第34話 よく考えたら戦い方を学ぶのって初めてな気がする(主に能力値によるゴリ押しでした)
「羽が治ったぁぁぁぁぁっ!!」
興奮したリューリが瓶から飛び出し、空ならぬダンジョンに舞い上がる。
「おめでとうリューリ! 遂に治ったね」
そう、中級ポーションのお陰であの怪獣によって穴をあけられた羽の傷がとうとう治ったのである。
「ありがとうアユミ! お爺ちゃん達もね!」
羽が治ったリューリは、大喜びで私達の周りを舞って頬にキスをしたり、頭に抱き着いてくる。
「うむ、良かったな」
うんうん、私も頑張って中級ポーションを作った甲斐があったよ。
本当に、本当に頑張った甲斐があったよ……
正直中級ポーションを作った後の超絶詰め込みポーション作成地獄は思い出すのも恐ろしいけれど、リューリがこんなに喜んでくれたのだから頑張った甲斐があるというものだ。
「ようし、それじゃあ今日の訓練といくか」
「はい!」
トライオさんの修行開始の声に背筋を伸ばすと、リューリがはしゃぐのをやめて私の頭の上に乗ってくる。
「俺達の訓練は簡単だ。シンプルに体を動かす」
「具体的には武器を使った戦闘の訓練と効率的な体捌きだな」
今日の修行はリドターンさんとトライオさんの前衛二人による授業だった。
「武器を使った戦い方とはただ振り回せばよいものではない。例えば長時間の戦闘でも腕が疲れない構え方、振り回したときに武器がすっぽ抜けない持ち方なども重要だ」
リドターンさんは私の武器の構え方、持ち方を丁寧に指導してくれる。
「剣の振り方に気を付けろ。切りつける面に対して垂直になるように当てるのだ。角度が悪いと変な力が掛かって最悪刃が歪むぞ」
その内容は私が知りもしなかったものばかりで、武器を使った戦闘でこれほど気にしないといけないことがあるとは思ってもいなかった。
「小剣での戦闘は他の武器以上に相手の懐に飛び込む必要がある。構えは半身で攻撃が当たる面積を減らせ」
「はい!」
「いいぞ。踏み込みに気を遣え。動きはコンパクトに、そうすればより早くなる。そういうときは後ろに隠れる方の足で更に前に出ろ。相手の認識を超えて動きを伸ばすことが出来る」
更に体の動きを減らし、敵から見えない部分の体の動かし方も教えてくれた。
その結果、
『中級小剣術スキルを取得しました』
『中級フェイントスキルを取得しました』
『スラッシュエッジスキルを取得しました』
『ストライクインパクトスキルを取得しました』
『ストライドダッシュスキルを取得しました』
5つのスキルの取得に成功したのだった。
でもこれに関しては内緒にしておく。
だってほら、下手にスキルを覚えたなんて言って、またストットさんの時みたいに超絶詰め込み教育が始まったら怖いからね。
リドターンさんの鍛錬が終わると、休憩を兼ねてご飯の時間だ。
これにはストットさんが町で買ってきたご飯を提供してくれた。
「「美味しい!」」
「それは良かった。まだまだありますからね」
異世界で初めて食べた料理は不思議な味のスパイスを使ったものが多く、凄く異国情緒に溢れたものだった。
本場の人が経営している外国料理のお店に入った気分だよ。
「よし、次は体術の訓練だ」
お茶を飲んでお腹が落ち着くと、トライオさんの授業が始まる。
「人間は普段無意識に体を動かすことが出来る。しかしそれゆえに無駄な動きも多い。だからお前には意識して体の動きを矯正してもらう」
「意識して、ですか?」
「まぁ難しく考えるな。さっきのリドターンとの訓練でも、動きをコンパクトにする動作を鍛錬していただろう? 要はあれと同じだ」
トライオさんとの訓練は、予想以上に科学的なものだった。
人間の体の可動範囲を理解して、歩き方、走り方、拳の振り方、蹴る時の足の振り方など意識しながら行う。
「あ、あれ?」
でも意識すると逆にうまく体が動かせなくなってしまう。
「体がうまく動かないのは、普段いかに無意識に体を動かしていたかということだな。ガニ股でノッシノッシと歩けば余計な弧を描いて遅くなる。まっすぐ前に足を振るように突き出せばよいが、あまり早く前に出る事を意識しすぎると内側に寄り過ぎて足同士があたってしまうぞ」
これがなかなかに難しい。
意識して体を動かそうとすると、まるで他人の体を動かしているような錯覚を覚えてしまうほどだ。
「一度慣れれば違和感もなくなる。とにかく効率的に体を動かせ。いいか、こうだ。観察スキルでよく俺達の動きを見ろ」
言われて私はトライオさん達の動きをよく観察する。
観察スキルのお陰で、彼等の体の動かし方が見えてくる。
そしてその動きを自分の体に適応させる。すると……
『中級体術スキルを取得しました』
その途端、自分の体の動きが驚くほどスムーズになったのを感じたのだ。
まるで油の切れた機械に油が差し込まれたかのように、私の体が滑らかに動きだす。
「よし、覚えたようだな」
私の体の動きが明らかに良くなった事で、トライオさんがニヤリと笑みを浮かべる。
これ、完全にスキルを取得したことがバレたよね……だ、大丈夫かな?
