第39話 妖精のお姫様が降臨されました(事実無根……本当に無根?)

「ウチの姫様に軽々しく触れてんじゃないわよ!!」


 そう言ってイッシャの顎を蹴り上げたのは、なんとエーフェアースに置いてきたはずのリューリだった。


「リューリ!?」


 って、何でリューリがこっちの世界に!?


「あっ、ヤベ」


 私の声に振り向いたリューリがしまったと言わんばかりの顔をする。


「どうしてリューリがここに居るの!?」


「あー、えっと。その、それはですねぇ……」


「いてて……なんだよ今の、って、え!? 妖精!?」


 しかしそんな私の疑問を、イッシャの声がかき消す。


「なにアレ、妖精? マジで?」


「うそっ、妖精なんて実在するの!?」


「妖精だ」


「妖精……」


 イッシャの発言が周囲の人達にも広がってゆく。

 っていうかこの世界の人達、魔法はあるのに妖精を知らないの?

 もしかしてこの世界には妖精が居ないの?


「ちょっ!? マジかよ! 本物!? 本物の妖精!? ドローンとかフィギュアとかじゃなくて!?」


「ちょっ! 気安く触んじゃないわよ馴れ馴れしいわね!」


 リューリは触ろうとしてきたイッシャの足を蹴ると、私の頭の後ろに避難してくる。

 でも私の方がイッシャより背が低いからあんまり避難してる感じになってないと思うけど。

 

「うわ喋った!!」


「喋るに決まってんでしょ。 おっ? 何よ、やる気? 受けて立つわよ」


 けどこれは不味い。私達、今かなり目立ってるよね。

 スマホ取り出して私達を撮影しようとしてる人達も居るし、ここはさっさと逃げた方がよさそう。

 何しろ今の私は探索者協会に追われている身だ。

 目立つのは本当に避けたい。


「いやいやいやいや、待って待って、俺はただこの子と一緒にダンジョン配信をしたいだけだって」


「はいしん~? なんかよくわかんないけど、姫様とダンジョンを攻略したいって事?」


「そうそう! 俺たちこれでも結構強いんだぜ!」


 私が考えていた間にも二人は口論を続けている。


「ん~~~」


 イッシャの言葉にリューリがジロジロと彼を見つめる。

 けれどすぐに肩をすくめて鼻で笑う。


「駄目ね。あんた達程度じゃ姫様の護衛として認められないわね。っていうか、あんた達に比べたらあの爺さん達の方がよっぽど強いわ」


 爺さん? もしかしてリドターンさん達の事かな?

 まぁあの人達は人にものを教える事が出来るくらい実力がある人達だし、若いイッシャより強くてもおかしくはない。

 あの人達はお爺さんだけど、体を鍛えているからがっしりと筋肉質で全然お年寄りっぽい体つきじゃないし、何よりあっちの世界はスキルがモノを言う。

 長年鍛えてきたあの人達のスキルはランクも数も相当なものだろう。


「はぁ!? 俺達が年寄りよりも弱いっていうのかよ!? そりゃちょっと舐めすぎだろ!」


「ほんとの事だからしょーがないじゃん。あんた等はしゅぎょーが足りん! もっと強くなってから出直してらっしゃい!」


「おいおい、そりゃ実際に戦ってるところを見てから言ってくれよ。それでダメだったら素直にあきらめるからよ」


「ほーう、そこまで言うのなら……」


 あっ、これはダメだ。

 なし崩しでダンジョン探索に巻き込まれる奴だわ。


「はいそこまで」


「うきゃ!?」


 私は後ろからリューリの体を掴んで黙らせる。


「悪いけど、そういうのは関わる気ないので」


 私は風駆スキルを発動させると、その場から一気に逃げ出した。


「なっ!? 早っ!?」


「ちょっ、姫様!?」


「喋ると舌噛むよ」


 更に跳躍スキルで一気に距離を稼ぐ。


「ま、待ってくれよーっ!」


 待たない、待つ理由がない。

 こうして私達はしつこい勧誘を振り切ってその場から離れたのだった。


 ◆


「で、なんでリューリが居る訳」


 人気のない場所まで逃げ、念のため物陰に隠れてようやく落ち着いて話せるようになった。


「私はスキルを使ってこの世か……遠く離れたこの土地にやってきたんだよ。なのに何でリューリが居るの?」


「えー、そんなこと言われましてもねぇ。私も気が付いたらこっちに居た訳ですし……」


 むむむ、それってもしかして、私の世界転移スキルは近くにいた人も一緒に転移させちゃうって事?

