第40話 大いなる理不尽の胎動(災害の予兆)

 ◆人至れぬ領域◆


 そこは黄金に輝く空間だった。

 何人も存在せず、存在できない傲慢なる拒絶の空間。

 唯一、その空間の主以外は。


 そして、その存在は眼前に浮かび上がった光景を見て呟いた。


「気に入らんな」


 不機嫌、ただそれだけの感情で、空間が大きく軋んだ。

 これがこの空間の外であったなら、近くに存在していた世界に甚大な災害をもたらしていた事だろう。


「変化も少ない。そろそろ、手入れをするべきか」


 まるで鉢植えに植えた観葉植物に対するような気軽な発言だが、その内容は比べ物にならない程、多くの悲劇を起こす事になる決定だった。


「何より、奴と同じ程度の成果しか上げていないのが気に入らん」


 大いなる神、神々の頂点に立つ二柱の神の片割れが、数十年ぶりに人界に介入する事を決定した。


 ◆


「ん……」


 小瓶からチョコンと首を覗かせ、リューリがじっとどこかを見つめる。


「どうかした?」


「んー、別に。ま、今すぐって訳じゃないから別にいっか」


 何がいいんだろう?

 というか、一か所をじっと見つめるのって、なんか部屋の中をじっと見つめてる猫みたいだなぁ。

 もしかして何か人間の目では見えない何かでも居るんだろうか?

いやいや、流石にこんな真昼間からお化けとかないない。というかあってくれるな。


「んじゃ私はこれから図書館にいくから、周りの人が騒がないようにその中でじっとしててね」


「はーい。本とか興味ないし。お菓子食べるのに忙しいからおうちにいまーす」


 そういってリューリは両手いっぱいのお菓子を抱えて小瓶の中に潜っていった。

 うん、さっきの妖精騒動があったからね。

 だからリューリには、こっちの世界に居る間出来るだけ人前では姿を隠してもらう事にしてもらうことにした。


 まさかこっちの世界に妖精が居ないとは思ってなかったからなぁ。

 あっちの世界じゃ皆普通にしてたから、こっちでも同じような反応だと思ってたんだよねぇ。

 それがあんなことになるなんて。


 ただ、リューリもただじっとしてるのは退屈だからと、対価としてお菓子を要求してきた。

 うぬぬ、ちゃっかりさんめ。

 そんな訳でリューリの小瓶の中には、コンビニで買った色んなお菓子が詰め込まれているのだ。


 小瓶の中にそんな沢山お菓子が入る訳ないだろって?

 うん、私もそう思ったんだけど、妖精の小瓶の中は特別な空間になっているらしく、見た目よりもずっと広いんだとか。

 ちなみにリューリの水も不思議効果を発揮してるらしく、お菓子がびしょ濡れになったりしないらしい。

あの水は別の空間への入り口みたいになってるそうな。

うーん、知らない間に自分の懐ですっごいファンタジーな現象が起きていました。


 という訳でリューリをひっこめた私は、念のためフードを被って図書館へと入ってゆく。

 さっきの件で目立っちゃったし、探索者協会の事もあるからね。

 これ以上目立って図書館が使えなくなるのはヤバ過ぎる。

 図書館はこの世界で活動する私の生命線なのだから。

 うむ、これまでの人生の中で最も図書館を活用してる気がするよ。


「ええと、お婆ちゃん達は……ああ居た居た。タカッ……んん」


 大声でタカムラさん達を呼びそうになった私は、ここが図書館であることを思い出して慌てて口を閉じる。

そしてそそくさと早歩きでお婆ちゃん達の所まで向かう。


「こんにちは皆さん」


 まわりの迷惑にならない程度の声でお婆ちゃん達に声をかけると、タカムラさん達が振り向くのに合わせてフードをめくって私だと伝える。すると……


「その声は「「「アユッッッ!?」」」」


 揃って声を上げたお婆ちゃん達が、何故か私の名前を呼ぶ途中で固まってしまった。

 いや私鮎じゃないですけど。食べても美味しくないですよ?


