第48話 老人達の酒宴(第三の人生開幕)

 ◆リドターン◆


 あの戦いから一晩が過ぎた。

 ダンジョンの隠し部屋で休息をとった我々は、アユミの世界転移なるスキルで馴染み深いダンジョンの風景へと戻ってきた。

 そしてここが未発見の隠し部屋と知って、我々は驚いた。

 まさかダンジョンの第一層に未発見の隠し部屋があるとは……


「あの、この部屋の事は……」


「皆まで言うな。秘密にすることを約束しよう」


 我々が秘密を誓うと、アユミはあからさまにほっとした顔を浮かべる。

 やれやれ、たるものがこうも感情を人前で見せるとは危なっかしいにもほどがある。

 近いうちに感情を隠す術を教えねばな。


 それとも、この顔は我々だから見せてくれているのだろうか?

 自意識過剰と言われそうだが、もしそうなら光栄というよりほかあるまい。


「今回は色々と手伝ってくれてありがとうございました」


 地上に戻ると、アユミは我々の協力に対し感謝の意を告げてくる。


「なに、気にすることはない」


「うむ、久しぶりに大規模な戦いを楽しめたぞ」


 そうだな。あれだけの規模の戦いは騎士を引退して以来だ。

 正直に言えば血が滾った。

 だが何より、貴きお方から直接に謝意を伝えられたのだ、騎士としてこれ以上の褒美はあるまいて。

 このような事、物語の英雄でもなければあり得ぬ出来事だ。

 それを引退した騎士ごときが得られるなど、夢ではないかと疑うほどよ。


「今回は疲れたでしょう。数日は修行を休むとしましょう」


「良いんですか?」


「ええ。休むことも大事な仕事ですよ」


「分かりました!」


 戦いの後ということもあって、ストットはアユミに休みを言い渡す。

 本当ならこの後は戦勝会にでも連れて行ってやりたいところだが、この子は見た目以上に疲れている。それは後日でよいだろう。

 このあと少しだけ話した我々は、ダンジョンの前でアユミと別れた。


「どうする?」


 と、スレイオが手首をクイッと動かして酒を飲むジェスチャーを見せる。

 どうすると聞いておきながら、もう決めているではないか。

 まぁ良い、私もそのつもりだったからな。


「ならば、いつもの店に行くとしよう」


 ◆


「いらっしゃいませ皆様」


「うむ、久しいな店主」


 なじみの店にやって来ると、店主が音もなく現れる。


「本日はどのような料理をご希望ですか?」


「そうだな、今日はなかなか良い成果を得られた故、豪勢にいきたい気分だ。少々騒ぐ故、個室を頼む」


「承知しました。では奥のお部屋をご用意します」


 これは符丁だ。

 秘密の話をする為、音の洩れぬ特別な部屋を用意してくれ、というな。

 こうした秘密の話をする部屋を用意している店は実は意外と多い。

 ただしそういった部屋を紹介してもらえるかは、店主とどれだけ懇意になれるかが重要だ。


「さて、それでは今回の戦いの勝利を祝って」


「「「「乾杯!!」」」」


 手酌で酒を注ぐと、我らは木製のカップをぶつけて此度の戦いをねぎらい合う。


「この年になってもまだまだ体は動くモノだな」


「そりゃそうだ。仮にも現役で冒険者をやっているんだからな、日々鍛え続けているようなもんだ」


「ふん、お前らと違って儂の魔導の業はむしろ今が最盛期よ」