 だとすれば使うタイミングを考えないと、傍にいた人を巻き込んじゃう事になるな。


「まぁそれに関しては分かったよ。でもさ、さっきの姫様って何? それにスキルで転移する前はそんな他人行儀な喋り方してなかったよね?」


「ギクッ」


 あからさまに動揺するリューリ。

 さてはコイツ、何か隠してるな。


「な、何のことかなー。私は前から姫様って呼んでましたよー」


「嘘が下手か!」


 この妖精、致命的なまでに嘘をつくのに向いてない。


「一体何を隠してる訳?」


「か、隠してなんかない……ですよぉ」


 ダラダラと油汗を垂らしながら、目を反らすリューリ。

 ふーん、そういう態度をとるんだ。ならこっちも相応の対応をさせてもらおうかな。


「ふぅ、とはいえちょっと疲れたし、詳しい話は一服してからにするかな」


 と、私はテーブルになるものを見つけるとその上にハンカチを敷き、カップを置くと魔法でお湯を作り出して以前コンビニで買ったティーパックを入れてお茶の準備をする。

 そしてお皿を用意すると、その中にタカムラさん達から貰ったお菓子を盛る。


「わーいお菓子ー!」


 しかしリューリの手を華麗にガード。


「ちょっ!? 何で!?」


「何を隠してるのかを教えてくれたら食べていいよ」


「そんなぁー!」


 リューリは必死でお菓子に手を伸ばしてバタバタするも、私の手に阻まれて届かない。

 さぁ、お菓子が欲しければ秘密を喋るのだ!


「う、うう~!!」


 しかし意外にもリューリは粘る。

 だがいつまで耐えられるかな。


「ん~、美味しい~。やっぱり高級品のクッキーは一味違うよね。あーでも、もう残りは1枚だけかぁ。残念」


 ちらりとリューリを見ると、残り一枚になったクッキーを泣きそうな顔で見つめるリューリ。


「う、うう~っ」


 そして私に救いを求めるかのように視線を向けてくる。

 だがそれが君の泣き落としなのは理解しているのだよ。

 という訳で情などかけぬ。戦とは非情なのじゃ。


「最後の一枚、じっくり味わって食べないとね」


「っっ~~!!」


 私は激しく暴れるリューリの体を押えると、クッキーを手に取りそれをゆっくり見せつけるように口元に運んでゆく。


「待って! 分かった! 言うから! 答えるから!」


 やっと折れたか。

 リューリの言葉を聞いた私が手を止めると、あからさまにほっとした顔になるリューリ。


「それで、何で私が姫様なの? 何を隠しているの?」


「それは……」


 しかし答えると言ったにもかかわらず、リューリは言い淀む。


「言う気がないならいいよ」


 私は再びクッキーを口へと運んでゆく」


「わーっ! て、転移! 転移のスキルを使ったから!!」


「転移? なんで世……転移のスキルを使うとお姫様になる訳?」


「それはだって……転移スキルを使えるのは上位の精霊様くらいですから」


 ふむ? それは初耳なんだけど。


「転移って、人間の冒険者は使えないの?」


「無理無理無理無理! 人間は空間を飛び越えたりできないもん。スキルとして取得できないって!」


 なるほど、そう言われると納得だ。

 エーフェアースのスキルは自分の行った行為をスキルという形で使えるようになるものだ。

 火の付いた球を投げたら火弾のスキルを覚えるように、まずはスキルとして昇華する為の行為を繰り返し行わないといけない。


 そしてエーフェアースにはルドラアースのような呪文による魔法の行使という概念がない。

 つまりテレポートが出来る超能力者でもないかぎり、一瞬で別の場所に移動する瞬間転移を人間が行うことは不可能ということだ。


「で、それが姫様って呼び方とどうつながる訳?」


「私達妖精にとって、大精霊様は雲の上の方々です。人間で言うと大貴族に当たる訳なので、姫様とお呼びするのが当然なんです」


 むぅ、つまり転移魔法が使えるイコール大精霊以外に居ない。だから私は精霊のお姫様って事か。

 まいったな。これ、下手に否定すると、じゃあなんで転移できるんだよって話になっちゃう。

 そうなると私が女神様に頼まれた使命を説明しないといけなくなっちゃうんだけど……正直気軽に喋っていい内容じゃないよねぇ。

 何しろ二つの世界の大神の力を削いで他の神様達が大神達を封じる為にダンジョンを攻略してるだなんてさ。


「そうなると……」


 これ、リューリの勘違いに乗っかった方が良いかもしれない。

 流石にエーフェアースの精霊だとバレたら不味いから、こっちのルドラアースの精霊って事にすればいい感じに誤魔化せそう。


「な、なるほどね。そこまでこっちの事情を察していたとは驚きだよ」


「じゃあやっぱり!!」


「詳しい事は言えないけど、まぁそこまで外れてないんじゃないかな」


 とはいえ、万が一もあるのでそれっぽくぼかしておくことにする。


「けどこっちにも色々事情があって隠してたんだからさ、そんなかしこまった話し方はやめて前と同じにしてくれない?」

 