「あの、どうしたんですか?」


「……っ!? ア、アユミちゃ……ん、よね?」


「はい、そうですが」


 あれ? もしかして私、忘れられていた?

 ほんの数日会わなかっただけで顔を忘れられていた? だとしたら結構ショックなんですけど!?


 けれどお婆ちゃん達ははたと我に返ったように落ち着きを取り戻す。


「ええと、そ、そう、無事でよかったわ!」


「無事?」


一体何の話だろう? あっ、もしかして探索者協会に追われて数日留守にしていたから、心配させちゃったのかな。


「すみません、ちょっとダンジョンに長く潜ったり、私的な用事を済ませていたのでこっちにこれませんでした」


「そうだったのね。何事も無かったのなら良かったわ」


 タカムラさん達はホッと安堵のため息を吐く。


 どうやら余程心配させてしまったらしい。

 やっぱり一度こっちに戻って来て正解だったね。


「それよりもアンタ、ダンジョンに潜っていたみたいだけど、大丈夫だったかい? 何かおかしなことは無かったかい?」


 そんなことを聞いてきたのはご存じツンデレパワフルお婆ちゃんセガワさんだ。


「おかしなことですか? 特にはなかったですけど」


 しいて言えばおかしな事しかなかったけど、それを言ったら心配されるので止めておこう。


「そう、本当に無事でよかったわ」


 お婆ちゃん達は私の無事を喜んでくれると、私の髪を櫛で梳いたり、顔や肌に乳液を塗りつけたり、爪の手入れを始める。


「あ、あの……」


 一体何が始まった?


「ダンジョンに潜ってたせいで手入れが中途半端になってるわね。特に爪は探索で痛みやすいから特に気を付けてね」


 とは、よくシャンプーやボディーソープ、それに化粧品をくれるオタケさんからだ。

 

「は、はい」


「これ、ダンジョン探索をする女性探索者に人気の爪の手入れ用の軟膏よ。ポーションの成分が入ってるから、爪が割れてもすぐに治るわ」


「わっ、本当ですか! ありがとうございます!」


 正直それはありがたい。一度爪が割れると治るまで引っかかる度にまた爪が痛んじゃうんだよね。


「あとは服ね」


 と私の服の袖を見ていたフルタさんが呟く。


「じゃあ行きましょうか」


 はい? 一体どこへ?


「ええ、そうね」


「え? え?」


 私はお婆ちゃん達に手を引かれ、ぐいぐいとどこかへ連れて行かれるのだった。


 ◆


「いらっしゃいませー」


 そうしてやって来たのは、服屋さんだった。


「あなた、店長は居るかしら?」


 フルタさんは店員さんを見つけると、突然店長を呼べと言い出した

 って、店長!? なんで店長!?


「え? 店長ですか? 店長は……」


 店員さんも突然の店長発言に困惑している。


「これはチーフ!」


 すると騒ぎを聞きつけたのか、別の店員さんがやってきた。

 というかチーフって誰の事?


「ああ、丁度良かった。今呼んでもらおうと思った所よ。でもチーフは止めなさい」


 するとフルタさんが何事もなかったかのようにその人に話しかける。

 もしかしてこの人が店長さん? そしてチーフって?


「すみません、つい昔の癖で。今日はどのような御用で」


 どうやらフルタさんの知り合いらしい。チーフって言ってたし、もしかしてフルタさんは昔このお店で働いていたんだろうか?


「今日は頼んでおいた物を受け取りに来たの」


「アレですか!? 丁度出来たばかりですよ!」


「あら丁度良かったわね」


 アレとは何ぞ? まぁ多分服のことだと思うけど。ここ服のお店だし。


「例のニュースで製品開発が一時中断されて、スタッフは全員装備の緊急のメンテ要員に動員されましたからね。もしアレを使う事になるのなら急いだほうが良いかなと思いまして」


「良い判断だわ」


 開発が一時中断? 何かお店でトラブルでもあったのかな?


「では持ってきますね!」


「ああ、直接店で着替えさせるから、フィッティングも頼むわ」


「直接ですか? ではアレのテスターさんもご一緒で?」


 テスター? フィッティング?