「はっはっはっ、皆さんがどんなヘマをしても私が治しますからご安心ください」


 おっといかんいかん。このままだと本当にバカ騒ぎになってしまう。

 私は酒気を洗い流す為に果実水を一口含む。

 すると、口の中に広がる酸味が広がり酒で浮き立った意識を落ち着かせる。

 この果実水は酔いを鎮める効果がある為、こういった場では必須だ。

 あまり飲み過ぎると効果が得られないのが残念だがな。


「さて、話は変えるが、お前達、向こうでおかしな啓示を得なかったか?」


「「「……」」」


 私の言葉を聞いた仲間達は、途端に無言になる。

 その反応はやはりそうなのだな。


「レベル、という奴だな」


 そう、あの戦いの後、我等は『レベルアップしましたという啓示を得たのだ。


「あんな啓示は初めてだったな。スキルとも違う感じだ」


 我々人間は自らが鍛えた技術が一定の水準を超えると、天からの啓示によってスキルを得た事が理解できるようになる。

 そして一度スキルを得ると、その効果や使用回数が分かるようになるのだ。

 しかし今回のレベルというものは初めての経験だ。


「どうも能力値なるものが上がるようですが、言葉通りなら、我々の身体能力が向上しているということになりますね」


「ああ、詳しい事は実際に戦ってみないと分からないがな……」


 といいつつ、実は皆既に試している。

 先ほど隠し部屋から地上に出る際に遭遇した魔物との戦いで、己の肉体の変化を確認していたのだ。


「一層だと魔物が弱すぎて断言はできんが、やはり力が強くなっている感覚があったな」


 やはりそう感じたのは私だけではなかったか。


「レベルアップ、一体どのような理屈で得たのやら……」


「我々としては普通に戦っていただけじゃからな」


「違うとすれば……」


 脳裏に浮かぶは一人の少女。

 妖精を従え、己自身が妖精と成ってまるで自然の化身のごとき凄まじき力を振るった我らの弟子。


「アユミに関わった事か」


「そして彼女の世界転移なるスキルですね」


 そうだな。カギはそこだろう。


「最初はこの世界のどこか別の場所に移動するとんでもないスキルだと思っていたが……、どうも違う感じがするよな」


「ええ、なんというか彼女のスキルで転移した先は、我々の知っているこの世界とは何か違う感じがしました」


「うむ、魔力の流れにも違和感があったな」


 魔法に関する専門家たる二人がそういうのなら、私の違和感は間違いではなかったという事か。

 環境の僅かな変化に敏感なスレイオは私以上に違和感を感じていただろうな。


「もしかしたら我々は妖精の世界に言ったのかもしれませんね」


 妖精の世界か、言い得て妙だ。

 確かにあの世界は色々と不思議な世界だった。


「それに転移した先の連中もおかしかったな。冒険者といえばはみ出し者なのは分かるが、それにしたって集団戦の手際が悪すぎだ。まるで今回初めて大規模集団戦闘を行ったかのようなたとたどしさだったぜ」


「うむ、それは彼らを指揮した私も同様の違和感を感じた」


「アユミさんが我々に助けを求めたのも、それが原因でしょうね」


「実戦慣れしていないわけではないが、どうにも技術の成熟度合いがチグハグじゃったな。優れた分野は儂でも舌を巻くほどじゃったが、逆に未熟な分野は駆け出しの冒険者と大差ないところがあったぞ」


