第45話 暴虐の嵐(数は力)

「ギュルォォォォォォォ!!」


 魔物の大発生から始まった激戦のさなか、フラグが立ったと思ったら本当にボスが出ました。


「ホントに出たぁー!」


「な、何アレ!?」


 そしてボスの姿を見た探索者達が浮足立つ。


「怪獣!?」


 あっ、ファンタジーな世界でも怪獣って概念あるんだ。


「アレはダンジョンのボスです! 他の魔物よりも強いので気を付けてください!!」


 ともあれ、ボスが相手なら慎重に対応しないと。

私は皆に注意を促す。


「ボス!? あれが!?」


「って事は、アレを倒せばこの戦いも終わりって事か!」


「え?」


 いやいや、そんな事言ってないよ!


「よし、ボスに集中攻撃だ!!」


「ちょっ、待っ!?」


 けれど探索者達は私の制止を聞きもせず、ボスに向かって突撃してゆく。


「ボスを倒せば視聴率爆上がり間違いなしだぜ!」


「ランキングアーーップッ!」


  駄目だ。完全に目先の欲望に目が眩んでる。


探索者達から放たれた魔法が、弓が、良く分からないエネルギー波みたいなのが、一斉にボスへと殺到する。

 そして大爆発。うわぁ、一気に命中しただけあって凄い威力。

これ、ボスはもう欠片も残さず吹き飛んでるんじゃない?


「やったか!?」


 あっ、またそんなベタなフラグを……!?

 まさか、と思いながら土煙が晴れていくのを緊張と共に見守る。


「あっ」


 するとそこには、ボスの影も形もなく、真っ黒に焦げたクレーターだけが残されていた。


「お、おおっ……」


「やった、やったぞ!」


 まさかのフラグをへし折っての勝利に、探索者達が勝利の雄叫びを上げる。


「勝ったぞぉーっ!!」


 うそ、まさか勝っちゃったの? めっちゃ強そうだったのに。


「やりましたよ! 私達の勝利です!」


「え、あ、うん」


 一緒に戦っていた女の子が、嬉しそうに私の両手を握ってブンブンと振り回す。


「良かった、やっとこの戦いも終わったんですね!」


「いや、まだ魔物が残ってるから」


「え? あっ!」


 言われてその子は魔物が残っている事を思い出す。


「そ、そうでした。えっと、でももうボスは倒したんですし、後は残ったのを倒すだけですから全然気が楽ですよ!」


 まぁ、そう言われればそれもそうか。

終わりの見えない戦いは本当にきついけど、あとはこれさえ終わらせればおしまい、と言われるのとでは、後者の方が圧倒的に気が楽だもんね。


「よーし、残った魔物をやっつけ「「「ギュルオォォォォォォォンッ!!」」」


 しかし、女の子の声は、先ほどの何倍もの音量の雄叫びによってかき消された。


「「「「え?」」」」


 勝利に浮かれていた皆が当惑の声をあげる。


「来るよ。残りのボスが全部」 


 そこに、冷徹さすら感じるリューリの言葉が響き、ついでその後を追うように、ダンジョンの入り口から幾つもの巨大な影が姿を現す。


「え? あれってボス……?」


 それは、ついさっき皆が倒したボスだった。ただし、それが……十数頭。


「は? え? さっきのがボスじゃなかったの?」


「うん、アレ全部ボス」


「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 リューリの意味不明な言葉に私は思わず叫んでしまう。


「いやいやいやいや、普通ボスって一体でしょ!? なんで雑魚みたいに十何体も出てきてるの!?」


「んー、残ってた魔力圧でボスを作ったけど結構余ったから、余りを使い切るつもりで魔物を作り出したら全部ボスになっちゃったんだじゃない?」


「そんなおかずを作りすぎちゃったから貰ってくれませんかみたいなノリは要らないってー!」


「「「ギュルォォォォォッ!!」」」


 けれどボス達は空気を読む事をせずに私達に向かって突進してくる。


「くっ、こうなったら仕方ない! 皆、迎撃態勢を!」


 けれど探索者達の動きは重かった。


「くっ、さっきのが最後だと思って、残ってた力を全部使っちまったから体が重い」


「私も、残った魔力を全部つかっちゃったから……」


「駄目だ、力が出ねぇ」


「魔力は用量用法を守って使ってぇぇぇっ!!」


 なんという事だろう。探索者達は先ほどの攻撃で残った力を使いきってしまったのだった。


「って、突っ込んでる暇はない! こうなったら私だけでも!」


 せめて一体は足止めしないと!