「ええ、この子よ」


 するとフルタさんは後ろから私の肩を掴んで店長の前に押し出す。


「貴方がテスターの子ですね! こんにちわ。私はこのお店のデ……」


 デ、まで口にして突然固まる店長さん。

 なんか最近こういう反応めっちゃ見てる気がする。


「あ、あの、どうしました?」


「妖精だぁーっ!!」


「うぇ!?」


 突然の叫びに私は思わず腰の小瓶を確認してしまう。

しかし小瓶からリューリが出ている様子はない。


「うそ! ホントにダンジョンの妖精!? 本物!?」


「え? ダン? 妖? 何?」


 一体何のこと!? リューリじゃないなら何!?


「店の中で騒ぐんじゃありません!」


「あいたーっ!」


 そんな大興奮の店長を、フルタさんが拳骨で黙らせる。

なんかめっちゃガツンと痛そうな音が出たんですけど!?



「ごめんなさいね。騒がしくて」


「あ、いえ」


 フルタさんは私に騒がしくしてごめんねと謝るけれど、後ろでのたうち回って悶絶してる店長の様子が恐ろしくて何も言えないです……


「ひー、あいたたたぁっ」


「全くお客様を驚かしてどうするのよ」


「す、すみません、つい興奮して」


 うん、スッゴク興奮してたね。

 ぶっちゃけフルタさんのお仕置きの方がびっくりしたけど。


「はぁ」


 フルタさんがため息を吐いてあきれていると、店長はようやく冷静になったのは私に振り向いて挨拶をしてきた。


「改めまして私はこのお店の店長で、服飾デザイナーもやってるキヤマ=ラテルと申します」


「初めましてラテルさん。アユミです」


「アユミちゃん! 声も可愛い! やばい可愛い!! 幼……」


 再び興奮し始めたラテルさんだったけど、フルタさんが拳を握った瞬間、スンと黙った。これが教育の賜物という奴か……


「では服をご用意しますね! 少々お待ちを!」


 店長は風のように店の奥へと戻っていき、店内が沈黙に包まれると、待つ時間の沈黙が居心地の悪さを感じさせる。

 なので気を紛らわせようと周囲を見回すと、周りのお客さん達の視線が集まっていたことに気付く。

 皆私が見ていたことに気付くと、慌てて目を反らすけど、そりゃ気になるよね。突然やってきて店長さんが騒ぎ出したんだから、どんなVIPと勘違いされたやら。


 それにしてもあれだな。こう、周りのお客さんも探索者っぽい格好の人が多い。

 皆魔法少女っぽいデザインの服を着ている人ばかりだ。

 中には女騎士っぽい感じの人や、神官っぽい感じの服の人も居るけど。


 とはいえ、やっぱり横や背後から視線を感じるなぁ。

 私に見られないようにこっちを見てる感がチクチクしてなぁ……


「タカムラこれだけど……」


「あら、予想より……」


 タカムラさん達は何か真面目な顔で話をしてて会話に加わりづらい。

 しかしこの空気はなんとも居心地が悪いので、思い切ってフルタさんに尋ねる事にした。


「あの、今更なんですけど、何で服屋さんに来たんですか?」


 正直、どうして連れてこられたのかよく分からないんだけど。

 いや流石にここに来たからには服が目的なのは分かるんだけど、今の会話だと明らかに

新しい服を注文されてた。しかも私の為に。


「貴方の服、結構傷んでいたから、メンテナンスしてもらう為に預けに来たのよ。このお店は冒険衣装のメンテナンスもしてくれるのよ」


 へぇ、この世界の服屋ってそんなこともしてくれるんだね。


「でもそれなら服だけメンテに出して、以前貰った服を着れば良いだけじゃないですか?」


 正直わざわざ新しい衣装を買う理由が分からない。


「他の服は普通の服でしょ。今回受け取りに来たのは探索に使う服。これからの事を考えると、間違いなく必要になるから。それに予備は大事よ。今回のようにメンテを頼む時に必要だし、万が一予備で戦わないといけなくなった際に、メインと予備に性能に差があって大怪我する羽目になりかねない」


「それは、そうですね」


 つまり、いつでも使えるように今の装備と同レベルの品を受け取りに来たって事?