「わ、わかりまし……わかったわ姫様!」


「いや姫様もやめて」


「それは無理です! だって姫様は姫様ですから!」


「敬語に戻ってる戻ってる」


「あっ、ごめん姫様」


 結局、姫様呼びをやめさせようとする度に敬語に戻ってしまった為、仕方なく姫様呼びだけは受け入れたのだった。


「はぁ、お婆ちゃん達にはなんて説明しよう……」


 ◆リューリ(少し前)◆


「……え?」


 隠し部屋にいた筈の私は気が付いたら見知らぬ場所にいた。


「なにこれ!? ここ何処!?」


 周囲は一面緑色で、私のいたダンジョンとは明らかに違う。


「よくぞ来た、泉の妖精よ」


「!?」


 突然周囲に響き渡った声に、私の全身が雷に打たれたような感覚に襲われる。

 とんでもない圧力、霊威、いやそんなものじゃない。もっと上位の存在の気配。

 以前お会いした大精霊様をはるかに超える存在感。


「ま、まさか……」


 そんな存在……一つしかない。


「まさか、精霊王……様?」


「その通りだ」


 声と共に気配、いや神威が圧力を増す。


「うひぃぃぃっ!!」


 その瞬間、文字通り全身がバラバラになって吹き飛ばされそうな衝撃を受ける。

 って、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃう!!


「おっと、いかんいかん、存在圧を弱めんとな。これでどうだ」


 すると体を吹き飛ばそうとしていた圧力が弱まりなんとか存在が消えずに済んだ。


「し、死ぬかと思った……」


 これは冗談なんかじゃない。私達妖精は人間と比べると霊的な側面が強い存在だから、神々のような強大な存在の圧を受けたらマジで吹き飛んでしまうのだ。

 神々が嵐なら、私達妖精は沸騰したお鍋の上の湯気みたいなもんなのですよ。もう一瞬で消滅しちゃう。


「さて泉の妖精よ」

 

「は、はい!」


 精霊王様のお姿を直視しないように、私は顔を伏せて返事をする。

 精霊王様は王ってついてるけど妖精じゃなくて神様なのよね。

 私達を生み出した偉大なる存在だから精霊王って呼ばれてるだけなのよ。


 んで、私ごとき下位妖精がそのご尊顔を拝謁したら、神威を直浴びして魂が吹っ飛んじゃう。

 それくらい私達下位妖精はクソザコナメクジなのである。

 だって相手は神様なんだもん!


「お前をここに呼んだのは他でもない。お前が行動を共にしている少女の事で話があったからだ」


「行動を共にしているって……もしかしてアユミの事ですか?」


 私達妖精は自分達の属性が濃い場所でないと活動できない。だから私が一緒に行動している人間と言われればアユミのことしかないだろう。


「そうだ。お前には彼女の力になってもらいたい」


「私が……ですか? でも私は大した力を持たないただの下位妖精ですよ。神様が直々に命じるほどの要件なら、私なんかじゃなく精霊様達の方がよくないですか?」


 ちなみに精霊様と妖精は似ているようでちょっと違う。

 精霊様は私達妖精の上位存在なのだ。

 具体的には下位妖精→中位妖精→上位妖精→下位精霊→中位精霊→上位精霊の順番で偉くなる。


 んで、妖精は肉体より、精霊様はより霊的な存在だったりする。

 ちなみにさっき妖精は霊的な存在といったのは、人間に比べればって話ね。

 なので上位妖精と下位精霊様は格としては近く感じるけど、実際にはその間にとんでもなく高い壁があるのだ。


「確かに、本来なら私も上位精霊あたりを派遣したいところなのだが、お前達が暮らす世界を管理する神はな……」


 と、ここで精霊王様は言葉を濁す。


「あー、なんとなく分かりました」


 私も詳しい事は知らないんだけど、私の住んでいる世界を管理する神様は神々の中でも物凄く力が強い神様らしい。

 ただ、力の強さに比例して、問題も多い神様みたいなのよね。


「あまり力の大きい精霊を彼女に付けると、我々の関与を気づかれてしまう。だが丁度都合よくお前はあの娘と縁を持った。更にお前が大した力を持たぬ下位妖精であったのも都合がよかった」