 けれど最悪の事態はそれだけでは終わらなかった。


「ギャオォォォ!!」


「グォォォン!!」


周囲に居た魔物達が探索者達に襲い掛かって来たのだ。


「しまった、このタイミングで動き出した!?」


 偶然か、意図的か、魔物達は最悪のタイミングで私達の撤退を妨害してくる。

 しかも私達はダンジョンの入り口を封鎖する為に突出し過ぎている。

このままだと横から襲ってくる魔物の相手をしているうちに、ボスの群れに追いつかれる!


「これじゃ最悪全滅……っ!」


 たとえ逃げ延びる事が出来ても、間違いなく被害は甚大だろう。

 どうする? 何か良い手段は……


「任せて姫様! 『濃霧』!!」


 その瞬間、突進してくるボスと魔物達が深い霧に包まれてゆく。


「これは!」


「これであいつ等は私達が見えないわ! 今のうちに全員てったーい!」


「はっ! 撤退! 撤退です!」


 私はすぐさま周りに撤退を指示すると、近くの負傷者に肩を貸して撤退を行う。

更に移動しながら回復魔法をかけて負傷者の治療もする。


「す、すまない。助かった」


「自力で歩けるようになったら先に戻ってください! 負傷者が居たらこのポーションを飲ませてあげて!」


 魔法の袋に残っていたポーションを手渡すと、私は踵を返して前に戻る。


「君はどうするんだ!?」


「私は逃げそびれた人を救出に向かいます!」


 リューリのスキルのお陰で大部分の人は撤退が出来たけれど、魔物との位置取りが悪かった人達の中には、まだ逃げ遅れてる人達がいた。


「無茶だ! 君も逃げろ!」


「私はまだ大丈夫!」


 事実私はスキルを使えるお陰でまだまだMPには余裕がある。

 それにさっきの私の不用意な一言が原因で、皆がペースを無視して強引な攻撃をしてしまったのだ。

 皆がもっと冷静だったら、今頃襲ってくるボスを相手にもっとマシな条件で戦えていた筈だ。


「出来る限り助けます!!」


 私は魔物に挟まれて立ち往生しているところに横から攻撃を行い、魔物の注意をこちらに向ける。


「はぁ!」


 かなり強引に魔物に攻撃を叩き込んで、後ろに下がらせると、その隙に探索者達が撤退する。


「すまん、助かった!」


「あとは……」


「今ので最後! 姫様も撤退して!」


「え? でもまだ……」


「他の人達は別の冒険者達が助けてたから、今ので最後だよ!」


 そうだったのか。なら私も撤退を……


「「「ギュオォォォォン!!」」」


 撤退をしよう、と思ったその時だった。

 いつの間にか近づいてきていたボスが、跳躍と共に一気に距離を詰めてきたのだ。


「なっ!?」


 慌てて回避しようにも、三体の一斉攻撃を避けるのはどう考えても無理。

 二発は回避できたものの、残りの攻撃を喰らってしまう。


「うあっ!!」


 痛みと共に体が宙を舞い、吹き飛ばされる。


「かはっ!」


 そのままゴロゴロと転がり、崩れかけた壁に叩きつけられる。


「っ!」


 幸いだったのは、ぶつかったのが崩れかけの壁だったことだ。

 私がぶつかった事で、壁は簡単に壊れ、逆に吹き飛ばされた衝撃を受け止めてくれた。


「そうか、魔法の防壁」


 どうやら今の壁は魔法で作られた防御用の壁の残骸だったらしい。


「それに鎧のお陰か、派手に吹き飛ばされたわりにはダメージ少なかったね」


 こればっかりはお爺さん達とお婆ちゃん達に感謝だね。


 転生してから、防具の性能に助けられてばっかりだなぁ私。


「「「ギュアァァァァ!!」」」


 けれど感傷に浸っている余裕はなかった。

 ボスは私にとどめを刺そうと向かってくる。


「くっ、まだ体が上手く動かない……リューリ、スキルで相手の目を晦ませられる?」


 吹き飛ばされた影響で体の自由が戻ってない私は、リューリの幻惑系スキルを当てにする。


「ごめん、使えそうなスキルはもう使い切っちゃた」


 あちゃー、回数切れか。

でもそうだよね。確かに今回の戦いでは味方の脱出を手伝ったりして色々やってくれてたもん。

 寧ろMVPな活躍だよ。


「分かった、なら自力でなんとかしてみる」


被弾覚悟で行けば防具性能で多少は耐えられるはず!