「でも前と同じじゃ芸がないから、より洗練した技術で開発した服を用意させたわ」


「それ性能に差が出ちゃってませんか!?」


 それだと本末転倒だよ!?

 あと今用意させたって言ったけど、この人本当に何者なの!? さっきデザイナーのラテルさんにチーフって呼ばれてたし!?


「アユミちゃん、探索者が装備にお金をケチっちゃ駄目よ。常により良い装備を用意するくらいの気構えでないと」


「そのお金を出してないんですけど!? もっとご家族に使いましょうよ!」


「それなりには使ってるわよ。でも家族も探索者じゃなくて開発畑の人間だから、あんまり使ってくれないのよ」


 せめてお金を払わせてぇ……


「自分で稼げるようになったらね。今は甘えておきなさい」


 いや、稼げるようになったんで……、いやよく考えたら今は探索者協会に追われてるから、稼げるかと言ったらちょっと微妙な状況か。


「お待たせしました! 更衣室はこちらです」


 そんな話をしていたら、ラテルさんが息を切らして戻ってきた為、話は中断されてしまった。うむむ、ちょっと甘やかされ過ぎてる気がする。

 そのうち改めてお礼をしないとなぁ。

私は受け取った服を手に更衣室に入ってゆく。


「下着もセットになっているので、丸ごと着替えてください」


「分かりました」


 って、マジだ。下着も入ってる。

 そしてサイズもピッタリなんですけど何で!?


「分からない所はありますか? あったら私が直接お着替えを手伝いますよ」


「大丈夫です!」


 流石に子供じゃないんだから、着替えぐらい一人で出来る。

 出来る……んだけど、


「本当に、この服で良いの?」


 着替えを終えた私は、更衣室の大鏡に映った自分の姿を見て本当にこの服で良いのかと不安になる。


「あの、着替え終わりました」


「「「「「「「「おおーっ!!」」」」」」」」


 着替えを終えて更衣室を出ると、お婆さん達だけじゃなく、店員さん達、そして何故かお客さん達まで歓声を上げた。

 って、なんでお客さんまで!?


「素敵です! 似合います! 最高です! 堪りません!!」


「あの、本当にこの服なんですか? なんていうかこれ、ちょっと……派手と言うか……」


 寧ろ明らかに用途が探索とは無縁過ぎる服なんですけど。


「大丈夫よ、とてもよく似合ってるわ」


 困惑する私を、フルタさんが褒めてくれる。


「ええ、素晴らしいわ!」


「まぁ、似合ってるじゃないか」


「良いわねぇ、良いわねぇ。凄く可愛らしいわ」


 皆が褒めてくれるのは悪い気がしないんだけど、それはこれが普通の、いや本来の用途だったらだ。


「でもこれ……なんか、探索者の装備って言うより、その……ドレスじゃない?」


 そうなのだ。この服、どう見てもお姫様がパーティで着るようなドレスだったのだ。

 しかもやや日曜朝の女児アニメのヒロイン達が着るパワーアップ形態風味のドレス。


「はい! ご想像の通り、この服のコンセプトはドレス! ダンジョンを舞うプリンセスがコンセプトなのです!」


「ダンジョンを舞うプリンセス!?」


 何そのコンセプト!?


「ダンジョンという無粋で無機質な空間をさながら舞踏会の会場に塗り替える迷宮の華、それがこのドレス、プリンセスシリーズの開発コンセプトなのです!」


 ダンジョンの大部屋は舞踏会の会場っていうより、武闘会という名のモンスターハウス会場だよ!?


