドで攻撃すれば、魔物とだって戦えるんじゃないかな?


「おう、だからそいつはお前にやるよ。少しずつでいいから読み進めな。少なくともこれから潜る階層の事はしっかりとな」


「ええ!? くれるんですか!?」


 まさかくれるとは思わなくて、私はびっくりしてしまう。

 だってこの世界の本って、ルドラアースと違って高いんでしょ!?


「それにこれ……もしかして新品じゃないですか!?」


 よく見るとこれ、すっごい綺麗な本だ。

多少擦れてるところはあるけど、スレイオさんが昔買ったにしては明らかに状態が良すぎる。

 まさかタカムラさんみたいに、私に与える為にわざわざ新品を買って来たんじゃ!?


「あー、いいんだよ。魔物についてかなり詳細な情報が書いてあるって聞いたから買ったはいいが、中身はほとんど知ってる魔物の事しか書かれてなくて肩透かし喰らったヤツだからよ。だが魔物の事を碌に知らんお前には役に立つだろう。だからお前が持っとけ」


 しかもこの本の内容はとっくに知っていたと言われ、更にビックリ。


「本当に良いんですか? 売ればかなりのお金になると思いますよ?」


 この世界の本は高いんだから、売っても結構な値段になるはず。


「構わん構わん。その程度の本なぞ、俺くらいの冒険者にとっちゃ小遣い程度の金で買える」


 こんな分厚い本が小遣い程度って……


「それにその本に書かれた魔物は基本的な奴等ばかりだ。お前がこれから先もダンジョンに潜り続けるなら、当然知っていて当然程度の当たり前の魔物の情報しか書かれていない。見た目が分厚いだけで知識としちゃ大した量じゃないさ」


 この分厚さで大したことないかぁ……

 確かに製紙技術がまだ未熟なのか、この本は一ページ当たりが分厚い感じはする。

 でも書かれている内容とこの分厚さを考えると、ページ数的に薄いともいいがたい。


「その本に書かれていない魔物を見つけたら、その時は自分で本を探して買いな」


「は、はい!」


 こんな分厚い本に書かれていない魔物かぁ。

一体この世界にはどれだけの種類の魔物がいるんだろう……

 

「はい本日のおすすめ料理だよー!」


 魔物図鑑を読んでいるとお店のお姉さんが大量の料理を運んでやってくる。


「よし、勉強はいったん休憩して飯を食うぞ」


「「はーい!」」


 やったー! ずっと本を読んでたからそろそろ気分転換がしたかったんだよねー!


「あらまぁ、ほんとにお勉強なんてやってたんだ。こりゃスレイオさんが弟子を取ったってのもホントみたいだね」


「ホントみたいって今までなんだと思ってたんだよ!」


「そりゃ勿論、いたいけな子供を騙して誘拐したのかと……あっ、ゴメンゴメン、誤るからそんな怖い顔しないで」


  スレイオさんに睨まれてあっさり白旗をあげるお姉さん。


「ウチのご飯は美味しいから、たっくさん食べなよ!」


「はーい!」


 と、料理を並べ終えて厨房に戻ろうとしたお姉さんが私に耳打ちする。


「そうそう、このおじさんにいじめられたらいつでもウチに逃げてきな。かくまってあげるからさ」


「バカ言ってねぇでさっさと仕事に戻りやがれ!」


「ははっ、冗談だって」


 耳元でこっそり囁いたお姉さんだったけれど、スレイオさんには筒抜けだったらしく、怒鳴り付けられて追い払われてしまう。


「まったく、仕方のねぇやつだ」


 スレイオさんはやれやれと肩をすくめてため息を吐くと、手にした酒を飲み干す。


「……だがまぁ、頼りにならん訳じゃない。何か困ったことがあったら、この店を頼るといいさ」


 そうポツリと呟くスレイオさん。


「はぁ……」


 ええともしかして、この店に連れてきたのって、料理がお勧めだからとかじゃなく、何かあったときにかくまってもらう為の逃げ場所として紹介してくれたって事?