「体の動かし方を覚えたのなら、次は肉体の強化だ」
「肉体の強化ですか?」
「そうだ。人間の肉体能力は基本的に上がらない。だから俺達はスキルを取得することで足を速くしたり、筋力を高める」
おお、マジでこの世界ってスキルで能力値を上げるって考え方なんだな。
「体術スキルなんかはまさにそれなんだが、ここから更にピンポイントに脚の速さや腕力をあげるスキルを取得してもらう」
いかにも特別そうな訓練内容に私はドキドキする。
一体どうやって足の速さや腕力をあげるんだろう。
「まずは走り込み100本だ!」
普通に運動でした。
「足を速くするにはとにかく走れ! だが漫然と走るな! 早くなるように体の動かし方を考えろ! 足だけじゃない、腕の振り方、体のひねり、そういったものも考えろ! 短距離と長距離を走る場合は違う動かし方を意識しろ!」
まるでスポーツ選手の監督のようなセリフがポンポン出てくるトライオさん。
ここってファンタジー世界だったよね?
しかしその甲斐あって、私は肉体能力をあげるスキルの取得に成功する。
『初級脚力スキルを取得しました』
『初級筋力スキルを取得しました』
『初級体力スキルを取得しました』
『初級ダッシュスキルを取得しました』
『初級ロングランスキルを取得しました』
いっそ面白いくらいにスキルがポコポコ増えてくな。そう思った時だった。
『規定数のスキルを取得しました。体術系スキルは統合され初級体術マスタリーを取得しました』
「あれ? スキルが……変わった?」
「「「「何っ!?」」」」
私の言葉に、お爺さん達が目の色をかえる。
しまった! 口が滑った!
けれど時すでに遅し。
「一体何を覚えたんだ!」
「大丈夫、怖くない、怖くないから教えてください!」
「今度は何を覚えたのじゃ?」
「やはり体術系のスキルか?」
お爺さん達は私が何のスキルを覚えたのかと殺到してきた、というか囲まれてしまった。
くっ、仕方がない。分からないこともあるし、ここは素直に答えよう。
「え、ええと、体術系のスキルが統合されて初級体術マスタリーというのを覚えました」
「「「「おおっ!!」」」」
するとお爺さん達が嬉しそうに声をあげる。
「聞いたかマスタリーだぞ!」
「やはり覚えたな。だが予想以上に速い」
「いや、観察スキルで師の動きを見極める事が出来るのなら、この速さも納得だろう」
「これならいけるかもしれんな」
お爺さん達は私が覚えたスキルに大興奮なんだけど、誰か忘れていませんかねぇ。
「あのー、それでこれってどういうことなんですか?」
正直スキルが統合とか初めての経験なんですけど。
「おお、そうだったな。すまんすまん」
私にせっつかれた事で、お爺さん達は慌てて我に返る。
「スキルというのはな、同系統のスキルを複数覚えるとその系統のスキル全てを統括したマスタリーというスキルに変化するんだ」
「変化すると何が変わるんですか?」
「まず大量にあるスキルが一つになることでステータスの確認が容易になる。そしてまだ取得していなかったスキルを取得したことになるんだ。例えば筋力を増強させるスキルを取得していなくても、マスタリーを取得すれば筋力も上がる事になる」
なるほど、マスタリーのスキルは同系統のスキルを一定数集めるとまだ覚えていなかったスキルの効果も得られるようになるんだね。
「更にマスタリースキルは、上位スキルゆえか、同じ初級でも個別のスキルよりも効果が高くなる傾向にある」
おお、能力値の上昇率や攻撃ダメージとかが多くなるんだ! これは便利!