「けどこんなヒラヒラじゃ動きにくいと思うんですけど……」


 いやマジで。考えても見てほしい。

ロングスカートで激しく動いて足に布がまとわりつく動きにくい感じを。

 男性の皆さんはロングコートで走り回るのでも可。


「ご安心を! このドレスはスリット状に可動を妨げないようにしながらも、複数の布を組み合わせ生足は見えないようになっております。更に特殊な縫製で縫っておりますので、通常のロングスカートのように足に纏わりつくことはございません! また内側にある程度布が外側に持ちあがる仕掛けが施されております。中世のドレスのスカートを膨らませる為にクジラのヒゲを使って形状を作るアレに近い発想です。勿論ダンジョン素材由来なので、強度や安全性は段違いですよ!」


「は、はぁ……」


 ラテルさんが物凄い勢いでこのドレスがいかに高性能かをアピールしてゆく。

 正直半分以上右の耳から入って左の耳へと流れてゆくけど。


「技術的な問題が原因で開発が伸びていたんだけど、間に合って良かったわ。まさかあんな初歩的な事で問題を起こしていたなんてと呆れたけど」


 と、溜息を吐くフルタさん。なんか開発が難航してたっぽいですこのドレス。


「そうは言いますがチーフ、あれはチーフだから出来た発想ですよ。まさに枯れた技術の水平展開!」


「誰が枯れたババアですって?」


「言ってません! 言ってませんから!」


 仲いいなぁ。


「ええと、それよりも本当にこれを着るんですか? 流石にこれはちょっと派手過ぎると思うんですけど……」


 だってさぁ、ドレスだよドレス! 今まで着てたのも魔法少女っぽかったけど、そっちはまだ同じようなのを着ている人が他にも居たからまだ耐えられたけど、これと同じ物を着ているイカれた人は一人も見た事がない。

 街中を、たった一人ドレス姿で歩くとか、とんでもねぇ罰ゲームなのでは!?


「当然です! ドレスタイプの装備は技術的な問題もあって、正規採用できるものは発売されていませんでしたから! せいぜいが配信の演出用に実用性皆無の品を万全のお膳立てをして使われたくらいです! あとは実戦では使わない式典用ですね。ですが! 貴方こそが! この実戦用プリンセスドレスシリーズの! 初のユーザーとなるのです! それはもう配信したら一気にトレンド一位どころかトレンド総なめ席巻ですよ!」


「そんな恥ずかしいトレンド総なめはいやだー!」


 全世界に恥を晒すことになるわーっ!!


「そう言わないで。このドレスは今後深層を探索する貴方に必要不可欠な装備なんだから」


「フルタさん?」


「探索者は安全にダンジョンを探索する為、常により良い装備を求めているの。だから貴方が実際にこのドレスを使って、その使い心地を教えてくれれば、これから正式に商品化したドレスを着てダンジョンを探索する子達の安全も飛躍的に向上するわ。貴方と、そしてダンジョンを可愛く探索したい全ての女の子達の為に、ぜひ受け取って欲しいの」


「フルタさん……」


「アユミちゃん」


「それ、この服が特注の特別な服って事ですよね。しかも商品化前の新商品」


「……ほほほほ」


 笑ってごまかさないでーっ!!


「やだー! これ絶対新商品のテスターとかいう奴じゃないですかー! 絶対目立つ奴!」


 だから私は目立つと不味いんだって!!


「人はいつだって自分の人生の主役、他の誰よりも目立つものなのよ」


「良い感じの事言ってごまかそうとしても全然誤魔化せてないですよー!」


 マジで何の解決にもなってないヤツーっ!


「まぁそう我が儘言いなさんな。それがすぐに必要になるのは確かなんだからさ」


 と、そこに割って入ったのはセガワさんだ。


「必要って、私まだ五層までしか潜ってませんよ」


「五層!? もうそんな所まで潜ったのかい!?」


 あっ、やべ。つい言っちゃった。まぁいいや。いつかバレる事だし。


「はい。それでボスがレアモンだったんですけど、ブルーポイズンリザートとかいうの。それと戦ってもこの服全然大丈夫でしたよ」


 と、私はさっきまで来ていた服を見せる。

 事実、多少使い込んだ感じにはなってるものの、この服は破れたりもしていない。


「おおー! レアモンのボスとの戦闘データが! 是非活用させてもらいます!」


「え!? ちょっ!?」


 気が付いたら、いつの間にか私の服がラテルさんの手の中に移動していた。

 って、いつの間に!? しかも抱きしめるな! スキップしながら持ち去るな!