 けれどこの後スレイオさんは黙ってしまい、その真意を聞き出すことは出来なかったのだった。


 ◆


「はー、満腹~」


「美味しかったねぇー」


 スレイオさんとの食事を終えた私達は、隠し部屋への帰路についていた。


「それにしても、凄い本貰っちゃったなぁ」


スレイオさんから貰った魔物図鑑が入っている魔法の袋に触れながら私は呟く。


正直、この本の分厚さは本当にすごい、間違いなくお高い本だよ。

表紙だって固いし革張りだし角なんて金属で補強してあるし。

 何より書かれている魔物の数が凄い。

パラパラめくって数えてみた感じじゃ、あの詳細さでざっと数百体分は書かれてあったのだから。


「でも冒険者なら当たり前の情報しか書いてないって言ってたし、ある程度稼げるようになった冒険者にとっては大したモノじゃないんじゃないの?」


「でもそんな本が必要になったとして、一体いくらするんだろうねぇ」


 うーむ、今から怖くなってきたぞ。


「大丈夫大丈夫! 姫様なら魔物をバンバン狩って、どんな高い本だって買えるって!」


 そうなると良いなぁ。


「いやー、今日は良い日だな!」


 と、そんな私達の向かう先から、やけに上機嫌なおじさんが千鳥足でやってきた。

 まだ夕方なのになんかすっかり出来上がってる感じだ。


「おう本屋の。今日は随分と機嫌がよさそうじゃねぇか」


「まったくだ。いつもならムスッと不機嫌そうな顔して安酒かっくらってるのによ」


 どうやらおじさんと知り合いらしいお店の人達から見ても、かなりの上機嫌みたいだ。


「やかましい! 余計なお世話だ!」


 と、お店の人達を叱り飛ばすも、おじさんはすぐに陽気な表情に戻る。


「おいおい、本気で機嫌が良さそうだな、何か良い事でもあったのか?」


「あるも何も大有りよ! ようやく棚の邪魔者が売れたんだからよ!」


邪魔者?


「邪魔者って言うと、あのやたらと分厚かった魔物図鑑か!?」


「おうよ! ついにアレが売れたのさ!」


 おじさんの言葉を聞いて、周りの人達がおおーっと感心の声を上げる。


 へぇ、魔物図鑑か。私もスレイオさんから貰ったばかりだから、ちょっとお値段が気になるね。


「マジかよ。まさかアレが売れるなんてなぁ」


「確かこの世の全ての魔物について書かれた本とか言ってたっけ」


「金貨500枚だったか?」


「おうよ! ボケた親父が没落貴族に同情してから仕入れちまった我が家の負債が、遂に売れたのよ!!」


 金貨500枚!? とんでもない金額じゃん!

 本ってそんなに高いの!?


「あまりに邪魔過ぎて見るたびにムカムカして焼き捨てたくなったもんだが、モノが本物だけに捨てる事も出来ないわ、貴重品だから目に届くところ置いておかにゃあならんかったわと踏んだり蹴ったりだったが、それが遂に売れたのさ! こんなに嬉しい事はねぇ!」


「はぁー、よかったじゃねぇか。それにしても金を持っている奴は、居るところには居るもんだな」


「ああ、まったくだ! 何でも孫に勉強を教える為とか言っていたが、金持ち様々だぜ!」


 ほえー、孫の為に金貨500枚をポンと出すなんて凄い人も居たもんだねぇ。

この世界の物価はまだよくわかんないけど、あの喜びようを見れば結構な金額と分かるよ。

私の本もかなり沢山の魔物の事が書いてあったけど、この世の全ても魔物が掛かれた本だなんて、一体どんな分厚さなんだか。


あっ、でも歴史マンガセットみたいに分冊になってたのかもしれないのか。

うーむ、それはさぞお店の本棚を圧迫してた事だろうね。

 売れて良かったね、おじさん!

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