「ただ、取得していなかった力を使う際は、慣れるまで練習した方がいいだろうな」
ふむふむ、効果は得られるけど、ある程度の訓練は必要なんだね。
まぁ使った事のない力をいきなり使ってうまく使えるはずないもんね。
けど、マスタリースキルかぁ。正直スキルが増えすぎてチェック大変だと思ってたから、見るものが減って助かったよ。
念のため私はマスタリースキルの内容を確認してみる事にする。
『初級体術マスタリー:あらゆる肉体を使った運動に初級スキルの1.5倍の補正がかかる。肉体能力は全て初級スキルの1.5倍に上昇する』
凄くシンプルな説明で超助かります。
そして初級スキルの1.5倍ってかなりの倍率アップだよね。
それだけマスタリーってスキルが特別なのかも。
「よし、せっかくマスタリースキルを覚えたんだ! ダンジョン探索に便利なスキルも取得するぞ!」
「ええ!?」
やはりというか、トライオさん達は私がスキルを取得したことに興奮して、さらなるスキル取得を目指すと大張り切りになってしまった。
うう、今日も限界まで修行することになるのかぁ……
強くなるのは良いんだけどさぁ、もうちょっと手加減というものが欲しいです……グフッ。
◆トライオ◆
なんという娘だ。
俺は驚いていた。いや、俺だけじゃない、共にアユミを鍛えていたリドターンもだ。
この娘、アユミの身体能力は異常だった。
攻撃に対する反応速度、筋力、敏捷性とおよそ肉体の性能が尋常じゃあない。
いうなれば鍛えに鍛えた武人のごとき肉体だ。
けれど見た目はどう見ても幼い少女。
ほっそりとした腕には筋肉らしきものは見当たらない。
強く掴めば折れてしまいそうなほどだ。
この娘の肉体は、いや肉体だけが異常なまでに完成されていた。
しかし、それ以外があまりにもアンバランスだった。
この娘、身体能力は相当な水準にあるというのに、技術面がからっきしだったんだ。
本などを読んで多少は鍛錬を積んできたらしいが、それはあくまで素人の独学。
正規の訓練を積んできたリドターンや、師に教えを請うた俺からすれば素人と大差ない程度だ。
けれど、アユミはその凄まじい身体能力で、技術面の不足を文字通り力尽くでねじ伏せてきたようだった。
まさに才能のなせる業といえるだろう。
一体どんな人生を歩めば、この幼さでこれほどの肉体性能を引き出せるのか。
純粋な生まれつきの肉体性能なのか、それとも何かしらのスキルによって肉体の性能を極限まで引き出しているのか。
そしてもしスキルによる底上げで強くなったのなら、なぜ親は技術を教えなかったのか。
同時に、この幼さでここまで肉体性能を引き出すために体を鍛えたのなら、厳し過ぎる鍛錬が原因できっと心は滅茶苦茶になっていた筈だ。
だが、目の前の娘からはそんな闇は感じない。
「本当に、一体何者なんだ……」
けれど当の本人は俺達の困惑になどまるで気づかず、驚くべき出来事を起こし続ける。
「えっと、マスタリーってスキルを覚えたんですけど……」
この短期間でいくつもスキルを覚えたと思ったら、今度はマスタリースキルだと!?
初級であってもマスタリースキルを取得するには10年は必要なんだぞ!?
自分がどれだけとんでもない事をしているのかも知らず、アユミは自分の覚えたスキルを便利だと無邪気に喜んでいる。
この異様な才能、本当に人間なのかと疑ってしまいそうなほどだ。
何もかもが規格外で、何もかもが謎に包まれている娘アユミ。
しかし、そんなことどうでもよくなるくらい、俺はこの才能に惹かれてしまう。
それは俺とリドターンだけじゃない。
キュルトも、ストットも同様だ。
俺達は弟子に恵まれなかった。
俺達が育てた弟子は、誰一人として俺達の全てを学ぶことが出来なかった。
せいぜいが技術の一端だけを特化して覚える事が出来たくらいで、完全なる継承には程遠かった。
だからこそ、この才能の塊というべき娘にこれ以上ないくらいに惹かれているんだ。
この娘なら、俺達の全てを受け継ぎ、その先へ行けるのではないかと。
そう、その先だ。年経て成長の芽が枯れ果てた、俺達がたどり着けなかった先の領域へ、この娘なら行ってくれると、期待せずにはいられないんだ。
だから、俺達はお前に期待する。お前を鍛える。
俺達が積み重ねてきたものを、その先へ発展し完成させてくれる後継者たるお前に。
「だから、壊れるんじゃないぞアユミ」
俺達は鍛える。
自分達の悲願を達成してくれるであろう、最後の弟子を。
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