「良いのよ、元々メンテを頼む予定だったんだから」


「でもメンテの仕方はこの間教えてもらいましたし……」


 やっぱこの人に預けるのはちょっと……


「定期的にプロに手入れを頼んだほうが長持ちするわ。素人では気付けない破損があるかもしれないしね。だからこのお店に連れてきたのよ」


「はい! お任せください! 完全に解析しきってから新品同様に直しておきますので!」


 うう、なんかやだなぁ。


「それはともかく、すぐに必要になるってどういう事なんですか?」


私が訪ねると、タカムラさん達の雰囲気が少しだけ緊張感を帯びる。


「貴方の態度からそんな気がしていたけれど、やっぱり今起きている出来事に気付いていなかったのね」


「出来事?」


 はて? 何か問題でも起きてた?


「いい、アユミちゃん。ついさっき政府から緊急事態宣言が発令されたわ。同時にダンジョンの封鎖が宣言されたの」


「は?」


 え? 緊急事態宣言? ダンジョンの封鎖?


「ダンジョン深層で異常な魔力の反応と、魔物達の異常な挙動が見受けられたそうよ」


「異常な挙動……?」


「来るのよ。百数十年ぶりに……魔物の大発生が」


「……は?」


 魔物の大発生。それは図書館で読んだダンジョンの歴史の本に書かれていた大災害の名だ。

 それがまた起きる? え? マジで?


「で、でも、ダンジョンを探索し続けていれば、魔物の大発生は起きないんじゃなかったんですか?」


 現についさっきも、イッシャとかいう探索者にダンジョン探索を誘われたばかりだ。

 もしかしてその直後に緊急事態宣言ってのが出されたって事? だとしたら急すぎない!?


「その筈だったんだけれど、調査の結果では過去に確認された大発生の兆候に類似する現象が多発しているそうよ」


 それで国は慌ててダンジョンの入り口を封鎖して時間を稼ぎ、その間に民間人の避難や探索者達の迎撃準備を整ているのだという。


「そんな事って……」


 ダンジョンの大発生と言えば、世界中でとんでもない被害が出たって……

 でも本当にそんな事が起きるの?


「あー、うん。起きるよ魔物の大発生」


「え?」


 私の不安に答えたのはリューリだった。


「ダンジョン内の魔力圧がかなり高まってたから、そろそろダンジョンから魔物が飛びしてくるよ」


「分かるのリューリ!?」


「まね、これでもダンジョンで暮らしてる妖精ですから」


「おおー」


 流石は妖精。そんなことまでわかるんだ。

でもそれは困ったことに魔物の大発生が真実でもある確証になってしまった。

 マジかー、とんでもない事になっちゃったな。


「けど、となると、本気で準備しておいた方がよさそうだね」


 何せ歴史の本にのる程の大災害だ。準備をし過ぎるという事もないだろう。

 こうなったら私も本気で魔物の大発生に取り組む必要があるみたいだ。

 お婆ちゃん達にこうして新装備まで貰っちゃった以上、それに見合う働きはしないとね。


「分かりました。このドレス、使わせてもらいます!」


 私はこの為にお婆ちゃん達が急いで用意してくれたドレスをありがたく受け取ることにする……んだけど。


「「「「「「「「……」」」」」」」」


 何故か皆目を丸くして固まっていた。

 しかもお婆ちゃん達だけじゃなく、周りのお客さん達まで。


「え? 何で?」


「なになに? 魔物の攻撃でも喰らった?」


「え!? 魔物!? もう!?」


 私は武器を抜くと、慌てて周囲を見回す。

 けれど周囲に動くモノは見当たらない。

 動いているのは私とリューリだけだ。


「ん? リューリだけ?」


私はリューリを掴むと、すいーっと右から左に移動させる。

すると皆の視線もそれに合わせて移動する。

 はい、理由がわかりました。


「やっべぇ」


 次の瞬間、店内に大絶叫が響き渡ったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る