 やれやれ、話せば話すほど奇妙な土地だったのだな。


「さて、そこまで理解したうえで我々は今度、あの子とどう向き合うべきだと思う?」


 全員の認識を確認したところで私は、皆の意志を問う。

 彼女は間違いなく普通の人間ではない。

 立場も、目的も、なによりその素性が、ただの冒険者などではない。


「……ふん、分かり切った事を聞くでないわ」


「まったくだ。お前さんもそのつもりなんだろう?」


「それこそ無駄な時間という奴では?」


 ということは、皆も同じという事か。


「ならば我等は今後も気づかなかったことにしてアユミの育成に専念する。そしてあわよくば再びあの土地に同行し、レベルアップを行う!」


 私の宣言に、皆が思い思いに笑みを浮かべる。


「くふふ、レベルアップとは面白い現象よ。研究のし甲斐がある」


「こんな爺の体がまだ強くなれるとはな。これだから冒険はやめられねぇ!」


「それよりもアユミさんです。彼女は我々が想像していた以上の成長の余地がある。我々の全てを伝授した時、彼女はいったいどうなるのでしょうか!」


 皆アユミと出会ったことで、これまで感じた事のない興奮に包まれているようだった。

 こんな面白い事、他の誰かに取られてたまるか! とな。


 だが、それは私も同じだ。

 私もまた出会ってしまったのだからな。


 権謀術数渦巻く人の欲に塗れた宮廷の貴族などではなく、月明かりの下に舞い踊る幻想の住人がごとき貴人。

 妖精が姫と呼ぶ少女。

 間違いない。彼女は人ではない。人を超えた貴き存在。

 私が残りの人生全てを捧げて仕えるべき真の主!


 だが、かの姫は今はまだ幼く未熟。

 我らが守り、導かねば。


「正直、先日の戦いは心底歯がゆかったものだ」


 つい、私はあの時の事をポロリと口にしてしまう。


「ああ、あの時ですか。分かりますよ。ついつい手助けしそうになってしまいましたからね」


 そう、あのとき、アユミがダンジョンから現れた魔物の指揮個体と戦いになった際、我らはあえて手を出さなかった。

 それはアユミの成長を促すためだ。


 師である我らが手助けすれば、あの魔物達との戦いはたやすく終わっていた事だろう。

 だがそれではあの子の成長を妨げてしまう。

 それゆえ我等はギリギリまで、手を出さぬよう耐えていた。


「口出しも出来んというのはなかなかに歯がゆいもんだったな」


「まったくじゃ。儂が教えた術を効率よく駆使すればもっと安全に戦えたであろうに」


 助けたくても助ける訳にはいかないというあの状況は、我々にとってもまこと拷問だった。

 だが、その甲斐はあった。

 アユミは新たな力、自身が妖精と成る秘術をもって魔物達をたった一人で一掃してみせたのだ。


「皆も分かっていると思うが、アユミの素性に関しては他言無用、そして本人にも尋ねるなよ」


 私が念を押すと、皆は言われるまでもないと頷く。 

 そうとも、あの子はまこと妖精のごとき存在。

 下手をうって居心地を悪くすれば、物語の妖精のように最初からいなかったかのように我らの下から姿を消してしまうだろう。

 それだけは避けたい。少なくとも、あの子に我等の全てを伝授するまでは。


 ◆


「あー、疲れたぁ」


 リドターンさん達を別れた私は、時間をずらしてダンジョンに入り、隠し部屋へと戻ってきた。


「ストットさんも言ってたし、今日はのんびりしようかな」


 昨夜は別の意味で全然休めなかったからなぁ。

 

「ゴロゴロー」


「ごろごろー」


 同じようにゴロゴロしてるリューリは、ルドラアースで補充したお菓子をほおばってご満悦だ。


「はぁー、しばらくどうしようかな」


 屋台で買ってきたご飯を広げて、まったりと食事をしながら今後の事を考える。 

 とりあえずルドラアースにはほとぼりが冷めるまで戻らない方がよさそうだ。

 下手に戻ったら向こうの人達に妖精騎……やめよう、色々と忌まわしい記憶を思い出してしまう。


「とりあえずはこっちでダンジョン探索とスキルの取得かな」


 お婆ちゃん達とお爺さん達のお陰で装備を一新したし、ストットさんからポーションの作り方を教わったから、回復アイテムも在庫は潤沢。

 そしてリューリが仲間となったことで、戦力の補充も出来た。

 つまり準備は万端という事だ!

 女神様からダンジョンを攻略しろって言われてたし。そろそろ本腰入れてかからないとね!


「よーし、明日からダンジョン攻略だ!」


「お~」


 という訳で、明日は新しい階層に潜るぞー!


 ◆


「「おわぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 翌日、ダンジョン探索を開始した私達は、やっべぇ魔物に追われていた。

 え? いつものことではって? 好きでそうなってる訳じゃないやい!!


「どうしてこうなったぁーっ!!」

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