 なるほど、私が選ばれた理由は理解した。

 つまり私が神々に気にも留められないくらい下位の存在だから、アユミの手伝いをしてもバレないって事らしい。


「それは分かったんですが、何でアユミの手伝いをしないといけないんですか? あっ、いえ! 嫌な訳じゃないですよ! あの子は私を助けてくれた恩人で友達ですから! 友達を助けるのは当然ですよね!」


 あ、危なかった。危うく精霊王様のご指示に文句があるように思われちゃうところだったわ。


「すまんが詳しい事情は説明できん。私から言える事は彼女は地の大女神によって生み出された存在ということだ」


「地の大女神様!?」


 知ってる! 大神様達の中で命を生み出す大地を創成された超凄い女神様じゃない!

 アユミがその女神様によって生み出されたって事は……


「やっぱりアユミって神様なんじゃない!!」


 ひえええええええええっ! どどどどうしよう! 私神様にめちゃくちゃ失礼な口利きまくっちゃったんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

 しかも地の大女神様の娘って事は、神様界でも超絶VIP、プリンセスじゃない!!

 マズイマズイマズイ! このままだと私、お姫様相手に呼び捨てタメ口かました不敬罪で存在消し飛ばされちゃうよ!!


「かの娘は重要な使命の最中なのだが、その使命を気づかれては不味い者達が居るのだ。それ故お前に詳しい情報を与える事も出来ん」


 あわわわっ、つまりこれ、不敬罪で処罰されたくなかったら、アユミ……様の為に働けって事よね!

 そういう事なのよね!


「しかし事は世界全体の問題でもある。なんとしてでもなし遂げねばならん事なのだ。納得できぬだろうが、あの娘の為にも協力してほしい。やってくれるか?」


「やります! やらせてくださいませ!」


「おお、引き受けてくれるか! 流石は我が眷属。儚い存在であるお前に危険を強いるのは心苦しかったが、それほどまでにやる気を見せてくれるは嬉しいぞ」


「滅相もございません! 私程度がお役に立てるのなら喜んで姫様に協力させて頂きます!」


 うおおお、なんとしてでもアユミ様に気に入られて不敬罪で消滅させられるのだけは避けなければ!!


「うむうむ、姫? まぁ私もあの娘の誕生には一口噛んでいるからな。お前が頑張ってくれれば投資が無駄にならなくて済む」


「ふえ?」


「あ、いや何でもない。頑張るのだぞ泉の妖精よ」


「は、はい!」


 えっと、今精霊王様、アユミ様の誕生に関わってるって言ったような気が。

 それってまさか…………精霊王様がアユミ様の父親!?

 じゃあ私達のように精霊王様の力で作り出されたんじゃなくて、文字通り子供として生まれたの!?

 ってことはアユミ様は私達のお姫様!?


 うひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ととととんでもない事を知ってしまった!

 精霊王様の娘って事は、アユミ様が次期精霊王って事じゃない! お姫様じゃない! 超VIPじゃない!!

 大女神様のご息女で精霊王様の跡継ぎとか私達妖精の大上司じゃないの!


 ひえぇ、マジで、マジでアユミ様に気に入られなけりゃ、私の人生ならぬ妖生おしまいだよ!

 絶対に、絶対にアユミ様、いやさ姫様の為に頑張らなきゃ!!


「やるぞーっ!!」


「ああそれと、あの娘の使命を知っていることも、我から力になるよう言われた事も話してはならんぞ。知られてはならぬ者に感づかれる危険があるのでな」


「え? あ、はい」


 つまりアユミ様が精霊王様のご息女であることもバレないようにしないといけないって事ね! オーケーオーケー。


「分かりました!!」


 などと二つ返事で答えたせいで、後々私は姫様と再会した際に説明で非常に困ることになるのだった。

 まぁでも、素性を隠すためにタメ口で喋ってほしいって言われたのは私も助かったけどさ。

 でも流石に姫様を今までみたいに呼び捨てにする事だけは出来ず、何とか姫様呼びは許してもらえたのだった。


 それはそれとしてホント危なかった! 危うくお菓子を食べられなくなるところだったよ!!

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