あとは派手な魔法を撃ちまくって目くらましをしてる間に逃げるよ!


 ボスが腕を天に伸ばして爪で引き裂こうとした、その時だった。

 どこからか飛んできた無数の魔法でボスの体がグラリと揺れたのである。

おかげでボスの攻撃は私に当たらず、宙を切り裂いた。


「今のは!?」


「お姫様ー! 今のうち!」


「撤退してくれ! 今度は俺達が援護する!」


 それは後方の探索者達からの援護だった。

 彼らは撤退の最中、残った力を振り絞って私を助けてくれたのだ。



「ありがとーっ!」


 私は感謝の言葉を叫びつつ、後方に下がろうとする。

 しかしボス達は私を囲んで逃すまいとする。


「なんとかこの巨体の間をすり抜けて……」


 これが小型の魔物なら詰みだけど、相手は巨体のボスだ。人間程度の大きさなら、隙間を縫って逃げられる筈!


 と思ったら、ボス達はお互いの間の隙間を隠すように尻尾をブオンブオンと振って逃げようとしたらこうやって叩き潰すぞと威嚇してくる。


「マジで厄介だなあの尻尾」


 というか、個別に攻撃してくるんじゃなく、チームワークを発揮するの質が悪くない!?

 こいつ等一匹ごとにボスと同じ強さなんでしょ!? ゲーム後半のボス並みの敵がウジャウジャ居るラスボス系ダンジョンか!


「くっ、何かいい手はないも、の、かぁぁーっ!!」


 ボスの攻撃を回避し、防具の性能に大幅に助けられ、魔法とスキルで迎撃する。

 けれど目の前のボスに攻撃をする最中、目くらましの攻撃混ぜても、他のボスが私を側面から後ろから攻撃してくるのでなかなか逃げる事も出来ない。


 これがエーフェアースだったら戦闘後に防御系スキル覚えまくっただろうなぁ。

 でも今は戦闘中、泣き言は言ってられない。

 後続の探索者達は今も散発的な援護をしてくれているけれど、向こうは向こうで魔物達の迎撃が忙しくて援護の手が回らないらしい。


「それでも敵の気を引き付けてくれるから助かって、るん、だよ……ねっ!」


 どうする? こうなったら直撃覚悟で守りを捨てて攻撃に専念するか!? 最低でも1体は倒せば逃げるルートが出来る。


「『氷魔法』!! 凍れぇー! そして『岩砲弾』!!」


「グギャアアアア!!」


 ボスの足を凍らせた後で岩の塊で破壊してボスの足に大ダメージを負わせる。

 大丈夫、攻撃は効く!

 問題は私の手持ちスキルで倒し切れるかだね。


「ギャオオォォ!!」


「キャァ!!」


 けれどこちらの与えるダメージに対して、敵の攻撃の数の方が圧倒的に多い。

 このままだと逃げ道を確保するまでにこっちがやられる危険もある。

 だって敵は実質1ターンに二回攻撃どころか10回近いタコ殴り状態なんだ。

 この巨体の攻撃を何発も受けて無事なのは、この装備のおかげなんだよ。

 それでも痛いし血も出てる。


「あまり血が出たらっ、動けなくなる!」


 私はヒールを使って傷口を塞ぐも、回復をするたびにボス達の攻撃にさらされる。

 まずい、このままだとヒールでマスタリースキルの使用回数を使い切っちゃう!

 かといってこの状況でのんびりポーションを飲んでる余裕なんてない。


 やばい、本当にピンチだ。 


「ううーむ、仕方ない。アレをやるしかないか」


 戦闘の最中、リューリが突然難しい顔でそんなことを言いだした。


「アレ?  何かいい手段はあるの?」


「そう、妖精族の秘奥を!!」


「妖精族の秘奥!?」


 そんなものがあったの!?


「あったの。とても大切な相手と契約した時しか使ってはいけない力が」


「契約?」


「やったら一生ものだよ」


「でもやるしかないでしょ! 死ぬよりはマシ!」


 するとリューリはわずかな間、黙り、そして静かに口を開いた。


「わかった、やろう、契約を!」

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